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「……んっ…あれ?」
目を開けると、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。
はて?わたしは何故に寝てるんだっけ?えっと……
ボーっとする頭を抱え何があったかを思いだとするわたしは、上体を起こしてここが何処かを確認しようとするとガチャッとドアの開く音が鳴った。
「!よかった、目が覚めたのですね!」
音のなった方へと視線を向けると、柵の向こうに立っていた美人なメイドさんが驚いた顔をして部屋の中へと入ってきた。
「突然お倒れになって、全く目を覚ます様子がございませんでしたので心配致しました」
「倒れた……あ」
メイドさんの言葉に、わたしの頭には「?」が浮かんだけどすぐに思い出した。
そうだった…森の中を彷徨ってるうちに声が聞こえて、その声の言った方向に歩いたらおっきなお屋敷に辿り着いたんだった。
で、お屋敷の中から目の前のメイドさんが出て来たから声を掛けようとしたら、意識が無くなったんだっけ……あれ?その後に何かまた声を聞いた気がするんだけど……う〜ん。
思いだそうと頭をひねってみても、頭の中に靄が掛かったような違和感があるせいか思い出せそうで思い出せず、その感覚に気持ち悪さを覚えたわたしはそれ以上深く考えるのやめた。
とりあえず、助けてもらったんだからお礼を言わないと!
「あの…助けて下さってありがとうございます!えっと…」
「あ…申し遅れました。わたくし、当屋敷の主人にお仕えしておりますクリステルと申します。どうぞ、クリスとお呼びください」
美人メイドクリスさんが一歩下がって一礼し、顔を上げるとニコッと笑みを浮かべた。
すごっ…一つ一つの動きがものすごく絵になる!しかも、笑顔がまぶしい!!
クリスさんの笑顔にドキドキしながら、わたしは何とか気持ちを持ち直して居住まいを正した。
「あ…と、せ、星亜です!奥園星亜……」
「セア様ですね。セア様…実は主人が今からお会いしたいと申しているのですが、お会いになっていただけませんか?もちろん、お加減が優れなければ今日はゆっくりお休み頂き、明日でもよろしいのですが」
笑顔だったクリスさんの顔が変わり、申し訳なさそうに尋ねてくる。
クリスさんのご主人様か…体調には問題ないし、わたしもここが何処なのか聞いてみたいしね。
「大丈夫です。助けていただいたお礼も言いたいですし」
「そうですか!では、ご案内しますのでわたくしについてきてください」
クリステルさんに案内されながら、わたしはお屋敷の中を歩きながら周りを見渡していた。
廊下の彼方此方に置いてある調度品、きっとすごく高価なものなんだなぁ……こんなお屋敷に、美人なメイドさん雇って住んでるのってどんな人だろう?
そんな風に考えていると、クリスさんがひときわ重厚な扉の前で立ち止まるとゆっくりと扉を開いた。
「どうぞ、お入りください」
開けられた扉をくぐった先で待っていた人は、わたしの予想を斜め上を行く人だった。
「突然気を失ったって聞いたから、心配したわ。あら?思っていたより随分と可愛らしいお嬢さんね」
そんな言葉と共にわたしを出迎えてくれたのは、とってもセクシーなランジェリーに身を包んだ絶世の美女だった。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん。私はメルト…この館の主人よ」
絶世の美女メルトさんが自己紹介してくれたのだが、わたしは返事を返せなかった。
ネットとかで男性用同人誌の表紙画像とか見たことがあるけど、その時は物凄いエッチなランジェリー姿のキャラに「こんな下着、ホントにあるの?というか、あったとして着る人っているのかな?」とか思ってた。
過去のわたしよ、その問いに今答えよう…現実に存在しますよ、セクシーランジェリーを着こなす人が!……まぁ、異世界でだけど。
わたしを出迎えてくれた女性メルトさんは、褐色の肌に金色の瞳、北欧系の顔立ちで髪は白に近い銀色かな?何処かオリエンタルな雰囲気を醸し、格好も相まってか清楚なクリスさんとは真逆の”女王様”とか”女帝”という言葉がしっくり来た。
エジプトの女王クレオパトラも、こんな感じだったのかな?
そんな事を目の前の現実から逃避するように考えていると、わたしの横にいたクリスさんからため息が漏れた。
「…ご主人様。人とお会いになるのでしたら、きちっとした格好をしてくださいませ、といつも言っているではありませんか。というか、先ほども申しましたよね?何で着替えてないんです?」
「ん?別にいいじゃない、クリステル。見られて困るもんでもないし、今回は同じ女性なのだから気を使う必要ないでしょ?ねぇ?」
「ねぇ?」と妖艶な笑みを浮かべて聞いてくるメルトさん。
そう聞かれましてもわたしとしては、非常に気にします!だって目のやり場に困るんだもん!!おそらくだけど、今のわたしの顔は真っ赤になっているんじゃないかな?だって頬が…ていうより顔全体が熱い!!お願いですから、気を使ってください!!
などと思いつつも、メルトさんの迫力にわたし口からは言葉が出なかった。
そんなわたしを尻目に、クリスさんがツカツカとメルトさんへと詰め寄っていく。
「こんなうら若いお嬢さんにとっては、目の毒です!全く、痴女に仕えていると思われるわたくしの身にもなってください!」
「誰が痴女よ!ただ、服を着るのが面倒なだけよ!」
「なお悪いです!大体、ご主人様なら一瞬でしょう!!」
目の前で、下着姿の美女と美人メイドさんが言い合いを始めてしまった。
男の人でも、これはさすがに困惑するんじゃないかな?
二人のやり取りを、遠い場所での出来事のようにわたしが見ていると、メルトさんの方からため息が聞こえた。
「分かったわよ、着替えればいいんでしょ!着替えれば…」
そういうと、面倒そうな表情を浮かべるメルトさんがその場で一回転ターンしたかと思うと、次の瞬間には、真っ黒なドレスを身に纏っていた!
ふあ?!何あれ!?手品?魔法!?
驚いているわたしを余所に、メルトさんがドレスの裾を叩きながらおかしな所がないか確認すると、クリスさんに向き直った。
「これでいいでしょ?」
「結構です。全く、最初からそうなさっていればよかったのですよ」
クリスさんに刺々しいお小言を貰ってメルトさんは顔を顰めていたが、「あ〜はいはい、今度から気をつけるわよ」と左手で払うようにしてクリステルさんを後ろに控えさせると、わたしへと振り返った。
「さて、改めまして私がこの屋敷の主、メルトよ。よろしく」
「あ、えっと…初めまして、奥園星亜っていいます。この度は、助けていただきありがとうございました」
さっきの下着姿とは違った妖艶さーあくまでもわたし基準ですーを醸すメルトさんに気後れしながらも、わたしは深々と頭を下げた。
「気にしなくていいわ。立ち話もなんだし、座ってちょうだい」
メルトさんに促され、わたしは部屋の中央に鎮座する円卓に近づくと、クリスさんが椅子を引いて迎えてくれる。
おぉ〜…メイドさんが、しかも超がつくほどの美人なメイドさんが椅子を引いてくれるなんて待遇、きっとメイド喫茶でもお目にできないはず!
内心で舞い上がりながらも、慣れない状況におっかなびっくりしながら椅子に座ると、クリスさんが部屋の隅に移動して何か作業を始めた。
わたしが席についたのを確認すると、反対側に座ったメルトさんが艶っぽい笑みを浮かべた。
「さてと、クリステルがお茶の準備をしているうちに一つ、確認させてちょうだい…貴女、何者?」
「え…」
裏表のない人なんだろうな、とはさっきのクリスさんとのやり取りで思ったけど、まさか直球で聞かれるとは思わなかった!
お約束の展開だけど、何の心の準備も出来ていなかったわたしはどう答えるべきか頭が回らず、スーッと目が泳ぐ。
すると、メルトさんがニヤリと笑みを深めた。
「言っておくけど、旅の途中で道に迷いましたって話は通じないわよ?貴女が何の前触れもな突然森の中に現れたのは把握済みだから」
まるで逃げ道を塞ぐかのようなメルトさんの言葉。
後ろめたい思惑のある人なら物凄く焦るんだろうけど、わたしとしては突然現れたことを知られていることに逆に気持ちが楽になった。
うん…これなら、本当のことを話しても信じてもらえるかも。
わたしは、意を決してメルトさんたちに自分の身に起きたことを話すのだった。
次話更新は、五月二十六日午前一時です。