猛毒姫、ハロウィンする
ぼつりんとハロウィンの親和性は異常。
私の名はボツリヌス・トキシン。
前世は99歳まで生きたイタコの婆じゃ。
何を間違ってか、異世界の貴族幼女に転生してしまったのじゃよ。
皆からは、『猛毒姫』などと呼ばれて……別に呼ばれてはないな。
まあ、異世界も楽しいから良しとする。
「「「トリック オア トリート!」」」
お、今夜は町のあちこちで、子供たちの可愛らしい声が響いておる。
実はこの異世界、歴史上で何人も重要な転生者がいたようで、いろんな地球の文化がごった煮で混ざっておるのじゃ。
実に面白い。
特に『はろうぃん』なんぞは、名前は知っておっても体験したことなど無い。
こちとら戦前生まれじゃしのう。
侍女のオーダーによれば、『はろうぃん』は精霊や死者の魂が家々に訪れる日、だと言う。
ふむ。
お盆じゃな。
子供たちは各々化け物や魔女などの格好に扮し、『とりっく おあ とりーと』即ち『悪戯か、お菓子か』と声を上げて家々を訪ね歩くと言う。
成る程、こすぷれと言うやつじゃの。
面白そうじゃあないか。
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と言うわけで。
ぞんびのこすぷれをすることにした。
自分で言うのもなんじゃが、中々の出来。
さっそく侍女のオーダーをびびらせてやろう。
「う゛ぇ゛あ゛あ゛あ゛」
渾身の演技。
ぬふふ。
ほれほれ、ちびってしまえ!
「おや。
ゾンビさんはボツリヌス様のコスプレですか?」
普通に返された。
「ぎゃ、逆じゃ逆!
ボツリヌスがぞんびのこすぷれしておるのに!
なんで私をお化け扱いする!?」
「あんまり遅い時間に他人の家に伺うと迷惑になります。
行くならさっさとした方が良いですよ」
ぬ、確かに。
よし、ぞんびの全力疾走で参ろうぞ!
「う゛ぇ゛あ゛あ゛あ゛」
「ゾンビさん、ボツリヌス様の真似は良いのでさっさとしてください」
だからボツリヌスがぞんびのこすぷれしておると言うのに!
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さっそく家々を訪ね歩くことにした私じゃが。
何故か、収穫は、ぜろ、じゃった。
みな苦笑いで家の中に引っ込んでいく。
何故じゃ?
これで30軒目、ここで断られたら……。
いや、失敗を恐れてはなるまい。
私は気を取り直して扉を叩き、出てきた者に、今までと同じように声を掛けた。
「とりっく おあ とりっく!
とりっく、とりっく!
私に悪戯しておくれ!」
……『はろうぃん』では『悪戯かお菓子か』が貰えると言う。
甘いお菓子も捨てがたいが、外国の拷問の方が興味深い。
一体どんな拷問なんじゃろうか。
日本の処刑と拷問を味わい尽くしたイタコの私を満足できるものが、果たしてあるのか知らん?
わくわくしている私に、扉を開けてくれたその家のお父さんは、他の家の人達のように引き攣った笑みを浮かべた後。
「そういう言葉は、10年以上経ってから、好きな人に向かって言うんだよ」
そういって、籠一杯のお菓子をくれた。
「え、あ、いや。
とりーとの方じゃ無くての……」
声をかけようとしたら、勢いよく扉を閉められた。
何故じゃ。
お父さんの言葉を反芻しながら、今の場面を脳内でりぷれいしてみる。
中年男性に向かって、「私に悪戯しておくれ!」と叫ぶ幼女。
うむ。
成る程。
痴女かな?
「やってしまったようじゃ。
無知とは誠に恐ろしいものよ」
いやはや、30軒目で気付けて良かったのう。
……手遅れ感は拭えないが。
しかし、だったら、お菓子ではなく悪戯が欲しい子供はどうすればいいんじゃろうか。
どう言い換えても痴女になるぞ。
ぬう。
欧米文化、複雑怪奇。
とことこ歩きながら、先程貰ったお菓子をもきゅもきゅ頬張っておると。
強烈な寒気を感じ、思わず足を止める。
『嫌な予感』を極限まで煮詰めたような気持ちの悪さ。
辺りを見ると、ひとっこひとりおらぬ。
……何か、あるな?
私は『嫌な予感』の強い方にずんずん突き進んでいく。
精神の鍛練者たるイタコの私だから出来ることじゃが、常人なら泡を吹いて悶絶失神昏倒することじゃろう。
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町外れの原っぱに、異形の者達が集まっておった。
一目見ただけでわかる、こいつら、本物じゃ。
しかもイタコの癖に霊力がない私ですら見えるのじゃ。
相当にやばいやつらじゃの。
い、いや、やばいやつらと決まった訳ではないの。
里帰りに来たご先祖様かもしれぬし。
『今こそ人間の町を蹂躙し、我ら化け物の世界を作るのだ!』
『『『うおおおおおお!!!!』』』
あ、駄目じゃ。
話も通じないたいぷの奴等じゃった。
私が逃げようとすると。
『……ネズミがいるなあ……』
私の目の前には。
先程化け物たちの輪の中心におった、巨大な南瓜の怪物が、立っていた。
い、いつの間に……。
『に、人間だ!』
『人間がいるぞ!』
『『『殺せ!殺せ!殺せ!』』』
他の怪物達が、殺せこーるを始めた。
ちょ、ちょっとやばいの。
『ククク……良かろう。
このテラコワス様が直々に、飛びっきりの悪戯をくれてやろう……』
次の瞬間、私の脳内に直接、圧倒的な『恐怖』が流れ込んできた。
人類の歴史上の悪夢……戦争や貧困、疫病や飢餓……恐らくそれらをもちーふに作られた『恐怖』。
これは恐ろしい。
私だから耐えられるものの、常人なら恐怖のあまりに七孔噴血して絶命するじゃろう。
『ククク、どうだ、私の作った『恐怖』の味は?
……なあんてな。
もはや、生きてるわけが……』
「なかなか面白かったぞ。
惜しむらくは、恐らく現存した恐怖をもちーふにしたせいで、『おりじなりてぃー』や『意外性』が足りておらぬ」
『……は?』
『りある』な恐怖も勿論、良いが。
やはり真の恐怖とは、きっと人間の創造力の先にある。
『な、なんで貴様、生きて……』
寒いのか、体を震わせて声を絞り出する南瓜の化け物に、私は言葉を掛けた。
「次は私の番じゃな」
私は魔石を取り出す。
使うのは、陽魔法。
私の考案した、周囲に幻影を見せる魔法じゃ。
99年ぷらす6年の人生で味わった拷問と処刑を基に、創造力の翼を広げて編み出した、悪意と呪いをかき混ぜて作る絶望。
化け物の皆様ならば、この熟成された『恐怖映画』の素晴らしさが分かるはずじゃ!
きっと、涙を流して感動してくれる……と思う。
辺りの景色が、私の作る映像に塗り変わる。
お化けたちの動揺を肌で感じながら、3時間後の『すたんでぃんぐ・おべーしょん』を予感しつつ、振り上げた拳を、降り下ろした。
それでは映像、すたーとっ!
『『『『……ギャーーー!?』』』』
おや。
化け物たちは残らず泡を吹いて悶絶失神昏倒した。
「あ……あれ?
まだまだ恐怖映画は序盤なんじゃが。
3時間すぺしゃるの『おーぷにんぐ』じゃよ?
おーい、起きておくれ……。
……し、死んでる!」
死んでおった。
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まさかお化けが、恐怖のあまりに『しょっく死』するとは。
あってはならんことじゃろ。
私が一生懸命作った3時間立体悪夢むーびー、他に誰が見てくれるのか。
……貘か?
……まあ、町を蹂躙する予定の奴等じゃったしのう、どうでも良いか。
ぽてぽてと自宅へ戻り、家の扉をのっくしようとして。
……強烈な寒気を感じ、思わず手を止める。
『嫌な予感』を極限まで煮詰めたような気持ちの悪さ。
「……おや、こんな遅くまで遊び散らかしていたゾンビさんじゃないですか」
扉の中からは、私にとっての恐怖の代名詞。
侍女のオーダーが、ゆらり、と現れた。
「ま、まってくれオーダーよ!
これにはそんなに深くない訳が……」
「トリック オア ツイスト?」
……ん?
今、なんて?
「頭を捻じ取りますか それとも 頚を捻じ切りますか?」
「おおおお菓子はなななないのかのううう!?」
やはり一番恐ろしいのは生きた人間か。
やれやれ、と呟いた私の視界が、横に360度、ぐるりと一回転した。
こんな感じの小説書いてます。
お暇でしたら是非。
豚公爵と猛毒姫
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