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1.6 西空零司

 2限目終了のチャイムが鳴り、暫くして授業を受けていた学生達が校舎の中からわらわらと現れた。友人と共に食堂へ向かう者、遊びに行くため正門へと向かう者、読書のために図書館へと向かう者、等々、昼休みの過ごし方は様々だ。

 多くの人でごった返している表側とは対極的に、校舎裏は2人の男女、北山と西空のみだった。片隅に設置されたベンチの両端に2人は座っていた。右端が北山で、左端が西空だ。


「ナオちゃんは高橋君が死んだ後、彼との思い出が詰まった写真ボードを片付けていた。きっと故人の写真を飾ったままにして置くのは辛すぎたんだ」


 北山は西空の顔を見ないようにしながら語りかける。


「相当参ってたからね。多分、写真ボードを目に入れることすら苦痛で、片付ける際、ペンダントに気付くことができなかった。ペンダント結構ガチガチに固められてたしね」

「理解はしました。でも納得いかない。普通大切な人が死んだら、写真だけでも傍に置いておきたいって思いませんか?」

「それは人それぞれだよ。直ちゃんはそこまで強い人間じゃなかったってこと。彼女は高橋君の死から目を逸らし続けていた。でも今日、ようやく彼の死を受け入れた」

「そう、ですか……」


 西空が小さく呟いた。

 高橋大樹は3月23日の深夜23時47分に息を引き取っていた。

 直美は高橋を無視していたのではない。気付けなかったのだ。生者は死者の姿を捉えることはできない。ごく一部の例外を除いて。


「それでさ西空君。私達のサークルに入らない?」


 その言葉に驚き、思わず北山の方に顔を向けた。北山が優しい笑顔で、こちらじっと見つめていた。眼が合った。慌てて逸らした。


「で、でもオレ、こんなですよ」

「さしたる問題ではありません」


 いや、大問題だと思う。西空は心の中で反論した。

 西空は不安だった。サークルに入った所で、対人恐怖症な自分は迷惑を掛けるだけではないか。輪を乱すのではないか。和を乱すのではないか。

 そんな西空の不安を知ってか知らずか、北山は凛とした声で畳み掛けてきた。


「是非私達のサークルに入って欲しい。というか入れ」

「め、命令……ですか」

「うん。だって君、死者が見えるんでしょう」


 さらりと、北山は非常識的なことを日常会話のように話した。


「はい。見えます」


 西空も非現実的なことをあっさりと認めた。北山は少し意外な顔をした。


「即答か。カミングアウトは怖くないのかな」

「ここまでやっておいて、怖いも何も無いです」

「それもそっか」


 北山は軽く返事をしてから、空を見上げた。西空もつられて空を見上げる。

 雲一つない、爽やかな昼の青空が広がっていた。


「……何をするサークルですか」

「探偵」


 北山は続ける。


「それも普通じゃない探偵。異能探偵。意味、分かるよね」


 西空は目を合わせずに頷く。


「我がサークルには絶対に君が必要。だから」


 北山はベンチから立ち上がり、警戒する小動物を扱うように、ゆっくりとした歩調で西空の真正面へと移動し、


「お願いします。私達のサークルに入って下さい」


 凛とした声でそう告げ、初詣の時にするような綺麗なお辞儀をした。

 西空は恐る恐る顔を上げる。目の前には、後輩に対して頭を下げている先輩。何だか申し訳ない気分になった。


「顔、上げて下さい」


 北山が顔を上げる。眼が合った。西空は小さく悲鳴を上げた。


「お、オレ、本当に、こんなんですよ。それでもいいんですか?」

「大丈夫。私が付いています」


 北山は仁王立ちで胸を張りつつ、明るく自信に満ちた笑みを浮かべていた。その美しい笑顔を見て、西空の胸が高鳴った。恐怖とは別の理由で、西空は北山のことを見ていられなくなった。


――ま、本気で友達が欲しいなら、サークルに入るのが一番手っ取り早いよ。


 不意に高橋の言葉を思い出した。

 この機会を逃したら、きっと自分にはもう、一生友達ができない。一生変われない。

 直感であり、確信だった。

 だから……


「あ、あの……」


 西空はどもりながらも、


「お、オレでよければ……」


 精一杯の勇気を出して、


「サークルに、入って、見ようかなと……」


 恐怖心を押さえつけて、北山と目を合わせながら言った。

 次の瞬間、北山の顔が嬉しそうに、本当に嬉しそうに破顔した。


「で、ででででも、まずは見学。見学から……」

「本当! じゃあさっそく事務所へGO。今の時間、皆事務所に居るはずだからさ」


 北山は西空の腕を掴み走り出す。掴まれた部分から恐怖が湧きあがり、西空はギャアと裏返った悲鳴を上げる。北山は悲鳴に気付いてないのか、腕を掴んだまま走り続けた。西空はされるがままだ。

 悲鳴を上げてしまうくらいに怖い。怖いのだが。


 ……不思議と、嫌じゃなかった。


 胸がドキドキする。

 何て説明すればいいんだろう。ジェットコースターでコースを昇っている最中の気分、といったところだろうか。

 コースターが頂点に達したら、目まぐるしい速度で勢いよくコースを下って行く。きっとそれが楽しみなんだ。期待に胸を躍らせているんだ。

 そう信じたい。

 西空はもう一度空を見上げた。変わらず、爽やかな青空が広がっていた。

 もし神様がいるとしたらこの空の向こう側にいるんだろうか。

 神様を信じてる訳じゃないが、むしろ全否定しているくらいなんだが、それでも、願いたくなった。


 神様どうかお願いします。こんなオレでも変わるチャンスをお与え下さい。

 神様どうかお許し下さい。こんなオレでも光の中で生きる権利をお与え下さい。


 居るはずもない神は何も答えない。

 代わりにビュウッと追い風が吹き、部室棟へと走る二人を後押しした。

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