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1.4 西空零司

 目を覚ますと、目の前にはベージュ色の天井が広がっていた。見覚えのない天井。自らの足でここに来た記憶はない。


「あ、起きましたか?」


 すぐ隣で聞こえる声。知らぬ他人がすぐ傍にいると認識するやいなや反射的にベッドの端へと退避し蚕のように掛布団で体を包む。そして、繭の隙間から声のした方を覗き見た。

 そこには馬が居た。正確に言うと、馬のフルフェイスマスクを被った何者かが居た。意味が分からなかった。


「驚かせてごめんなさい。ついさっきまで君と話していた者です」


 馬が話しかけてきた。聞きなれないが、聞き覚えのある声。直美と話していた黒髪ロングの女性だ。


「これなら君と多少はまともに話せるかなと思ったんだけど、やっぱ駄目かな?」


 彼女は装着中のフルフェイスマスクを指差しながら言った。


「まあ、生身の面を拝むよりは大分マシです」

「そう。よかった。それとさっきはごめんね。まさか気絶するほど酷いとは思わなかった。ナオちゃんも謝ってた」

「い、いや、あんた達の所為じゃないです。オレが情けないだけなんです」

「いいえ。こちらこそ、本当に申し訳ありませんでした」


 馬が丁寧にお辞儀した。何だか滑稽だ。


「でさ、君の名前は?」


 へ? と、間抜けな声が漏れた。名前を聞かれるのは久しぶりだったため、一瞬何を言われたのか理解が遅れた。


「君とかあなたとか不便でしょう。君の名前を教えて。あ、こういう時は自分から名乗るべきか」


 馬は少し間を置き、


「私の名前は北山きたやま来々留くくる。3年生」


 と、軽く自己紹介した。


「お、オレの名前は西空零司。1年生です」


 西空も北山に習い、紹介し返す。


「そ、西空君ね。それでさっそくなのだけど、西空君はペンダントのことを誰から聞いたの?」


 北山は優しく問いかけてきた。少し逡巡した後、正直に答えることにした。


「高橋さんから聞きました」


 北山は訝しげな顔だ。


「でも高橋君は君の同学年じゃなく先輩だよ。西空君と接点を持つようなことは無いと思うけど」

「た、たまたま、会ったんです」

「何時? 何処で?」

「き、きき、北山さん」

「何?」

「ち、ちちち、近いです。そこまで近づかれると、マスクしてても、こ、怖いです」


 馬の口が、あと数センチでキスしてしまう距離まで近づいていた。

 ごめんの一言の後、北山は西空から顔を離した。


「そ、そのオリエンテーションの後です。入学初日のオリエンテーションが終わった後、A棟の4階に行ったんですけど、そん時初めて高橋さんに会いました」

「初めて? ということは何度か会ってるってこと?」

「はい。校舎裏で飯を食ってたら、高橋さんの方から話しかけてきました。たしか、初めて会ってから一週間後だったか。その時にイルカのペンダントについて聞きました」

「高橋君の方から話しかけてきた? 君大丈夫なの」

「何がです?」

「だから対人恐怖症」


 数秒の間。


「えっと、その……オレの対人恐怖症は、時と場合によるんです」


 北山は顔(というか馬面)を斜め下に傾け、


「そっか」


 とだけ呟いた。


「怒らないんですか?」

「怒る? 何を?」

「……何でもないです」

「そっか」


 北山はそれ以上追及して来なかった。


「それでさ西空君。高橋君は他に何か言ってなかった?」

「他? まあ、色々とのろけ話をされましたけど」

「どんな?」

「……あの、答える前にちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」


 ぼそぼそ呟くような声で北山に問いかける。


「何かしら?」


 北山は優しい声色で返してきた。


「マスク、取って貰っていいですか?」


 北山から驚きの声。


「マスクがないと恐いのでは?」

「多分、もうある程度は大丈夫です。でもマスクはゆっくり外して下さいね。後、もう少し離れて下さい」

「注文の多い人。やっぱり猫なのかしら」


 そう呟きながら、北山は座っていた椅子と共に、西空から3メートルちょっと離れる。


「ここでいいかしら」

「はい、そこでお願いします」

「じゃ、外します」


 北山がマスクに手を掛け、ゆっくりと上に持ち上げた。マスクの下から、汗ばんだ女性の顔が現れる。


「如何でしょうか。注文の多い料理長さん」


 そう言って、北山は西空に笑いかけた。

 綺麗だ……

 素直にそう思った。

 色素の薄い白い肌。くるっと丸みを帯びた目に長い睫。薄いピンク色の唇。少しパーマが掛けられたふわっとした長髪。彼女の顔を見つめていると、恐怖とは別の感情で動悸が激しくなった。


「ちょっと。ボーっとしてないで何か言ったらどうですか?」


 北山が椅子から立ち上がり近付いてきた。反射で体が飛び上がる。


「ちょ、ちょちょちょちょっと。そ、そそそ、そこから近づかないで下さい。そこですそこ! そこがオレと北山さんの不可侵条約線です!」

「……君って本当に猫みたい。それも臆病な」


 北山がふくれっ面をしながらそっぽを向いた。




 高橋から聞いたことを詳しく説明すると、やはりと言うか、プレゼントの部分が問題となった。


「西空君が気絶した後、もう一度ナオちゃんにイルカのペンダントを貰ってないかって聞いてみたけど、ナオちゃん本当に貰ってないって。そもそも、誕生日プレゼントすら貰ってないって言ってた」

「でも、高橋さんはプレゼント渡したってハッキリ言ってました」


 プレゼントを渡したと言う高橋。プレゼントを受け取ってないと言う直美。矛盾している。


「となると、どっちかが嘘を吐いてるんですかね」

「それは無いと思う。必要無いし」


 同感だった。2人が嘘吐く理由が見当たらない。出会って間もないが、高橋が嘘吐くような人物には見えなかったっていうのもある。北山も直美が嘘吐いてるとは露ほどにも思ってないようだ。


「何か勘違いしてるって可能性ならあると思うけど……高橋君は他に何か言ってなかった?」


 静かな保健室の中、北山の声がくっきりと響く。


「えーっとですね……そうだ、直美さんは写真が好きだって言ってました。高橋さんとの写真を、ボードにして部屋に飾ってるって言ってました」

「それは私も知ってる。他には?」


 必死に思考を巡らせる。左から右へ。上から下へと電気信号を送る、ぐるぐるぐるぐると蛇が蜷局を巻くように頭の中をかき混ぜる。


「ああそうだ。ペンダントは直接渡してないんでした。もしかしたら今も直美さんの部屋の中にあるのかもしれません」


 高橋がしきりにペンダントを身に付けてないかどうかってことを気にしてたため、直美は既に受け取っているものだと思い込んでいた。


「どういうこと?」

「なんか、ただ渡すだけじゃ面白くないから、部屋の中に隠したと言ってました」

「何処に?」


 首を左右に振り、教えてくれませんでしたと告げる。


「ただ、直美さんなら絶対に気付く場所だって言ってました」


 高橋は直美なら絶対に発見する場所に隠したから見つけてるはずだと言っていたが、それは願望でしかない。恐らく直美は隠されたペンダントに気付いてない。


「ふむ……」


 北山は口元に握り拳を当てる。多分思考に集中するときの癖なんだろう。


「そうか!」


 そして右手拳を口元から離し、中指を親指で弾いた。パチンと小気味よい音が鳴った。


「何か分かったんですか」

「ええ、謎は解明されました」


 北山は胸を張り自信満々に、でも、どこか悲しげに告げる。


「プレゼントの隠し場所は多分間違いなくあそこです」

「多分なんですか? それとも間違いないんですか?」

「それはまあ、私の推理が間違ってるって可能性があるし……」


 そこは格好良く決めて欲しかったと、少しがっかりした。

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