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4.13 轢き屋

 直美の父はトラックの運転手だった。その影響で、直美は女の子にしては珍しく車に強い興味を抱いていた。自宅にあった車やカーレース関係の本を読み漁り、車について知れば知るほど、実際に街中で車を運転してみたいと思うようになった。そしてその機会は唐突に訪れる。


 ある日、酔った父が直美を自家用車のハンドルを握らせ、そんなに車が好きなら運転してみせろと言ったのだ。父としては只の冗談だったのだろう。だが、車を運転してみたくてしょうがなかった直美はそれを本気にした。待ってましたと言わんばかりに車を発進。町内をぐるりと一周し、難なく自宅へと戻ってきた。あの時の父の驚愕した表情は今でも忘れられない。当時直美は9歳だった。


 初めてのドライブを終えて自宅に戻ると、母親は鬼のような形相で仁王立ちしており、直美達の帰りを待っていた。角を生やした母に、父娘揃ってこっぴどく叱られ、酷く落ち込んだ。だが、父は「お前は天才だ。将来いいドライバーになる。いやレーサー、F1レーサーだって夢じゃない!」と褒めてくれた。嬉しかった。

 後で分かったことだが、父はレーサーを目指していた過去があり、関連書籍が充実しているのはそういう理由だった。


 この一件以来、父は時折、車の運転をさせてくれるようになった。さすがに街中は不味いため、郊外の、車が殆ど通らない場所でだが。母には内緒だったが、多分気付いていたかも知れない。


 父の言うとおり、直美は天才だった。本で見たドライブテクニックをあっという間に身に付け、一月経てば父の運転技量を凌いでいた。

 父は直美をカートレースクラブに入れるべきではないかと本気で考え始めていた。カートレースに掛かる費用は高額で、現在の収入で賄えるレベルではない。

 だが、直美の才能をこのままにしておくのは余りにも惜しい。資金をどう捻出したものか、父が頭を悩ませていたちょうどその時。


 ……母が倒れた。病名は分からない。父は教えてくれなかった。ただ、一般家庭ではどうしようもない難病だったことは確かだ。


 父は朝から晩まで働き、仕事が終わると母を献身的に看病した。家具など、売れる物は全て売り、母の治療費に当てた。父の頭から直美をレーサーにするという考えは微塵も残っちゃいなかった。

 ある日、直美は真夜中に父が独り泣いているのを目撃した。広く大きい父の背中が、酷く弱々しく、ちっぽけに見えた。この時、母は助からないのだと悟った。


 直美は毎日学校が終わると母の待つ病院へ行った。母はとても喜んでくれた。だが、母は日に日にやつれていった。直美が来ると元気そうに振舞う母。気丈に振る舞う母。細くなる母。白くなる母。

 直美は初めて学校をサボった。病院にも行かなかった。恐かった。時が経つのが恐かった。明日が恐かった。いつか来るその日が、とにかく怖かった。


 直美は独り、部屋で泣いていた。あの日泣いていた父も、こんな気持ちだったのだろうか。

 母は助けられないのか。自分にできることは何かないのか。父はあくせく働き、治療費を稼いでいる。お金が足りないのは明白だ。

 でもそれは逆に、お金があれば何とかなるということではないか?


 金さえあれば。

 金さえあれば……

 金さえあれば!


 突如、リビングの固定電話が着信を告げた。いつの間にか寝ていた直美は、そのけたたましい着信音で目を覚ます。

 学校からだろうか。それとも病院からだろうか。リビングへと向かい、直美は恐る恐る受話器を取る。


「もしもし……」

「大変お待たせされました。サイトウでございます」


 聞いたことのない声だった。


「えっと、うちに何の用ですか?」

「お客様。貴方様の方に御用があるのでは御座いませんか」

「はい? 電話掛けたのはそっちですよね」

「はいその通りで御座いますお客様。ですから、お客様は我が五六四八銀行に御用があって、当行に電話を掛けさせた・・・のでは御座いませんか?」


 ゴーロクヨンパチぎんこう?

 聞いたことが無かった。そもそも、小学生の直美が銀行に用事などあるわけない。これは間違い電話だ。


「すみません。間違い電話だと思います」

「いいえお客様。お間違いでは御座いません。間違いなく、お客様が当行に電話を掛けさせた・・・ので御座います」


 直美は混乱した。そして、これは父宛ての電話なのだと気付いた。


「すみません。今、お父さんは仕事で家に居ないんです」

「いいえお客様。当行に御用がおありなのはお客様ご自身で御座います。お客様とは、今このサイトウと話している貴方様のことで御座います」


 もはや意味が分からない。そして、これは悪質な悪戯電話なのだと気付いた。


「悪戯では御座いませんお客様」


 心を見透かされたことに驚き、受話器を置こうとした手が固まった。


「お母様を助けるために大金が必要なのでは御座いませんかお客様」


 何故それを知っている。父の知り合いか。それとも病院関係者?


「サイトウは何でも御見通しなので御座います。今はまだ学校が終わってない時間帯で御座います。ですが母親じゃなくお客様がお電話にお出になられました。さらに、お客様は父は仕事で家に居ないと仰られました。普通こういう時、子供はまず母親を上げるもので御座います。ですがお客様は迷いなく父親を上げられ、母親については一切お口にされませんでした。つまり、母親がご病気か何かで、長期間に渡り自宅を留守にしているということで御座います」


 取り敢えず父の知り合いでも、病院関係者でもないことは間違いない。逆に言えば、父の知り合いでも病院関係者でもない人間が、どうして家の番号を知っているのだろう。得体のしれない恐怖が湧きあがってくる。

 学校で怪しい電話には出ないようにしようと言われてたことを思い出した。

 だが、電話に出てしまった場合はどうしたらいいのだろう。今すぐ電話を切ってしまいたいが、切るべきタイミングが分からない。

 それに、今家に自分一人しかいない。もしかしたら、電話の相手は家に乗り込み強盗しようとしているのではないか。この電話は独りしかいないことを確認するための電話なのではないか。


「どうかご安心くださいお客様。当行からお客様に危害を加えることは御座いません。どうか今しばらく御付き合い下さいませ」

「は、はい……」


 またもや心を読まれた。しかも、反射的に、はい、と返事をしてしまった。


「さてお客様。当行は融資プランも大変充実しているので御座いますお客様」

「ゆうし?」

「簡単に申し上げますと、お金をお客様にお貸しすることで御座います。お母様を治療するためのお金を御貸し致しましょう。如何でございましょうか。お客様」

「お母さんを、助けてくれるの?」

「それはお医者様の仕事で御座いますお客様。当行にできるのはお金を御貸しすることだけで御座います」

「お金を借りれば、お母さんは助かるの?」

「それは当行にも分かりかねます。ですが、お金をお借りなければ、間違いなくお母様は"死ぬ"でしょう」


 シヌ。

 今まで避けていた言葉を突き付けられ、直美の目から涙がポロリとこぼれた。涙がとめどなく流れる。


「泣かないで下さいお客様。当行の融資をお受けすればよいのですお客様。そうすれば、お母様のことを助けられるかもしれません」


 電話口の声が、慰めるような優しい物へと変わる。


「ど、どうすれば、貸して貰えるんですか」

「その前にお客様。お客様のお名前は?」

「進藤直美です」

「では直美様。何か特技は御座いますか?」


 話の内容がガラリと変わり、困惑した。


「特技と言われても……別に何も」

「いいえ。そのようなことは決して御座いません。お客様は、何か素晴らしい特技を御持ちのはずで御座います。普通の小学生には決して真似できない様な、お客様唯一無二の特技が」


 ドキリと、胸が高鳴った。


「どうかご安心ください。どのような特技でも怒りませんし、決して他言いたしません。大丈夫です。2人だけの秘密です。ささ、どうかこのサイトウめに直美様の特技をお教え下さいませ」

「く、車の運転とか、得意です……」


 直美は初めて、自分の特技を父以外の人間に話した。


「お車の運転で御座いますか! そのお歳で! 大変素晴らしい特技を御持ちで御座います直美様。このサイトウ。大変感激いたしました。直美様。天才で御座います。いえ、大天才で御座います」


 サイトウは何度も直美を大袈裟に褒め称えた。今まで父以外に褒められたことはなかったからとても新鮮で、純粋に嬉しかった。


「ありがとうございます。それで、お金を貸してもらうのに何の関係が?」

「そうですね。直美様には轢き屋になって頂くので御座います」


 ひきや?


「何それ?」

「はい。直美様には人を轢き殺して頂くので御座います」


 ……は?


「えっと、その、ごめんなさい。言ってる意味が分かんないです」

「驚くのも無理ありません。ですが、直美様はこのサイトウめの言葉を理解しているはずで御座います。殺し屋と言う職業をご存じ御座いませんか?」


 直美は全身の血液が逆流したかのような気持ち悪さをおぼえた。


「嫌です!」


 そして半ば反射的に叫んだ。


「人殺しなんて絶対嫌です!」


 もはや悲鳴に近かった。


「……嫌なので御座いますか?」


 サイトウが静かにそう告げた。


「直美様。嫌なので御座いますか? 大金を手にすることが出来るとしても、人殺しは嫌なので御座いますか?」


 今まで明るかったサイトウの声のトーンが急激に落ちた。そのギャップがなんとも恐ろしい。


「お答え下さい直美様。人殺しは嫌なので御座いますか?」

「い、嫌です」


 勇気を振り絞って拒絶した。


「人殺しは、悪いことです。だから、嫌です」


 拒絶の言葉を口にしていく内に、段々と勇気が出てきた。


「悪いことでお母さんを助けられたとしても、きっとお母さんは喜びません。それにお母さんを助けるために人殺しをするなんて、そんなの矛盾してます。だから殺し屋なんかお断りです」


 勢いに任せて、息継ぎもせず捲し立てた。

 そうだ。人殺しは悪いことなんだ。どんな理由があろうとも、殺人なんて決して許されることじゃない。あたしは人殺しなんて絶対しない!


「そんなことをする位なら、あたしはレーサーを目指します。あたしはレーサーになって、お金を稼いで、お母さんを助けます。無理だと言われても、無謀だと言われても、あたしはやってみせます」


 初めて、自分の夢を口に出した。夢を聞かせる相手がこんな碌でもない奴なのは気に入らないが、口に出すと勇気が湧いてくる。レーサーになって、お母さんを助ける。直美の中に、確固たる決意が生まれた。

 さあ、サイトウ。次はどう出てくる。あんたの口車に乗せられたりしないぞ!

 直美は黙ってサイトウの出方を窺った。


「素晴らしい!」


 だが、サイトウの反応は想像と正反対のものだった。


「感激いたしました! このサイトウ、直美様に更なる感激を覚えたので御座います! 何と高潔なお方なので御座いましょう」


 サイトウは異様に明るい声で捲し立てる。


「本当に申し訳御座いません。このサイトウ。現代のジャンヌダルクにとんだ失礼な提案をしてしまいました。真に真に申し訳御座いません」


 取り敢えずこちらの思いは伝わったようだ。


「あたしは人殺しなんて絶対にしません」

「はい。サイトウ、深く深く反省しております。クズの極みで御座います」

「じゃあ、もういいですよよね。切りますよ?」

「いいえ! このままでは直美様に申し訳が立ちません」

「まだなんかあるんですか」

「後一言。後一言だけ御付き合い下さいませ」

「じゃあ、10秒だけですよ。そしたら切るからね。10、9……」


 直美は口に出してカウントダウンを始めた。


「ありがとう御座います。大変失礼な事をしたお詫びに、今回は無償で融資させて頂くので御座います」

「3、2……えっ?」

「それでは今後とも五六四八銀行をどうぞ御贔屓に」


 プツリ。ツー。ツー。


「……一体何だったんだ」


 思わずぼやいた。

 話を聞く気が無かったため、カウントダウン中は耳を貸していなかった。だが、サイトウは最後の最後に融資がどうとか、何だか不穏なことを言っていた気がする。

 そして翌日、サイトウの恐ろしさを痛感することになる。


 ***


「直美! どうして黙っていたんだ!」


 母の病室に入ると、父が興奮した様子で直美を出迎えた。


「確かに最近大変だったから、言い出し辛かったのも分かる。でも俺もお母さんも反対するわけないだろう」 

「ちょっとあなた。ナオが困ってるでしょう。落ち着いて」

「これが落ち着いてなんか居られるかよ。こいつは凄いことをしでかしてくれたんだぞ!」


 何のことか分からない。だが、少なくとも何かまずいことをしてしまったようだ。お母さんが大変な時期に迷惑を掛けてしまうなんて、自分は何と親不孝者なんだろう。直美は申し訳なさでいっぱいになった。


「ご、ごめんなさい」

「何で謝るんだ。お前が誤る必要なんてないんだぞ」

「あなた。だから落ち着いてってば。ナオが勘違いしちゃったじゃない。ごめんねナオ。あなたは何も悪くないの」


 母の優しい声。父はようやく落ち着きを取り戻した。


「お父さん、一体何が?」

「もしかして直美は何も聞いてないのか? スポンサーが現れたんだよ。直美のスポンサーが!」

「ほ、本当!」


 夢のようだった。レーサーになると決意した翌日に、そんな話が転がり込んでくるとは。これなら、母を助けるのも夢じゃない。


「ああ本当だとも」

「どこ、どこがスポンサーになってくれるの? ヨツビシ? ゲッサン?」

「何だお前そんなことも知らなかったのか。啖呵切った相手位知っておけよ」

「啖呵? 啖呵って何?」


 スポンサーに啖呵を切った覚えなどない。父は何の話をしているのだろう。


「ああ済まない。啖呵なんて単語、小学生は習わないか」


 だが、父は直美の反応を、啖呵の意味が分からないというふうに勘違いした。


「ほら。あたしはレーサーになるって宣言したんだろう。レーサーになって、お金を稼いで、お母さんを助けるって」

「母さん誇らしいわ。確か、サイトウさんって方でしたっけ」


 その人物の名を聞き、直美の背筋が凍りついた。そいつは昨日、人殺しを進めてきた奴で間違いない。どうして? 申し出は断ったはず。


「ああ、そうそう。銀行家のサイトウさんだ」

「この不況のご時世に、お金をポンと出してくれるなんて」

「だって銀行だぞ。俺みたいなしがないトラック野郎と違って、たんまり儲けているさ」


 お父さん。お母さん。そいつは危ない奴だよ。そんな奴からお金を受け取っちゃ駄目だよ。


「ん? どうしたんだ直美」

「顔が青いけど、具合でも悪いの?」

「あ……ううん。あまりのことに、ちょっと驚いてただけ」


 だが、喜ぶ両親に水を差す勇気は無かった。


「まあそれもそうだよな。詳しい話は後でするから、今日はもう帰って休みなさい」

「うん。そうする……」


 直美はフラフラと、病室を退室した。


「ナオ。本当にありがとうね」

「ああ、自慢の娘だ」


 背後から掛けられる両親の声に、えも言われぬ罪悪感を覚えた。


 ***


 サイトウからの勧めで、母は高い技術力を有する病院へ転院し、最先端の治療を受けることになった。すると、驚くべきことに母の病状はみるみる回復し、週末には自宅に帰れるほどにまで回復した。

 直美は金というものがいかに大切なのかを思い知った。病院を変えるだけで、お金があるだけで此処まで違うものなのか。


 そして、直美が10歳の誕生日を迎えた1か月後。母が退院することになった。退院日に、ちょっと豪華なレストランに行って、母の退院を祝った。母がコース料理の前菜を食べ、美味しいと嬉しそうに言うと、父が涙を流した。母も笑いながら涙を流し、あたしもつられて泣いた。


 あれからサイトウからの連絡は一切来てない。代わりに、カートレースクラブから連絡があり、直美はそこに通っていた。


 サイトウはいったい何者だったのだろう。もしかして、あれは神の使いだったのではないか。

人殺しという物騒なことを直美に勧めてきたが、あれは直美のことを試していたのではないか。海外ではよく神の与えたもうた試練とか言うではないか。誘惑を退けた直美に、神がご褒美をくれたのではないか。

 直美からサイトウに対する不信感は消え、深い感謝と畏敬の念を抱くようになっていた。それはもはや、信仰心と呼べるものだったかもしれない。

 だが、神は非情にも再び試練を与えた。

 退院して間もなく……母の病気が再発した。




「大変お待たせされました。五六四八銀行のサイトウで御座います」

「サイトウさん! お久しぶりです」

「進藤直美様で御座いますね。お久しぶりで御座います」

「あ、あの……母のこと、本当にありがとうございました」

「いえいえ。このサイトウが勝手にやったことで御座います」

「それどころか、カートレースクラブにも入れて、本当に、何てお礼を言ったらいいか。あの、あたし大会で何度も優勝してるんですよ」

「ほうほう。やはり直美様は天賦の才能を持っていたので御座いますね」

「はい! でも……」

「如何なされました? このサイトウめに何でも仰って下さい」

「それが、一度退院したんですけど、お母さんがまた倒れちゃって」

「それはそれは。大変お気の毒で御座います。心中お察し致します」

「それで、サイトウさんが紹介してくれた病院に行ったんですけど、お金が全然足りなくて。同じ治療を受けることはできないって」

「最先端の医療は大変高額で御座いますからね。無理御座いません」

「サイトウさんの力で何とかなりませんか?」

「と、申しますと?」

「その、また融資して貰うことはできないのでしょうか。いつか絶対に返すので」

「可能で御座います」

「本当ですか?」

「ですが今度は条件が御座います。直美様には轢き屋になって頂くので御座います」


 ゾクリと、背筋に冷たい悪感が走った。


「轢き屋って、殺し屋のことですよね」

「はい。仰る通りで御座います」

「あれは冗談じゃなかったんですか」

「冗談では御座いません。このサイトウ。常に本気で御座います」

「前にも言いましたけど、人殺しは……あたしは殺人鬼にはなれません」 

「直美様は少し勘違いをしておいでの様で御座います。サイトウは殺人鬼になれと申し上げているのでは御座いません。殺し屋になって頂きたいと申し上げているので御座います」

「殺し屋って人を殺してお金儲けする人のことでしょ。殺人鬼と何が違うんですか」

「直美様の仰る通り、殺人鬼とは人殺しを嬉々として行い、社会に迷惑を掛けるクズで御座います。彼等は趣味で、悦楽快楽娯楽のために殺人を行っているので御座います。ですが、殺し屋は違います。殺し屋の人殺しは仕事で御座います。殺し屋は社会をより良くするために、殺人を行うので御座います」

「社会のために? でも人殺しはいけないって法律が……」

「直美様。必要悪って言葉はご存じで御座いますか?」

「いいえ……」

「必要悪とは、法律や倫理に反しているが、この世に無くてはならないもののことで御座います」

「殺し屋は必要悪だって言いたいんですか」

「仰る通りで御座います。殺し屋は世に蔓延る悪を掃討し、社会に奉仕する仕事人で御座います。直美様。今、悪人を捕まえるのは警察の仕事だと思われたことでしょう。確かにその通りでは御座いますが、警察にも限界があるので御座います。あらゆる手段を講じ、警察から逃れている者はこの世にごまんといるので御座います。そうですね。本来でしたら話すべきではないので御座いますが、今回のターゲットについて、特別に直美様にお話しさせて頂きたいと思います。小学生である直美様も、決して無関係ではない存在で御座いますから」


 そこからのサイトウの話は、直美の奥底にある種の正義を植え付ける。


「ターゲットは40代の男性。名前は……仮にマスオとさせて頂きましょう。本名を伝えることは流石にできませんので」

「マスオは一流のホテルマンで御座います。年収は平均より高い1000万程度。独身。現在付き合っている恋人無し。3LDKのマンションを所有し、何不自由なく暮らしている一般市民で御座います」

「しかし、その実態はJSビジネスを営む鬼畜で御座います。JSとは、女子小学生の略称で御座います。そしてJSビジネスとは、端的に言ってしまえば女子小学生の売春で御座います。売春。この言葉の意味はお分かりのようで御座いますね。そうです。その売春で御座います。このマスオと言う鬼畜は、女子小学生の売春を斡旋し、私腹をプクプクと肥やしているので御座います。金額的には、お母様の治療代を払うのに十分過ぎるほど稼いでいるので御座います」

「手口もまた外道なもので、自らの配下の女の子を使って幼気な女子小学生を騙し、自宅へと連れ込みます。そうなったら最後、薬物を投与し正常な判断力を失わせ、性的な写真や動画を撮影、時には自らのブツで処女を失わせます。薬物の依存症、写真動画による脅迫、暴力で女の子を思うが儘操り、JSカフェ、JSショー、JSマッサージ、JSパーティ等の様々なアングライベントを企画開催。最終的にはJSオークションで愛好家に売り飛ばします。売春というよりも、もはや人身売買と言うべきで御座いますね。もしかしたら、直美様の周りでも被害に遭った、いえ、遭っている子がいるやもしれません」

「何故マスオは捕まらないのか。お考えの通り、このような大がかりなビジネス、普通なら警察が臭いを嗅ぎつけ、マスオはあっという間に逮捕されるので御座います。理由は至極単純なのもので、悲しいことに、愛好家の中に警察が居たので御座います。それも、そこそこ偉い階級に位置する者で御座います。もしマスオが逮捕されるようなことがあれば、確実に自分の行いが露見し、首がすっ飛びます。ですから、そいつはマスオが捕まらないよう、全力でサポートしているので御座います」

「玩具にされた女の子の多くは精神を病み、最終的には自殺するので御座います。両親は何をしているのか? 悲しいことに、必ずしも両親が自らの子供を愛しているとは限らないので御座います。それどころか、マスオからお金を受け取り上機嫌な親まで居る始末で御座います。マスオは、そう言った境遇の女の子を見抜く目を持っているので御座います。直美様、このような男が生きていていいと御思いですか。思われませんよね。このような害虫、今すぐにでも駆除した方が世のため社会のためで御座います」

「直美様。どうかお願いします。今回だけで結構で御座いますから、これ以上犠牲者を増やさないために、マスオを殺して頂けないでしょうか。これは直美様にしかできないことで御座います。女子小学生の直美様でしたら、マスオは間違いなく油断します。誘き出し、殺すのは容易いでしょう。大丈夫です。我々五六四八銀行一同、直美様を全力でサポートさせて頂くので御座います。勿論、直美様のお母様についても全力を尽くします。これはお金儲けのための殺人では御座いません。正義執行なので御座います。どうか直美様、世のため人のため、お力添え頂けないでしょうか?」


 あたしは暫く呆然としていた。

 話したことも会ったこともないマスオと言う奴。そいつは酷いビジネスでお金を儲けている。お父さんが汗水垂らして稼ぐより何倍、いや何十倍ものお金を。

 あたしの内に、黒々とした感情が満ちていく。


 こいつの所為で、何人もの女の子が不幸になっている。

 もしかしたら、あたしの友達も餌食になるかもしれない。なっているかもしれない。

 下手したら、あたし自身さえ……

 何でこんな奴が生きているんだ。

 何でお母さんが死ななければならないんだ。

 何でマスオみたいな奴が生きていて、お母さんが死のうとしているんだ!

 何で何で何で! ふざけんな死ねよクソッタレ!


 こんなクソッタレを生かしておく位なら、殺してお母さんを助けた方が何倍何十倍何千倍も、何億何兆倍もマシだ!

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