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4.12 轢き屋

「直ちゃん。いえ、進藤直美がたぶん轢き屋で間違いない」

「間違いないのか、そうでもないのか。何とも微妙な表現ですね」

「99パーセントはナオちゃんだと思うのだけど、一応1パーセント位は間違いの可能性もあるから……」

「可能性の話は置いといて、どうして進藤が轢き屋だと分かったんだ? 証拠はあんのか」

「物的証拠はない。私が見たヴィジョンから導き出したものだからね」


 北山は手招きし、異能探偵所員を一か所に集める。西空は一歩離れた位置だが。


「まず、和水一郎を轢き殺すヴィジョンで、犯人は人を轢き殺すことに慣れていたことが分かった。手口から考えて、和水一郎を殺した犯人は轢き屋で間違いない。五十嵐堅三郎を轢き殺すヴィジョンも同じ。人を轢き殺すことに慣れていた。ヴィジョンの感覚的にも、和水一郎と五十嵐堅三郎を轢き殺した犯人は同一人物。そして、五十嵐堅三郎を轢き殺すヴィジョンでは、轢き殺す直前、轢き屋は胸に掛けたイルカのペンダントをとても大事そうにしていた」


 南地と東海は首を傾げる。2人はペンダントについて初耳だった。


「高橋さんが直美さんに贈ったのと同じものだった、てことですか」

「西空君の言うとおり。実は和水一郎の時もペンダントを大事そうにしていたのだけど、その時は暗くてペンダントの形まで分からなかった。でも今なら確信して言える。轢き屋はイルカのペンダントを身に付けてた。そしてそれは高橋君が直ちゃんにプレゼントしたものと同じもので間違いない」


 北山は話を続ける。


「さらに、五十嵐堅三郎はこの家の正門を出た直後に轢き殺された。つまりそれは、今この屋敷の傍に轢き屋が待機しているということ。怪しまれないよう、ジョナサンに確認しに行って貰いたいのだけど、南ちゃんお願いできる?」

「大丈夫ですよ。でも北さん。轢き屋って人気のない場所でターゲットを轢き殺すんじゃないんでしたっけ。こんな誰が見てるか分からない住宅街で轢き殺すなんて、らしくない気が」

「それは、五十嵐の殺害は計画外で、衝動的な殺人に近い物だったから。これから確認するのだけど、直ちゃんはついさっき工藤君が五十嵐に殺されかけたことを知ったんじゃないかな」


 言いながら、工藤に電話を掛ける。そして、思った通りの答えが返ってきた。


「やっぱり工藤君は直ちゃんに話してた。ヴィジョンが見えた時間と一致してる。直ちゃんの殺意は確定している」

「それでどうするんですか。ふん縛って警察に引き渡しますか?」

「いや、轢き屋だって確たる証拠がないから信じて貰えないよ。それに正直私自身もまだ半信半疑な所があるし」

「まあ、親しい人が殺し屋であるとは認めたくないですからね」


 西空が気遣うように呟いた。


「違う。そこはさしたる問題じゃない」


 北山の極めて冷静な声。


「忘れちゃった? 轢き屋は10年以上前から存在するの。直ちゃんが当時何歳だったと思う」


 進藤直美は現在大学3年生。ダブっていなければ、歳は20か21。即ち……


「10歳! 小学生じゃないっスか」


 南地が驚きの声を上げる。


「下手したら一桁だった可能性もある。そんな年齢の子供が、車を運転し、あまつさえ殺し屋として仕事していた。信じられる?」

「まあ、常識的に考えて信じらんねえな」

「でも、今まで轢き屋が捕まらなかったことも納得できるかな。まさか警察も年端もいかない少女が車を運転してるなんて、予想だにしないだろうから」

「だが北ちゃん。実際問題、小学生に車の運転って可能なのか。背とか足の長さとか足りねえんじゃねえかな」

「女子は男子より発育が早い。小学生のころから、大人の女性と同じぐらいの身長の子は珍しくない。たとえそうじゃなくても、座席シートの位置や高さをうまく調整すれば、運転は決して不可能じゃない」


 北山は早口気味に続ける。


「とにかく、直ちゃんを警察に引き渡しても証拠不十分ですぐ釈放される。そもそも私達には逮捕状も逮捕権もないから、そんなことしたら逆に私達が警察のお世話になる。自首を勧めても、まあしらばっくれるでしょうね。水ノ森警部に相談するって手もあるけど……」


 北山は東海に話を振る。


「……気には掛けてくれるだろうが、物的証拠がねえなら直ぐには動いちゃくれねえだろうな。いや待てよ。そういや……」


 東海は携帯電話を取り出す。


「ん、どうしたの?」

「……いや、何でもねえ」


 東海は取り出したばかりの携帯をすぐさま元のポケットの中に戻した。


「じゃ、じゃあどうするんスか? 放置するしかないんスか」

「いいえ。放置なんてしない。工藤君のことがあって直ちゃんかなり冷静さを失ってるようだから、早く対処しないとかなりまずいことになる。だから、私達で逮捕しましょう」

「え、でも北さん、ウチらには逮捕権がないって」

「現行犯逮捕」


 北山が緊張した面持ちで語る。


「基本的に一般人は犯人を逮捕することはできないけど、例外がある。それが現行犯逮捕」

「となると、五十嵐さんを囮にするってことですか。いや、囮と言うか、生贄?」

「南ちゃん結構過激なこと考えるね。さすがにそこまで外道じゃないけど、遠からず。五十嵐のふりをして、ワザと轢き屋に轢かれるの」


 ピクリと、東海が眉を顰めた。


「……誰が五十嵐のフリをするんだ」

「え。そんなの私に決まって――」

「んなの認められるわけねえだろ!」


 東海が怒声を上げる。


「バカなのか、この大バカ山! んな事して無事で済む訳ねえだろ。んな危ねえこと絶対に認めねえ」

「大丈夫大丈夫。本当に轢かれる訳じゃないから。轢かれる寸前で上手いこと回避――」

「却下! おまえの大丈夫はまったくもって大丈夫じゃねえんだよ」

「だって、もし私が直ちゃんに殺されるのなら予知能力が発動しているはずだよ。まだそのビジョンは見えてない」

「死なねえってことが分かってるだけだろ。大怪我しない訳じゃねえ。下手すりゃ植物人間だ。そもそも、おまえの能力がおまえ自身に働くかどうかまだ分かってねえじゃねえか」

「で、でも……」

「でもじゃねえ。却下だ却下」

「却下却下却下!」

「んな危ねえこと絶対に許さねえ!」


 東海が矢次に言葉を飛ばし、反論の機会を与えない。


「頼むから、危ねえことは止めてくれ……」


 最後に東海は涙声で訴えた。ここまで反対されては、北山は囮計画を引っ込めるしかなかった。


「でしたらオレがその役目を引き受けます」


 ***


「成程。それであんたは五十嵐のフリをしてた訳。でも解せない。あたしは間違いなく五十嵐が運転席に座っているのを見た。顔をハッキリと確認した。変装したあんたじゃなかった。どういうこと?」

「簡単ですよ。五十嵐さん本人に運転して貰ったんです。今も車の中でのびてます」

「よく五十嵐が引き受けたわね」

「轢き屋に殺されるのがいいか、今ここでオレに殺されるのがいいか脅しました」

「ハ! あんた可愛い顔してとんでもない悪党ね。というか、あんた対人恐怖症じゃなかったっけ。よく五十嵐を脅すなんて真似ができたわね。それにあたしのこと怖くないの? それとも対人恐怖症ってのは嘘?」

「いえ。嘘じゃありません。オレは間違いなく対人恐怖症です」

「じゃあどうして?」

「人殺しを生業とするような犯罪者が人間なわけねえだろ」


 恐ろしく低く、冷たい声だった。


「五十嵐さんについても同じです。保身のために様々な悪事に加担してきました。そんなの人間じゃありません」


 西空の凍てついた、絶対零度を思わせる目。見つめられるだけで人を氷漬けにできそうな位に、冷気迸る眼差し。直美の体は無意識に震えていた。


「さて、他に質問はありますか」

「……質問させてくれるんだ。じゃあ、本来はどうやってあたしを捕まえる計画だったの? まさかあたしに轢かれることも計画に織り込んでいたってことはないよね」

「本来の計画では、あんたを行き止まりに誘い込む予定でした。北山さんの指示でオレを追跡させ、あんたを袋小路へと誘い込みます。あんたは行き止まりで立ち往生している五十嵐の後姿、正確には五十嵐の格好をしたオレの後姿を見たら、間違いなく殺すつもりで突っ込んできます。オレは上手いことやり過ごす。そして北山さん達の車で退路を塞ぎ、あんたを殺人未遂で捕まえる。そんな計画でした。まさかのバック追跡で、初っ端から台無しになるとは思いませんでしたが」


 直美はその計画を聞き失笑する。


「ハッ! 何その杜撰な計画。っていうか上手いことやり過ごすって何? 袋小路なら普通避けれず轢かれるわよ」

「受身を取るから大丈夫です。五十嵐に轢かれた時もそれで大丈夫だったんで」

「恐ろしい奴。じゃあどんな理由であたしに追跡させるつもりだったの」

「先程も言いましたが、北山さんがあんたをナビする予定でした。五十嵐の車にあらかじめ発信器を付けておいた、という設定で」

「正直、胡散臭すぎるわよ。そんな雑な嘘にあたしが騙されるとでも?」

「北山さん曰く、どんな骨董無形な嘘であろうとも、その時だけ相手に信じさせてしまえば問題ない。虚を突き、揺さ振り、怒らせ、冷静さを失わせれば、相手を操るのは容易い。だそうです」

「恐ッ! クルちゃん探偵じゃなくて詐欺師になった方がいいんじゃない」

「オレもそう思います」


 背後から荒々しいエンジン音と共に、一台の車が現れた。車は西空の近くで停車し、中からわらわらと人が下りてくる。


「西空君! 無事でよかった」

「って車がひっくり返ってるじゃないっスか!」

「おまえよく無事だったな」


 北山、南地、東海が西空に駆け寄る。西空は体を一瞬ビクリと震わせ、それ同時に直美の足に鈍い痛みが走った。


「すみません。恐いんで3人同時に急に近づかないで下さい」

「お、おう。そういや、五十嵐は何処だ」

「ああ、まだ車の中でのびてるはずなんで、一応助けてあげてください」


 それを聞き、東海と南地は車の方へ向かった。


「でも、本当に大丈夫? 頭とか打ってない? ちょっと見せて……」


 北山が怪我を見ようと西空に急接近。西空の筋肉が緊張でさらに膨張する。


「痛い痛い痛い!」


 溜まらず叫んだ。だが西空は直美の訴えに一切耳を貸さない。力を緩めない。

 何故か西空は明後日の方向を見て、驚愕の表情をしていた。


「何で……何であんたが此処に居んだよ!」


 西空が叫んだ。だが、叫ぶ先には誰も居ない。


「ここにあんたが居ていい訳がない。今すぐ去れ!」


 西空の見つめる先には何もない。西空は虚空に向けて叫んでいる。


「あんたが知っていいことなんて何もない。後悔するだけだ。そもそも、聞いたところで意味ねえだろ」


 そこに何か"居る"のか? 想像し、恐怖した。


「できません。だって、逃げられるじゃないですか」


 西空は虚空に向けて何度も叫んだ。だが、叫びは徐々に小さくなり、同時に力も緩んでいく。


「……一生のお願い。使い方間違ってます」


 そう言って、西空は直美を解放した。訳が分からなかった。

 西空に掴まれていた部分がうっ血し青ざめていたが、痛みはそれほどでもない。今なら走って逃げられる。だが、何故か逃げる気が起きなかった。それもまた訳が分からなかった。

 ふと、甘い痛みを胸の奥に感じ、目から涙が一筋流れ落ちた。訳分からないことばかりだ。


「さて直ちゃん。全部話してくれるよね」


 北山が直美の正面に回り、そう言った。優しげだが、有無を言わせぬ声色だった。

 五十嵐の救出を終えた南地と東海も戻り、直美を取り囲む。


「安心して。逃げないから。あたしの負けよ。完全敗北」


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえる中、直美はゆっくりと語り始めた。

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