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4.2 北山来々留(きたやまくくる)

 私は今車の中に居る。ちょうど今、駐車場に車を停めたところだ。車内のデジタル時計は11:13と表示されている。エンジンを止めようと鍵に手を伸ばした所で、もみじ動物病院と書かれた看板の陰から男が駐車場に入ってくるのが見えた。工藤だ。

 工藤は慌ただしい様子で車に乗ろうとしたが、隣のワゴン車が邪魔で車内に入れなかった。工藤はワゴン車のナンバーと駐車場番号を確認している。持ち主に移動させるためだろう。私は鍵に向けて伸ばしていた手を引っ込め、アクセルペダルに足を置いた。

 確認を終えたのか、工藤が駆け足で病院へと向かう。背がどんどん離れていく。私は慌ててアクセルを全力で踏み込み、離れる背中に向けて急接近する。途中で工藤はこちらに気付いた。

 だが、私は彼を轢く直前で思わず急ブレーキを踏んでしまっていた。跳ねられた工藤は地面に転がり、車体は工藤の手前で停止した。工藤は起き上がろうとしていた。それを見て、私は何も考えられなくなり、再びアクセルを全力で踏み込んだ。

 工藤の体がボンネットの陰になり完全に見えなくなった。次に車輪が縁石に乗り上げた時のような振動が足元から伝わって来た。グチリミチリと形容しがたい音が聞こえた気がした――――――


「北ちゃん。大丈夫か」

「……ええ、もう大丈夫」


 時計を確認する。現在11時03分。一刻の猶予も無い。


「東君。もみじ動物病院の場所と連絡先を調べて」

「了解」


 携帯電話を取り出し、工藤信吾の番号を呼び出す。トゥルルル、トゥルルルと呼び出し音が繰り返されるのみで、出る気配は一向に無い。北山は無意識に舌打ちした。


「北ちゃん。もみじ動物病院は大学からそう遠くない場所だ。歩きで15分、走れば5分ぐらいか」

「地図をプリントして」

「もうしてある」


 プリンターから地図を取り、正確な位置を確認する。東海は走って5分ぐらいと言っていたが、この辺りは急な勾配が多い。もしかしたら10分近くかかるかもしれない。北山は再度舌打ちした。


「だ、誰がやられるんスか?」

「工藤君が10分後に轢き殺される。ここに急いで!」


 北山はもみじ動物病院の駐車場の位置に印をつけ、地図を南地に渡す。


「がってん承知の助!」


 南地は地図を受け取り、部室から飛び出した。


「くれぐれも気を付けてね! 途中で工藤君を見かけたら引き留め屋内に避難」


 南地は振り返りもせず、廊下を駆け抜けた。


「さて、私達も急がないと」


 北山と東海も小走りに部室を飛び出した。西空もそれに付いていく。


「あ、あの。一体何が」


 西空だけ急な事態に付いていけてなかった。


「時間が無いから結論だけ言う。工藤君が11時13分に轢き殺される。場所はもみじ動物病院の駐車場」

「なんでそんなことが分か――」

「予知能力だ」


 北山の代わりに東海が答えた。


「……もうあと少ししか猶予が無いじゃないですか。もっと急がなくていいんですか?」

「急いでるじゃない!」「急いでる!」


 まだほんの少ししか走ってないが、北山と東海の息が上がり始めていた。2人は走るのが、と言うよりも運動全般が苦手だった。


「地図貸してください」


 西空に地図を差し出すと、乱暴に取り上げられた。

 西空は駐車場の位置を確認すると、一気に加速する。かなり速い。このペースを維持できるのであれば間に合うかもしれない。そんな希望を抱いたのも束の間。西空は途中の階段を曲がらずに廊下を真っ直ぐ突っ走った。


「ちょっと! そっちは行き止まり!」


 西空は聞く耳持たず真っ直ぐ廊下を駆け抜ける。スピードを緩める気配が無い。もしかして前が見えてないのかと疑う程。だがそうじゃなかった。

 西空は突き当りの窓の手前で走り幅跳びの選手の様にジャンプ。そのまま空中で窓枠上部を掴み、振り子のような軌跡を描きつつ身を外へ投げ出した。西空は窓枠から手を離し、放物線を描きながら鮮やかに着地すると、そのままの勢いで駆け出した。


「スゥーゲェー」


 思わず感嘆の息が漏れた。隣の東海も目を丸くしていた。西空をスカウトしたのは霊視能力が理由だったが、それ以上に凄いお買い物をしたのかもしれない。


 ***


「糞ッ! 誰だよこの下っ手糞な駐車!」


 工藤は思わず罵声を上げた。

 駐車場の壁際に車を停めていたのだが、その逆サイドにワゴン車が、後少しで接触するようなスレスレの間隔で停められていた。辛うじて身を滑り込ませる余裕はあるが、扉を開け車の中に入るのは無理だった。持ち主に移動させるため、車のナンバーと駐車場番号を確認、メモしてから、もみじ動物病院へ向かった。

 駐車場から出た所で、工藤は一旦足を止めた。

 果たしてもみじ動物病院に戻っても大丈夫なのか。既に通報されていて、院内で警察が待っているのではないか。考え過ぎだと理解しているが、一度湧き上がった不安は簡単に払拭できるものではない。

 だから工藤は荒々しいエンジン音が背後から急接近してきていることに直前まで気付くことができなかった。振り向いた時には、もう遅かった。横殴りの衝撃を受け、地面に転ばされた。転ばされた勢いで手の平と膝をアスファルトに擦り、熱い痛みが工藤を襲う。

 次に車に何かが衝突する音が耳に入ってきた。音の低さから、大分重い物と衝突したのだろうと、他人事のように思った。

 実際他人事だった。感じる痛みは手の平と膝の傷だけ。自分は車に轢かれていない。

 工藤は慌てて上体を起こし、いつの間にか閉じていた目を開く。目の前に写る光景は、1ヶ月前に見たの同じ光景。人が血を流し、力無く地面に横たわっていた。

 男の顔に見覚えがある。広瀬大学探偵事務所の一人、西空零司。


 彼の頭から血が流れだし、雪で白んだ道路を赤く赤く染めていく。彼は苦悶の表情で息絶えていた。その表情が、光景が瞼の裏に焼き付いていて、瞳を閉じても鮮明に映し出される。


 高橋の死がフラッシュバックし、工藤は絶叫した。

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