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2.14 南地語

「……南ちゃん。工藤君の言ってたことが本当かどうか、ジョナサンに確かめて」

「了解です」


 南地は深呼吸を3度してから、ソファーに座るジョナサンと目を合わせる。


「女。我から離れよ。うっとおしい」


 ジョナサンの老成した声が聞こえてきた。成功だ。


「えっと……ウチも離れたいんだけど、でもそういう訳にもいかなくて」

「む? 女。人間の癖に我の言葉が分かると把握。何者だ」


 ジョナサンが伏せていた顔を上げ、不遜に尋ねてきた。南地は心底驚いた。今まで話しかけてきた動物は、何故南地が動物の言葉を理解できるのか疑問に思ったことが無かったからだ。この時点で、ジョナサンはかなり高い知性を持っていることが分かる。


「えっと、その、超能力者?」


 超能力者という言葉が犬に理解できるとは思えなかったが、それ以外の言い回しが思いつかず、尋ねるようなトーンになってしまった。


「何故疑問形。テレビで見た覚えあり。手を触れずに操作するさいこきねしす、離れた場所に移動するてれぽーてーしょん等が超能力であると記憶。手品とは相違なるもの。そうであろう?」


 腰を抜かすほど驚いた。ジョナサンは超能力と言うものをきちんと理解している。しかもそれはテレビで身に付けた知識らしい。つまりそれはテレビ番組の内容を理解しているという訳で―――


「女。返答を求む」


 ジョナサンがグルルと不機嫌そうに唸っていた。


「あ、す、済みません。その理解で間違ってないよ」

「把握。ならば女の能力は人外と会話する能力と予想する」


 ちょっと頭良すぎやしないか。その知能の高さに南地は舌を巻く。


「女。無言禁止。返答を求む」

「あ、す、済みません。仰る通り、ウチの能力は動物と会話する能力です」


 思わず丁寧語になってしまった。ジョナサンは犬のはずなんだが、何故か偉い人と会話している気分になる。


「把握。ならば我、女に調査依頼あり。しかと拝聴せよ」

「い、依頼?」

「我、貴様が探偵であると把握。探偵は調査依頼を受けるものと記憶。ならば我の依頼も受けるべきと主張する。対価なら正宗ジジイの遺産で賄えると確信。貧乏人には十分すぎる額を進呈する」


 動物から依頼されるなんて初めてのことだし、探偵という職業を理解していることに驚きだし、お金のことを理解していることにもさらに驚きだし、言葉遣いはやたら変だし、というかこいつ本当に犬なのかだし、でもイルカも人間と同レベルの知能を持ってるらしいし、というか犬の分際で偉そうだし見下してるしムカツクし、等々、南地の脳内に雑多で取り留めのない考えが浮かんでは消えた。

 黙ったままの南地に腹を立てたのか、ジョナサンがグルルと唸り声をあげる。


「女。なにゆえ呆けた顔をしている。我の話が理解できていないのか? 若くして痴呆か? 憐れ」


 実年齢は君より上なんだがと主張したくなったが、寸でのところでそれを抑えた。


「ええっと、ちょっと呆気にとられちゃって……あ、その、依頼の前にジョナサンさんに一つ聞きたいことがあるんですけど」

「何だ。言ってみろ」

「えと、さっき工藤先輩が言ってたことって、全部本当ですか? 遺産の話とか、ジョナサンがこの家に来るまでの経緯とか」

「本当だ。遺産はジジイの死後、堅三郎ガリが下僕と馬鹿3兄弟に話していたことをよく覚えている。我がここに来た経緯も話していた通りだ。昔話については我の知る所ではないが」


 これで工藤が言っていたことが全部真実であることの確証が取れた。北山にそのことを報告しようと振り返るが、途端ジョナサンはグルルルと不機嫌そうな唸り声をあげた。南地は慌ててジョナサンの方に向き直り、再度視線を合わせる。


「えと、どうして怒っているんでしょうか?」

「女。我の話がまだ終わってないぞ。我は宣言済み。貴様に依頼があると」


 ジョナサンは人間と同レベルの知性を持っていることにもう疑いはない。だから犬としてではなく、人間と同じように接さないと気分を害してしまうのだろう。


「えあ、その、済みません。それで、一体どのような依頼ですか?」


 それでもこの時の南地は、まだジョナサンのことを侮っていた。犬だから、どうせ大したことは依頼されないだろうとタカを括っていた。だが、ジョナサンの口から出た依頼は、


「轢き屋を見つけ出して欲しい」


 という奇怪なものだった。


「ひきや……? ああ、ヒキヤさんって人を探せばいいんだね」


 ヒキヤ。余り聞いたことのない名字だ。いや、苗字とは限らないか。どちらにせよ、近辺のヒキヤという人物を見つけてしまえば依頼完了だ。南地は安易にそう考えた。


「女。貴様は何かを勘違いしている。我が指す『轢き屋』は人の名前にあらず。車を使った殺し屋である」

「殺し屋!」


 余りにも日常離れした単語を聞いて南地は叫び、ジョナサンはその大声にストレスを覚えたのかグルルと唸り声を上げ威嚇する。だが南地は興奮のあまり、ジョナサンが威嚇していることに気づいていない。


「女。大声を上げるな。見っとも無い」

「殺し屋って、あの殺し屋? 人を殺す殺し屋のこと?」

「女。理解力皆無。殺し屋といえばそれしかないであろう」


 にわかには信じられなかった。ジョナサンが殺し屋という職業を理解していることも、殺し屋という存在が南地の人生に関わってくることも。


「な、何でジョナサンはその『轢き屋』を探しているんスか?」


 何故殺し屋を、轢き屋という存在を知っているのか、何処で知ったのか、犬の世界にも殺し屋と言う職業があるのかと、色々な疑問が湧いたが、まずはジョナサンが轢き屋を探す理由について尋ねた。その理由はなんとなく想像ついていたが、どうか違って欲しいと強く願った。


「至極単純。殺す。轢き屋は我が優秀な下僕『高橋大樹』に仇成した。報いを受けて当然」


 想像していた通りの、最悪の答えが返ってきて軽く絶望した。


「だ、駄目だよそれは!」


 半ば反射的に南地は叫んだ。


「女。何故止める。我はこの耳でしかと聞いたのだ。ジジイを殺したのは轢き屋の仕業らしい。高橋大樹も轢き屋の仕業にしようと。我がテリトリーでの勝手な振る舞い許すまじ。喉笛を必ず切り裂いてくれよう」


 喉笛を切り裂く? ジョナサンの言葉に少しばかし違和感を覚えたが、そんなことはどうでもいい。まずはジョナサンを止めなくては。


「駄目だよ。人殺しは……いけないことだ。人の人生を、勝手に奪っちゃ駄目なんだよ……」

「ほほう女。貴様は殺しはいけないと論じておきながら、殺す側の肩を持つのか。理解不能。轢き屋は他者の命を奪っている」

「そうじゃなくて! 裁判とか判決とか待たずに裁いちゃ駄目なんだよ」


 ジョナサンの視線に蔑みが含まれているのを感じた。


「裁判? ああ、変な場所で変な髪型をした変な奴らが犯人を追いつめたり庇ったりすることと記憶。笑止。あんなもの我に言わせれば茶番。時間の無駄。裁判なぞ意味無し」

「茶番じゃないし、時間の無駄ではないよ。判決は覆ったりもするし……」

「女。我が言いたいのはそういうことでは無い。仮に轢き屋が捕まり、裁判に掛けられたとしよう。全ての判決に決着が付くまで、どれぐらいの時間がかかる?」


 ジョナサンの問いに南地は直ぐ答えられなかった。だがジョナサンは南地の返答を待たずに話を続ける。もとより返答は求めていなかったようだ。


「1人につき少なくとも1年は掛かると記憶。長ければ5年掛かることもあると記憶。ならば10年掛かる可能性。さて女。我はそれまで生きていると思うか? 我は轢き屋が裁かれるのを見ることができるのか?」

「それは……」


 その先の言葉を紡ぐことはできなかった。正直言って、ジョナサンは今生きているのが不思議なぐらい長寿なのだ。後1ヶ月も、いや一週間以内に突然死しても不思議ではない。


「女。我は今死んでもおかしくない年齢であることを把握。人間にも我と同じ境遇の者がいるのではないか? 人殺しが裁かれぬまま、一足先に大地に還った者がいるのではないか?」


 つと南地は思った。ジョナサンの言うとおり、被害者側の人間が、遺族が、被告の判決が出る前にこの世を去った人はどれぐらいいるんだろうと。そして、それはどれほどの無念なんだろうと。

 孫を殺された老い先短いお爺ちゃんお婆ちゃん。我が子を殺された体の弱いお母さん。兄を殺された不治の病を持つ弟。様々な可能性の嵐が脳内に吹き荒れ、南地は急に怖くなった。


「女。理解できたようだな。ならばもう一度依頼する。『轢き屋』を我の前に連れてこい」

「連れてきて……どうするの?」

「女。我は宣言済みであり貴様は我が目的を十分理解している。その問いは無駄であり、悪あがきだ。喉笛を切り裂き殺すという言葉が受け付けないなら、別の表現をしてやろう」


 ジョナサンが殺意に満ちた声で吠える。


「『轢き屋』を大地に還す。それが我が目的。我が悲願」

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