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2.13 工藤慎吾(くどうしんご)

 高橋、直美の2人とは大学からの付き合いだ。高橋とは入学時のオリエンテーションで、同じグループとなった時に知り合った。

 高橋の第一印象は、一言で表すと嫌いなタイプのチャラ男で、俺は正直ゲンナリとしていた。こんなチャラチャラした野郎と上手くやって行けるのか不安だった。だが、その不安はあっという間に覆される。

 グループの班長を10分以内に決めるよう先輩に告げられた時、意外なことに高橋は班長の役を買って出た。

 俺はどうして班長なんて面倒な役割を立候補したのか聞くと、


「んー? このオリエンテーションが終わったらまたバイト三昧の毎日だから、今のうちに色んな人と知り合っておこうって思ったんだぜー。生活費苦しーし、金ねーから皆と一緒に遊べないからさー」


 意外なほど真面目な答えが返ってきて、俺は己の了見の狭さを恥じた。

 オリエンテーション終了後、高橋は言ってたとおりバイト三昧の毎日で、コンパとかそう言った集まりには一切参加しなかった。だからオリエンテーションで一緒だった奴らとも直ぐ疎遠になった。

 親の金で何不自由なく暮らしてきた俺にとって、高橋の生き方は何から何まで新鮮なものだった。高橋はどんな今までどんな生活を送って来たのだろうか。バイト大変なんじゃないか。辛いんじゃないか。悲劇のヒーローぶってるんじゃないか。腹の中で俺のことは脇役風情と思ってるんじゃないか。

 そんな憐憫と嫉妬が混じり合った感情をスパイスに、俺の中の好奇心はどんどん増長していき、授業の合間や休み時間中、高橋に声を掛けた。声を掛け続けた。

 やがては高橋からも話し掛けてくるようになり、親しい友となった。そしてある日、高校から付き合っている彼女がいると聞かされて紹介されたのが直美だ。

 直美は見た目通り、非常に勝気、というか無礼な女だった。会うなり「聞いてたよりも根暗そうな印象の人ね」と明け透けに言われ、怒りを覚えたことは未だ記憶に新しい。

 高橋が「直美はちょっと人見知りが激しいから許してやってくれー」というよく分からないフォローをすると「変な事言ってんじゃないわよ」とドつかれていたことも印象に残っている。

 そんな訳で、直美は男勝りの粗暴な女と脳にインプットされた訳だが、高橋の時と同じように、その印象があっさりと覆ることになる。

 その日、直美は自宅でケーキを焼いてきたから、近くの公園で一緒に食べようと言った。大学生にもなって手作りケーキを外で食うとかダセエよと思ったが、高橋の手前上、嫌々ながらも付き合ってやった。

 だが出されたケーキを食べてビックリ。滅茶苦茶美味しかった。それも一流パティシエが作る様な鮮烈な美味しさではなく、田舎の小洒落た喫茶店で出てくるような素朴で優しい味わいだった。

 そのことを直美に伝えたら、本当に嬉しそうに微笑み、その可愛らしい笑顔を見て俺は思わずドキリとした。そしたら高橋に綺麗なヘッドロックを決められた。こいつでも嫉妬することがあるんだなあと、少し安心した。

 別れ際に「それで二人は何時結婚するんだ」と冗談で言ったら、互いに顔を真っ赤にしてあたふたし始め、高橋はバイト急ぐからと街の方へ向かって、直美はバレーの練習があったと部室棟に向かって脱兎の如く走り去った。




 それから2年と約10か月が経過した。

 直美の誕生日前日の3月23日。夜23時頃、俺は彼女の自宅へ向かっていた。何故かというと、高橋に『今すぐ直美の家に来て欲しい』とメールされたからだ。折角の誕生日に2人っきりを邪魔するのは悪いとメールを返したんだが、そしたら速攻返信が来て『相談したいことがある。詳しいことは直美の家で』と書かれていた。

 高橋から相談を受けるのは、始めてのことだった。それに、何となくただならぬ雰囲気を察した。俺は2人の居る直美家へと急いだ。

 そして時刻は23時半ちょっと前。路上で一人立っている高橋に気付き、俺は右手を大きく振った。だが高橋は電柱に貼ってあるポスターに気を取られ、俺に気付いてないようだ。

 だから俺は、


「高橋!」


 と声を掛けた。高橋も俺に気付きこちらを向いた。


「待たせて悪い――」


 次の瞬間、高橋の姿は眩い光の中に飲み込まれた。光は荒々しいエンジン音で俺の声をかき消しながら突進。高橋には振り向く間も与えられられず、彼の体が宙で回転した。

 骨の砕ける音が聞こえた。肉が潰れる音が聞こえた。異常な速度の車がスピードを落とさず素通りしてから初めて、目の前で轢逃げ事件が起きたことを理解した。


 ***


「成程。工藤君は事故現場、いいえ、殺害現場を目撃していたということですね」

「ああ。車のライトが点いたと思ったら、次の瞬間には高橋が轢かれていた。本当に一瞬のことだった。現場に居合わせた俺にゃわかる。あれは断じて事故じゃねえ」

「車のナンバーとかは?」

「……見てねえんだ」


 悔しくて、工藤は無意識に歯ぎしりしていた。


「でも、殺人事件だとしたら動機は何かしら。お金目的じゃなさそうだし、直ちゃんの話を聞く限りは恨みを買うような人物ではない印象だったのだけど」

「ああ。あいつは人様から恨まれるようなことは何一つしてねえ。あいつは本当にいい奴だったんだ」

「それにあなたは和水家が殺したと決めつけてるみたいだけど、どうしてかしら」

「遺産だ」


 その答えに、北山は目を白黒させた。


「遺産って……確か高橋君は身寄りが居ないって聞いてたけど、私の記憶違いかしら?」

「いいや間違ってねえよ」

「じゃあどうして遺産が関わって――」

「まさか実は高橋先輩は和水家の隠し子だった、的な昼ドラっちゃってたりするんですか!」

「いや違う」

「じゃあ奥さんと不倫してたとか」

「南ちゃんちょっと黙ってて。あと不倫と遺産は結び付かない」

「まさか正宗さんの愛人だった――」

「南ちゃんちょっと本気で黙ってて」


 北山は苛立ちを顕わにし、南地が「すんません」と申し訳なさそうに呟いた。


「……遺産にジョナサンが関わってくるんだ」


 工藤は溜息交じりにそう告げた。その発言に、3人の探偵は目をぱちくりさせる。何故遺産とジョナサンが関わって来るのか皆目見当がつかない様子だ。


「単純な話だ。和水正宗の遺産の相続先がジョナサンなんだよ」


 探偵たちは一斉にジョナサンの方に顔を向けた。ジョナサンは眼の色が変わった3人を見つめながら一つ大きな欠伸をし、まるで強欲な人間を嫌悪しているかのように、グルルと不機嫌な唸り声を上げた。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待って下さい! 他の国ならあり得るかもですけど、この国じゃそれは無理ですよ」

「南ちゃん? どういう意味かしら」

「遺産の相続ですよ。この国ではペットは物としての扱いなんです。だから遺産の相続はできません。法律的に無効です。だから、工藤先輩の言ってることはありえないですよ」

「負担付遺贈」


 西空が小さく呟いた。


「高橋さんは和水正宗さんから負担付遺贈を受けた。ということですよね」

「ああ、お前の言うとおりだ。というか、よく負担付遺贈なんて知ってたな」

「前に死んだ弁護士から……」


 西空はそこで言葉を止め、一つ咳払いをしてから、


「いや、知り合いの弁護士から聞いたことがあったんです」


 と言い直した。


 負担付遺贈。

 遺贈者が受遺産者に対し「財産を与える代わりに一定の義務を負担して貰う」遺贈。


「なるほど。今回の場合、ジョナサンの世話をする代わりに財産あげる、という訳ね」

「因みにほぼ全財産だぜー」

「は!?」


 思わず西空は驚きの声を上げ、北山が「まだ続きがあるようだから静かに聞きように」と嗜めた。


「だから俺は高橋が和水家の誰かに、いいや、もしかしたら家族ぐるみで殺されたんじゃないかって思ってんだよ」

「……つまり、遺産分配に当たって、和水家にとって高橋君は邪魔な存在だったから消された、と」


 自分で言ったものの、北山はその可能性は薄いと考えていた。漫画やアニメで大富豪の全財産が主人公に相続され、親族から主人公殺害のための手先が送り込まれる、なんて展開があるが、現実はそんな短絡的な解決を図ったりしない。

 確かに和水正宗は自由に財産を分配する権利をもっている。だが、余りにも極端な配分がなされた場合、一部の相続人が不利益を被る可能性がある。そういった事態に対処するために、民法上は相続する財産について一定の割合を保証する「遺留分」というものがある。この「遺留分」の割合は決して少なくない。

 だから、たとえ相続人が全財産を受け取ろうとも遺族は相続人に対し、今回の場合高橋に対して遺留分を要求できるし、その場合は話し合いの場が設けられる。話合っても解決しなければ裁判となるが、高橋の評判を聞く限り、全財産自分のものだと言い張るような人物だとは思えない。


「それと、これを見てくれ」


 工藤は1冊の小さなノートを北山たちに差し出した。表紙には『ダッキーの観察日記2』と書かれている。北山はノートを受け取り、ページをめくっていく。


 2月24日

 AM4:00 高橋大樹はいつも通り新聞配達に出発。

 AM6:13 配達を終え、そのまま和水家宅へ向かう。

 AM6:26 和水家に到着。ジョナサンの散歩を開始。

 AM6:36 青葉川にて休憩。

 AM6:40 散歩再開。

 AM6:49 ベーカリーポンダに寄り、パンの耳を無料で受け取る。

 AM6:55 青葉川にて再び休憩。川辺のカルガモと戯れる。

 AM7:12 ジョナサンの散歩終了。そのまま広瀬大学へ向かう。

 AM7:58 広瀬大学に到着。講義が始まるまでの時間、空き教室にて時を過ごす。

 AM8:30 講義開始。朝のバイトの疲れからか授業中何度か欠伸をする。

 AM10:00―――


「何だこれ気持ち悪!」


 西空が叫び声を上げた。ノートには高橋が何月何日何時に、どこで何をしていたのか事細かく記載されていた。日付は2月24日から3月11日まであり、箇条書きが延々と続いていた。


「工藤君。これは一体どうしたのかしら?」

「ジョナサンが持ってきたんだよ」

「詳しく聞かせてくれないかしら?」


 そして工藤は再び、淡々と語り始めた。


 ***


 高橋が殺された翌日3月24日の昼下がり、俺は和水邸へと赴いた。

 俺は既にこの段階で、和水家が高橋のことを殺したんじゃないかと疑っていた。この時既に負担付相続のことを知ってたからな。

 俺はそびえ立つ和水邸を睨みつけながら、周辺を歩いて回った。高橋を轢き殺した車の姿をうっすらと覚えている。もし和水家の誰かが犯人ならば、その車はきっと和水邸のどこかに隠されているはず。そう思い、俺は和水邸内を覗ける場所がないか探していた時のことだった。

 屋敷の2階の窓から、何者かが俺の様子をじっと窺っていることに気付いた。俺は和水家の誰かに勘付かれたのではないかと焦り、ただ散歩している風の人を装いつつ、横目で窓にいる何者かを覗き見た。そしてそれが人ではないことにすぐ気づいた。窓から俺の様子を窺っていたのは、年老いた犬、ジョナサンだった。

 ジョナサンは番犬のように吠えることもなく、ただひたすらに、じっと俺のことを見続けていたが、不意に窓から姿を消した。俺はジョナサンが消えた後も暫くその場にとどまり、ジョナサンと初めて会った時のことを思い出していた。

 あれは確か……




 朝早く目覚めてしまい、腹が減っていたが食料の備蓄がなく、しょうがなく近くのコンビニへと食い物を買いに行く途中、青葉川の橋の下で休憩している高橋とジョナサンを発見した。俺は高橋の元へ駆け寄り、声を掛けた。


「おっス。朝のお勤めご苦労さん」

「工藤? こんな朝早くにどうしたんだ?」

「何か目が覚めちまってよ。腹も減ったから食い物買いに行く途中だ。お前こそ、んな所で何やってんだ」

「散歩の休憩中。な」


 高橋は隣でうずくまっているジョナサンに声を掛けた。ジョナサンは面倒くさそうに頭を上げ、俺のことを一瞥してから直ぐに元の体勢へ戻った。


「おお、そいつが噂のジョナサンか。なんつーか、ノロそうな犬だなあ」


 そう言った直後、バウとジョナサンが吠えてきた。


「うぉっ! 急に何だこいつ」

「駄目だぜそういうこと言っちゃ。こいつ人間の言葉分かるから、下手すると噛まれるかもしれねーぜ」

「んな馬鹿な」


 ジョナサンは不機嫌そうに俺のことを睨みつけている。


「あ。そうそう、午前中の授業のプリント、俺の分も取っといて貰えないか」

「急なバイトでも入ったのか」

「まあそんな所。そう時間は掛かんねーと思うんだけど」

「余り熱を入れ過ぎんなよ。金がねえのは分かるが、倒れたら元も子もねえからな」

「うん。十分気を付けるよー」

「それに今日は直美の誕生日だろ。バイトなんか休んで、英気を養った方がいいんじゃねえか?」


 俺は左手で輪を作り、右手の人差し指で抜き差しした。高橋は俺の意図を理解し、みるみるうちに赤面した。


「ハハッ! 相変わらずウブ過ぎんだろお前」

「ウルセーなもう……」




 ああそうだ。これはつい昨日のことだ。高橋が殺された日の朝のことだ。まだ1日しか経ってねえのに、何故か遠い昔のように感じる。


「……いてっ!」


 突如、頭に小石をぶつけられた様な痛みを感じ、出かけていた涙が引っ込んだ。足元で、クシャクシャに丸められた紙がカツンカツンと音を立てながら数回バウンドし、やがて慣性を失い動きを止めた。痛みを感じた箇所、頭のてっぺん辺りを手で軽く押さえつつ辺りを見回すが、犯人と思しき人影は見当たらなかった。

 和水邸の方を見上げると、いつの間にか窓が開いており、そこからジョナサンが顔を覗かせている。ジョナサンは俺のことをじっと見つめた後、地面に落ちている紙の方へ鼻先を向けるという行為を何度も繰り返した。

 ジョナサンの行為に何かを感じ、俺は丸められた紙を拾い上げた。紙としては重かった。どうやら何かが包まれているようだ。また、紙は何故か少しべとついており、それがジョナサンの涎であることに気付くのはもう少し後のことだ。

 破かないよう、丸められた紙を丁寧に開いていくと、親指程度の小さな橋の模型が姿を現した。丸められた紙もただのメモ用紙ではなく、日捲りカレンダーの一ページで、日付は3月26日だった。

 ジョナサンは相変わらず俺のことをじっと見つめている。


 ――こいつ人間の言葉分かるから。


「おい、お前がこれを投げたのか」


 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、俺はジョナサンに問いかける。ジョナサンは窓枠から上半身を乗り出し、まるで人間のようにコクリコクリと頷いた。俺は戦慄を覚えつつ、問いを続ける。


「どういう意味だ。この橋の模型に何か意味があるのか」


 ジョナサンは前足を縦に伸ばし尻を地面につけ、所謂お座りの姿勢を取り、そのまま俺のことを見つめ続けた。


「お座り?」


 ジョナサンは首を左右に振る。どうやら違うらしい。


「お手?」


 首を左右に振る。これも違うようだ。


「……待て?」


 ジョナサンはお座りの姿勢を崩し、口を開け舌を出しながらコクリコクリと頷いた。先程とは明らかに違う反応だから「待て」が正しいようだ。だが、結局どういう意味だ? 橋の模型の意味も分からないし……橋?


「……橋で、待て?」


 そう呟いた直後に「バウ」と、ジョナサンが吠えた。ジョナサンは尻尾を左右に振り、嬉しさを体現している。


「橋って、青葉川のか? この前お前と会った」

「バウ!」

「3月26日に青葉川の橋の下で待て?」

「バウバウバウ!」


 高橋……こいつは言葉が分かるってレベルじゃねえぞ。言葉を完璧に理解していやがる。




 そして来たる26日。俺は早朝に橋の下でジョナサンを待った。待ち合わせの時間は指定されていなかったが、ジョナサンとここで初めて会った時間帯は早朝だ。

 待っている最中、何でこんな馬鹿なことをしてるんだろうって思ったりもした。正直、これは誰かの手の込んだ悪戯か偶然と考えた方が現実的だし、俺自身、和水家が高橋を殺したという妄想に取りつかれ、気が狂っちまったんじゃないかとも思った。

 いや、実際狂っていたんだろうな。ジョナサンと会うことで高橋の死に関する何かを掴むことができるんじゃないかという、何の裏付けも根拠もない淡い期待、いや、幻想を抱いていたのだから。だが、信じられないことに、その幻想は実体となり俺の前に姿を現した。

 朝焼けで空が赤く染まりつつある頃、ジョナサンは本当に来た。一冊のノートを口に咥えていた。俺はそのノートの内容を見て、和水家が高橋を殺したかもしれないという疑念が、高橋を殺したという確信に変わった。

 俺はジョナサンを家に連れて帰った。と言うよりも、ジョナサンの方から勝手についてきた。

 ジョナサンは和水家に戻りたくないようで、多分……身の危険を感じてたんだろうな。俺はジョナサンを一旦独り暮らしのアパートに隠した後、直ぐ実家に戻って車を調達し、ジョナサンを実家まで運んだ。


 ***


「これで俺の話は終わりだ。何か質問はあるか?」

「そんなことがあったのか……」

「どうして工藤君は遺贈について知っていたのかしら?」

「以前高橋から相談を受けたことがあんだよ。そん時に知った」

「ジョナサンをアパートからこの家に移したのはどうして?」

「そりゃ、今住んでるアパートじゃジョナサンを隠し通すのは無理そうだと思ったからだ。管理人が不審に思うかもしれねえだろ。それに、なるべく和水家から遠ざけて置きたかった、つーのもあるな」

「そう……」


 北山は口元に握り拳を当てつつ、視線をテーブルに落とす。


「……やっぱ信じらんねーよな。言ってる最中、自分でも嘘臭いにも程があんだろって思ったからな」


 工藤は悲しそうに、一つゆっくりと溜息を吐く。


「でもな、正直和水家っていい噂を聞かねえんだよ。何かヤバいことに手を染めてるって噂もあるしよ。そんな噂の中、和水正宗が死んだ。親が死んで得するのは誰だ。その子供だろう。だが、遺産の分配について誤算が生じた。それが高橋の殺された理由だ。俺は、俺はそう確信している」


 工藤の声が熱を帯びてきたと同時に湿っぽくなってきた。


「でも、でもよ……だとしたらそんなのってあんまりじゃねえか。だって高橋は何にも悪くねえんだぞ。ただの偶然からジョナサンの世話をするようになって。遺産だって正宗が勝手にやったことで。それなのに……それなのに……あんなあんな……最後に、あんな……」


 工藤の脳裏にあの時の光景が繰り返し再生される。高橋が跳ねられ、空を跳び、錐揉みを描きながら地面に落下するまでの瞬間。5秒にも満たない一瞬の出来事が。

 ただ茫然と見ていることしかできなかった。俺は何もできなかった。そもそもあの時、声を掛けていなければ高橋は車を回避できたのかもしれない。


「……すまない。話長くて疲れただろ。少し休憩にすっか」


 酷く憔悴した声で工藤はそう告げ、リビングから出て行き、足早に自分の部屋へと向かった。

 北山はリビングのソファーに凭れ掛り、和水家が高橋を殺すメリットデメリットについて考えた。

 南地は会話のために、ソファーに座っているジョナサンに恐る恐る近づいた。

 西空は「ちょっと外の空気吸ってきます」と言うと、廊下を抜け家の外へと出て行った。

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