1.1 西空零司(にしぞられいじ)
叫んだら向こう側まで突き抜けてしまいそうな、透き通った青空の下。人気のない校舎裏の片隅にて、西空は静かに彼の話を聞いていた。
「でさ、水族館の帰りの売店で直美がイルカのペンダントをじーっと見つめてたわけよ。あいつイルカ好きだからさ」
高橋が恋人との思い出を語り、西空は時折相槌を打つ。2人はそのやり取りを15分ほど続けていた。
「誕生日も近いし、プレゼントしてやろうと思って値段を見たらびっくり。1万以上しやがったんだよ」
「それは結構な値段ですね」
「だろー。一万なんて貧乏学生にとっちゃ相当な大金だ。一万なんてそう簡単に手は出せねーよ。でもさ……」
――高価な物を無理に買おうとしなくていいわよ。そんな高価な物じゃなくても、気持ちさえあれば嬉しいから。
「って直美は言ってくれたわけよ」
「いい彼女さんですね」
だろー、と高橋は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「俺の彼女、ほんっとよくできた彼女なんだよ。頭はいいし、料理も旨いし、ちょっと気が強すぎるのがたまに傷だけど、でもほんと最高の彼女なんだよ」
高橋は本当に幸せそうな満面の笑顔でのろけ話を続ける。
さっさと本題に入れと視線で訴えるが、高橋は気付きもしない。先を促そうと口を挟みもしたが、のろけ話は終わらない。
シロップを過剰投入したホットココアのような、甘ったるいのろけ話が延々と続く。西空はこの先輩のことをかなりウザいと思い始めていた。可能なら殴り飛ばし、提供され続ける甘々ココアをクーリングオフしたい。
それと同時に、高橋の幸せそうな笑顔を見るたび胸が痛んだ。
「でさ、直美は今も俺のことを無視し続けるんだよ。何で怒ってるのか訳わかんなくて。しかも最近工藤と急接するし。あ、工藤って俺の親友ね。だから俺、気が気じゃなくって……西空君はどうしてだと思う」
「へ?」
「直美がどうして俺のことを無視するのか。どうして工藤と親密になりつつあるのか」
返答に困ることを聞かれた。彼女いない歴=年齢の男に女心について聞かないでくれと、西空は心の中でぼやく。
「……まあ、彼女さんが高くなくていいって言ってたのにもかかわらず、そのイルカのプレゼントを選んだんですよね。高橋さんは彼女さんの言葉を無視した訳ですから、それを怒ってるんじゃないですか」
嘘だ。何故無視されるのかオレは知っている。だが、それをまだ彼に伝える訳にはいかない。
「うーん。そんなことで普通怒るかな。俺としてはサプライズで喜ばせたかっただけなんだけどなー。でも直美は金銭面でもしっかりしてるし、可能性としては否定できないか。直美って本当に良くできた彼女だから――」
「で! 結局オレにどうして欲しいんですか」
のろけ話が再び始まりそうな気がしたため強引に断ち切った。高橋が真面目な表情になる。ようやく本題に入るらしい。
「その、西空君へのお願いなんだけど、まずは直美がプレゼントのペンダントについてどう思ってるか、聞いてきて欲しいんだよね」
「……は?」
「平たく言うと、仲直りさせて欲しいんだよね」
「は?」
「大丈夫。西空君ならきっとやってくれる。俺の目に狂いはない」
大学入学して間もなく、ほぼ初対面の先輩にオレはとんでもないことをお願いされようとしている。そもそもどうやって先輩と知り合ったのか、どうしてこんな骨董無形なお願いをされているのか、話は一週間前の入学式に遡る。