2.11 南地語
やがて警察が来て、佐々木は傷害容疑で逮捕された。警察は当事者である北山達に事情聴取のための任意同行を求めたが、今日は疲れたから後日覗うと丁重に断った。
「さて工藤君。色々と報告したいことがあるのだけど、時間は大丈夫かな?」
「え? ああ、そうだったっスね。色々あってすっかり忘れてた」
工藤と共に南地と北山は部室へと戻る。西空は今も部室内ソファーの上で気絶中。
「さて、現時点で分かったことだけど……」
北山は捜査中に判明したことを掻い摘んで説明した。もちろん、他の依頼者のことや、ジョナサンが和水家の飼い犬であることを掴んでいるのは知らせない。
「つまり、ジョナサンは青葉川で何者かに攫われたと」
「運よく目撃者が居てね。そいつから聞いた」
「目撃者って誰っスか?」
「川辺にいたカルガモの親子」
北山は工藤の問いに対し正直に即答し、南地は口につけていたお茶を吹き出してしまった。あっさり能力をばらして大丈夫なのかと思ったが、
「冗談はやめて欲しいっス。目撃者は誰なんスか」
工藤の返答を聞いて、南地は安堵すると同時に少し悲しくなった。自分の能力により掴んだ情報が信憑性皆無なことを改めて痛感する。
「どうしてそんなこと聞くのかしら?」
「え……目撃者がその、誰なのかなってちょっと気になっただけっス。普通気にならないっスか?」
「まあ、気になるでしょうね。実は誘拐現場を誰かに見られていたかもしれないなんて、犯人さんは気が気じゃないでしょうね」
北山は工藤の目を真っ直ぐと見据えながらそう言った。工藤の目つきが険しいものへと変貌する。急激な空気の変化に、南地は身震いした。
「……どういう意味っスか」
「さあ、君が一番分かってるのでは?」
工藤が鋭い目つきで北山を睨みつける。北山は相変わらず女神のような微笑を揺蕩えている。南地は急展開に目を回すばかりだ。工藤も北山もその後一言も言葉を口にせず、チクタクと無機質な時計の音がやたら大きく聞こえた。双方相手の出方を窺っていることが、南地にも分かった。
張りつめた空気の中、突如、現在若者の間で流行中とTVで騒がれている曲が流れた。音の発信源は北山のポケットの中からで、どうやら携帯の着信音のようだ。北山も流行の曲を聞いたりするのかと、南地は少し意外に思った。
北山はポケットから携帯を取り出すこともせず工藤の様子を窺っている。工藤も北山を睨み続けていた。10秒、30秒、1分と空気を読まないメロディアスな着メロが室内にずっと響き、その音楽が途切れ無い。
2分、3分……6分。着メロはずっと流れ続けている。しつこい。しつこ過ぎる。南地は不安を覚え始めた。工藤もしつこ過ぎる着信を気にしている様子だった。
「……出てもいいんだぞ」
「あら、ではお言葉に甘えて失礼します」
平然とした顔で北山はポケットから携帯を取り出し、通話に応じる。
「はいもしも――」
「バカ山あああああああああ!」
南地と工藤の耳にも飛び込んでくる程の大きな罵声が電話口から聞こえてきた。電話の主は現在別行動中の東海だった。
「出るならさっさと出ろこのバカ山! 警部から聞いたぞ。また無茶しやがったんだな!」
「東君。ごめんちょっと今とりこみ中――」
「てめえはいっつもいっっっつも人を心配させやがる。いい加減にしろよ大バカ山。どうせ今回もてめえが原因なんだろ」
「い、いや今回は私の所為じゃ――」
「うるせえ! とりあえず正座だ正座!」
「は、ハイッ!」
北山は言われるがまま床に正座した。東海には見えていないにも関わらずだ。
「いいかバカ山。警部からいきなりてめえが怪我したって聞かされた時の僕の気持ちが分かるか」
「は、はい。済みません」
「電話にも全然でねえしよ。いちいち心配させんじゃねえよ」
「あ、その、電話にはちょっと出られない状況でして」
「うるせえ僕が掛けたら3コール以内に出やがれっつうの」
「ハイ、済みません」
「済まんで済んだら医者はいらねっつうの」
「ホント済みません」
「南地みたいに何度も済まん済まん繰り返すな。馬鹿みたいだぞ」
思わぬところで流れ弾が南地に直撃した。
すんません。馬鹿みたいでホンとすんません。
「まったく。それで怪我は大丈夫なのか」
「あ、うん。もう血は止まった。そもそも東君が心配するほどの怪我じゃな――」
「だからそう言う問題じゃねえっつってんだよ!」
「ハイ済みません!」
「ったく……帰ったら説教だからな。覚悟しとけよ。逃げるんじゃねえぞ」
そう言い捨て、東海は一方的に電話を切った。北山は正座の状態からフラフラと立ち上がり、通話の切れた携帯をポケットに入れた。そして、居心地悪そうにしている工藤の方に向き直り、
「とりあえず、事情を聞くために私達は工藤君の家にお邪魔すべきだと思うの。もちろん依頼のため。決して説教から逃げたいからじゃないわ。という訳で工藤君。よろしくお願いします」
と早口で捲し立てた。この時の工藤の唖然とした表情を一生忘れ無いだろうと、南地は思った。