2.6 西空零司
「一体何なんですかあの男! ほんと何なんスか! 訳分かんないですよ頭おかしいんじゃないスか!」
3人目の依頼者、佐々木紀夫が去ってから、緊張の糸がついに切れたのか、南知は次々と憤慨を露わにした。
「南ちゃん。あれでも一応依頼者なのだから、そういうこと言わない」
「でも!」
北山が人差し指を南知の口に当て、続く言葉を遮る。
「ま、南ちゃんの言うとおり、ちょっとヤバい人なのかも知れないね」
そう言いながら、北山は一枚の写真を渡してきた。佐々木から受け取った写真だ。
「この人、高橋君だよねえ」
写真には、犬と散歩中の高橋が写っていた。年老いたゴールデンレトリバー。佐々木もこの犬の名をジョナサンと言っていた。
「このワンちゃんも高齢みたいだし、多分同じ犬よね」
北山が同意を求めるように呟く。
「絶対そうですよ。偶然にしちゃありえないです」
南知が力強く断定する。西空も頷き同意した。
「しかも、3人とも自分の犬だと主張している。どういうことかしら」
佐々木はジョナサンを自分の飼い犬だと主張した。じゃあ、写真に写っている人物は誰かと聞いたら、その野郎がジョナサンを盗んだんだと物凄い剣幕で怒りだした。
それ以降、佐々木はずっと興奮しっぱなしで、さっぱり話にならず、今直ぐ犬を見つけろ見つけなきゃ只じゃおかない、と言い残してレストランを後にした。
「さて、さっきから黙りっぱなしの西空君」
「は、はい」
突如話しかけられ、上擦った声が出てしまった。
「依頼者は皆、確定ではないけど、同じ犬の捜索を求めてます。ですが、依頼の細部は異なっています。それぞれの依頼の要点を説明して貰えますか」
北山が挑むような目を向けてきている。これは試しだ。さしずめ、新入部員テストと言った所か。まだ部に入った覚えはないが。
「えっと……」
西空は書き込んだノートを見ながら話す。
一件目の依頼者、工藤慎吾は親友だった高橋の飼い犬が行方不明になったから探して欲しいと頼んできた。行方不明になった正確な時期は不明。だが、少なくとも犬は高橋の死後、3月24日以降に行方不明となった。
二件目の依頼者、和水家は飼い犬が行方不明になったから探して欲しいと頼んできた。犬は3月26日の朝に行方不明となった。誘拐の線も考えられるが、今の所、身代金の要求は来てないそうだ。
三件目の依頼者、佐々木紀夫は飼い犬が行方不明になったから探して欲しいと頼んできた。高橋に犬を盗まれたと主張している。それ以外は一方的に犬を探せと言われるばかりで、碌に話を聞くことができなかった。
しどろもどろに説明し終えると、北山が笑顔を送ってきた。
「うん。よくできました。初依頼にしてはやるじゃない」
西空は褒められたことに喜びを感じたが、人と目を合わせてしまった恐怖で思わずそっぽ向いてしまい、自己嫌悪に陥った。
北山は「褒めてんだからそんな暗そうな顔するんじゃないの」と笑い飛ばす。
「では西空君、それに南ちゃんも。三組の依頼者が同じ犬を探していると仮定しましょう。だとすると、何故同じ犬を探しているのだと思いますか?」
「何故って言われても、分かんないです」
北山がそう聞いてきた直後、間髪いれず南知が答えた。
「南ちゃん初めから思考放棄しない。分からなくても分からないなりに考えることが重要だっていつも言ってるでしょう」
北山は溜息混じりに呆れた声を出す。
「すんません。ホンと物覚えの悪いクズですんません」
「西空君はどう思う?」
「どうって言われても……」
三組が同じ犬を探しているのなら、三組のうち二組は嘘を吐いていることになる。依頼者は全員、犬は自分の、もしくは関係者のものだと主張しているのだから。では何故嘘を吐いてまで同じ犬を探そうとするのか。
「少なくとも、2組の依頼者にとっては、嘘吐いてでも手に入れる価値があるってことですよね」
「その通り」
北山が嬉しそうに返事する。
「3組の依頼者の内少なくとも2組は、下手すると全員が嘘を吐いている可能性もある。犬が見つかっても、依頼者には連絡せず一旦様子見する。2人とも、そのことを肝に銘じておいてね」
「はい!」「え……」
南知が元気よく返事したが、西空は懐疑的な声を上げた。
「何かな西空君」
北山が穏やかな笑顔を向けながら西空に問いかける。
「え、あ、その。犬を見つけたら、直ぐに3組の依頼者に連絡した方がいいんじゃないですか。その、オレはまだよく分かってないんですけど、一応探偵として依頼を受けてるんですから、依頼者を裏切るような真似はよくない気が……」
「うむ。西空君は真面目だね」
北山が腕組みをしながら、うんうんと頷く。
「さて西空君。話が少し戻るのだけど、西空君は犬に嘘吐いてでも探す価値があるって言ってたわよね。その価値ってなんだと思う」
「……分かんないです。もしかして、北山さんは分かるんですか?」
「まだ断定は出来ない。でもね、こういう風に互いに無関係の人達が同じものを探すって言うのは、大抵似たり寄ったりな理由」
北山の声が、少し暗く、そして刺々しくなる。
「何ですか、その理由は」
「金。それも汚い方の」
即答だった。
「私達は極力依頼者の意向に沿ってあげるつもりだけど、犯罪の片棒を担ぐ気はない。だから西空君。このことも肝に銘じて置いてね。依頼者は決して善良な人であるとは限らないということを」
その言葉に西空は深く、深く同意した。
***
「でもぶっちゃけお手上げじゃないですか?」
部室の中で、西空は不満の声を上げた。
「諦めるの早過ぎだよ。こういうのは地道な捜査で進めていくしかないんだよ」
南地が不貞腐れ気味の西空を諌める。
「それで北さん。聞き込みはやるんですか」
「……そうね。どうしようかしら」
煮え切らない発言に西空は苛立ちを覚える。
昨日と今日の2日間、西空達はジョナサンを手分けして捜した。だが、ジョナサンの行方はおろか、手掛かりすら見つからない。和水家からなるべく目立たない様に調査してくれと頼まれていたため、聞き込み等を控えていたが、この調子ではいつまで経っても見つかりそうにない。
まあ、自分には聞き込みと言う任務は荷が重すぎるから、ある意味助かっているんだが。
「っていうか犬を探す必要本当にあるんですか? そもそもおかしいじゃないですか」
聞き込みができない代わりに、西空は足を使った。依頼者の周辺、街中、郊外を回り、ジョナサンを探した。その中で奇妙なことに気付いた。ペットが行方不明になった時に必ず見かけるものが、何処にも無かったのだ。
「おかしいって何がかな?」
「昨日と今日丸一日、高橋の住むアパート周辺や和水低周辺、あと街中を見て回りましたけど、犬を探してますって張り紙が何処にも無いんですよ」
「西空君。いい所に気付いたね」
「う、ウチもそれ位気付いてましたよ」
「南ちゃん嘘吐かない」
「すんません。見栄はってホンとすんません」
南地が凹んだ声を上げるが、北山はそれを完全に無視した。西空は南地のことを少し気の毒に思いつつ、話を続ける。
「張り紙だけじゃないです。ちょっとネットで調べてみたんですが、行方不明になったペットの情報を載せるサイトがあるんですよ。そのサイトを軽く見て回ったんですけど、ジョナサンのジョの字も出てきませんでした。本当にジョナサンのことを探す気あるんですかね?」
おかしな話だった。探偵――プロの探偵ではないが――に依頼するぐらいの行動を起こしているくせに、もっと簡単で即効性のあることを誰もやってないのだ。このご時勢、パソコンが使えないということはあるまい。
ジョナサンの行方不明を隠したがっている和水家はまだ理解できる。だがそれ以外の依頼者はどうだ。彼等からは切羽詰まったものを感じない。
「まあ、和水家だけじゃなく、依頼者全員がジョナサンの行方不明を誰かに知られたくないのでしょうね。誰かに、ではなく、世間に、という可能性もあるけど」
「世間にって……どういう意味ですか」
「ああ、今のは適当に言っただけだから聞き流して頂戴」
北山が続ける。
「別に聞き込み調査自体を止めろって言われた訳じゃないけど、大分おかしな依頼だし、人への聞き込みはせず、慎重に進めることにした。でもそれも限界みたいね」
「じゃあどうするんですか」
北山は意味深な表情で微笑する。
「さて、南ちゃん。あなたの出番」
「ようやく、ですか」
部室の片隅でいじけていた南地が腰を上げる。
「さあ、まずは何処から行くんですか? 街中ですか? 高橋家周辺ですか? 和水家周辺ですか? ウチは何処にでも行くっスよ」
「あ、今日はもう遅いからまた明日ね」
「すんません。早とちりしてホンとすんません」
南地は再び部室の片隅でいじけ始めた。
「普通の探偵なら、人への聞き込み調査をせずに犬の捜索なんて不可能かもしれない」
北山が自慢げな笑顔を浮かべながら語る。
「でも、私達は普通の探偵じゃない。諦めるのはまだまだ早過ぎる」
「それってもしかして――」
西空が期待を込めた目を南地の方に向けると、南地が勢いよく立ち上がった。
「そう! ウチに掛かれば動物捜索なんてちょちょいのちょいです。何故ならウチの能力は……」
「待って南ちゃん。それは明日のお楽しみということで」
「すんません。空気読めなくてホンとすんません」
そして彼女は再び部室の片隅でいじけ始めた。
浮き沈みの激しい人だと、西空は思った。
***
翌日正午、西空たちは高級住宅街に再度赴いた。
また和水邸に行くのかと思いきや、どうやらそうじゃないらしく、北山と南知は和水邸近辺の家の様子を一つ一つ覗っていた。近隣住人への聞き込みを行うのかと思いきや、どうやらそうじゃないらしく、表札の周りを少し調べてから、隣の家に移るということを繰り返していた。
一体何をしているんだ? 傍から見ると完全に不審者だが。西空が疑問に思ったタイミングで、南地が嬉しそうな声を上げた。
「見つけた! ここなら居るはずですよ」
そう言いながら、南地は表札の下のポストに仰々しく貼られているものを指差す。
そこには……
「ワウ!」
西空が書かれている文字の意味を理解したのと同時に大きな声で吠えられた。凶暴そうな大型犬が正面玄関から躍り出、鉄柵越しに何度も吠えてくる。
猛犬注意。
正面玄関の鉄柵が無かったら、今頃その強靭な牙で肉を裂かれていたかもしれない。
「南知さん。確かにオレ達は犬を探してますけど、この犬はどう見ても違う……って何やってんですか」
南地は北山の後ろに隠れ、ビクビクと体を震わせていた。
「もしかして、犬が怖いんですか?」
「い、犬が怖いと言うよりも、動物全般が苦手なの。動物恐怖症って、聞いたことあるっしょ」
南地が声を震わせながら話す。
動物恐怖症。対人恐怖症に悩まされている西空は、少し親近感が湧いた。
「さあ南ちゃん。怯えてないでレッツトーキング!」
そう言って、北山は体を回転させ、南地の背後にくるりと回り込み、背中をグイグイと押した。猛犬が吠え、南地は小さく悲鳴を上げた。
「ちょっと酷くないですか! 動物恐怖症なんでしょう」
北山の非情な行動に対し抗議する。
「い、いいの! これがウチの仕事だから」
南地の上ずった声。彼女は声も体も震わせながら、猛犬と真正面から相対する。
「み、南地さん。何をやって……」
「まあ見てなさい。面白いものが見れるから」
北山が楽しそうに笑いながらそう言った。その邪気のない笑顔に、西空は怒りの声を上げる。
「あんたなあ……」
「北さんを怒らないで! これはウチが望んでやってることなの。先にネタ晴らししちゃうと、ウチの能力は、動物と会話することができる能力なんだよ」
「へ? でも、動物恐怖症なんじゃ……」
「そっスよ。動物恐怖症なんだけど、どうしてかウチは動物と話すことができるんスよ」
神様もよく分かんないことをするよね。と、うんざりとした声で南地は付け加えた。




