2.3 西空零司
3件の依頼の内、1件は広瀬大学の学生からの依頼だったため、すぐ連絡をとり、部室に来てもらうことになった。現在、依頼者が来るまで部室にて待機中だ。
「じゃあ、僕はそろそろ出かける。後はよろしくな」
「うん。頑張ってね」
「いってらっしゃーい」
東海は軽く会釈してから、出口へ向かう。東海には先約で別の依頼があるらしい。
「じゃ、行ってくる」
東海がドアノブに手を掛け、扉を開けたちょうどその時だった。誰かが扉の直ぐ近くに立っていたらしく、東海はその人物とかち合ってしまった。
「っと、済みません」
「おっとわりいな。もしかして依頼者さんか?」
「はい」
「じゃ、中に入れ」
東海は部室を振り返り、3人とも後は頼んだぞ、と声を掛けてから出て行った。入れ替わりで外にいた男が、失礼します、と礼儀正しく一礼してから部室内に踏み入れる。
「こちらにどうぞ」
南地が来客者用の椅子を引き、男に着席を促す。男は再び失礼します、と会釈してから着席した。少し立派な机を挟んで、依頼者と北山が顔を合わせる。
「始めまして。医学部3年の北山来々留です。さて、まずは学年とお名前を窺っても宜しいですか?」
「広瀬大学3年、教育学部の工藤慎吾と申します。今日はどうぞよろしくお願いします」
「そんなに固くならないで。同じ学年なのだから、もっと砕けちゃって下さい」
そう言いながら、北山は姿勢を崩した。
「え、いいんですか。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせて貰うッス」
北山に釣られたのか工藤も姿勢を崩し、口調が気軽なものになる。
「いえいえ。工藤慎吾さん、ですね。本日はどういったご用件でしょう」
「先に連絡した通り、犬を探して欲しいんスよ。あ、どうもお構いなく」
工藤が用件を話し始めたタイミングで、南地がお茶を差し出した。本物の探偵事務所のような雰囲気が出ているなと、西空は思った。
南地はお盆を片付け終えた後、北山の隣に座った。西空も北山の隣に座った方がいいんじゃないかと思ったが、そこまでする勇気はなかったため、壁際で立ったまま様子を覗う。
「犬……ペットが行方不明なのはさぞかし心配でしょう」
北山が慈しむような声色で告げた。
「あ、俺の飼い犬じゃないんス」
「あら、そうなんですか。では誰の?」
「俺の親友のっス」
「……差し出がましいようですが、何故その親友の方はいらっしゃらないのでしょうか?」
工藤の顔に影が差す。
「俺の親友は……」
その暗い表情を見て、西空は思い出した。
「一ヶ月くらい前に、交通事故で死んじまったんス」
幽霊の高橋が親友だと告げていた男は、工藤と言う名前だったことを。
「……大変不躾なことを聞きました。申し訳ありません」
「あ、別にいいっスよ。もう立ち直ってるっスから」
工藤はそう言いながら爽やかな笑顔を見せた。しかしその笑顔が無理やり作られたように感じたのは、多分気のせいではない。
「高橋は……あ、親友のことっス。高橋はジョナサンって犬を可愛がってたんスけど、正確にいつ頃からかは分からないんスけど、高橋が死んでから行方不明になったんス」
工藤は一枚の写真を差し出した。写真には、笑顔の高橋と一匹の大型犬が写っている。犬種はゴールデンレトリバー。写真で見て分かる位に、年老いた犬だった。
「すごく、お爺ちゃんな犬ですね」
南地が呟く。
「確か今年で十五歳になるって聞いたっス」
「十五歳!?」
南地が驚いた声を上げた。
「そ、そんなに驚くことなんですか?」
西空は南地と目を合わせないよう気を付けながら尋ねた。
「そりゃ驚くよ。ゴールデンレトリバーの平均寿命は大体10歳なんだよ。人間で言ったら100歳位だよ」
ゴールデンレトリバーの寿命が案外短いことに驚いたが、それ以上に100歳という言葉にさらに驚かされた。
「長生きっスよね。しかもジョナサン滅茶苦茶頭がいいんスよ。人間の言葉を理解してるみたいで、簡単な命令なら直ぐ理解するみたいなんスよ。自分でトイレするのは本当にびっくりしたっス」
「……自分でトイレする、とは?」
北山が口元に握り拳を当てながら尋ねる。
「あ、分かり辛かったっスね。ジョナサン、人間のトイレで糞するんスよ。しかもきっちり水を流すし、電気が付いてたらノック代わりに扉の前で吠えて中に人が居ないか確認するんスよ。トイレだけじゃなく、他にも人間みたいに色々できて、かなり驚かされるっス。人間が魔法で犬に変身させられたって言われても、信じちゃうレベルっスね」
「成程。驚くほど聡明な犬だったのですね」
「そうっス。だから、高橋が死んだことも直ぐ理解したんだと思うんスよ。だから、不安なんスよ」
工藤は一息つくと、湯飲みに注がれたお茶を一口飲んだ。
そして、忌むべき言葉を嫌々吐き出すように、静かに呟いた。
「んな馬鹿なって思うかもしれないんスけど、ジョナサン、ショックで自殺するんじゃないかと思うんスよ……今も死に場所を探して彷徨ってるんじゃないかと……」