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2.MY Dear Sissy(2)

 

「あ、お帰り。遅かったじゃん」

 宿屋に戻るなり、雅は思い切り渋い形相をした。

「・・・おまえ、何してるんだ」

「何って、添い寝」

 なんて言うか、ものすごい軽蔑したような視線を向けてくる黒髪血色眼の青年。

 そう。ただいま現在、ヘッドライトのみのぼんやりとした明りの中、レノは凛と同じベッドで体を横たえ、しかもあまつさえその頭を撫で撫でしているという状況であった。

 いやまあ、それが何ていうか、とてつもなく怪しい行為であることは解ってるんだけれどもね。

「しょうがないじゃん、リンが『ねむれない~』って」

 布団被ってがたがた震えて、それでもって「おねがいっ」だなんて潤んだ瞳で見つめられたら、もう敵わないだろう。

「静かにしてよ?何個も物語とかお伽噺とか話して、やっと寝付いたところなんだから」

 雅は呆れたように視線を外し、近くのソファに腰を下ろした。

「親馬鹿も大概にしろ」

「あらなに?ヤキモチ?」

「・・・・・もういい」

 疲れているのか、それとも話すだけ無駄だと判断したのか。

 なんだかこのまま彼も睡眠モードに入ってしまいそうだったので、レノは最低限必要なことを尋ねることにした。

「それで、どうだった?外の方は」

「どうもこうも・・・適当に辺りを回っただけでも歪が十四、妖魔だのゾンビだのはいちいち数えて無いが、ざっと五十は居ただろう」

「そう」

 お疲れ様、と彼に安いアルコールの瓶を投げる。

 なんでも焔人(イフリート)っていうものは、力を使った後は体質的に物凄くお酒が呑みたくなる(ていうか体が必要とする)ものなんだそうだ。で、レノは厚意でそれをさっき買っておいたわけだけど。

「・・・ウォッカ」

 雅は酒瓶に張ってあるパッケージを眺めると息を吐き、そのまま興味が失せたようにソレを机の上に置いた。出たよ、みーちゃんの究極的グルメ嗜好。

「ちょっと、報酬入るまでは贅沢禁止って言ったろ?」

「別に。ただ気分じゃないだけだ」

「たく、それで途中から力が出なくてヘバっても知らないよ」

「ああ、そういえば」

 完璧に話の流れを無視した一言。レノはものすごく虚しい気分になったが、彼がこういう人物であることは解っていたので突っ込まなかった。いや、うん、自分ってかなり偉いと思う。

「・・・何だよ一体」

「最後に妙なことがあった。手っ取り早く言うと、狙撃された。詳しい気配は掴めなかったが、恐らくその分腕の立つ奴だということだろう」

「・・・・」

 あのさ、何でそういうことを先に言わないかな。しかも重要な手掛かりになる銃弾を勢いで燃やしちゃった、って(金属を跡形もなく消滅させられるのもある意味凄い)。

「ソレから何か辿れたかもしれないのに」

「別にいいだろうが。相手が何にしろ、『標的』が生きている限りまた現れるさ」

 その嬉しそうな表情にレノは軽いめまいを覚え、額に手を当てた。

 頭が痛い。この比類なき好戦的な性格。これで何度余計な諍いを起こして、無駄な弁償費用を払ってきたことだろうか。

「(リンが来てからは大分変わったと思ったんだけど・・・でも、やっぱり今回も何かかにかの慰謝料とか弁償代とかで、ギャラが殆どパアになるんだろうなぁ・・)」

 先が思いやられるっすわ。レノは滅入ったようにごりごりとこめかみを掻き、先ほど凛が露天で買った砂糖菓子を拝借して口に放り込む。それはすぐ睡液に溶け、苺の味がじんわりと咥内に広がった。

 ふっと部屋のライトが消えたのは、そのときだった。

 どこかに落雷でもあったのだろうか、と考えているうちに外で雷鳴が轟き、突如豪雨が降り出した。

「・・・・・天気予報の嘘つきー」

 雅が灯した掌の上の炎が、もう一度その部屋に明りを取り戻す。瞬間、ぞくり、としたものが体を奔った。光を得た部屋の向こう――窓の外に、レノは驚くべき光景を目にした。

 なんていうか、そう、頭、頭、頭、頭、頭。

「――邪妖精(アンシーリーコート)・・・!」

 いつの間に現れたのか、そこには夥しい量の悪鬼達が蠢いていた。この部屋にはもともと結界が施してある故、低級の妖霊では入って来られない。しかし、これほどの量が一体どこから湧いて出たのか。

 雅は微動だにすることなくすらりと黒刃を鞘から抜くと、愛刀の切っ先を悪鬼達に向けてそれに焔を宿した。

「面倒だ。窓ごとブチ抜くぞ。白髪頭」

「ちょ、それだけはご勘弁っ!」

 ひーっ、修理代!

 レノは性急に相棒を制すると術唱を紡ぎ、牽制光を発生させた。この「白い」色を持った光は対昆虫でいう虫除けスプレーのような作用を持つ。その光を浴びた悪鬼達は悲鳴をあげ、一匹、また一匹と窓から離れていく。

 光の眩さが増すにつれ次第に引き下がっていく「異形の存在」を見届けながら、レノは眉根を寄せた。

 豪雨と落雷を背負って現れるということは、それは恐らく海に巣食うもの。海が全ての生命の起源であることは人間にも認められている通り、そこに存在している「ヒトでないもの」の種類は一般に考えられているよりも遥かに多いのだ。

 それがヒトで言う難民のように、本来在るべき場所を失っているということは――。

「(・・・この海は、精霊たちが居場所を失うほどに・・)」

 レノは窓の向こうに見える悪鬼の姿が無くなると術を収め、苦々しい面持ちをした。そして、そういえば大丈夫だろうかと凛を振り向いた。

 すると、

「あ・・・」

 おはよう、と幼さを残す口元でにこりと微笑み、ぱっちりと覚醒したお目々がこちらを射抜く。その横で、「あれだけ眩しければ誰でも起きる」と相棒がこれまたご丁寧に尤もなコメントをしてくれた。

 あーあ。またもう一度「三匹の子牛」や「ヒノッキオ」の話をしなきゃいけないわけか。

「(この分だと、明日は寝不足だね・・・)」

 レノはがくんと項垂れ、自分の数分前の迂闊さを悔やんだ。



***



「げ」

 次元の接続を成功させ、開けた空間の向こうに佇んでいた人影を見て、その男は言葉を失った。

「――見つけたわよ、ビショップ」

 何故お前が此処に、などとは問わない。自然操作系の高級魔術師である彼女にとって、空間の乱れを辿って目標を逆探知することなど造作も無い。だからこそ、彼女が第三執行部隊一の問題児の「お目付け役」として宛がわれているのである、が。

 彼女は男のバイクが地上に降り立つ瞬間に術式を発動させ、グェン!という盛大な音と共に見えない鎖のようなものを男の首へと巻きつけた。

「・・・よくもこの私の手を煩わせてくれたわね。このまま最高時速のリニアの底にでも括り付けて脳漿をブチ撒けさせてやりたい所だけれど・・残念ながら時間がないから首輪を付けるだけで今は勘弁してあげるわ」

「・・・相変わらず強暴だな、オメーはよ」

 可愛い顔をしながら、また表現が随分とリアルである。いや、まあ彼女の言葉は半分以上本気だということは解っているのだが。

「それで、一体何をしていたの」

「ちょっと標的の様子を見てきた。ああ、言っておくがこれも指令の一つさ・・・お前の大好きなヘイムダルサマの、な」

「隊長の・・・?」

 その言葉を聞いた途端、ピカリと輝く少女の表情。御し易いもんだ、と内心笑いながら、男は先ほどの手荒な術式発動の際に吹っ飛ばされたヘルメットを拾い上げた。どうでもいいが、あれだけの衝撃を受けて尚ピンピンしている己の愛車には、いち男として敬意を払いたくなった。

「それで、どんな相手だったの」

「・・・ああ。どうやら、有り合せの魔召具だけじゃ足りなくなりそうだぜ。なぁ、相棒?」

「うわー」と複雑な形になる少女の顔とは対称的に、男は嬉しそうに微笑む。

「(久しぶりに、楽しく遊べそーだな・・)」

 その笑みはまるで新しい玩具を見つけた子供のように純粋で、どこか無邪気ですらあった。


 

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