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1.ジェノバ・フレイル(3)

 

 同じ頃、レノ達が居る場所とは真逆、ジェノバ西方の入り口辺りに一人の女性がいた。

 頭の上で一つにまとめられたローズレッドの髪に、薄い緋色の瞳。身に纏っているのは足元まで届くほど長いフルレングスコートであり、その内部には殆ど黒に近い濃紺の軍服を着込んでいた。

 しかし、それとは不釣合いなように彼女は細身かつ小柄でその顔立ちはどこか幼く、女性というよりもむしろ「少女」のようであった。 

「もう、どうしてあのヒトはこうもじっとして居られないの・・・・」

 彼女は全く反応を示さない自身の通信用ブレスレットを恨めしげに見つめながら、泣きそうな面持ちをして呟いた。

 視線を逸らしたのはほんの一瞬だったというのに。だがその一瞬で、この町に足を踏み入れるまで絶対に目を離さなかったはずの「彼」の姿は、忽然と消えていた。

 ああもう、嫌になる。

 そんな彼女の脳裏を過ぎったのは、彼女が敬愛する己の上司の言葉だった。


『だからこそ「彼」のことは君に任せたいんだよ。お目付け役としてね。こんなことを頼めるのは君しか居ないし、君にしか出来ないことだと思う』


 あの方がわざわざ自分を指名して頼ってくれるのは嬉しい。そしてその期待に答えたいとも思う。

 ――でも、やはりそれとこれとは別の話だ。

「・・・理不尽だわ・・」

 「彼」が何かまた問題を起こした場合、そのとばっちりを被るのは間違いなく自分だと骨身にしみるほど理解している。で、その彼が問題を起こさなかったことなど今まで無かったことも。


 彼女は再度大きなため息をついたあと諦めたように顔を上げ、雑踏の中へと消えていった。



***



 「交渉」を終えたのち、約束通り、彼女のかねてからの希望であった海へと向かった。

 ダウンタウンを通り抜け、遂に目前に現れたのは広大な大海洋。凛のことそのうち突撃していくだろうと密かに備えていたのだが、一向にその気配が無く、どうしたのだろうとそちらを見やると、彼女はその光景に釘づけになっていた。

「・・・おじょーさん?」

 凛は沈黙したままその大海原を見つめると、ちょっと戸惑ったようにレノに尋ねて来た。

「これ、ほんとうに全部お水?中に、色んな生き物がいるの?」

「?そうだよ」

「そっか・・・」

 噛み締めるように「そっか」と頷いて、彼女は軽く瞼を伏せた。寂しげに、どこかかなしげに。

 そこで、レノはなんとなくだが、解ってしまった。

「・・・お父さまがね、何度か話してくれたことがあるの。海のこと。本当にその通り、ううん、それ以上に凄いんだなって思って・・」

 凛は言った。お父さまが、凛がいい子にしていたらいつか連れて行ってくれるって約束してくれたの、と。

 レノは言いようの無い複雑な気分に陥り、口の中が苦くなった。そして少しの間少女を哀しく眺めていたが、すぐ優しい笑顔を作ると彼女の背の高さに屈みこみ、言った。

「遊んできていいよ。でも、あんまり遠くには行かないこと」

「うんっ」

 大きく頷くと、今度こそ凛は海の方へと駆け出した。砂浜に出て、くるくると回りながらスカートを舞わせる。肩の辺りで切り揃えられた漆黒の髪が無造作に踊り、光に当たらずに育った所為で色素が抜けた肌を太陽が照らす。

 元気だなあ、と心の中で呟きながら、さながら親のように白の青年は堤防に座って少女を見守った。

「・・・それで、お前はどう思う」

 唐突にそう言った黒の相棒は、相変わらずの仏頂面だった。何を考えているのか。無駄なことはしない主義のレノは、わざわざそんなこと想像したりはしないけど。

「どうって、なにが」

「惚けるな。さっきの話だ」

「ああ。・・・どうもこうも、あの死体の腐敗具合と切断面は妖魔の仕業でしょ。ただ・・・それにちょーっと、何か人為的なもの・・・・・・が加わってるってだけで」

 さらっと言ったが、それって結構かなり危険な部類の事件であるというのは十も解っていた。

「なら主犯は人外者・・・或いは悪魔憑きの類か」

「せいぜいそんなトコじゃない?それにあの“責任者”はどうにも胡散臭い」

 気が重いね、と付け加え、レノは中身が空になったウニの貝殻を転がした。外からヒトデにでも食い破られたのだろう、小さい穴が空いている。

 ころころころ。それは転がり、やがて砂の中に沈んでいく。

「まあ、なるべく穏便に済むことを願うだけだね」

 多分、無理だろうけど。

 そこに凛が「見てー!」って両手いっぱいに貝殻を集めて持ってきて。ああ、これはきっとどこかで瓶を手に入れなきゃな、と我ながら平和な頭で平和なことを考えた。



***



 こん、こん、と。ノックの音がして、「失礼します」という定番の挨拶と共にドアが開いた。

 部屋に入ってきた部下に一瞥をくれる事もなく、その男――コルバ・コーポレーション、ジェノバ支部の臨時責任者――は機嫌良さげにブランデーの入ったグラスを揺らしていた。

「・・・代表、例のエクソシスト達の情報が上がりました」

「ご苦労。適当にそこに広げてくれ」

「はい」

「ついでに、要点を読み上げてくれると嬉しい」

「解りました」

 面白いほど従順に、というよりむしろ機械的に男に従う部下。だが、そんなことに不審や不満を覚えることもなく、男はその部下が事務的に読み上げる報告書の内容に、子守唄でも聞くがごとく耳を傾けていた。

「・・・『銀の死神』、『黒刃の炎帝』・・・・これまたご大層なニックネームだな」

「はい。両名とも裏社会では名の通った人物であるようです。しかし、手は尽くしたのですが彼らが共に行動を始めたであろう二年前以前の情報は手に入れられませんでした。それこそ、あの『電脳魔女』に依頼をしてみましょうか?」

「いや、その必要は無い」

 男は舐めるように味わっていたブランデーを飲み干し、傾きかけた日が浮かんでいる大海原を眺めた。港に戻ってくる船の姿が幾つか見える。海全体が、夕陽に照らされて赤く染まっていた。

「彼らは素人目にも解るほどおぞましい・・・・・。それだけで充分だ」

 男は部下に指示してブラインドを閉めさせると、またブランデーをグラスに注ぎながら言った。

「そうだ、今宵は恐らく雨になるであろうから、戸締りをしっかりしておいてくれ」

「解りました。では、失礼します」

 その後、部下が消えたその社長室で、男は声を上げて笑った。ブラインドの隙間に指を入れ、もう一度、先ほどより少し暗くなった海を見る。そう、全ての始まりに相応しい、静か過ぎる海。

「・・・今まで何人と魔術師達を集ってきたが、漸く“当たり”が来たか。では予定通り、彼らには“大海の凶王”の贄となってもらおうか・・」

 ザァァ…、と初めはささやかに、雨が降り出す。その町の、ある一点だけに。彼の喜悦は最早冷静さだけでは包み隠しきれず、今は亡き主の質素な部屋に不似合いな高笑いが響きわたる。

 その笑い声を、先ほどの部下はドアの向こうで表情一つ変えず、淡々と聞いていた。


 

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