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0.No303

 

 宵闇に青白い月が現れる。


 生命の息吹の感じられない、静寂に支配された町。その中心にある、夜の色に浸り、白亜を漆黒色に染め変えたカテドラル。それは恐らく陽光の下で見れば誰もが拝み奉らずにはいられないであろう、荘厳な教会である。しかし、この不気味な闇の中その建物は「聖堂」と言うよりも寧ろ城砦といった表現が相応しいほどに物々しく、また他とは完璧に隔絶された世界であるかのように異質であった。


 その異質――異常な空間に、ぽうっと、何処からともなく二輪駆動車の光が現れた。

 人気の無いハイウェイを超過速度で飛ばし、螺旋状に廻りながらその枢軸のもとに向かっていく。七、八メートルは優に越えるであろう大門の前でもそれは速度を落とさず、何か奇術の仕掛けでもあるかのように、文字通り門に吸い込まれて・・・・・・いった。


『オカエリナサイマセ、303』


 大門の装飾である黒鷲の彫像が機械的な音声を発し、住人の帰還を迎えた。

 バイクの乗り手はその奇妙な声に応えることもなく、そのまま大聖堂の裏側まで入りこんでいき、突き当たりから数えること三番目の扉の前で光の源を停めた。

 手際よく装備を外しながら、ヘルメットを取る。そこから現れた見事な金髪を気だるげに掻き揚げ、彼は荒っぽく目前にある『Ⅲ』という文字が印された扉を開けた。

 中に一歩足を踏み入れた途端、歪み、変質する景色。

 青年はむしゃくしゃとしながら、ぱっくりと大きな口の開いた細長い銀細工の箱に「報告書」を放り投げた。


「今日はまたご機嫌斜めだな」


 からかうような響きを含んだ声に足を止め、金髪の青年は首から上だけをそちらに向けた。

 息を吐く。

 いつの間にか現れたのか、それとも待ち伏せていたのか、その女は自分の背後、今しがた通り過ぎたはずの壁によし掛かっていた。

 彼は無視しようとしたが、面白がったようにこちらを見つめてくるその視線が気に食わず、ウンザリと吐き捨てた。

「・・・何の用だよ、304」

「いや。別に用事って程のことではないんだけどね」

 おまえの顔が見たかったんだ、などと冗談でも聞きたくないような冗談を吐きながら、女はひらひらと手を振った。

 女の名はミルデゾルテ。青年の同僚で、異端審問局第三執行部隊のコードナンバー04である。

 ミルデゾルテはすっと壁から背を離すと青年の方に歩み寄り、にっこりと、鼻がもげそうなほどに胡散臭い笑みを湛えて話を振ってきた。

「なに、おまえが何に憤っているかは解るさ。どうせ、今度もハズレ・・・だったんだろう?」

 青年は答えない。だが気にした様子も無く、彼女は続けた。

「しかし、いちいちそう腹を立てていてもしょうがないだろう。あの方・・・隊長殿がおまえを満足させるような指令をそうそう出す筈が無い」

「・・・話はそれだけか?」

 青年が左腿に携えていた銃に手を伸ばしかけたので、女は慌てた態を取り繕って両手を広げた。

「おっと、解った解った!・・・まあ、何にしても撃たれかねないんだけれど。お疲れのところ恐縮だが、次の指令だ」

 差し出された薄っぺらい一枚の紙。それを見て眉間に皺を寄せ、青年は返事の代わりにその女を鋭く一瞥した。

「・・・アイツはどこにいる」

「さあ。有給休暇で旅行中だそうだ」

 クソ野郎(ヴァッファンクーロ)、と。

 流暢なオーソニア語で憎憎しげに呟き、青年は(破れそうな勢いで)嫌々ながらもその紙を受け取った。

「ま、頑張るんだね」

 手を振りながら、にこにことミルデゾルテは立ち去る。

 だが彼女はああそうだ、とわざとらしく一度だけ振り返り、付け足した。

 それはそれは、心底面白そうに。


「“セイレーン”がおまえを捜していたぞ。・・・なぁ、ビショップ?」


 すると今度こそ金髪の青年は、あからさまにとても嫌そうな顔をした。


 

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