ホラー的吊橋恋愛効果
「はぁ、退屈で死にそう」
私はパソコンに向いながら呟いた。
私は16歳だ、なのに、ほとほと人生というものに飽きている。
生まれてきた時から、ただただ知識欲の赴くままに生きてきた。
しかし、知れば知るほど、最初に抱いたほどには、世界は興味深くないのだと、深く絶望した。
今も、一瞬一瞬、その絶望を深くする為だけに生きているかのようで、息が詰まって窒息しそう。
イメージ的には、だんだん己の世界が狭まって、追い詰められていくような、そんな感じである。
「ああ、あの子、明日には死んでそう」
俺が最初、その子を見たときに感じた印象。
第一印象が、死にたがりの少女、としかいいようがなかった。
まあ、俺も人の事いえないのだが。
俺の周囲に与える第一印象。
あいつは明日にでも失踪していそう、である。
「雪」
雪が華のように降っていた。
薬物の影響下、そのようなありふれた現象に深く感動していた。
「綺麗だな」
少女が雪と戯れるように、そういう風景画あった。
セミロングな茶髪、スタイルはほどほど。
理知的な落ち着いた瞳は、ハイライトが入ってるように輝いてみえる、単に俺の好みで補正気味だが。
「よお、マルミ」
誰かが不躾に話しかけてきた。
わたしにとって他人は、知識欲を刺激しないモノだ。
人間という存在は酷く体系化がしずらいのだ。
だから、あまり興味関心がソソラレナイ。
「よお、タクミ」
だが、私は割りと陽気に返事をした。
コイツは一線越えて違うのだから。
いわゆる幼馴染という存在。
むかしから付き合っているから、知識が体系化されて、膨大なネットワークを構築するのだ。
「最近、マルミは活き活きしてるな」
「うん、薬物やってるからね」
「少しグロい話になるが、どんな薬物やってるんだ?」
「別に、害はないよ、ただ頭が可笑しくなるだけ」
「ああ」
悦楽や快楽の為に、別に寿命を縮めることに、躊躇は無い。
生きることに意味を見出さなくなったわけじゃない。
自殺志願者のように、なったわけじゃない。
ただ、私にとって生きることの意味や価値が、あまりにも私自身に影響を与えないほど低次元なのだ。
誰よりも真に人間的に賢い自覚がある、これは妄信じゃないだろう。
私は誰よりも生に執着できるように、生まれた時から計画的に生きてきた。
だが、余りにも有意義に、そして世界のリソースを高速で食い潰して、しまっただけ。
無になること、死ぬことが怖くなくなったわけじゃない、今だ生理的嫌悪のレベルでソレは存在する。
だけど、この自滅の衝動を止められないだけ。
この狂いそうな痛みと苦しみを沈静するために、薬に縋って依存しているだけという事実があるだけ。
「マルミは弱い奴だ。
薬物に頼るのは、弱い証拠だ」
おまけじゃないが、付け加えて、向上心の無い奴は馬鹿だ、とも。
「どうして、そんな事をするんだ? してるんだ?」
「話しても、タクミには分からないよ」
「そうかよ、、、とにかく薬物はやめろよ、いいな?」
「なんで? どうしてそんな命令が、できるの?」
「いいじゃん、俺の言う事を聞け」
「それじゃ、納得ができない、納得させて」
「分かった。
それじゃ、俺もマルミの命令を何でも一つ、聞いてやる」
冗談だった、わけじゃないけれども。
彼にある命令した。
誰もいない私のマンションの一室で、彼にそれを命令した。
それで、私の痛みや苦しみを、分かってもらいたかったのか?
それとも、私の異常性を知ってもらって、どうしたかったのか?
分からない。
ただ、直感的に、そうするのが良いと思って、命令した。
「ぐぅ」
マルミに命令されて、カッターで手首を切った。
まあ、ぽたぽた血が滴るくらいには斬らないと、駄目な気がして、ある程度深く切った感じ。
俺はガキだ、何にも分からない子供だ。
こんな意味分からんメンヘラな、だけど俺より上位存在っぽいマルミをどうこうする処方箋を処方できん。
でも、こういう事をすれば、なんとなくだけど、上手くいく気がしたのは否定できん。
なんていうかね、誠意みたいな奴が伝わって、物語としては上手くいかざるをえないつーかね? はぁ。
「タクミの血は、汚い」
事前知識があった。
事前知識には一切のリアリティーも現実味も現実性もなかった。
眼前にある事情には、確かな情報量が存在していて、少し鮮烈に刺激物だった。
血は思ったとおり、どす黒い、鮮烈な赤が見たいなら首だという。
私は、なんとなく、その血の味を知覚してみたくなった、そう、ただなんとなくだと思う。
「なに、してるの? マルミ」
ちうちうと、まるで吸血鬼のように、っ手首に吸い付くマルミの頭が見える。
生温かい舌の感触。
手首の血が方向性を伴って、ずっずと、吸われている感覚。
腕を伝っているのは血でなく、マルミの唾液だった、ぽたぽた、床に落ちる。
「なるほどね」
「なに?」
「ありがとう」
「だから、なにが?」
「私は、やぱり、死ぬべきだって、実感できたから、ありがとうだよ」
雪の降る道を歩く。
肩にはマルミが乗っている。
「タクミ、いいね、これ?」
「そうか?」
「うん、これ、これが、いいよ、楽しいから」
私は、自分が能動的に主体的に、そのように在って、生きているって、確かに実感できないなら、死んでしまいたいのだ。
そして、いま、確かにソレが実感できるからこそ、死んでしまいたいのだ。
私は、いまこの瞬間の、死ぬべきだという確かな思いのままに、生きて、死んでしまいたいのだ。
「ああ、よかった。
多分、もう生きていると実感できなかったはずだから。
最後に、タクミを使って、それが出来た」
夜の学校に忍び込んで、屋上まで来た、死ぬにはやっぱり、こういう舞台が相応しい気がしたから。
「死ぬのか?」
「うん、当然だよ。
それで、生きているって、実感できるから」
「マルミにとって、生きるって何なんだよ、」
「生きたいと思って、なにかしら、生きることだよ、当然だよ当然、言うまでもない事ってくらい当然のこと」
そういって、柵に手をかけて、一息に飛び込もうとした、死の世界に、無の世界に。
「やめろ」
手を掴まれた。
「うん、やめるよ」
彼と向き合う。
「わたしは今、死のうとしてたんだよ?」
「ああ、そうだな」
「私が生きることを、タクミは認めてくれないの?」
「俺が生きる為に、マルミが必要なんだ」
「ああ、そういうはなし」
彼はわたしを必要としてくれている。
それはそれだけの事実だ。
「私はね、幸福になりたいんだ」
「そうか、だったら幸福にしてやれる」
「死んでも、たぶん、幸福になれると思うんだよね。
私にとって幸福って、それだけで満たされて、全てが全て、どうにかなっちゃう、そんな事象なの。
そんなことって、ただ生きているだけで、味わえると思うかな? 本当の本当で」
死ぬ、生きる、果たしてそれが、どれだけの情報量になるのか、私は分からない。
分からないなら、知らなければならないのだ。
だってそこには幸福があるかもしれないのだ。
「わかった、わかった、俺も死ぬから、それでいいだろ?」
「はぁ?」
「一緒に死んでやる、それでいいだろ?」
彼は何を考えているのか、絶対に分からない、その事実に私は戦慄した、生まれて始めての感覚だった。
だって、そうでしょう?
ここで彼が嘘をついているのか、ついてないのか、それを知らないんじゃ、何もかもやりきれない。
全てが全て、どうにでもなってしまっていいほど、この疑問の答えを欲する、宇宙の神秘を超越し優越する謎だ。
「タクミは、、、面白いね」
「ああ」
「ぁはっ、あぁっはっはっはぁ」
私は死ななかった。
それでも、ただただ平々凡々に生きて、答えは見つからないままだろう。
前よりも、幾らか気分が明るくなっても、それはただそれだけの事実だ。
でも、強く求めた答えは見つかる気がする。
傍にずっといれば、ふとした瞬間に感じれると思う。
彼があのとき、私と一緒に本当に死んでくれたか、そうでなかったか。
私はどちらの答えでも、きっと満足するような、しないような、曖昧な気持ちがする。
「マルミ、生きてて楽しいか?」
「まあまあ」
あの日以降、薬はしてないらしい。
ふとした瞬間に、ただただ彼女の為に泣きたくなった。
泣けば泣くほど、想いが強くなる気がしたから。
それを告白したら馬鹿ねと言われた、その時の瞳は優しい感じがした。
「傷が残っちゃってる」
「ああ」
「可愛そう、本当に可愛そう。
こんな女の為に、一生を消えない傷を作って、惨めで哀れで、タクミは可愛そうな人なの」
そのように言いつつ、私は傷を癒すように、撫でる様に舌をあてる。
彼は手首に躊躇い傷のようなモノを拵える、破目になっている。
私の所為だ、紛れもない。
「可愛そう、可愛そう」
「別に、どうでもいい」
この傷を見るたびに思う、かわいそう、と。
ただそれだけだ、可愛そうなモノはかわいそうなのだから、それはそれだけの事実だ。
同時に思った、あの時、私が彼を殺していたかもしれない、と。
だから、ある意味で、今此処にある、生きている彼の命は、私の命でもあるのだ、と、そういう認識と自覚。
「もう一度、吊橋を一緒に、渡ってみない?」
ある日、わたしは屋上で宣言していた。
「どうして?」
「そうしたら、もっとお互いの命が、混ざり合う気がするの」
「ほお」
「自分の命が自分のモノでない、貴方の命が私の命でも、ある。
これほど生きるって、ある?
能動的に主体的に、自分でも驚くくらいの積極性と行動力で、勝手に活き活きと動き出す命を育みたいの」
なんの前触れも無く、柵を飛び越えて、屋上の縁に立つ
良い風景だ。
街全域が見渡せて、私の家も、彼の家も、見えた。
さて、これだけ面倒をかけて、彼はまた私をどうにかするだろうか?
私は正直、信じていない。
私はどこまでも思考停止しない、強情で頑固な奴だ。
彼を、最後の最後では、信用も信頼も、絶対にしないのだ。
「死ぬよ」
「死ぬな」
「だったら、止めて魅せて」
彼は直ぐに手首を掴んでくれた。
「嘘、死なないよ。
でも、想像して?
タクミが止めなければ、私は少しずつ、後ろに身を乗り出すようにするのだ。
断崖絶壁の、ギリギリのギリギリの均衡、天秤の均衡のように、ゆらゆらと風に身体を預けるようにする。
いつしか、私の身体はそのまま後ろの方に倒れていく。
直下。
遠い空が、さらに遠くなっていく。
そして。
地面に身体が衝突する。
私という自我も消滅する、死ぬの。
最後に私の眼球が見たモノは、血に染まった己の網膜。
私は死んでも良い、死ななくても良い。
生きるのも良いし、生きないのも良い。
そんな半死半生の曖昧で不確かな、存在。
それがね、タクミが活かしたの。
だったら、私の命はもう、タクミもモノじゃないかな? 感じる? 感じない?」
「感じるよ」
「そう」
「そうだ、マルミはもう、俺のモノだ」
「タクミも、私のモノだけどね」