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第一章 あなたしかみえない 〈7〉


「そもそも、どうしてモヘナは3日前に魔界から人間界へ堕ちてきたんだ? その理由を教えてくれないか」


 モヘナが少しあらたまった口調で云った。


「実は先日、第12代魔王ルシフェル様がご逝去(せいきょ)遊ばされました」


 魔王っているのか。ほいでもって魔王のクセに死ぬのか。


「魔王は代々〈魔宗六家〉とよばれる家系から候補者が擁立(ようりつ)され〈魔候六十九爵会議〉で投票によって選出されます」


 モヘナの話はこうだ。6代目までは〈魔宗六家〉が持ちまわりで魔王の座についていたのだが、7代目から選挙制度が導入された。


 その結果〈魔宗六家〉のスピカ家とアキバ家から2回ずつ、マンダラ家とヨシノ家から1回ずつ魔王が選出された。


 おもしろくないのは、選挙制度がはじまってから一度も魔王に選出されていない〈魔宗六家〉ののこり2家。ドッチラ家とタマゴカ家である。


 そこで第13代魔王ルシフェルこそ我が一門から輩出せんともくろむドッチラ家が暗躍をはじめた。


〈魔宗六家〉より下位の貴族に属する〈魔候六十九爵〉へ(まいない)を配り、ドッチラ家に投票してもらわんとする古典的かつ普遍的かつ地道かつ杜撰(ずさん)な作戦である。


 ドッチラ家が(まいない)として用いようとしているのが魂精(スピリット)。魔法の起爆剤にして増幅剤となるエネルギーである。


 五大元素(エレメント)が焚き木(魔法の燃料)だとすれば、魂精(スピリット)はマッチのようなものだ。しかもそれは人間が死ぬ時に放出する魂のエネルギーだと云う。


「ちょっと待ってくれ。そうなると、魔族はこの世界で人殺しをして魂精(スピリット)を得ているのか?」


 ただの魔法少女じゃないじゃん。


「……そう云う誤解もあって〈悪魔〉などとよばれるのですが、ちがいます。魂精(スピリット)を得るための殺人は禁じられていますし、人間は私たちが手を汚すまでもなく、年中、勝手に紛争や殺人に明け暮れていますから」


 モヘナが人類の愚かさを(さげす)むかのように小さく嘆息した。


 魂精(スピリット)は人間の魂が死をもって霊界へ転移する際に放出され、空気のように魔界へ浸透するらしい。


 おれたちが呼吸している時、大気中の酸素や窒素や二酸化炭素を意識することがないように、魔族も魔界でふつうに暮らしているかぎり、いちいち大気中の魂精(スピリット)を意識することはないと云う。


 日常的な魔法に要する魂精(スピリット)なぞ「魔洗濯」でも自明の通り、きわめて微量なのだそうだ。あえて人殺しなぞせずともまかなえる量の魂精(スピリット)が魔界の大気には充満しているらしい。魔族はそれを呼吸するように翼で体内へとりこむ。


 しかし、戦闘魔法ともなれば話は別だ。強大な魔法には膨大な五大元素(エレメント)が必要であり、純度の高い膨大な魂精(スピリット)が必要となる。


 大気中からとりこんだ魂精(スピリット)を魔族の体内で精製する技術のほかにも、純度の高い魂精(スピリット)を得る方法がある。それが人間界での殺人だ。


 その対象は若ければ若いほどよく、老衰(ろうすい)や病死などの自然死ではなく、事故や殺人などによる突然死のものが望ましいとされる。


 モヘナたち魔族は魂精(スピリット)を得るために殺人を犯す堕魔族を〈悪魔〉や〈死神〉とよんで軽蔑(けいべつ)していた。


 主に〈悪魔〉は人間界に棲みついた堕魔族のことをさす。


 魔界へ放出される魂精(スピリット)を人間界でふつうにとりこむ手段はない。人間の死の瞬間に立ち会い、魂精(スピリット)が魔界へ放出される寸前にとりこむしかない。


 そこで、もっとも効率のよい方法が殺人となる。吸血鬼のように死に逝く者から直接魂精(スピリット)を吸いとれば純度も高い。


 ただし、この方法にはデメリットもある。


 魔族は人間の生き血を300ml飲むと体内の組成が変わり、人間にも姿が見えるようになるそうだ。


〈無能種〉である人間により近い存在となるため、二度と魔界へ還ることはできなくなると云う。


 それでもなお、魂精(スピリット)を求めて手を血で染める殺人狂が〈悪魔〉である。


 一方〈死神〉は魔界の裏家業であるらしい。


 彼らは〈悪魔〉と異なり、人の生き血をすすり人間界へ堕ちるほど愚鈍(ぐどん)ではない。人間界と魔界を行き来し、殺人で得た高純度の魂精(スピリット)を闇で売りさばく特殊犯罪者なのだそうだ。


〈魔宗六家〉のドッチラ家は、その〈死神〉を利用して大量の魂精(スピリット)を得ようと画策しているらしい。


 しかも、ターゲットは生後間もない赤子だと云う。ドッチラ家は大勢の赤子を殺害して、その魂精(スピリット)(まいない)にするつもりなのだ。


 生後間もない赤子の魂精(スピリット)は、人間の感覚で云うと、金塊(きんかい)くらい価値のあるものらしい。


 とは云え、いかに名家の〈魔宗六家〉といえども、私欲のための大量殺戮(さつりく)隠蔽(いんぺい)するのは至難の技だ。


 そこでドッチラ家は、王城の守護者・魔王ルシフェル直属の精鋭戦闘部隊〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉へ密告した。


「ご崩御(ほうぎょ)遊ばされた第12代魔王ルシフェル様の魂を何者かが呪法で人間界へ強制転生させた疑いがある」と。


 本来であれば死んだ者たちの魂は〈おおいなる源〉とよばれるところへ還り、新たな転生を待つ。


 魔王レベルへ成長した魂の転生サイクルが狂うと、魔界だけではなく人間界や修羅界や天使界(そう云うものもあるらしい)など、さまざまな異世界へ悪影響を及ぼす可能性が高くなるそうだ。


 そのため、魔王ルシフェルの死んだ日時に人間界で生まれた赤子をすべて抹殺し、転生のサイクルを元にもどす必要があるとドッチラ家は進言した。


 そうやって抹殺した赤子たちの魂精(スピリット)を子飼いの〈死神〉に回収させる算段である。


 魔王ルシフェル転生のサイクルを乱す反逆の呪法がおこなわれたのが事実であれば〈冥土の巫女〉も手をこまねいているわけにはいかない。


 さらに、ドッチラ家は呪法の実行者をアキバ家とほのめかした。彼らは〈魔候六十九爵〉への(まいない)を用意するだけではなく、ついでに〈魔宗六家〉の有力なライバルを悪評でひきずり下ろそうとしたのだ。


 しかし、この蛇足が裏目に出た。〈冥土の巫女〉にアキバ家の者がいたからである。


 彼女の名前はモヘナ・ペルセポナ・レメディオス・アキバ。


 アキバ家にそんな陰謀をくわだてる意図がないことは、モヘナが一番よく知っている。


 アキバ家へ陰謀の嫌疑をかけられたモヘナは、独自の調査を進めるうちにすべてがドッチラ家の欺瞞(ぎまん)であることを突きとめた。


 魔王ルシフェルの魂を人間界へ強制転生させた呪法など存在しないことを。


 モヘナがその事実を〈冥土の巫女〉本宮へ報告しようとしていたところを、ドッチラ家の刺客に襲われた。


「不覚でした。彼らは自らの命とひきかえに強大な異空転移魔法陣を暴発させたのです」


 ひらたく云うと、ドッチラ家の刺客はモヘナを時空の狭間(はざま)へふっ飛ばそうとしたらしい。


 死こそまぬがれたモヘナだが、防御に魂精(スピリット)を使い切り、魔力を失った状態で人間界へ堕ちた。気がついたのは山の中だったと云う。おそらく、となり町の斑雲山(むらくもやま)だ。


「そう云えば、3日前って、晴天からいきなり豪雨になった日じゃないか」


「ええ。魔法による空間の歪みが原因です」


 あれは2限目の最中だった。安定した高気圧によって維持されていたはずの晴天が見る見る真っ暗になると、雨がざぶざぶ音をたてて降り出したのだ。


 天候が急変するほどの魔法がどれほど強大であったか想像にかたくない。なにしろおれは一度、魔法にされた男である。感覚的にわかる気がした。それをしのいだ〈冥土の巫女〉モヘナもたいしたものだ。


「……本当に大変だったんだね。いろいろ訊いてごめん。とにかく今はしっかり休んで早く元気になって。あとのことはそれからゆっくり考えよう。おれもできるだけのことはするから」


 ほかにも訊いておきたいことはあったが、モヘナの頬が少し上気していた。熱があるのに無理をさせてしまったらしい。身体を寝かせたモヘナの首元まで毛布をかけなおした。


「ありがとうございます」


 モヘナはほほ笑みながらつぶやくと眠りに落ちた。おれは部屋の灯りを消して階下へ降りた。父さんたちが入浴をおえたと云うので、風呂へ入ることにした。


 湯船につかりながら今日1日のできごとを反芻(はんすう)する。ふつうならあり得ないヨタ話だが、それをすなおにうけ入れている自分にもおどろいた。


 世の中には経験してみなければわからないことがある。経験したからこそわかることがある。今日の出来事はその(さい)たるものだと思う。


 オレは湯船を手で叩いた。バシャン! と音がしてお湯がはねた。腕に伝わる軽い痛みは決して幻覚や妄想の類いではなかった。


 ……まちがいない。これは現実だ。

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