第四章 あなたしかみえない 〈11〉
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鹿骨神社から帰って1週間がすぎた。
おれはいつものように高校へ通い、部活に汗を流している。
母さんとの関係はまだ少しぎくしゃくしているが、とりあえず最低限の会話はかわしているのでそのうちなんとかなるだろう。
そして、おれの「いつもの生活」に花を添えているのがモヘナだ。
だれにも姿の見えないモヘナはいつもおれのそばにいてくれる。〈冥土の巫女〉としての警護任務もかねているのだから仕方がない。
これまで通り、ささやかな日常の不都合こそあるものの、ベチョさんや紀里香たちのおかげでずいぶんラクになった。
ベチョさんはおれの銀行口座へモヘナの当座の生活費として100万円ふりこんでくれた。
モヘナの食費でだいぶ手元不如意だったので大いに助かったが、金額が多すぎて若干ひいた。
鹿骨神社から帰宅した日の夜、紀里香が幇間型雑用式神のタカオを使ってキャリーケースをおくってきた。
中に入っていたのはモヘナ用の服や下着だった。神社で2泊している間に紀里香がモヘナのサイズを計ってネット通販で購入したものだ。
タカオもおれたちの式神としてうちへ常駐することになった。ふだんは小さなクモの姿で軒先に巣をつくってぶら下がっていて、よべばいつでもあらわれる。
モヘナは魔法でキャリーケースの中に入っているものが見えないようにした。
要するに、母さんがキャリーケースを開けても、中から女物の服や下着があらわれることはない。それどころか、ちょっとした4次元ポケットになっていて容量以上のものが入れられる。
そんなわけでモヘナの日常生活用品も充実の一途をたどっている。
6
「はよ~っす」
部活の朝練をおえて仲間たち(それとモヘナ)と教室へ入ると、なんかクラス中がそわそわと落ちつかなかった。
おれが席に着くと、さっそくめんどうくさいやつがやってきた。笹原環だ。
笹原のスマホで撮ったおれの写真にモヘナが写っていたため、美少女幽霊にとり憑かれたオカルト少年として以前にも増してマークされている。迷惑な話だ。
「ねえ、鹿香、知ってる?」
「ああ知ってる。それじゃ」
「まだ話してないのに知ってるわけないじゃん!」
「だったら知ってる? とか訊くなよ」
「今日、ウチのクラスに転校生がくるんだって」
転校生? その話題でクラス中がうき足だっているのか。
「噂じゃすっごい美人姉妹なんだって。姉は1学年上で、妹の方がウチのクラスへ入るの」
「ふうん」
美人姉妹ね。そうよべないこともないふたりを知っているのでなんだかイヤな予感がした。しかし、いくらなんでもそれはあるまいと高をくくる。
碧血であるおれの護衛ならモヘナひとりで充分間にあっているし、転校生の正体があのアホ姉妹なら事前に連絡のひとつもなくてはおかしい。
「なに鹿香。興味ないの? 美人なんだよ?」
美人と云う言葉に笹原の云う美少女幽霊がおれのとなりでピクリと反応した。いやいやモヘナさん。おれは別に興味ないって。
「お前のウワサは当てにならんからな。よしんばブスだったり男だったりしたらクラスのみんなからも転校生からも恨まれるぞ。だれだ勝手に期待値つり上げたやつは? って。ヘンに騒ぎたてずにやさしく迎え入れてやれよ」
「云われてみればそうかもしんないけど、……やっぱ転校生ってロマンじゃん!」
「云ってろ」
おれはシッシッと手をふって笹原を追い払った。朝練と笹原との会話に疲れたおれが机にひじをついて教室へ背を向けると、窓側にしゃがみこんだモヘナが上目遣いで訊ねた。
「しのクンは大人ですね」
「ふつうだろ? あいつらが騒ぎすぎなんだよ」
「ホントに美人だったらどうします?」
「どうもしないって。……おれはモヘナがそばにいてくれるだけでいいんだ」
おれのささやきにモヘナが頬を染めてうつむいた。
モヘナが魔法を使う時はどうしてもおれに触れなければならないので、なんとなくその流れでキスしたくなったりするのだが、これまで部活三昧でまともな恋愛経験のないおれは、ヘタレの境界線をこえることができずにいた。
まあ、お互いの気持ちはわかってるんだし、そのうちあんなことやこんなことも……などといささか妄想がエロい方へ進みかけたところで予鈴が鳴った。
クラスのみんなが着席すると、すぐに担任の中田ちゃんが転校生をともなってやってきた。わざと転校生を身体でかくして見えにくくしている。こざかしい演出である。
「このクラスに転校生がきました。それじゃ挨拶いってみよっ!」
中田ちゃんが教室の奥へ進んで転校生をお披露目すると教室が騒然とした。
クラスのみんなはその愛らしさに。おれは最初のイヤな予感が的中したことに。
転校生は頭の左側にゆわえられた長い髪をゆらしながら元気に挨拶した。
「はいは~い!みんなはじめまして! のどかの名前は狩庭のどかで~すっ! あ、お兄ちゃんだ! お兄ちゃん、やっほ~!」
いきなりフルスロットルのハイテンションでおれに手をふるのどかの姿に、ふたたび騒然とした教室中の視線がおれとのどかを2往復した。
おれとのどかが知りあいであること、おれが同学年の美童女(?)にお兄ちゃんとよばれていることへのおどろきであろう。
転校生の正体を知っていながらたばかられたとカンちがいした笹原が恨みがましい目つきでおれをにらんでいる。
「のどかとお姉ちゃんはお兄ちゃんのイトコで、今日からお兄ちゃんのおうちで一緒に暮らすんだよ! よろしくね、お兄ちゃん!」
「なんじゃそりゃあ!?」
嫉妬と羨望に3たび教室が騒然とした。
おれは寝耳に水の話についていけず、殉職した刑事も生きかえるほどの勢いで立ち上がった。だれにも見えないモヘナも動揺の色がかくせない。
「ちょ、ちょっと待て、のどか! そりゃ一体どう云うこった!?」
騒然とする教室を意に介さず、のどかが説明した。
「のどかのお母さんとお兄ちゃんのお父さんが話しあって決めたんだよ。ふつうに云ってもおもしろくないから、お兄ちゃんには黙っておこうって。今頃、引越屋さんがお兄ちゃん家に荷物運んでると思う」
「あっはっは。ゆかいな家庭な事情はさておき、みんな、のどかちゃんと仲よくしてね。……それじゃ席はお兄ちゃんのとなりがいいね。ほら、お兄ちゃん。のどかちゃんの机運んであげて。一番うしろの列はいっこずつ右にずれて」
「先生までお兄ちゃん云うな!」
ガタガタと机の移動がはじまり、おれも仕方なく教室の前に置かれた机とイスをおれの席のとなりへならべた。
のどかはおれのうしろからついてきて、その列のクラスメイトひとりひとりに莞爾と挨拶した。この調子だとすぐにクラスへ溶けこめそうだ。……じゃなくて。
「まだ教科書もらってないから、お兄ちゃん教科書見せてね」
のどかがおれの机に自分の机をくっつけると、4たび教室が騒然とした。……いやいや、こればっかりは仕方ないだろ?
「はい。みんなHRはじめるから、こっち注目!」
教室中の視線が名残惜しそうに前へと向けられた。おれはどっと疲れて机へ突っ伏した。モヘナは窓側へしゃがむと、机の端に手をかけておれの顔をのぞきこんだ。
なにか云いたげだが、おれがなにも知らされていないことは四六時中一緒にいるモヘナが一番よく知っているはずだ。
中田ちゃんが来月の行事についてこまごまとした連絡をつづける中、のどかがおれに耳打ちした。
「あのね、魔族と碧血がえっちいことすると、なんか大変なことが起こるんだって。だから紀里香お姉ちゃんがお兄ちゃんとモヘナちゃんを監視するって云うんでついてきたんだよ。……ひょっとして、ふたりはもうえっちいことしちゃった?」
のどかには見えていないモヘナがまっ赤な顔でかぶりをふった。
……えっちいことってなに? どっからがえっちいことなの? これからふたりの甘い生活が深まっていくと期待していたのに、おれたちの監視ってひどくないか?
のどかごしに見える教室のうしろ扉のガラス部分からこちらをのぞきこむ人影があった。おれの視線に気づいたそいつがニンマリと笑う。
それは担任につきしたがい2年生の教室へ向かう制服姿の紀里香だった。
ちくしょう、紀里香め。人の恋路を邪魔するやつは白鹿モードで踏んづけてやろうか?
落胆するおれとモヘナの目があうと、モヘナがひどくおだやかな口調で云った。
「……地獄で灼かれて舞いなさい」
髪の毛が一本立ちした。
【おわり】
〈児童文学〉が大人の法則に支配された現実社会で生きる子どもたちの成長と葛藤を描く物語だとすれば〈ライトノベル〉はあくまで子どもの空想世界、すなわちネバーランドに遊ぶ子どもたちを描く物語だと思います。
ネバーランドで現実逃避する楽しさを否定するつもりはありませんし〈ライトノベル〉を過小評価するつもりもありません。〈ミステリ〉に比肩しうるなんでもありのホットなジャンルと刮目しています。
しかし、この作品では〈児童文学〉的なファンタジー小説(ローファンタジーって云うんですか?)、すなわち非ライトノベルを書きたいと思いました。
もっともベタなファンタジー的世界観の下でも、安易なご都合主義に堕さない本格志向のリアルなラノベは書けるんだぜ、てなことを証明してみせたつもりです。
そのため、日々なんの努力もしていないただのエロガキが伝説の魔剣で魔王を倒すこともありませんし、両親不在の家に大勢の美少女を連れこむなどと云う淫靡なマネもできません(笑)。
おそらくはネバーランドな〈ライトノベル〉ではタブーとされるうっとうしい親との関係(過干渉する母親?)も正面から描いています。
「しばしばフィールドワークへ出かける民俗学者」と云うしのぶの両親がそろって定時に帰宅するのも、一部の安直な〈ライトノベル〉にたいするパロディでありアンチテーゼなのですが、……気づいて笑ってくれた人いるかな?
ハーレム系ライトノベルど定番のラッキー・エッチ場面もふんだんにちりばめておりますが(笑)、とことん必然的な状況にこだわり、ちょっとしたどんでんがえしも用意してあるのは、すでにご笑読いただいたとおり。
『活動報告』の文末に「本物の物語をあなたへ」と記した覚悟をくみとっていただければさいわいです。
慧眼なみなさんはすでにお気づきのことと思いますが、副題および第一章と第四章の「あなたしかみえない」は第一章と第四章で意味あいが異なります。
第一章はより正確に云うと「あなた(に)しかみえない」。モヘナの姿がしのぶにしか見えないと云う意味です。
第四章の「あなたしかみえない」は相思相愛となったモヘナとしのぶの気もちをあらわしています。
そんな言葉遊びにかけて「あなたしかにみえない(あなた、鹿に見えない)」あるいは「あなたしかにしかみえない(鹿にしか見えない)」と云う章立てができないだろうか? と苦心惨憺して生まれたのが〈しのぶの天翔る白鹿変化〉です。
どちらの章題も使えませんでしたが(笑)、さいごにしのぶの活躍がふえました。
……最後にモヘナの隻翼について。
ハーレム系ファンタジーのラノベには〈おねえさま悪魔モノ〉とでも呼称すべき一群が存在します。
これらのイラストのキャラがまあ似たり寄ったりで(性格も?)、鈴木春信と喜多川歌麿の区別もつかない人がいるみたいに、シロウトにはまったく見分けがつきません。
やはりラノベを書く以上、アニメ化も視野に入れたビジュアル・イメージは重要です……とまあ、冗談はさておき(笑)。
一応、この物語も〈おねえさま悪魔モノ〉に分類されるはずなので、モヘナは顔や髪型で見分けがつかなくても、シルエットだけでほかの〈おねえさま悪魔〉キャラと見分けがつくようにしました。そのための隻翼です。各章冒頭のイラストでご確認ください。
物語は『隻翼のモヘナ2 魔葬少女のどか』へとつづきます。モヘナやのどかはもちろんのこと、天翔る白鹿属性を手に入れたしのぶも本作以上に活躍いたします。
遠からず『退儺師アスカ II』とも微妙にリンクしていくことになりますので(完全に別シリーズではあるのですが)、もろもろご笑読いただければさいわいです。乞うご期待!
さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。




