第四章 あなたしかみえない 〈3〉
黒い炎が生んだ衝撃波がおれと紀里香を滝壺の中央にある三方鳥居まで吹き飛ばした。滝壺の外にいたのどかはとっさにドクロ杖を盾に衝撃波をしのいでいる。
もつれあったまま三方鳥居の中へ吹き飛ばされたおれは、紀里香をかばうようなかたちで鳥居の柱に背中をぶつけた。
頭の上からは滝が降ってくるし、なにがどうなっているのかよくわからなかったのだが、今度は三方鳥居が光に包まれた。
「きゃっ!」
三方鳥居から転げ落ちた紀里香がなんとかもがいて身体を起こした。ももまで水につかった状態で信じられない光景をながめるかのように天をあおぐ。
紀里香とのどかの視線の先へ目を転じると、SMの女王様みたいにエロっぽい黒のボンテージを身にまとったモヘナが10mほど宙にういていた。金色に輝く瞳から感情が消えている。
「金虹の隻翼……次元の破壊者!?」
モヘナの姿に紀里香がぼうぜんとつぶやいた。
これまでの魔族モードのモヘナとは明らかに姿がちがう。
長い髪にかくされた背中の中心線から金の虹色に輝くコウモリのような翼が1枚だけ生えていた。風を起こす翼ではなく、風を斬り裂く背びれのような翼だ。
「……キンコウノセキヨク?」
「いや、あんた、人の心配してる場合じゃないって」
おれの疑問符に紀里香が惚けた声をだした。
云われて気がついたのだが、おれは空にうかぶモヘナへ顔を向けたまま、俺のうしろにいる紀里香やのどかの姿をとらえていた。視野がものすごくひろい。
「お兄ちゃん、白い鹿になっちゃった。……カッチョイー!」
「……はい?」
のどかのマヌケな言葉をうけて足元に視線を落とすと、水の中へついているはずの手が白い毛なみのひづめに変わっていた。
「うわっ! なんじゃこりゃあ!?」
思わずあとずさると一瞬で滝壺の外まで飛びだした。四本足で地面へ降り立つ。
滝壺の水に映っていたのは、おれではなく大きな白い鹿だった。額から生えた角がりりしく、黒くつぶらな瞳が愛らしい。
「……ウソだろ?」
「あ、ふつうにしゃべれるんだ」
ぼう然とする白鹿姿のおれにのどかが冷静なツッコミを入れた。
「あんた、私を置いて自分だけ先に行かないでよ」
紀里香もおれに向かって文句を云いながら、ばしゃばしゃと滝壺から上がってきた。
さすがに魑魅魍魎の退治屋とか云うだけあって、おれに起きた変化への順応力はハンパない。どうして鹿の姿になったおれへイキナリふつうに話しかけられるのだろう?
「モヘナ、どうした!? しっかりしろ!」
おれは直立不動で宙にうかぶモヘナへ声をかけた。自分のことも気にはなったが、鏡がなければ寝ぐせに気づかないようなもので、今のところさしたる不都合はない。
それより気になるのはモヘナだ。
モヘナの身体から衝撃波が発せられた。長い髪がふわりと舞って前髪の下から額の小さなハートマークがのぞく。
白鹿モードのおれの視力は相当にいいらしく、ホクロのようなハートマークが半分欠けていることに気がついた。
ややあって空が振動すると、目に見えないなにかが割れた。
「お山の結界が破られた!?」
のどかがおどろきの声をあげると、神社の社務所から照見メガネをかけた神職の人たちがあらわれた。
みんな手に刀や槍や拳銃や護符など、思い思いの武器を握っている。カチコミかけられたヤクザの事務所がここは?
「モヘナ!」
おれがもう一度モヘナへ向かってさけぶと、紀里香が身がまえて云った。
「気をつけて、しのぶ! あれはあんたの知ってるモヘナじゃない!」
「どう云うことだ?」
「金虹の隻翼はその気になればひとつの次元世界を吹き飛ばすこともできるって云う最凶の魔族よ」
「あらあら。金虹の隻翼なんて本当にいたのねえ」
前掛けで手を拭きながら社務所から出てきた紀里香のどか姉妹の母・ほのかさんが緊張感のない声で云った。
「でもでも、なんかオカシイんだよ。魂精の気配が感じられない。さっきの結界破壊でぜんぶ使い切っちゃったみたい」
ドクロ杖をかまえるのどかが首をかしげた。
「……どうしてこんなことに?」
おれのつぶやきを耳ざとく聞きつけた紀里香がぽりぽりと額をかいて釈明した。
「あ~、そりゃきっとあれだね。すべてを浄化する三方鳥居の滝の水に触れちゃったからだわ。たぶん、あんたも碧血であるあんたにかけられていたなんらかの封印が解かれたんだと思う」
数秒、紀里香の言葉を脳内で吟味したおれはひとつの結論を得た。
「……てことは紀里香、おまえか、おまえのせいか!?」
「私じゃないわよ! お母さんがおもしろがって水浴びすすめたんだもん!」
「モヘナちゃんになにか反応があるかな~とは思ったけど、しのぶくんが神使の白鹿に変化するとは思わなかったなあ。さすがこの神社の血を継ぐだけあって霊性高かったのね~。グッジョブ!」
ほのかさんがほほと笑いながらおれに向かって親指を立ててみせた。いやいや、グッジョブ! じゃないって。
「ふひょ~っほっほっほっ!」
おれたちの頭上でアホまるだしの下品な笑い声が響くと、空間がゆらめいて宙にうくモヘナのとなりに、ぶきみな輿があらわれた。
輿の前後を下から支えているのは顔だけの悪鬼で、顔のまわりを6枚の小さな黒い羽がまわっている。
いろんな動物の骨で装飾された輿の上にひじかけイスがあり、2本の角を生やした銀髪ロン毛の魔族がふんぞりかえっていた。
首まわりにエリマキトカゲのようなヒラヒラ、赤と緑の市松模様にそでのふくらんだ長い上着。かぼちゃパンツにカラータイツ、つま先がくるりとまるまった細い靴。中世ヨーロッパ貴族の服装なのだろうが、笑えないピエロにしか見えなかった。
その姿を地上から見上げるおれたちは一斉に視線をそらした。みんなあの手の変態とはかかわりあいになりたくないと思っていた。
「見なかったことにするか?」
「何者だ? とか訊きたくないよな。ベタすぎて恥ずかしいし」
「じゃあジャンケンで決めるか?」
「男気ジャンケンにしますか? 勝ったヤツが訊くとか?」
「勝ったヤツとかヤだろ。やっぱ負けたヤツがいくべきだ」
「最初はグー?」
神社の人たちも目線を下げたままヒソヒソ話をつづけている。
いつまでたってもノーリアクションのおれたちにしびれを切らした輿の上の魔族が自ら口を開いた。
「ふひょほ! まろがだれかって? まろはアッチラ・チリチーラ・ウリオラ・マオパンチラ・ドッチラ。魔宗六家ドッチラ家の三男坊にして名参謀さはんっ!」
「あ、勝手に自己紹介しちゃったんだよ」
「別に訊いてないし」
「パンチラ? エロい名前だな」
「だれがパンチラだ、この白馬鹿!」
魔族だけに地獄耳らしい。て云うか、だれが白馬鹿だ、だれが!?
「ずいぶんと手間をとらせてくれたな、鹿香しのぶ! しかし、これでようやくチェックメイ……!」
アッチラ・ドッチラがみなまで云いおわらないうちに、輿の下部が爆発した。




