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第一章 あなたしかみえない 〈3〉

     4



 よもや、自分の住んでいる街の小さな公園で「槍に貫かれて死ぬ」などと云う非日常的かつ想定外の死亡フラグが立つとは思わなかった。


 エロマンガ(仮名)を完全にナメ切っていた。「殺す」と云うのは比喩(ひゆ)で、本気の殺意がこめられているなんて想像できるはずもない。


 そこの若いの、よくお聞き。貧乳娘(ぺったんコ)を決してからかってはならんぞ。


 ……なんてことを考える余裕すらなく、おれは大量の血を吐いてひざからくずれ落ちた。筆舌に尽くしがたい痛みともしびれとも熱さともしれない感覚で全身をかきまわされていた。


 おれを刺し貫いた光る槍が、身体の内側で肉や臓器を裂き、骨を削る異様な感覚があった。


 槍を伝ってドクドクとこぼたれる赤い血が「絶望」の二文字となって力を奪っていく。


「モヘナ……逃げろ……」


 言葉になったかどうか定かではないが、おれは朦朧(もうろう)とする意識の中で最後の力をふりしぼって云った。


 白昼(白朝?)堂々、殺人を犯すようなアヤシイ連中あらためイカレた連中から、無事逃げおおせる可能性は高くないだろうが、最後の最後まであらがうのが「サッカー部魂」だ。


 負けのこんだ試合でも、あきらめなければアディショナルタイム(ロスタイム)で逆転することだってある。経験はないが見たことはある。


 すべての感覚が麻痺(まひ)し、意識が遠のきかけたその時、モヘナがうしろからおれの肩へ手をかけると、ささやくように云った。


「……魔炎爪破」


 次の瞬間、おれの身体は炎のかぎ爪となって宙を舞い、イカレた連中を斬り裂いていた。


 着ぐるみザコキャラの6人は、ザコキャラらしく一刀両断と云うか、4枚にオロされてカケラものこさず瞬時に焼失した。


 エロマンガ(仮名)も油断していたようだが、間一髪でおれの攻撃(と云うか、攻撃のおれ?)を避けた。


 人間としての姿を失い、炎のかぎ爪と化したおれがエロマンガ(仮名)の身体を斬り裂く瞬間、身体をかばうように交差させた腕が硬化し、見えない障壁が張られるのを感じた。あれが世に聞くバリアであろう。


 エロマンガ(仮名)に致命傷を負わせることはできなかったが、両腕をおおう皮製の手甲ごと腕のおもてをズタズタに裂いた。腕は血まみれである。


「くっ、こんな力があったとは想定外だお。ここは一旦ひくだお。……しかし、うちらの手から逃れられると思うなだお」


 苦痛に顔を歪ませながら、創意工夫の感じられない陳腐(ちんぷ)なセリフを吐き捨てると、エロマンガ(仮名)はコウモリのような翼をひるがえして虚空へと消えた。


 一方、どう云うわけか、宙を舞う炎のかぎ爪と化していたおれは、気がつくと人間の姿へもどって公園にひざまずいていた。さっきまでの痛みがまるでない。


 着ている制服のワイシャツこそ血まみれでボロボロだったが、光の槍で刺し貫かれたはずの胸やら腹には傷ひとつついていなかった。


 ボロ布と化したワイシャツと地面を黒く染めた血の痕がなければ、白昼夢と錯覚していたところだ。


「これは一体……?」


 ベンチのモヘナをふりかえると、これまたボロボロだったはずの彼女がまばゆいばかりの美しさで立っていた。


 服はおろしたてのようにピッカピカで、傷だらけで汚れていた白い肌も傷ひとつなく、風呂上がりみたいにピッチピチである。


 さっきとちがうところがあるとすれば、彼女の頭に髪飾りのような角が生えていたことだ。


 また、背中には長い髪をかきわけるように、肩胛骨(けんこうこつ)と肩胛骨の間から背骨にそって黒く禍々(まがまが)しいコウモリのような翼が1枚だけ生えていた。


「君は一体……?」


「一か八かの賭けでしたが、想像以上にうまくいきました。しかし、一刻も早くここから逃げなければ、追っ手はふたたびやってく……」


 モヘナは最後まで云い切ることができず、その場へくずれ落ちた。


 おれは彼女が地面に倒れこむ手前でなんとか抱きとめた。腕の中で気を失っている彼女から角や翼は消えていた。彼女の身体は相変わらず熱っぽかった。



     5



 で。


 とどのつまり。


 おれは高校をサボって家へもどっていた。今はおれのベッドでモヘナが寝息をたてている。まだ昼前だが、軽く1週間分のクエストをこなした気分だ。


 両親は仕事に出かけていて留守だった。


 おれはモヘナを背負って人通りの少ない道を選んでコソコソ家へ舞いもどると、モヘナを自室のベッドへ寝かせ、高校に欠席の連絡を入れた。


 スマートフォンからだとズル休みを疑われかねないが、自宅の電話からだとズル休みの容疑はうすまる。


 そもそも、おれは風邪をおしても部活へ出たがる熱血生徒である。勉強はさておき、高校生活は楽しい。


 そんなおれが欠席すると云うのだから、担任の中田ちゃんが疑うはずもない。日頃のおこないが信用を(つちか)うのだなあ、と思う。


 血まみれでズタボロになったワイシャツは黒いビニール袋に入れて目立たぬよう燃えるゴミへまぎれこませ、血で汚れた制服のズボンはアライグマみたいに手もみ洗いして洗濯機へ放りこんだ。


 あとで乾燥機にかければ、両親が帰ってくる前に部屋へとりこんでおくことができるだろう。なんだか完全犯罪をもくろみ、証拠かく滅を画策する犯人みたいな気分だ。いや、ちょっとだけ。


 モヘナは意識を失ったままだった。ベッドへ横たえた彼女の額に手を当てると、熱が高かったので冷却シートを貼った。


 前髪でかくれていて気づかなかったが、額の中央に黒くて小さなハートマークがついていた。タトゥー・シールかなにかだろう。やっぱり秋葉原のメイド・カフェで働く女のコはオシャレだなあ、と思う。


 ……ウソだ。


 あんなわけのわからない経験をしたあとで、モヘナを足ぬけ不可のメイド・カフェ従業員とカンちがいしたままでいるほど、おれはマヌケではない。


 現代社会の闇にうごめくメイド忍者のぬけ忍と云う線もなさそうなので(なんだそりゃ?)のこる選択肢はかぎられている。


 云うなれば、悪魔だ。


 モヘナやエロマンガ(仮名)の背中から生えていた皮翼をわざわざ「コウモリのような」と形容したが、ああ云うのは見たことがなくても「悪魔のような翼」で通じるはずだ。


 それにあの角。これはもうダメ押しと云えるだろう。


 それでも()に落ちないことはある。


 おれにはどうしてもモヘナが悪いやつには見えなかった。


 お茶を飲んだり、卵焼きを食べたり、熱を出して気を失っていたりするところは、ふつうの女のコと変わらないではないか。


 ひょっとすると、悪魔のような翼を持つ魔法少女や天使なのかもしれない。


 ともあれ、人間以外の何者かであることはまちがいあるまい。


 それ以外にも気になることがあったので、おれはモヘナを警察や病院にあずけず、いきなり自宅へつれこむと云う暴挙に出た。


 ことの真相は彼女が目を覚ましてから追々訊くつもりだ。

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