前
天国。
罪無き純真な人々が辿り着く最後の楽園。
争いから、飢餓から、悲しみ、死から遠ざかれたこの場所で人々は笑い合い、語り合い、永久の平和を享受していた。
優太は最近此処にやって来た。誰からも愛され、優しさに溢れていた彼は不運の交通事故によりその命を絶たれた。
訪れた天国にて幸せな生活を送っていた優太だったが、彼にはひとつだけ心残りがあった。
現世に残した妻、由香里の事である。
東大在学中に出会い、卒業と同時に結婚して二年目の不運。
天国で再び再会出来ると知っている優太には離別の悲しみは余り感じられないのだが、現世で生きる彼女が自分の死によって悲哀に墜ちてしまっているのではないか、と不安になってしまったのだ。
それを天使に告げると、彼女はこう告げた。
「現世を見る穴があります。由香里さんの今の状態を見てみては?」
喜んだ優太は早速穴を覗いてみたのだが、奇妙な事にどこを探しても由香里の姿はない。
「おかしいですね。由香里さんを思えば、すぐに彼女の現在地が見える筈なんですが」
天使は暫く考えた後、小さく手を打った。
「由香里さんは既に亡くなっているのでは?」
そんな筈は、と一時間程彼女を探してみたのだが、やはり見つからない。
焦り始めた優太に天使は言った。
「分りました。由香里さんは自殺していました。今、地獄にいます」