【黄金の国】戦争魔道士
「黄金の国と赤銅の国の国境付近は肥沃な穀倉地帯で、両国によってたびたび小競り合いが行われていた。だが、最近になって軍団対軍団の戦争は魔法使いという切り札の登場によって終わりを告げた。魔法使いの魔法は嵐を呼び、大地を揺るがし大勢の兵士を焼き尽くし死に至らしめたんだ」
私は自慢気に話す黄金の国の衛兵からその魔法使いの話を聞き、彼の戦いが見られるというイブリスの合戦場へとやって来た。
イブリスの丘は戦争中の農民たちの避難所であり、戦争の行く末を見守るには絶好の見晴らしのポイントだ。私は草の絨毯に腰掛けてお弁当を広げた。
戦争が始まる前だというのに合戦場はのどかで、軍団の影も陣営のテントも存在しない。代わりに居たのは黄と赤の衣装に身を包んだ二人の高等遊民で、彼らは合戦場の中央に銀杏葉色の絨毯を敷いてお茶を飲みながらなにやら話をしているようだった。
丘の方に私以外の見物人が来たので、私はその農民に尋ねた。
「本日戦が行われると聞いてきたんだけど、これはどうなっているの。黄金も赤銅も軍を何処かへ置き忘れたのかな」
「いやーあそこにいるのが噂の黄金の国の魔法使いさんだから、もうすぐ何か始まるんじゃないか。あの黄色い服と帽子の方な。赤いのはよく知らんが赤銅の方だろうなあ」
「休戦かな」
「さあね」
私は気になって丘を下った。
黄色に身を包んだ黄金の国の魔法使いは体格やや小さめの男で、男にしては華奢といった感じの中性的な美しさを持っていた。
赤い帽子と衣服を着こなしているもう一人は年のいった老人で、服の模様から見て赤銅の国の魔法使いに間違いなさそうだった。
二人とも魔法を使うための金属器を大事そうに持っている。
二人は「どうする」「どうしたものか」といった調子で悩み続けているばかりで、特に何か具体的なタネを議論している様子ではない。
そんな時間だけが不毛に過ぎていく話し合いを続ける二人の間に割って入ることにした。
「戦争をやらないの?」
「それが困ったことになってしまったのだ」
黄金の国の魔法使いが答えた。
「俺達魔法使いは一騎当千ということで、軍団では相手にならん。両軍に魔法使いが加わってから兵士の被害ばかりが広がってしまってな。黄金も赤銅も本命の敵は別にいるのでここの戦で兵を無駄にしたくない。そのおかげで一人きりで戦をしてこいと言われるようになってしまったのだよ」
「わしも」
赤銅の国の魔法使いが相槌をうつ。
「それが困ったこと?一対一で殺し合って終わりなのでは?」
私の問いかけに黄金の魔法使いはぎょっとする。
「あのな、戦争は殺し合うためにするものじゃないんだよ。あくまで政治のための実力行使であってな……。まったく旅人ってのは学がないから困るよ。……徴税って知ってるか?」
私は首を縦に振った。それくらいは知っている。私のいた村では季節が一廻りする間に二度、青銅の国に税として陶器と穀物を納めていた。それらは天使達への捧げものとなり、彼等に便宜を図るために用いられる。他の国も似たようなものだろう。神々とそれに使える天使への信仰を捨てたそれらの国々が、天使以外の誰にそれを捧げる必要があるのかわからないが。
「この地域は黄金の国と赤銅の国双方の領地でな、言ってしまえば税の二重取りの状態なんだ。まあそれで色々あってこのままでは問題があるということで、税の分配を戦で決めることになった。その後も色々あったんだが今の問題に関係ない部分は省こう。
それで、軍団を相手にしていた時はやれ何人殺したの誰彼を捕虜にしたのと我々の成果も判りやすいものだったからよかったのだが、前回俺達が対面した時にはもうこの二人だけの状態で連れもいないから何をすべきかもわからぬ。取り合えずお互いに生きて帰ることが何よりも優先と指示されていたから話だけつけて終わりにしたんだが、相手に被害がなければ成果報酬が貰えないと来たのだ」
「それで戦争の行い方と被害の計算方法で相談していたわけじゃよ」
「魔法使いなんだから、魔法で解決すればいいのでは。十人くらい泥人形の兵士を作るとか」
「さすがにそれは出来ないな。そこらの凡人よりは本を読み賢いつもりだが、魔法使いも万能ではない。魔法にも人によって得手、不得手があるんだよ。戦のための魔法式を練り上げるのにどれ程の時を費やしたか」
「魔法式?」
「これだよ」
黄金の国の魔法使いは背負い袋から本を取り出した。
本というのは何枚も重ねた木の板に穴を開けそこに緩やかに紐を通して繋げたもので、長い文書をまとめて保存しておく道具だ。魔法使いのものはきちんと結びの頁を厚めに他の頁の厚さは均一に揃えてあり、さらに持ち運び時の音がしないよう上からぐるぐると紐が巡らされ、丁寧な装丁となっている。
黄金の国の魔法使いは固定紐を解いて本を開き、左に文字が片寄ったすかすかな頁を見せた。左から右に流れる横書きの大陸文字が揃えて書き並べてある。
「ここに書いてある通りにすればいつでも同じ魔法が再現できるのさ。さらに最初のページの呪文の分量を変えるだけで細かい変化も付けることができる。おっと商売秘密だからここまでな」
書かれている内容を私が理解しきる前に本は閉じられた。
「それ応用出来ませんか?」
「適当に言っていないか」
黄金の国の魔法使いはもはや私の言葉に懐疑的だ。私はその返しにややムッとしながら続ける。
「魔法式を対決のルールにしてしまうの。お互いの行動を魔法式の条件にして、後は魔法式が勝手に被害を計算してくれるような。札取りゲームってあるじゃないですか」
「なるほど、そういうことか」
魔法使い達は今ので何かを得心したようで、眉間の皺を緩めた。
「わし今のでいいこと思い付いたんじゃが」
「それならば……」
「つまり……」
赤銅の国の魔法使いの言葉を皮切りに、彼等は私に理解できない言葉を使いながら話し込む。
「ええと……」
「おっと、ありがとうな。貴殿のおかげで何とかなりそうだ。魔法式を組むのに時間がかかるから、向こうで待っていてくれ」
私が蚊帳の外になっていることに気付いた黄金の国の魔法使いは一言そう告げると、二人の世界へ再び没頭していった。
私が丘の上まで登ると、開いたままにしておいたパンは誰かに食べられていた。迂闊。
その後、どれだけ待っただろうか。太陽が夕焼けに傾いた頃、ようやく魔法使い達は動き始めた。
丘の方は何人か農民が顔を見せたが、私の事情説明を受けるとすぐに立ち去ってしまったので、今では私しか残っていない。
彼らは一定距離を保って向かい合うと、片手に本を残りの手に金属器を構えて何やら唱え始めた。
すると、空に煌めく幻影のゼロの数字が二つ浮かび上がった。そのゼロは巨大で、私の座る丘から非常に見やすい向きになっていた。数字は魔法使いのどちらかが金属器を振り回すたびに数を変え、最終的に63と14になった所で終わった。私には恐らく高尚なのであろうこの営みが理解できなかった。数字の増加の意味もわからないので、どちらが勝っているかもわからない。あまりの退屈さに私の口からは欠伸が漏れた。眠気も強くなってきたので、私は二人を置いて街に戻った。
後日、この魔法使い達の対決は、黄金と赤銅の両国からの査察が入りダメ出しを受けたそうだ。魔法を使った時はもう少し派手に炎や雷を見せてくれなければ面白くないと言われ改善させられたのだという。
[May. 1, 2016: 改稿]
他エピソードの主人公の状態を踏まえて本文を見直しました。