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金属器使い  作者: 未達
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【白銀の国】札取りゲーム

 死んだカイアスさんに編み藁の布を被せ、私は洞窟を後にした。

 山を下って半日以上、日が暮れかかった頃にようやく私は街を見つけた。

 街は石造りの城壁で囲まれており、その中に青銅の国の首都以上の建物が詰め込まれている。高さであれば青銅の国が圧倒的であったが、広さではこの都市の方が勝っている。そこが白銀の国の一都市、ティベルタスの領地だった。


 城壁の入り口の兵士達は物珍しそうに街を眺める私を見るなり、「門を閉めるから早く通りなさい」と私を招き入れた。

 門を潜るとそこは大通りで、両側には見たことのない商店や宿屋が並ぶ。空腹だった私はその中から料理店を見つけるとそこに入ることにした。


 店の中には円形の机が幾つも並び、そのうち一つに屈強な男達が五人。彼らは木の板と陶器の板を並べて卓上で互いに何かやり取りをしていた。

 私が呆然と眺めていると、忙しく酒や料理を運んでいた壮年の女性が椅子を引いて私を手招きした。

「適当に座っておくれ。メニューは壁にあるから決まったら呼ぶんだよ」

 私は壁にかかった品書きから野菜スープを見つけ、指差した。

「じゃあスープをお願い。お代はこれで足りるかな」

 私が貝殻の沢山詰まった袋を取り出すと、彼女は「はぁ?」と首をかしげた。


 店内の男達が私を見て大笑いする。

「わはははは、ゴミを出して食い物が食えると思ってるのか」

「貝殻で支払いとかどこの田舎者だよ」

「いやいや……年端もいかないお嬢ちゃんじゃないか。ちゃんと常識を教えてあげるべきだよ」

「ゴミは貨幣の変わりには使えませんってか? 子供だって知っているぞ」

「え? 青銅の国ではこれが貨幣で、これで食事とか宿泊とか……」

 私は貝殻を落とした。この男たちは何を言っているのだ。


 笑い声はさらに強くなった。

「青銅の国! マジかよ! 天使どもはこんなゴミを集めて嬉しがってるのかよ」

「やっぱり天使は愚かだぜ」

「ひゅー……ひひひっ笑いすぎて苦しい」

「いいかい嬢ちゃん、貨幣っていうのはこういうものを差すんだよ」

 大顎〔おおあご〕の男が陶器の板を一枚手に取り私に見せた。板には凹凸が彫られており、それは人物像と数字を組み合わせたものだった。人物は若い女性のようで、数字の方は『1』と刻まれている。

「これが一シルベリア陶貨。一枚で一日はぐうたら過ごせるんだぜ。他にも通貨はあるがみんな千年女王シルベリア様に忠誠を誓ってるからこれさえあれば充分だ」

 大顎は陶貨に手で回転をつけ、毬のように投げては掴んでを繰り返す。


「ババア、そこのお嬢ちゃんに酒を一杯やってくれ」

「ババアじゃない。御姉さんと呼びな」

 私の前にすぐに酒が運ばれる。

「こいつは俺のおごりだ。貨〔たから〕の一つもないんだろう」

「いいの……?」

「いいぜ。その代わりといっちゃなんだが、嬢ちゃん俺達とゲームをしないか?」

 大顎は卓上の木の板を集め、私に公開した。


「ゲーム?」

「そう、カードゲームだ。その顔だとやったこと無さそうだな。まあ最初の一回は練習な」

 大顎は板の山を何度か分けてはまとめ直す行為を繰り返した後、一枚ずつ机の角に配り出した。山は机の 六方に一つずつ作られ、卓に座る男達五人と私のちょうど六人分となっていた。男達がそれぞれの前にある山を取ったので私は自分の分の山を両手で抱えた。板の裏面には陶貨と同様に人物像と数字のセットが刻まれている。


「カードにはそれぞれ番号が振られている。同じ番号が二枚ずつ揃ったら捨てていくんだ。こうやってな」

 大顎は手持ちの板を二枚取り、全員に裏面を見せながら卓の中央に置いた。捨てられた二枚の板には犬面の人物と数字の『1』が描かれていた。

 私が頷くや否や、他の男達も板を二枚ずつ捨てていった。

「こうして数字が揃うたびに捨てていき、最後に手札が残った奴が負けだ。各数字は四枚ずつあるが、愚か者の『0』だけは例外で一枚しかない」

「あ、これかな」

 私は一枚の板を全員に見せた。翼を持ち、頭上に光輪を載せた天使が描かれている。光輪はそのまま『0』の数字と見ることも出来る。

「見せなくっていいんだよ!」

 後ろで壮年の御姉さんが叫んだ。

「おいババアは黙ってろ。ババア抜きでやるゲームなんだよ。まあこれからやることを考えれば他の奴等に手札を見せるべきじゃないのはババアの言う通りだけどな」

 大顎は五枚の手札を扇形に広げ、私を正面に見据えた。

「この中から一枚引きな、嬢ちゃん。それを輪を描くように一人ずつ順番に行う。一度に引けるのはどれか一枚で、自分の手の中で揃い次第捨てられる。持ち札がなくなった奴から抜けていき『0』を持ち続けていれば必ず負けると言うことだ。持っているカードがバレてしまうと他の奴が警戒するから数字の描かれている面を見せないのが基本だぜ」

 なるほど。

 私はこの練習で見事に『0』のカードを警戒されてしまい、敗北してしまった。


 敗北の後は気分が悪い。

 出された酒を呷〔あお〕り私は鬱屈とした気分を洗い流した。

「さて嬢ちゃん、本番では賭けをしようじゃないか。さっきのカードゲームで俺達の誰かが負けたら嬢ちゃんに一シルベリアずつあげよう。代わりに嬢ちゃんが負けたら身に着けているものを一つずつ脱ぐ。どうだ?」

「ん……脱ぐ……?」

「だが嬢ちゃんが負けた場合だけだ。ここにいるのは六人で負けるのはそのうちの一人。俺達が負けて嬢ちゃんが得をする可能性の方が高い。板の数字を見せるなんて頓馬〔とんま〕をしなければ配られるカードは平等だ」

「ババア、嬢ちゃんに酒をもう一杯追加してやってくれ」

 私の前に二杯目の酒が置かれる。

 確かにこの男の言う通りかもしれない。

「いいよ。首飾りも一つとして数えていいんでしょう」

「勿論だ。じゃあ次のゲームといこうか」


 最初のゲームは運の悪いことに初手で『0』を引いてしまい、運悪く抱えてしまったので敗北してしまった。私は外套を脱いで椅子に掛けた。

 ゲーム中の様子から、男たちが相手の表情でカードの内容を推測していることに気が付いた。いけない、もしかすると私も表情に出ていたかもしれない。そうなればさっきのは運が悪いのではなく相手に読まれていることになる。次は気をつけなければ。


 運の悪いことに第二のゲームでも初手で『0』を引いてしまった。カードを引く時も表情を気にし過ぎたせいか逆にぎこちなくなっていたようで、うまく『0』を渡すことが出来なかった。私は貝殻の首飾りを脱いだ。

「不運が続くな嬢ちゃん。でもまあ運だからな。こうやって一人に連続で配られることも稀によくあるんだ」

 二杯目の酒は果物の甘い香りと味がして心地よかった。


 第三ゲームは卓の下で乱雑に手札の順序を変えて裏向きのまま並べるという大顎の隠し技を受け、そこで『0』を引き負けてしまった。本人は中身を見ないことで表情の駆け引きをさせないというわけだ。経験者なりの戦術ということか。厄介ではあるが、しかし手の内さえわかってしまえば私にも使える。

「むむむ……」

 私は上着の紐を解いた。


 ゲームを繰り返すことでわかってきたが、カードは全部で四十一枚あった。『1』から『10』までの数字が各四枚ずつと『0』が一枚存在し、それぞれの数字に応じた絵がつけられている。

 『0』の数は天使〔シグナス〕。頭上に光輪を乗せ羽根の翼持つ者。

 『1』の数は獣面の民〔カニス〕。高い鼻と獣のように毛深い体を持つ者。四体はそれぞれが微妙に異なっており、そのうち一つは毛がなく頬肉が垂れ落ちている。

 『2』の数は双角の民〔タウルス〕。額から二本の角を生やした者。角の形は個々別で、短き円錐、滑る湾曲、穿つ螺旋、茂る分枝の四体が描かれている。

 『3』の数は魚尾の民〔ピスケス〕。下半身が魚のように一本足になった者。

 『4』の数は大牙の民〔レオー〕。頑強な顎と巨大な牙を持つ者。

 『5』の数は鱗肌の民〔ラセルタ〕。蜥蜴の鱗を持つ者。

 『6』の数は節足の民〔ムスカ〕。枝のような殻に覆われた四肢を持つ者。

 『7』の数は膜翼の民〔レプス〕。膜のような翼を両腕で広げた者。

 『8』の数は多肢の民〔ハイドラ〕。複数の腕や脚を持つ異形の者。

 『9』の数は竜の民〔ドラコ〕。角と鱗と翼、一切を併せ持つ者。

 『10』の数は大樹の民〔オーク〕。これだけは鮮やかに花びらの舞う背景の上にシルベリア女王の様々な描かれており他とは雰囲気が異なっている。


 卓を囲む男たち五人のうち二人は獣面の民で、残りはそれぞれ螺旋の双角の民、大牙の民、鱗肌の民。私にカードのやり方を教えた大顎の男はそのうちの大牙の民だ。


 第四ゲーム、私はまた初手に『0』を引いてしまったが、今度は例の隠し技を真似ることで鱗肌に『0』を渡すことに成功した。だが、『0』を受け取った男はそれを堂々と一枚だけ目立つ持ち方にして、次の男に引かせるという行為を男たちは伝言のように繋げる。引く側もその目立ったカードを選んで引いており、大顎までそのカードが回されていた。それがどういうことか私はすぐに気付いた。

「あーっ! ちょっとそれは汚いんじゃないの。みんなして私に『0』を回そうとしてるでしょ!」

「何言ってるんだ嬢ちゃん。ゲームで他の参加者と協力することに綺麗も汚いもねえぜ。俺達は貨〔たから〕をかけてんだ。勝ちに行くのに手段なんて選んでいられるか」

「業突く張りめー」

 私の番まで一周してきて、大顎はまた卓下で混ぜてから私の前に出した。三枚に一枚、そうそう当たりを引いてたまるか。私はよく吟味してそれぞれのカードを取ろうとする素振りを見せてみたが、どれを取ろうとしても大顎はにたにた笑いを辞めない。決心を決めて中央の一枚を引くとそれは紛れもない『0』だった。

「大当たりー!」

「お、回ってきちゃった? じゃあ『0』引かないようにしないとな」

 さらにこのゲーム、カードを取られる側が告白してしまえば引いたカードがばれる。同盟という力関係の均衡を崩すルールを取り込んだこのゲームに最早公正さなどなかった。

「こんなものやってられるか!」

 私は卓をひっくり返した。

「ああ、陶貨が割れる!」

 カードは全て床に流れ落ち、酒の入ったコップがひっくり返る横で男たちが慌てて貨を回収する。そこで私はあり得ないものを見つけた。

「はあーーーー? 『0』のカードが三枚ぃーーー?」

 卓の裏から『0』のカードが三枚出てきたのだ。

「やっべ! あ、嬢ちゃんちょっと酔ってるんじゃねえか。酔い過ぎると一つのものが幾つもに分裂して見えるからな。きっとそうだ」

「んなわけないでしょ!」

 事実私は酔っているために行動がやや粗暴になっていたがそれはそれ。視界は至って良好で物が二重に見えることもぼやけて見えることもなかった。

 とすれば答えは一つだ。大顎はさっき隠れてカードを交換して全ての手札が『0』になっているところで私に引かせたのだ。私が鱗肌にカードを引かせている時はそちらにかかりきりになるのだから、元の手札に戻すことは容易い。イカサマだったのだ。


「そこに隠していたということは前のゲームでも『0』を持っていたということでしょう。ならあなたも負けだよね」

「くっ……」

「サマ師にもサマ師の矜持〔きょうじ〕ってもんがある。イカサマがバレたんだ。ここは素直に負けておいたらどうだ」

「……降参だ。陶貨は嬢ちゃんにくれてやるよ」

 仲間の説得を受けて大顎は折れ、私にシルベリア陶貨の入った袋を手渡した。これで温かいスープが飲める。

 私は店員の御姉さんにスープを注文し、服を着付け直して体を温めた。


「どうやら他のサマには気付かれずやり過ごせたようだな……」

「ババアの話は煙まみれて火見逃すってね。あれだけ派手にやっていれば他に何をやっていても気付かれることなんてないさ」

 さっきの卓を立て直した男達の話に耳を聳〔そばだ〕てるとそんな会話をしていた。まだイカサマはあるらしい。もうゲームの誘いには乗らない方がいいな。

 私は食事を済ませてすぐにその店を後にしたのだった。

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