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金属器使い  作者: 未達
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【青銅の国/精霊】焼肉の精霊

 私が冒険家のカイアスさんと旅をしていた時のことだ。


 道中にあばら屋のひとつもなかったので私達は野営をすることになった。私が木っ端を集めているうちにカイアスさんは大きい獲物を一体仕止めてきたので、幸運にも胃を打ち鳴らす必要はなくなった。


 さすが冒険家というべきか、カイアスさんは狩りの腕もさることながら、背負い袋から大小の料理道具を取り出して私が石と薪で作った竈をすぐさま台所に変え、手際よく料理を始めた。

 肉を手頃な形に切り出した後、薄切りにしていく。

「カイアスさん、丸焼きにしないんですか」

 私は刺し刀を手に取り、無言のまま幅広の短刀で肉を解体するカイアスさんに尋ねた。私の故郷では肉は丸焼きにして、焼き色の変わった部分から削り取るように食べるのが常であった。肉は刺し刀で固定し、手でくるくると回しながら火で焙っていくのだ。私はそうするものと思っていたが、どうやら違うらしい。

「少し待っていな。じきわかるさ」

 カイアスさんはいつも通りの抑揚のない声でそう答えると、短刀より少し小さめに薄く切った肉を木彫りの皿に綺麗に盛り付けていった。


「やあやあやあ!」


 突然の乱入者に私は虚をつかれた。パチパチと音を立てる竈の赤い光に照らされて、小太りの子供のような陰影が姿を見せた。片手には金属製の挟み板を携えている。

 私の動揺ぶりとは対照的にカイアスさんは笑みを浮かべるだけで、全く動じている様子がない。彼のことを知っているんだ。


「カイアスさん、この子は」

「君も精霊は知っているだろう」

 私は頷いた。

 精霊というのは私達の子供の頃と似たような姿をしていながら飲まず食わずで生きることができ、風のように現れては風のように消える不思議な生き物だ。人の言葉を喋っているようでいて、どこかが根本的に異なるのか意志疎通には難があると言われている。


 精霊はカイアスさんが盛り付けた肉を挟み板で取り、竈上の金板に勝手に並べていた。

「彼は焼肉の精霊。彼は薄切りの肉を焼くのがとても上手でね。君も一口食べてみればわかるだろう」

 カイアスさんはそう言いながら刺し刀を鉄板の焼けた肉に伸ばすが、精霊が挟み板でそれを弾き怒りを露わにした。

「まだ焼けていない肉に手を出すな!」

「おっとこりゃ失礼」


 肉を取り損ねたカイアスさんは私の方を向き直り、肩をすくめて見せた。

 直後に精霊はカイアスさんが狙っていた肉をひっくり返した。他の肉も頃合いを見ながら順を追ってひっくり返していっている。


 精霊の『焼き』は徹底して生身に焼き色をつけることに執心しており、焼くという行為について私達とは少し感性がずれているのかもしれないと私は思った。焼かれた肉は味を失うから焼き過ぎは敬遠されるというのにこの精霊は一切気にしていない。


「さあ、もうすぐ焼けるよ!タレをあげるよ!」

 精霊は腰に下げていた薬瓶を取り出すと、新しい木皿にその中身を注いで私達に渡した。独特の薬臭さが私の鼻をつく。私が小指をつけて舐めてみると、ピリリと辛い味がした。

「いわゆる香味という奴だ。これをつけて食べると美味いんだが、彼しか材料を知らないんだよ」


 カイアスさんは自慢げに言った。さっき香味が出てくる前に肉を食べようとした人が自慢することじゃないよねと内心思ったが口に出すのはやめておこう。

「はい最初のが焼けたよ!どんどん焼くからどんどん食べてね!」

 肉が焼き上がるたびに焼肉の精霊は私達の木皿の上にそれをよそっていく。

 私はまだアツアツの肉を刺し刀で掬い取り、香味をつけて頬張った。


「おいしい!」

 血生臭い肉の味が消えていることは残念だが、これはこれで良い。焼かれた肉の食感に香味の味がつき、口の中を満たしている。精霊が徹底して焼いているのは香味と肉本来の味がぶつかるためか。精霊の思考も順序立てて解釈していけば人にも理解できるものなのかもしれない。


 私達はしばし夕餉を楽しんだ。

 食事中精霊はずっと肉の焼き加減を管理することに執心していた。


 薄切り肉が尽きた頃合いを見計らって私は精霊に香味の作り方を聞いてみることにした。

「精霊さん、少し聞きたいことがあるけどいいかな」

「いいよ!」

「このタレというのは何から作られているの?」

「タレの成分はエネルギーが400キロカロリーに、タンパクシツが12グラム、シシツが5グラム、タンスイカブツ80グラム、ナトリウム9グラムだね!」

 エ……エネルギー?

「え、えーと、どうやって作っているの?」


「■■■■のコウジョウで作っているんだ!作り方はキギョウヒミツだゾ!」

 秘密だった。キギョウが秘密にかかる枕詞としてどのような役割を果たしているのかはわからないが、はぐらかされていたようだ。

 ■=■■■というのは地名だろうか神格の名だろうか、世の中には知らないことが一杯だ。特に精霊の言葉は信じるに値するものか私には判断がつかないのだった。

 少し考えているうちに最後の肉がいつの間にかカイアスさんの口に放り込まれていた。


「じゃあまた焼く肉があったら呼んでくれよ!」


 小太りの精霊は金属製の挟み板をパクパクと動かし、去っていった。

「どうだ、美味かっただろう」

 カイアスさんは金板についた焦げを刺し刀で剥ぎ取りながら自信に溢れた顔で私に訊いた。


 口直しにパンを食べ始めた私はその手を止めて言葉を返した。

「ええ、でも何でカイアスさんが」

 そんな我が物顔しているんだと続く言葉を、私はパンと一緒に飲み込んだ。


「あの精霊に最初に会った時、彼の呼び出し方を教えてもらったんだ。

 この金板も彼を呼ぶための儀式道具でね、その時に貰ったのだだよ。

 精霊というのは不思議なものだ」


 冒険家のカイアスさんの来歴を以ってしても精霊というのはわからないものらしい。

 カイアスさんは汚れた刺し刀を竈に投げ入れ、布で金板を包んで仕舞った。

 骨で作られた刺し刀は程よく乾燥しており、よく燃える。


 最初に人が肉を焼くことを教わったのは火の神からという言い伝えがあるけれど、もしかするとその火の神は丸焼きの精霊だったのかもしれない。なんてことを考えているうちに私は微睡に落ちた。

[Jan. 23, 2016: 改稿]

空白行の削減。口にしてはならぬ神の名を検閲し闇に葬りました。

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