ジョージマッケンロー VS いろはストロガノフ
ここはアメリカ、ニュージャージー州。この町にある日本人が住んでいた。
…
………
…………
「おい、ジョージ! ジャパンから手紙が来てるぜ!」
ホールにこの店の店長、アンガスの声が響いた。
ここは、シェフ・アンガスの経営するレストラン。アンガスの筋骨隆々とした体形からは考えられないような繊細な料理が自慢のレストランで一部のファンからは非常に人気の隠れた名店らしい。
料理はアメリカ料理だけでなくイタリアン、フレンチ、中華そして俺の母国の料理、和食とヴァリエーション豊富。
しかも全て店長一人で作るという化け物のような知識と腕でこの店を経営している。
そして俺、ジョージマッケンローはこのレストランに料理修行として雇ってもらっていた。
「この手紙、ジャパンのファミリーからじゃないのか?」
そういうとアンガスは手に持っていた手紙を空中に放った。
それは綺麗な放物線を描き俺のリーゼントの先に見事、刺さった。
「はー、いつも言ってるだろアンガス。俺のリーゼントで遊ぶのはやめてくれよ」
「HAHAHA! 俺のヘアーで遊んでも別にいいんだぜ?」
「あんた、髪の毛生えてないだろ!」
「HAHAHA! そうだったそうだった、イッツアメーリカンジョーク!」
そういうとアンガスは自分の頭をポンポンと叩いて、厨房の奥に消えて行った。
まったく……アンガスのおふざけには困ったもんだぜ。
でも、あれで料理の腕は超一流だから文句は言えないんだよな。
そんなことを考えながら、俺は手紙の中身を確認した。
「な、なんだこれは!」
意外! それは挑戦状ッ!
―挑戦状―
Hey! お前の実家のテコンドー道場の看板は俺が頂いた。
道場の看板と家族の命が惜しくば俺と料理勝負するんだな!
料理の内容は自由、評価は不公平が出ないように料理のプロフェッショナルを呼んでおく。
調理時間は一時間。食材は持参だ。機材は用意しておく。
場所と期日は、お前の家で一週間後に行う。
決して逃げんじゃねぇぞ。
いろはストロガノフ
「な、なんだって!」
俺のもとに届いた手紙。それは俺の道場と家族を人質にとった挑戦状だった。
予想もしなかった事態に胸中がざわめく……。
今すぐ日本に帰らなければならない。
しかし俺は今、修行の身。勝手にこの店を休むわけにはいかない。
どうすれば……。
「お困りのようだな、ジョージ」
「!?」
いつから見ていたのかそこにまるで俺の様子を察したアンガスが壁を背に立っていた。
「ジャパンに帰らなきゃいけない急用ができたんだろ?」
そういうとアンガスは手紙を見せろとジェスチャーしてきた。
それに従って手紙をアンガスに渡すと、一通り目を通したところでニッとアンガスは笑った。
「面白そうな話じゃねえか、ジョージ! 今すぐジャパンに行って来い」
「だ、だが俺はこの店を休むわけには……」
そういうと、アンガスは笑った。
「もともとは俺が一人でこの店をやってたんだ、心配なんていらねぇ。思う存分殺ってきな!」
「ア、アンガス……!」
「もしそれでも心配なら、娘のジェニファーを連れて行ってやってくれあいつにも世界を見せてやりてぇ」
そういうと、料理の下準備をしていたジェニファーが厨房から顔を出した。
「なに、呼んだ?」
「おい、ジェニファー。ジョージについて行ってジャパンまで行ってくれ」
「はぁ!? なんで私がそんなことしなきゃならないのよ!」
この見るからに短気な少女はジェニファー。
アンガスの実の娘で、碧眼金髪ツインテールの女子高生だ。
スタイルもよく見た目はびっくりするほどの美少女なんだが、強気な性格と彼氏は料理などと言ってしまう性格から、友達が少ない。
その少ない友達って言うのも俺だけなんだが……。
「ジャパンに行ってる間は学校は休んでもいいんだぜ」
アンガスがそういうと、ジェニファーはうーんとうなり出した。
勉強もできないうえ、学校に友達がいないジェニファーは学校が大嫌いだ。
「……しかたないわねー。行くわよ、行けばいいんでしょ!」
少し考えた後、意を決したようにそう言った。
アンガスは親指立て、去り際にGood Luckと言って厨房に消えて行った。
待ってろよ、いろはストロガノフお前を倒して家族は返してもらうぜ!
―ジョージマッケンロー VS いろはストロガノフ―
飛行機で十四時間の長旅の末、俺とジェニファーは日本に到着。
初めはぶつくさ文句を言っていたジェニファーだが初めて乗る飛行機にびくびくして、もし落ちたら殺すわよ! と言ってきたが落ちたら俺も死ぬ。
飛行機に乗ったら常時上機嫌で富士山が見えると、あれがフジヤマね! と言って席から立ち上がりスチュワーデスに席に着くように促されていた。料理のメニューを考えているので頼むから静かにしてほしい。
なんとかメニューを考えつき、日本の食材を買いに行ったがその時もジェニファーはうるさかった。
こっちの食材の方が良いとか、新鮮だとか……。まあ、それのおかげでいい食材は手に入ったんだが。
そして今、俺の目の前には自身の五倍は有ろうかという木製の門が聳え立っている。
見上げるとそこには城島道場と達筆な文字で書かれた看板が立てられていた。
「ここがあんたの実家の道場なの? 大きいわね……」
「ああ」
そう、ここが俺の実家のテコンドー道場だ。
巨大な扉を俺は開けると、中には鉄の仮面をつけた大男と三人のおそらく審査員と思われえる人がそこにいた。
そしてその後ろには簡易調理場のようなものが設置され、ある程度の調理道具は揃えられているようだった。
「なかなか来ないものだから、逃げたのかと思っていたぞ、ジョージマッケンロー!」
恐らくいろはストロガノフと思われる男が大声を上げる。
その姿は2mは悠々と超える身長とコックコートを押し上げる筋肉。
顔は分からないように鉄の仮面で覆われていた。
なぜ俺の周りの料理人はこんなにごついのだろうか……。
「家族は無事なんだろうな!」
「当り前だ、生かしておかねば人質の意味がないからな」
…………。
二人の間に少しの沈黙が流れた。
「一つ聞いていいか、いろはストロガノフ……」
「なんだ」
「なぜ、俺を勝負の相手に選んだんだ。世界にはもっとすごい料理人がいるはずだ」
そういうと、鉄仮面は何がおかしいのか腹を抱えて笑い出した。
「なにがおかしい!」
「そんなこともわからずに俺の勝負を受けたのか! ならば教えてやろう、お前の師匠、グルーノアンガスは世界中の料理で頂点に立つ料理人、キングオブシェフなのだ!」
……初耳だ。
知っているかとジェニファーにも聞いてみたがジェニファーも知らなかったようだ。
たしかに料理が上手いとは思っていたがそんな肩書きを持っていたなんて……。
いや、たしかにアンガスはそんな肩書きを持っていようがいまいがどうでもよかったんだろう。
料理を食べるその人を笑顔にさせたい、それだけがアンガスの料理の作る意味だと聞いた。
「その弟子であるお前を倒せば俺の名も世界に知らしめれるってもんだ」
「・・・・・・きさま、そのためだけに俺の家族を人質に取ったのか」
「ダー! 俺は勝つためならどんな手だって使うぜ!」
とんだゲスの極み・・・・・・。
そのとき門をくぐって以来、口を閉ざしていたジェニファーが俺に耳打ちをした。
「あの仮面、そして用意された食材。おそらくあいつは……」
その名前を聞いたとき衝撃が走った。
「あんた、あいつに勝てるの? しかも料理の相性も……」
俺はジェニファーが最後まで言葉を言い切る前にポンと頭の上に手を置いた。
「大丈夫だ、問題ない」
根拠のない自信に、ジェニファーはため息をついたが、その後キッと俺の目を見た。
「あんたがそういう時はたいていどうにかするから心配してないわ」
そういうとジェニファーは手加減なしで俺の背中を叩き、勝ってきなさい! と言った。
じんじんと痛む背中。だがその痛みは嫌なものではなかった。
俺はリーゼントを整え直し、いろはストロガノフの横を通り抜けた。
いろはストロガノフの奥に用意されたキッチンに俺は立った。そして包丁を収納している鞄から一丁の包丁を取り出す。
「ほぅ・・・・・・」
審査員と思われる一人が声を出した。
俺が手に取ったのは出刃包丁。
和包丁の一つで峰の厚くがっしりとした印象とは裏腹に刃の作りはとても薄く繊細な職人芸が用いられている。
しかも片刃なので、乱暴に叩き切ったりすると刃こぼれしてしまう。
だが出刃を使っていることはそれほど珍しいことではない。日本料理ならなおさらだ。
審査員を驚かせたのは俺の手にある包丁の大きさだろう。
一般的には15cm~20cm程度の物が多く出回っているがジョージのもつそれは刃渡りだけで25cm以上はあった。
しかし、いろはストロガノフは俺の取り出した包丁を見て驚くどころかフッと意味心な笑みを浮かべた。
審査員の一人が前に出た。
なんと前に立った初老の男は、あの伝説番組、料理の超人で一躍有名になった美食家、藤村 鷹。
超辛口のコメントとその的確なコメントを裏付ける圧倒的味覚。そして美食家としての顔も有名だが、実はフランスで日本料理店のオーナーとしてレストランを経営している。ミシュランドでも三ツ星をもらっている超有名店だ。
審査員が手を空に高く掲げる。
「調理時間は一時間。それでは、調理開始!」
しっかりとした口調から発せられた言葉から、料理勝負の火蓋が切って落とされた。
………………
…………
……
開始から三十分、いろはストロガノフの方から玉ねぎ、マッシュルームをバターでいためた甘く、香ばしい匂いが漂ってきた。
そこに加えられるフォン・ド・ヴォー。
これは牛などの骨、肉を野菜などと一緒に煮込んだものだ。
少しでもタイミングを逃すと汁が濁り旨味がぶれるのだが……。
「なんて綺麗な黄金色なんや……」
匂いに誘われた審査員の一人がいろはストロガノフの鍋を覗き込みそう呟いた。
この審査員はフランス料理を心得ている人なら誰しも知っているだろう。
堺 宏雅。
彼は二十の時単身大阪からフランスまで修行に行き、いま若干二十五にして史上最年少にしてミシュランドに載った男としてキネスにも選ばれた男だ。
彼はレストランに入って気になることがあると厨房まで入っていくという、ぶっ飛んだ行動をいつもしている。
それだけいろはストロガノフの鍋に興味を魅かれたのだろう。
「全く雑味のないフォン……そしてこの匂い」
「えぇ、ラムです」
口を閉ざしてたいろはストロガノフが口を開いた。
「ラム肉を使ったら煮たときの灰汁が多くなる。そうしたら必然的にフォンは濁りやすなるものだが……」
もう一度、堺が鍋をよく見たが濁りどころか鍋のそこまで澄み渡っていた。
「トレヴィアンや……」
そう呟いた。
…………………
…………
……
そしてしっかりと下味を調えられ煮えた鍋に、いろはストロガノフは用意してあったラム肉を鍋に放り込んだ。
「この料理は……ビーフストロガノフいや、ラムストロガノフといった方が正しいでしょうか?」
そう言った三人目の天然パーマの審査員は王泉洋。
北海道出身の有名俳優だが美食家としても意外と名が知れている。
日本中、世界中を回る番組に出演し一躍有名になりホラ話で周りを笑わせるというユーモアにあふれた俳優だ。
「いやぁー上手そうだね! 早く食べてみたいよ。ねぇ、鈴井君? あ、彼は今北海道か!」
あっはっはっはと笑い、席に着いた。
「僕、痔なんで長いこと座れないんですよ。早く持ってきてくださいねー」
いろはストロガノフは聞き流しながらも仮面の下で少しほほ笑んだ。
料理人にとって楽しみに料理を待ってくれることほどうれしいことは無い。
きっとそれはいろはストロガノフにとっても同じだったんだろう。
…………………
……………
……
いろはストロガノフは鍋にサワークリームを入れバターライスに完成したソースをかけ、盛り付けを始める。
そして最後にパセリを散りばめた。
完成された皿を見て最後にハラショーと言った。
湯気の立つその皿からはアワークリームのさわやかに酸味の香る一品が出来上がっていた。
「ジョージマッケンロー、先攻は俺がもらうぞ」
いろはストロガノフは審査員の机に完成した料理を置いた。
「どうぞご賞味ください」
審査員はゴクリと唾を飲み、同時に料理を口に運んだ。
「「「!!」」」
「う、美味い!」
「肉がトロトロだ!」
「全く、羊の臭みがないで!」
いろはストロガノフがこちらを見てフッと笑った。
それは勝利を確信した笑い。
「一時間しか制限時間がない中、このトロトロの肉をどうやって演出したのかね」
藤村が口を開いた。
「えぇ、そのために圧力鍋を用いております」
「……なるほど。普通の圧力鍋でここまでは出来ないだろう」
「そのために高級ステンレス、SUS304を使用しております」
「じゃあこの羊の臭みはどうやって取ったんだ!」
王泉が声を上げた。
「それにはディル、コリアンダー、イタリアンパセリのハーブを使用しました。臭みを消し肉本来の旨味を引き立てます」
「どうりで、美味いわけや……」
堺がポロリとこぼした。
目の前にはアルプスの山々が広がっていた……。
「こ、ここは?」
三人の間を爽やかなそよ風が流れる。
辺り一面に咲くハーブが気分を落ち着けてくれる。
パカラッ……パカラッ……。
音が聞こえたのでその方向に頭を向けると、なんと目の前から赤い服の女の子がヤギに乗ってやってくるではないか!
「おじいさーん!」
目を凝らすとそこにいたのは……。
「「「ハ、ハ○ジー!」」」
「おじいさん何をしているの、今日はお花を摘みに行く約束だったでしょ?」
「そ、そうだったかな?」
「そうですよ、行きましょう! ヨリヨリヨッホッホィ!」
「そーいえば、そうやった気がるわ!」
「さーみんな手を取って! ヨッホッホーィ!」
「ヨォッホォイ!」
私たちはこの広いどこまでも続く大地を駆ける
「ヨーリヨーリヨッホッホ!」
みんなで手を繋いで
「ラァラァラァ!」
どこまでも
「口笛はなぜー♪」
「「「ホイ! ホイ!」」」
「遠くまで聞こえるのー♪」
「あの雲はなぜー♪」
「「「ヨリホォ! ヨリホォ!」」」
「わたーしを待ってるのー♪」
「「「ホイサァァァァ!」」」
「おしーえてーおじいさん?」
「何でなんですかね藤村さん! ホオィ!」
「知らんわ、堺くん! ヨーリヨーリホー! しっとるかい、王泉くん!」
「知りませんよッホぉぉぉぁぁぁぁ!」
「「「あはははははははははははは」」」
「あはははははははは」
………………
…………
……
「戻って来なさい! ハ○ジで出てくるのは羊じゃなくて、ヤギよ!」
思わずあほになっている審査員にジェニファーはツッコミを入れた。
「は! わしらはいったいどこに行っとったんだ」
審査員の姿を見ると、勝を確信したかのように高らかに笑った。
「完全に勝敗は決したようだな。見ろこの審査員どもを完全に私の料理の虜ではないか!」
「それは俺の飯を食ってから言いな!」
俺は審査員の前に三つの丼を置いた。
「なに、丼ものだと? そんなので俺に勝てると思ったのか!」
「あぁ、勝てるね!」
その瞬間、審査員の開いた丼が光を放った。
「な、なんだこの光は!」
「た、卵や! 半熟卵が光に反射して輝いてとるように見えたんや!」
「しかも、出汁の良い匂いがしますよ!」
ゴクリと審査員が唾を飲む。
「どうぞ、かっこんでください!」
俺の号令と同時に、丼に飛びつかん勢いで箸をつける。
「う、美味い!」
「なんやこの出汁、何からとってんねや!」
「かつお節、煮干し、しいたけ、昆布……全部の旨味が一気に押し寄せてくる!」
俺の料理を食べた審査員をみて、いろはストロガノフは驚いていた。
たかが丼になぜこれほど賞賛があるのかと。
「その出汁には確かに、かつお節、煮干し、しいたけ、昆布すべてが用いられております。ただそれだけの種類を混ぜると、一つ一つの旨味が主張しすぎてバランスを崩すでしょう」
じゃあなぜという顔でいろはストロガノフがこちらを見る。
「魚介系の旨味は主張が激しい、なのでかつお節には枯れ節、煮干しにはあじ煮干しを使用しております。そしてしいたけは加熱しすぎると旨味が濃くなりすぎる、これも適切な時間の調理が必要だ。そして最後に昆布。昆布は利尻昆布を使用しております」
王泉の眉がピクリと動いた。
そう、利尻昆布は北海道で取れる高級食材だ。
「すべてを黄金比で混ぜ合わせることでかつお節、煮干しのイノシン酸、昆布のグルタミン酸、しいたけのグアニル酸が超融合する! これが俺の和の究極丼だ!」
辺りは宇宙空間、真っ暗で何もない。
そこに母なる大地が生まれ、海が生まれる。
悠々と何人も邪魔されることなく泳ぐ魚たち。
波を受けそよそよと揺らぐ昆布。
雨が降り、森が出来る。
太陽の光めざし、伸びる木々。
いずれ朽ちる木、そこからも命は生まれる。
「すべて、支えあって生きているんだな……」
「なにかひとつ欠けてもあかんのやな……」
太陽が黄金に輝く。
そしてそこから出る光が鰹、昆布、煮干し、しいたけを線で結ぶ。
「こ、これが!」
「「「黄金比率!!」」」
………………
…………
……
「勝者、ジョージマッケンロー!」
審査員が高らかに宣言する。
「なぜだ、なぜ俺の料理が負ける!」
地団太を踏む、いろはストロガノフに俺は近づいた。
「食ってみろよ」
差し出された、丼をいろはストロガノフは乱暴に取り、口に含んだ。
「……美味い。それだけじゃない懐かしい味がする」
「そうだろ、出汁は全ての料理の基本だ。使われているのは日本料理だけじゃない。懐かしく思ったのはロシア料理のウハ―にも出汁は使われるからだろう。そうだろいろはストロガノフ……いやヴォルギン・モイモイ」
俺に名前を呼ばれると、いろはストロガノフは黙って仮面を外した。
「いかにも、俺はヴォルギン・モイモイ」
ヴォルギン・モイモイ。
彼もまた料理の超人でロシア料理の超人として挑戦者たちと死闘を繰り返した。
しかしロシア料理という狭い範囲のせいで、挑戦者が現れなくなりテレビの表舞台からは姿を消していた。
その姿を見ると、ジェニファーはやっぱりと言った。
「お嬢ちゃんは会ったときから分かってたみたいだな。なぜわかった」
「用意された食材に羊があったでしょ。あれはコーカシアンって品種の羊ね。ロシアの一部の地方で食べられたものだわ。そしてあなたの付けているその仮面、それはスコモローフって言うロシア歌唱芸術で用いられてた仮面でしょ」
「お嬢ちゃんはよく物を知ってるな……その通りだ」
「それだけじゃない、あなたからロシア料理に対する愛みたいなものを感じたわ」
「愛……か」
「あなたみたいな人が何でこんな勝負を持ちかけたの?」
ジェニファーに問われるとモイモイは空を見上げた。
「それはやっぱりロシア料理を愛してたからかもしれないな……」
みんなの視線がモイモイに集まる。
「最近ロシア料理は人気を失い忘れられつつあった、それが嫌だったんだ!」
モイモイが地面に泣き崩れる。
「じゃあ、強くなりなさいよ」
そこに言葉を投げかけたのはジェニファーだった。
「あんたも料理人の端くれでしょう、認めてもらいたいなら誰よりも美味しい料理を作りなさい! 泣いてる暇なんてないわよ!」
むくりと立ち上がり、モイモイはジェニファーの前まで行った。
そこにあったのは覚悟を決めた男の顔だった。
「あー日本ももうおしまいか、結構楽しかったのに」
ジェニファーが愚痴をこぼす。
初めはあんなに来たがらなかったのにすごい変わりようだ。
「文句言うなよ、家族も無事に解放されて、料理勝負に勝ったんだからそれでいいだろ」
まーねーと適当な返事を返すジェニファー。
本当に料理以外のことに関してはちゃらんぽらんだな……。
そのとき俺の携帯に一本の電話が掛かってきた。
「国際電話……アンガスか!」
ボタンを押し携帯を耳に近づける。
「おう、ジョージ。勝負に勝ったんだってな!」
どうやら、ニュージャージーにも連絡が行ってみたいだ。
「それでだ、急だが新たな挑戦者が現れた!」
「え!?」
大きな声を出したせいか、ジェニファーもどうしたのと言って携帯に耳を寄せた。
「次は東京だ、いやーお前が有名になって嬉しい手もんだ!」
「いやいや、ちょっと待てよもう航空券もとったし、どうすんだよ!」
「そんなの捨てたらいいだろ、頑張ってこいよ!」
いうことだけ言うとアンガスは電話を切った。
「まじかよ……」
やれやれと右を振り向くと、そこには満面の笑みのジェニファーがいた。
「次は東京ね! ディヌニーに行こうよ、ディヌニー!」
「おい、遊びじゃないんだぞ!」
もう俺の話を聞いてないらしく、空港の中をジェニファーはディヌニーと連呼して走り回ってた。
しかたないな……。
「こうなったら、やれるところまでやってやるか!」
何してんの、剣路! 早く行くわよ。
「おい! 走り回るな!」
しばらくはジェニファーと城島剣路の旅は終わりそうにない。
まだまだ二人の旅は続く。続くったら続く。
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