第67話 奪われた秘法 その2
アップアップ。
激流の中、必死に水面を求めて、俺は水中で両手を大きく水を掻き、足をバタつかせた。
浮いたり沈んだりを繰り返しながら、必死に水の中でもがく。
もともと泳ぎは上手い方ではないが、幸いにもいつも装備している重りとなるようなものは今は何一つないのが唯一の救いだ。
俺は気が遠くなるような長い時間、とにかく必死に泳いだ。
実際の時間はほんのわずかだったかもしれないが、俺の中では無我夢中で何時間も泳いでいたようなような気がする。
気づくと流れは緩くなり、視界の端に砂地が見えた。
何とか視界の端に見えた砂地の方に最後の力を振り絞って泳いでいく。
体力が限界寸前で何度も「もうだめだ……」と諦めかけたところ、何とか砂岸の上に立つことができた。
俺はフラフラになりながら波打ち際まで歩いてたどり着いた。
水から上がると全身鉛を巻きつけたかのように重く、立っているのもやっとな状態だ。
そしてついに砂地の上で仰向けにバタンと倒れ、そのまま意識を失ったのだった。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
話はさかのぼること10日ほど前。
俺はバレス平原に行き、ゴブリンやコボルトなどの低レベルモンスターを狩って小銭を稼ぐことが、最近日課のようになっていた。
今日もムチャと一緒に朝から出かけて昼過ぎごろまでにはそれなりの戦果をあげていた。
そして、ホクホク顔で街に戻り、そのまま換金のためにギルドに行った。
俺がカウンターで換金の手続きをしていると、1人の男性ギルド職員が俺の顔を見て近づいてきた。
その者は手に1枚の依頼書を持っている。
「ええっと、ヨージさんですよね?」
「あ、あっ、はい?」
俺はちょっと間の抜けた返事をした。
「な、なんでしょう?」
「あなたに直接依頼が入ってるんですけれども。今大丈夫でしょうか?」
「えっ? あっ、はい。今日の仕事は終わったので大丈夫です」
俺はそう言うとちょっと不安な顔になった。
俺みたいな下っ端冒険者に、直々の名指しの依頼は普通は無いのだ。
ギルド職員は俺の不安な顔を見て、手に持った一枚の依頼書を渡してきた。
「どういたしますか?」
名指しの依頼は通常報酬も高く、ある意味ギルドに恩を売るチャンスでもあるが、最終的には受けるかどうかは本人次第だ。
俺は、ギルド職員の顔と依頼書を交互に見た後、手渡された依頼書に目を通した。
そこにはよく知っている名前が書いてあった。
依頼自体は簡単なもので、渡された手紙をとある町に配達するだけのようなものだ。
ただ俺は依頼主の名前を見て、即答で依頼を受けることにした。
「この依頼、直ぐに受けます」
俺がそう言うと、ギルド職員はにっこりと笑顔で答えた。
「それは良かった。ではよろしくお願いします」
そういうとギルド職員は踵を返し、自分の席に戻っていった。
ギルド職員から渡された書類を手に持ち、換金作業も早々と済ませてすぐに俺はムチャを連れてギルドを出た。
辺りはまだ明るく日が沈むまでには、まだすこし時間がある。
俺はそのまま商業地区の方に少し駆け足で向かっていった。
「こんにちは!」
とある店に入り店番をしていた少年に声をかける。
「あっ、ヨージさんいらっしゃい」
彼はそう言うと、にこやかに笑って迎え入れてくれた。
「マーレさんでしたら執務室の方にいます。ご案内しますよ」
そういうと俺が来ることがあらかじめわかっていたかのように案内を始めた。
店の真ん中を通り細い通路を抜け、大きな扉のある部屋の前に案内された。
扉をコンコンとノックすると中から「ん? 入れ」という声が聞こえてきた。
「失礼します」
少年はそういうと扉を開けて、俺に先に中に入るよう促す。
「ヨージさんをお連れしました」
「おっ、来たか早かったな」
窓から夕暮れの日差しがさしかかり壁が赤く染まった部屋の奥の席から、1人の男性が立ちあがった。
そして、うれしそうに満面の笑みを浮かべながらで手を伸ばして近ついてきた。
「お久しぶりです。マーレさん」
俺は軽く頭を下げた。
「そうだな。前、お前がここにきてから、結構になるな」
そう言いながら、机の前にある長いすに腰かけるように俺をうながした。
「ガッシュ、茶菓子と飲み物を持って来い」
マーレさんはそう言うと、ガッシュに指示をした。
ガッシュは「はい」と返事をすると、そそくさと部屋を出て行った。
俺は手に持っている依頼書を机の上に乗せる。
「ギルドでこれを受け取りましたよ」
「早かったな。今日の昼に出したばかりのものなんだがな」
「最近は、近場のモンスター退治で日銭を稼いでいるんで」
「そうか、なら都合よかったってことか?」
マーレさんはそう言うとニヤリと笑った。
「まぁ、仕事の事はいいとして。なんか変わったものを連れているようだが?」
マーレさんは俺の首に巻きついているムチャを目を細めて見ている。
「いろいろありまして……。新しい相棒ですよ。へへっ!」
「変わった奴だと思っていたが、まさか魔獣に手を出すとはなぁ……。まあ、好きにすればいいが」
半ば呆れた様な表情で、言ってきた。
「どうだ。最近は」
「ええ、ぼちぼちですよ」
「そうか。まあ見た感じ何とかうまくやってるようだな。一応俺はお前の後見人だからな。たまには顔を見せるようにしろよ」
「わかりました。それで依頼の方なんですけども……」
これ以上はマーレさんのお説教が始まりそうだったので、俺は話を依頼のことに切り替えた。
俺は依頼書を指差す。
「ええっと、手紙をバスタークという町まで持ってけばいんですか?」
俺は依頼の内容確認するために、依頼書の1文をそのまま読み上げる。
マーレさんはちょっと目をつぶり、少し考えたような態度とったが、目をつむったまま大きくうなずいた。
「ま、それだけ聞くと難しい依頼ではないんだが、バスタークという町周辺はあまり治安がいいとは言えないんだよ。だから、店の者を使いに出すのはちと心配なんで、冒険者に頼むことにしたんだ。後はせっかくなんでお前の顔も見たかったから、直接指名の依頼ということにした。まあ、お前なら何とかするだろう。一応確認だが、お前の都合は大丈夫か? 手紙を届けること自体は、比較的急ぎなんでな」
マーレさんは少し前のめりのような格好で質問してきた。
「ええ、全然大丈夫です。さっき言ったようにここ最近暇でしたから。そろそろ少し大きな仕事をしようかなと思ってたところなんですよ」
「そうか、それはよかった。指名の依頼だから報酬ははずむぞ。それに仕事自体は簡単だ。配達自体は急ぎだが、その後はゆっくり観光でもしてくればいいしな」
1段落がついたところで、ガッシュが紅茶と茶菓子を持って部屋に入ってきた。
あらかた依頼の話が終わり、その後は俺の最近の状況についてマーレさんに根掘り葉掘り聞かれ、アレコレ説明することになった。
気づいたらもう日は沈み、外は真っ暗になっていた。




