第66話 奪われた秘法 その1
ドン、ドン、バタン
乾いた木の扉の閉まる音がする。
ザザッと足早に人が近づいてくる。
「お、おい、大丈夫か!?」
扉から入って足早に近づいてきた人は、仰向けに寝ていた俺の肩を大きくゆすりながら聞いてきた。
俺は薄目で相手の顔をみると、ひげモジャの男が見下ろしている。
「……、……ん、あっ、あぁ、大丈夫だ!」
俺は前後不覚でしばらくボーっとした状態で、思い出したかのように返答した。藁の上で横になっていた上体を起してあたりを見渡す。どうやらここは牧草が積まれた納屋の中のようだ。
「むぅぅ、イテテテッ!?」
俺は右手で頭をさすったあと、眼前がボヤッとしていたので目頭あたりを指で強く押さえて意識をはっきりさせた。
「ほら、これを飲め」
ひげモジャの男は皮袋に入った水を、木のコップに入れて渡してきた。それを受け取ろうと出した俺の手には、乾いた血がこびりついている。
「ごくごく、ふーっ」
一気に飲み干した水が、のどを通って体にしみわたる感じで入っていく。意識もハッキリし何とか一息ついたところで、ビュンと黒いものが天井から飛んできて俺の目の前に現れた。
「ムチャ、どうだ。追っ手はきているか?」
そう言うと、ムチャは首を横にフリフリと大きく回して否定してきた。
「そうか、なら一息つけるな」
そういって俺はムチャの頭を軽く撫でてやる。
ムチャはちょっと心配した様子で俺の方を見ている。
「あんちゃん、お疲れのところ悪いが移動するぞ」
ひげモジャの男は小屋の戸を少しあけて周囲を見渡しながら、俺にそう言ってきた。
「まだ大丈夫だろう」
俺はせっかく一息つけるところまで逃げて来たので、もう少し休んでいたい。
「いや、ここは森の中の小屋で目立つ。追っ手が来ていない今のうちに先に進んだほうがいい」
ひげモジャの男は真剣な顔つきで言ってきた。
「ん~ん ……わかった」
俺はそう短く返事をすると、体全体に強いけだるさを感じながらよっこいしょと立ち上がる。服はあちこち破れて乾いた血がついている。痛々しい様相だが、道中 傷を治しながら移動してきたため、今は大きな傷は無い。ただ、傷がふさがるまでにかなり血を失ったため、少し貧血気味だ。それに、所持しているのは右手に持った抜き身のナイフと腰に下げた短い魔法の杖、そして懐にしまっている高級な布に包ま れたある品物のみで、残りは何もない。
「はぁ、心細いなぁ」
右手に持ったナイフを目の前に持ち上げ、大きくため息をつく。
体調だけでなく、精神的にも心細い。
「よし、行くぞ!」
ひげモジャの男は、扉を少し開けてあたりを見渡し安全を確認したあと声をかけてきた。
俺は男の後に続いて納屋から外に出て森に入る。
首にはムチャが巻きついていて、背後を警戒している。
足早に移動している中、薄暗い森の木々の隙間から上を見ると夜空には三日月型の大きな月がうっすらとあたりを照らしている。
「本当に、こっちで大丈夫か?」
俺が先導しているひげモジャの男に問いかけると、
「ああ、大丈夫だ。もうすぐロマーヌ川が見えてくる。そのまま川に沿って下流に進めば、俺が用意した小船がある。そこまでの辛抱だ」
男は少し振り返って俺にそう説明した。
「わかった」
しばらくすると、本当に水が流れる音が聞こえてきた。
そのまま音のする方に進むと、木々の切れ目が見えてきた。
「わっ!?」
木々の切れ目を抜けるとそこは断崖絶壁で、恐る恐る下を見ると20メートルほど下には激流がある。
目線を上げると、対岸が見える。
距離にすると500メートルくらいある。
反対側も絶壁になっており、簡単に降りて泳いで渡ることは出来そうにない。
「どうするんだ?」
俺はひげモジャの男に聞くと、男は右手を上げて下流方向を指差した。
「このまま川沿いを下っていけば、必ず小船のあるところまでいける。ただ、思っていたよりかなり上流に来たようだ。先に進むぞ」
そう言うと、あごをクィッと進む方向に回して先に行けとジェスチャーをする。
俺は、手の平で2度顔をパンパンと叩いて気合を入れなおしてまた走り始めた。
そのとき!!
ビュッ!ビュッ! トス、トス。
鋭い風を切る音がしたかと思えば、足元に2本の矢が突き刺さって俺の行く手を遮った。
「クソ! 追いつかれたか」
ひげモジャの男は矢が飛んできた方向をにらみ、悪態をつく。
俺は、右手にナイフを構え、左手で魔法の杖を持ち、黙って臨戦態勢をとる。
ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサガサガサ。
森の中からは、トラのような大きな猫科の猛獣の背に乗った革の鎧に身を包んだ筋骨隆々の銀髪の女の戦士が、それぞれ弓と剣を構えて5人現れた。
その5人は俺たち2人と1匹を、崖を上手く使い包囲しながらジリジリと詰め寄る。
「おとなしく投降しろ」
5人の中の1人がそう言いながら、大きな弓に矢をつがえて俺たちに狙いを定めて弦を引く。
ひげモジャの男はいつの間にか、腰の剣を抜いていて構えていた。
5人の女戦士達は猛獣の背に乗ったまま、ジリジリと更に距離を詰めてくる。
ガサガサ、ガサ
急に森の方から木々の擦れる音が聞こえた。
瞬間的に5人の内の1人がその方向を見ると、ひげモジャの男が女戦士たちの1人に斬りかかった。
バシューン
矢の放たれる音が響き、男の胸には矢が深々と突き刺さり、そのまま男はつんのめるようにして倒れた。
倒れた地面には赤い血がジワーッと広がり、男の体はピクリともしない。
「もう一度言う。おとなしく投降しろ!」
矢を放った女は、すぐさま次の矢をつがえて、俺の方を向き再度問いかける。
俺は右手のナイフをポイと前に投げ出し、魔法の杖を腰にしまい両手を挙げた。
女戦士はその様子を見て、構えていた弓を下げた瞬間、
「ムチャ、お前は飛んで逃げろ」
俺はそう言うと、首に巻きついていたムチャを引き剥がし、空に投げる。
そして、一か八かの賭けに出ることにした。
自分の鼻を指でつまんで、体を丸めて崖からピョンとジャンプした。
ドボーン!
崖の下でひときわ大きな水しぶきが上がる。
「追え、追え、見失うな! なんとしても見つけ出せ」
俺は川の激流の中、必死にもがきながら水面に顔を出す。ものすごい流れに巻き込まれあっという間に流される。そんな中、崖上からは大きな声で叫ぶ女戦士の声が聞こえてきたのだった。




