第45話 姫さま考える その4
逃げ込むように宿泊先であるケルムの街の領主であるホーガン子爵の別邸に馬車は入っていった。
「は、早く、医師を呼びなさい!」
シャルロッテは馬車から降りると、別の馬車に乗っていたメイドに大声で叫ぶ。
メイドは一礼したあとスカートの両端を持上げ、足早にその場を去り医師を呼びに行く。
医師を待っている間に、パムは馬車から降ろされ2人の衛兵を使って担架に乗せて別邸の一室に移動する。
その間もパムの意識は戻らず、体はピクリとも動かない。
シャルロッテはその様子を血の気が引いた顔で心配そうに見守る。
30分程度たってから、メイドが医師を連れて戻ってきた。
「遅いですわ!」
「も、申し訳ありません。」
シャルロッテはメイドを強く叱責するが、すぐに医師のほうを向き直し早く診察をするように促す。
「一応、私が回復魔法で応急処置をし、念のために解毒魔法も施しました。ただ、私の暗殺を狙った場合、解毒魔法が効かない場合もありますので、そのあたりを特に念入りに診察してください。」
「わかりました。では。」
医師はパムの上着を脱がせ、うつぶせにして矢傷のあとを確認する。
その後、仰向けに戻して聴診器で心音や肺の呼吸音と内臓の動きの音を聞く。
更に両手を使ってトントンと体を叩き打診し、体のあちこちを押して触診で内臓の具合を探る。
最後に、指を使って眼球の動きを確認する。
「で、ど、どうですか?先生。」
「ん・・・、ん、矢はどうやら内臓までは達しておらず、姫さまの回復魔法により特に問題は無いでしょう。」
「ど、毒とかの症状は、な、ないですか?」
「ええ、大丈夫のようです。急な状況による心身の負担による一時的な失神に近い状態でしょう。数時間、もしくは明日の朝には目が覚めるはずです。夜になってから熱がでる可能性はありますが、この様子なら大丈夫でしょう。」
「はぁ~、そうですか。よ、良かった。」
シャルロッテは安堵してその場にペタンと座り込んでしまった。
「それで、出血はどのくらいになりましたでしょうか?」
「え?・・・えっと、これが止血時に圧迫したものです。」
シャルロッテは止血時に使った自分の左手の袖を取り出して医師に見せる。
「この程度の量でしたら、すぐに体力も回復するでしょう。獣人はもともと体力は人並み以上にあります。それは子供と言えど例外ではありません。一応、念のためこの子が目が覚めたら再度お呼びください。その際にもう一度診察を致します。」
「わかりました。ご苦労さまでした。」
シャルロッテは医師に礼を言い、医師はそのまま部屋から下がる。
パムは特に苦しそうな様子も無く、すやすや寝息を立てて眠っているかのようだ。
とりあえず、一安心したシャルロッテはパムの看病をメイドに任せて、馬車のほうに戻る。
「警備隊長をここに呼びなさい。」
馬車近くにいた衛兵の1人にシャルロッテはそう告げると、その衛兵は走って警備隊長を呼びに行く。
数分後警備隊長を連れて衛兵が戻ってきた。
「それで、状況を報告しなさい。」
「はっ、現在シャルロッテ様を狙った賊は群集にまぎれて行方をくらましております。周辺の探索に20名の部下が当たっている状況です。しかし、・・・。」
「それで!」
シャルロッテは冷ややかな感じで強く言い放ち、警備隊長に詰め寄る。
「はっ、も、申し訳ございません。現状ではあの人ごみの中から、犯人を見つけ出すのは難しいと思われます。」
「ん、・・・わかりました。とりあえず、今日一日は犯人の探索に全力を注ぎなさい。あと、あなたの処遇については後で沙汰を出します。ただ、今回は私の従者が盾になり私には何もありませんでしたから、厳しい処罰にはならないでしょう。しかし、二度目はありませんから。」
「はっ、寛大なご処置ありがとうございます。」
シャルロッテは一連の対応について指示を出し終えたあと、またパムの部屋に戻る。
メイドがベットの横でパムを見守っていたが、シャルロッテがかわることを告げる。
「シャルロッテ様は少しお休みください。パムには私がついておりますから。」
メイドはシャルロッテを気遣って言う。
「いいえ、良いんです。彼が私を身を呈して助けてくれたのですから、目を覚ますまで見守るくらいはやります。」
「・・・そうですか。わかりました。しかし、今回は姫様が狙われており、精神的にお疲れであることはお忘れなきよう。」
「わかっています。」
シャルロッテはメイドにそう言うと、部屋から下がらせる。
シャルロッテがここまで毒に対して過剰に反応するには理由がある。
6年前、視察を始めたころに同様な手口で襲われたことがある。
その際は、矢は彼女の腕を少しかすった程度でほとんどダメージは無かったが、鏃についていた特殊な毒により三日三晩高熱にうなされた。
幸いかすった程度であり、毒が体内に少量しか入らなかったため運よくその時は一命を取り留めた。
パムが矢傷を負った時に、シャルロッテが真っ先に思い出したのがそのことであった。
医師の診断とパムの様子からすると、毒はないようである。
どうやら、今回は暗殺が目的ではないことはこれではっきりした。
敵の意図はまだ完全に不明であるが、パムの容態はすぐに回復するという事なので取り敢えず一安心である。
「ふぅ~、また考えるべきことが増えましたわ。嫌になりますわね。」
シャルロッテはパムの寝顔を見ながら、一人ブツブツと呟いていた。
◇◆◇◆◇
その後、次の日の朝にはパムは何事も無かったかのように目を覚ました。
「ご心配をおかけしましたでマフ。」
「何を言っているのです。今回は私の命を身を呈して守ってくれてありがとう。」
「いえ、これも僕の役目でマフ。」
「それで、体調のほうはどう?」
「まったく問題ないでマフ。獣人は強いでマフ。簡単に死なないでマフ。」
パムは元気をアピールするために、スッと立って大の字のポーズをかわいらしくとった。
「はい、はい、わかりましたから、あなたはまだ横になって寝てなさい。あなたはこれでも大量の血を失っているのですから。これは命令です。」
「・・・わかりましたでマフ。」
パムはしょぼんとした表情でまたベッドに横になる。
「今日一日は安静にしているのですよ。この後お医者様がきますから、診察をしてもらいなさい。」
「わかりましたでマフ。でも今日のシャルロッテ様のご予定はどうされるのでマフか?」
「昨日、バスター様とホーガン様には予定を1日ずらすように連絡を入れました。警備上での安全確認もありますし、ことがことですので大丈夫でしょう。そもそも、あなたが心配するようなことではありません。」
「出過ぎたことを申しましたでマフ。すみませんでマフ。」
「わかればよろしい。」
シャルロッテはそう言うと、パムをメイドに任せた。
彼女自身、昨日一睡もしていなかったので、パムの様子をみて安心したためか、急に眠気が襲ってきた。
フラフラしながら、隣の部屋に移動しそのまま寝る事にした。




