第8話 バレス城塞都市入り
「ようこそ、バレス城塞都市へ」
マーレさんは馬車の御者台から馬車の屋根で監視任務をしていた俺に大声で言った。
「すげぇー、でかいっすね」
現在俺たち商隊は山の頂におり、眼下にはバレス城砦都市全体が見渡せる状態にある。
「そうだろう、そうだろう。バレスはガーレン伯爵様が直接統治するこのあたりではもっとも大きな都市だからな」
マーレさんはわが事のようにうれしそうに説明してくれた。
それによると、バレスは500年以上の歴史があり、何度か領主は変わっているがここ60年はずっとガーレン伯爵一族が統治しているということだ。
ガーレン伯爵が統治を始めて、都市は非常に安定かつ発展し活気に沸いているということだ。
城塞都市の名前のとおり、都市周囲は4mほどの高さのある城壁で三段階に囲まれている。
都市の中心は小高い丘になっており、ガーレン伯爵の居城がそびえたつ。
都市の外は広大な麦畑が広がっており、小さな集落がぽつぽつある。
東西南北に1つずつ巨大な門があり、荷馬車と人がひっきりなしに出入りしている様子がわかる。
「人が蟻のようだ。あっはっは」
俺しかわからないセリフで一人楽しんでいると、
「あの城壁の一層目が商人と平民の主な居住区で、二層目が貴族様方の屋敷があり、中心が伯爵様の住まわれる区域になってるんすよ」
ガルが大雑把な区分けの説明をしてくれた。
「また、平民区域は大きく4つに分かれていて、住人の居住区・職人の工場区・歓楽街区・商業区となってまして、冒険者ギルドは商業区にあります」
ナリアが更に細かく説明してくれた。
「よーし、今回の行商もあと少しだ。ここまでくればもう安心だが、もうちょっとがんばれよ。よし、休憩は終了で出発するぞ」
マーレさんはそういうと、馬車を進めた。
南城門手前まで来た。
俺は完全におのぼりさんのように、上を見上げてポカーンとした表情をしていた。
城壁は近づくにつれて壮大な造りがわかり、異世界にきたことを強烈に感じた。
逆に、タレスの村は本当に辺境で貧しいことを改めて実感する。
ただ1つちょっと心配なことが浮かび始めた。
今、馬車は南門の手前で入るための確認作業の順番待ちだ。
商人たちや護衛のみんなは身分証のようなものを出して待っている様子だ。
「ちょっとやばくね?」
内心ドキドキの状態で、マーレさんにそのことを確認するために御者台の横に座る。
「マーレさん、マーレさん。ちょっと・・・」
「なんだ?」
マーレさんは俺の不安そうな顔を見て真剣な表情に変わった。
「あのー、そのー、あそこの手続きなんですけど・・・。身分証明書が必要なんですかねぇ?俺そんなもん持ってないんですが。もしかして無いと中にはいれないとか・・・」
不安な顔をして聞いてくる俺を見て、
「そーだな。やばいなー。身分が無いということは、最悪おまえ捕まって奴隷行きかぁ?」
「えっえっえっ、まじっすか!? ちょっ・・マーレさん何とかお願いしますよ。旅の道中、自分でも俺、頑張ったと思うんすよ。お願いしますよ」
「うーん。そうだなぁ。でもお前、道中人一倍飯は食うし、水浴びしていたカルナやナリヤたちを覗き込むし。屋根で監視といいながら、結構居眠りしていたしなぁーーーー」
「えっ、やば、ばれてたんすか」
「おまえ、ばれてなかったと思ってたのか?」
「すんません。すんません。この通り、謝ります。彼女たちにも謝りますので、そこを何とかお願いしますよ」
必死に俺はマーレさんに頭を下げ、最後は土下座して、上目遣いで目をウルウルして媚びた表情でお願いする。
ガル達はその様子をやや軽蔑したような、哀れんだような表情で見ている。
トロールを倒して得た威厳や尊敬は吹っ飛んでしまったかのようだ。
いやいや、営業回りで鍛えた媚を売る技術と素早い土下座の技術は唯一自慢できる俺の能力だ。
強いものには巻かれろ
プライドは捨てて、媚を売れ
周囲の目を気にするな
敵は作るな
これがサラリーマン時代に獲得したある意味生きる上での教訓である。
「お前、プライドがねぇな。まぁいい。冗談だよ冗談。お前の身分証明は大丈夫だ。タレスの村長がちゃんと一筆書いてここに証明書を俺が持っているから大丈夫だ。心配すんな」
「まぁ、それにしてもその姿勢はすごい謝り方だな。奴隷も真っ青な素早い動きだよ。ほら、頭を上げろ」
俺は額に泥が付いたままの顔で、少し疑った様子で、
「ほんとっすか?本当にあの村長がそんな手回しよくやってくれたんですか?」
「ほんとだほんと。正確には神父さまが村長に言って、俺に渡してくれたんだがな」
俺は両手を握り合わせ天を見上げて、神父さまに心から感謝をした。
なんてありがたい人だ。
マジ感謝!!
神様、神父さま、ありがとさま、です。
スエット姿で言葉が通じない一見浮浪者の俺を、神のこころで受け入れてくれただけなく、ここまで気配りしてくれるなんでホント感謝感謝である。
いつか必ず個人的に恩返しをしようと心に決めて、土下座で体中に付いた泥を払ったのである。




