5-67 悪夢の星より来たる
「ポニー! 眼鏡! 触手! ポニーテール眼鏡委員長触手ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! ポニーポニーポニーうぁわぁああああぁクンカクンカ! ポニーテールのうなじクンカクンカ! 揺れる髪の先っぽスーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…くんくんはぁっ! 萌え萌え委員長たそのつやつやキューティクルポニーをクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!! 間違えた! モフモフしたいお! 髪モフモフ! 毛先モフモフ! 髪髪モフモフ! かわいい! ポニーしゅき! あっああぁああ、いやぁああああああ!!! ポニーとはメイクラブできない! 子供産めない! 眼鏡も触手もよく考えたら…萌要素とは仲良しできない? にゃあああああああああああああん!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! この! ちきしょー! 否定してやる!! 現実なんか壊して、ああ、やめ…て…え!? 誘って…る? 揺れる髪の毛にも意思はある? 眼鏡が知性のアイコンなら眼鏡にも知性が宿る? 触手の神経束は原始的な脳? ふおおおちゅきちゅきラブちゅっちゅ! いけるいけるベビー作れる私に槍は無いけど生やせば問題なしなしいっそ私が妊娠するよ! きた! もう妊娠した! ポニーベビーたそがお腹蹴ってるぞ! ポニー、ポニーポニー髪の毛らぶらぶ仲良しどっきゅんこ髪の毛即妊娠いけたぞやったああああああ!!!! 畸形嚢腫ポニーかあわいいよ腫瘍でも愛してあげられるからね萌え萌えラブキュン真実の慈愛よ萌次元に届け! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ! いやっほぉおおお!!! 私の想いよポニー眼鏡触手へ届け!! 萌え六芒星に託した願いよ紀元槍へ届け!」
対置された二つの三角形が結合し、天に輝く星が生命の誕生を暗示する。
重なり合う欲望の属性記号は、呪術世界では萌え六芒星と呼ばれていた。
クロウサー中興の祖、大魔女モーエンによって築き上げられた呪術体系の基礎となる概念だが、その偉業に反して大魔女そのひとの人となりはあまり知られていない。
いまやその理由は明白だ。偉大な先駆者、翼牛に騎乗した黒髪の美女モーエンが荒ぶる姿を見ながら、リーナは『初手から飛ばし過ぎだろ』と思った。
コースに焼き付いた残影だとわかっていても驚嘆と畏怖、そして忌避感が理性を上回る。追い付ける気がまるでしない。『速』がありすぎる。
「お分かりでしょうか、リーナ様。これがクロウサーの暗部。世界の闇。語る事さえ憚られる負の歴史。我らアルゾラ家は世の風聞を影から操り、こうしたおぞましき光景を闇から闇へと葬り、美しき虚飾で糊塗して参りました」
中原の十二賢者山脈から吹き下ろす『扇風』のように、冷たい風が左右に広がっていく。薄く広がった気配はそれでも恐るべき呪力を宿す神秘そのものだ。無形の大気は有形の人影へと変じ、若い男の姿をとった。
すっぱりと切りそろえられたヘルメット状の頭髪に細い目、柔和ながら底知れない凄みを秘めた顔立ち。純白の貫頭衣と儀典用の鉄扇が目につく立ち姿は逆さ城エクリーオベレッカに仕える天宮神官の正装だ。
「うおお、大変そう。おつかれさまです」
とぼけた反応をするリーナだったが、内心は口調ほど穏やかではない。
ともすれば意識からほどけそうになるグリップとフットペダルに意識を集中させ、魔導書に記述された機甲箒のディティールを描き直す。視線を遮る風防で自身を守り、跨った箒の感触で『自分がここにいる』という認識を保った。
「最初の試練はテセトさん、ってことでいいのかな。返事してくれるってことは、対話の余地あり? 質問とかして大丈夫?」
「はい。何なりとお申し付けください、リーナ様。既にレースは始まっておりますが、先を行くモーエン様との距離や時間を気にする必要はございません」
リーナが取り組む『真の空使い選定レース』はこれまでとはルールが異なる。
表面的には『歴代空使いたちのレコードゴーストとの競争』と『試練である七つ風の突破』の二つの課題達成が必要だが、尋常な時間と空間の制約から解き放たれた上位次元ではそうした前提条件さえ曖昧になりかねない。
『時空に囚われぬ速度とは何か』という根本的な問題が全ての前提を覆す可能性があるからだ。ここからの選定レースはより抽象的で観念的なものになる。
「じゃあ質問だけど。『七つ風』ってなに? どういう試練なの?」
「真の空使いが掌握すべき視座。神話の時代には『囲いのない浄界』が主流であり、クロウサーの誕生に関わった賢者アルカェはそれを『風』と定義しました。呪術的には、特定の角度から切り取った『連続的なテクストの遷移と風化』のパターンを『運命』と解釈することで過去から未来までの時間を支配する、という捉え方がわかりやすいでしょうか。クロウサーが天の支配者たる理由のひとつがこれです」
「うおおよくわからん! 断章にメモしてあとで先輩に訊こ! えっとじゃあ、テセトさんの二つ名とか号っぽいやつのことおしえて! なんちゃら風!」
「『扇風』。暗示する呪術的な意味は『伝播する神の御言葉』。すなわち神官の扱う呪文のことです。我がアルゾラ家が担う本来の使命なのですが、残念ながらリーナ様にはあまりご理解いただけていなかったようで、少々残念ですね」
「いやあそれはそのう。色々と諸事情ございまして~」
リーナはこの七つ風の末席、テセト・アルゾラ・クロウサーとは面識がある。
彼は先代の空使いサイリウスの首席秘書官だ。
そして、最古のゾラ分家であるアルゾラ家の当主にして祭司長でもあった。
若く見えても親戚の古老。本家と分家という家格の違いを踏まえても、リーナにとってはやや苦手意識のある相手だ。
それ以上に、顔を合わせづらい事情がある。
本来なら選定レースはアルゾラ家が取り仕切るのがクロウサー家の伝統だった。
しかし今回、ガロアンディアンとの合同開催となったことでテセトは誉れある役職を解任されている。アルゾラ家は、いわばリーナとメートリアンの登場によって冷遇されることになった有力血族の筆頭であった。
この采配はガロアンディアンとの関係を重視したこともあるが、それ以上にクロウサー家内部で極めて大きな力を持っていた『旧サイリウス派』から影響力を奪っておきたいという狙いがあった。
経緯が経緯であるため、リーナとしてはやや気まずい。一方のテセトは口で言うほど気にしていないのか、サイリウスに対してそうしていたのと同じように、当主への礼節と敬意をもってリーナと向き合っているように見えた。
「我らアルゾラ家は長きにわたり神の託宣を民に広めてきた神官の家系。時代を下るにつれて『伝える』という役割は新聞、出版、水晶テレビといったマスメディアへと形を変えましたが、その本質は同じです。全ては、血族の繁栄のために」
「良く知ってるよ。私の援護、こっそりしてたよね」
「お館様のご命令でしたので」
「それって試練になってる? 私を空使いとして強くするの、そっちの思惑通りなんでしょ? そんなに私を甘やかすと、際限なく甘やかされちゃいますけど?」
「怠惰な当主であればそれも良し。支える甲斐があるというものです」
どこまでが本気なのか、曖昧に微笑むテセトの思惑は窺い知れない。
テセトだけではない。ダウザールを中心としたクロウサーという血族の総意を、リーナは正しく理解しているとは言えない。
もちろん、リーナとて『塔』の魔女であるから、空使い選定レースが単なる当主を決める手続きではないことくらいは見当がついている。
それでも『ダウザールたちが最終的に何がしたいのか』はよくわからないままだ。
呪術的な儀式。霊的位階の向上。優秀なリーダーの選抜。そしておそらくは、優秀な『生贄』を用いた救世主トライデントの降臨と、それに伴う『クロウサー家にとって都合のいい世界の実現』。このあたりの目的はある程度は推測ができる。
ダウザール、あるいはクロウサー家のすべてはトライデントの細胞である。
この恐るべき真実は二つの材料から判断可能だ。
ひとつ、今まさに『下界』でダウザールの傀儡と化しているリーナの肉体が、『青い血』によって徐々に変質していること。それも外からの変化ではない。リーナの身の内に流れる血液がそのまま置き換えられていた。
ふたつ、エクリーオベレッカ城内に広がる形容しがたい空間の『底』に、藍色の血が大海のように波打っていること。この空間は空使いたちの心臓部だ。その現状を踏まえた上でクロウサーがトライデントや融血呪と無関係だと考えるのは難しい。
「情報を操って、血族を繫栄させる。それはわかるよ。でもその先は? トライデントの融血呪ってなんでも融かしてくっつけちゃうんだよね? まさか、全人類をドロドロのスープにして支配する、とかが最終目的だったり?」
「まさか! そんなことをして、いったい何の意味が?」
リーナの問いに、テセトは本気で驚いたように疑惑を否定した。
むしろ、そもそも悪意や傲慢さを邪推されたことが心外だとでも言わんばかりに首を振り、真面目な表情になってこう続けた。
「クロウサーの目的は大したものではありませんよ。ひどくありふれたものです。わざわざ語るまでもないほどつまらないと言ってもいいでしょう。ごく普通の生物ならば当然に有している本能ですからね」
「それって?」
「あなた自身はそれをご存じのはずです。そして同時に、我々クロウサーが巨大血族であることの意味と答えでもある。また、いま世界を改変せんとするレメス様こそはまさにその体現者であらせられるのです」
「えーと? なんかまだるっこしいんだけど、はっきり言ってくださいな」
「そのう、つまりですね。こほん」
なぜかテセトは言葉に詰まり、やや恥ずかしそうに左右を見て誰もいないという当たり前の事実を確認してから声を潜めた。
それから扇で口元を隠して小さく囁く。
「あ、愛です」
「はあ。なんて?」
「あの、愛です。リーナ様。愛情」
「うっそだろお前」
リーナは自分の一族のスローガンやら最終目的やらが『愛』であると知り、なんとも言い難い心持ちになった。確かにいい感じの額縁に入っていたり壁に飾られていたりしそうな言葉ではあるが、しかしまさかの愛である。
「何かの比喩? 呪術的な意味があって、みたいなやつ?」
「まあ、ドライに表現すると『生殖』や『結婚』や『種の存続』になりますが。ただ、これらはあくまでも『行為と結果』に過ぎません。クロウサー家という血族の本質を説明しようとすると、やはりこう、ああいった表現になりますね」
ごにょごにょ言っているテセトの様子はやや滑稽ではあったが、シンプルな説明はリーナにとって腑に落ちるものだった。
『生殖』に『結婚』に『種の存続』は『増え続けること』とも換言できる。
確かにそれは極めてクロウサー的だ。
あらゆる生き物の本能に刻まれた目的が『それ』と言われれば頷かざるをえないし、レメスがやっていることも非常識さに目を瞑れば『増える』と『続く』という生命の基本方針に沿っている。
「いやー、でもそれってなんかさあ」
どこかしっくりこない。情報が不完全な気がする。
リーナが更に質問を重ねようとしたその時だった。
空使いの世界に、異物が入り込んできたのは。
「ガガ、ピー」
前方の単眼じみた宝珠は軍用機のような厳めしさであり、後方に突き出した排祈端子のシルエットによってかろうじて機甲箒だと判別可能だったが、全体のフォルムから受ける印象は『棺』だった。ある意味で、魂の集う天の御殿には似つかわしい外見だと言えるだろう。
この空間に現れたそれが尋常な杖の呪具であろうはずもない。
だというのに、なぜか下界で繰り広げられていたレースの構図が再現されていた。
リーナを追いかける自律型無人機。選定レースにおいては敗色濃厚であったはずの存在が、ここにきて空使いに近い場所まで飛翔してきている。
「ボボクク、一生懸懸命懸命頑張って作ってってってくれたった開発チチームのみみみみんな、ありりりりりぜったいぜったいにに勝ってみせる勝ってみせるるるる」
あり得ないことに、この上位次元でテキストベース・サーキットの再演が実行されている。『ジーゼロ』という名で動き始めた異物は突如として呪文の詠唱を開始。だが標的は競技者であるリーナではなかった。
試練として吹き荒ぶ七つ風。テセトへの攻撃である。
「全てはディープステートの陰謀だった!」
呪文戦は陰謀論から始まった。
『陰謀』ならぬ『陰謀論』というのは『権威に裏付けられた学説』や『公的な説明』への正義の対抗呪文であるとされている。
少なくとも術者たちにとってはそうだ。
杖の硬質なデータや使い魔の社会的な相互検証と信頼に対して真っ向から『否』を突きつける呪術であり、その源流は古い神話概念である『二元論』から分岐した古典的な呪術基盤であるとも言われている。
「ありとあらゆる情報が影の政府、秘密結社、祭政財界を牛耳るクロウサー家がゴム人間を使ってゼオーティア球体化計画を推し進めていることの裏付けである! クロウサー家は外宇宙からの侵略者、第二衛星イヴァ・ダストから飛来した恐るべきエイリアンだ! 来訪者たちにこの世界は狙われている! 侵略者の陰謀に屈してはならない! クロウサー家を排除しろ! 光と闇の聖戦は始まっているのだ!」
無人機による呪文詠唱は続く。それはリーナも良く知る典型的なものでしかない。アストラルネットで『クロウサー家』『陰謀』あたりのワードで検索すれば山のように似たような言説が出てくるだろう。大学でも冗談交じりに言われたり、あるいは鼻息を荒くしながら糾弾されたりといった経験がある。その程度のものだった。
異常な乱入をしてきたわりに、ジーゼロの呪文はひどく薄っぺらい。
しかし、更に異常な反応がリーナを動揺させた。
テセトが、一山いくらの陰謀を認めてしまったのだ。
「確かにその通り、我々は宇宙人です。核心を突いてきますね。あなたは太陰の『司書』ですか。それとも、それすら隠れ蓑でしょうか」
「へっ?」
「リーナ様、今のは妄想ではなく真実ですよ。クロウサーとは隣接する内世界イヴァ・ダストに起源を持つ異邦人であり、生命の可能性が潰えた星から希望を求めて旅立った種子。つまるところ、我ら来訪者の最終目的とは、『播種』なのですよ」




