5-66 天獄藍域
空に浮かぶ霊城、その名は紀神エクリーオベレッカ。
死後に魂が行き着く先であるという天の国は、ゼオーティアの紀元神話において逆さに屹立する巨大建造物として表現される。
なぜ逆さなのか? なぜ城という形をしているのか? 天の国とは城のみで構成されているものなのか? 建造物の内部はどうなっているのか?
その仔細は隠匿され、神秘のヴェールの中に包まれていた。
なぜエクリーオベレッカの伝承が乏しいのか?
その答えを、リーナは直に目の当たりにした瞬間、即座に理解した。
白い光を突破して辿り着いた天空で、彼女が目にしたのは。
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半透明の逆さ城、その正門を潜り抜けた瞬間、リーナは光、白、そして藍色を知覚して、最後に『それ』を見た。否、見ようとした。
『それ』の中身を脳内で言語化し、テキストベース・サーキットに呪文として記述しようとする。言理飛翔によって速度を追求し続けてきたリーナにとって、それは得意技のはずだった。なのに、全く言葉が思い浮かばない。
テキストベース・サーキットという呪文戦の在り方を根本から否定しかねない『その光景』を正しく語るすべを、未熟なリーナは持ちえなかったのだ。
きっと、これまでにエクリーオベレッカに辿り着いた呪術師たちも同じだったのだろう。秘密を知ったとしても、それを語れないのであれば伝えようがない。
「なになに、わけわかんない! なんなの『あれ』は? ってか、ノリと勢いで来ちゃったけど、どこなのここー?」
頭を抱えたリーナの目の前にあるのは変わらず形容不可能な光景ばかり。
『これ』をどう記述すべきだろう?
疑問に答えるように、記述不可能な『かたまり』から出現するものがあった。
『それ』はきちんと記述可能な個人。それも、リーナが良く知る人物だ。
「指示代名詞によって見たままを正しく捉えようと試みるのであれば、『アレ』と遠称を用いるがいい。古くは『彼方』などとも呼ばれていたが、我らクロウサーは伝統的に『アレ』と呼んでいる。空に至ったお前にはその資格がある」
「ダウザール、おじいさま」
古典的な神話に登場する髭を蓄えた巨大な天神。
そうとしか形容できない単純明快なビジュアルイメージが雷鳴の轟きとセットで記述され、リーナはこの場が未だテキストベース・サーキットの内側であることをあらためて認識する。だが、単純に延長線上というわけでもないようだ。
なぜならば、ダウザールと対峙して冷静さを取り戻したことでリーナはこれまでとは決定的に状況が変化したことに気付いてしまったからだ。
リーナはいま、奈落の底でダウザールの操り人形となっている。
この致命的状況は、先ほどから一切動いていなかった。
にもかかわらず、リーナは己の自由意志をはっきり自覚している。
「『アレ』は、いや、『この場所』は、なに? 単純に空の上とか、エクリーオベレッカの中とか、そういうのじゃない。『ここにいる私』はどういうものなの?」
「知っているはずだぞ、我が遠き末裔よ。ここに来るのは二度目なのだから。魔将サジェミリーナを打倒した時、お前は確かにこの次元に到達していたはずだ」
ダウザールの言葉を正確に理解することはできない。
だが、思い当たる節はある。
曖昧な記憶と謎めいた勝利。
そして奇妙な既視感。なるほど、二度目というのは嘘ではないらしい。
「お前は『上位者の地平』に足を踏み入れたのだ。巨人位階の中でも更に全能者に近い次元。時間と空間を超越し、紀人や紀神は現実世界を盤上遊戯のように知覚し、俯瞰することができる。そら、このようにな」
気付けば、リーナとダウザールの中間地点に遊戯盤が出現している。
それはちっぽけなようで、とてつもなく広大な世界だった。
第五階層とそこで繰り広げられる様々な呪術闘争、渦巻く諸勢力の思惑、祝祭の裏で侵攻する陰謀、あらゆる人々の意思が交錯する複雑怪奇な思念の嵐。
頭がおかしくなりそうなほどの情報量。未熟なリーナの心では処理しきれない。すると手の中に収まっていた黒い魔導書が輝き、するべきことを教えてくれた。意識を盤上の一か所に集中させる。するとより詳細な下界の様子を知覚することができ、他の大量の情報が意識から消えていく。リーナは平静を取り戻した。
奈落の底ではダウザールがリーナを支配し、それを追うパーンとメートリアンというレースの形をとった冥界行が続いている。
そのすぐ近くではクロウサーの血族と謎の勢力が激突しており、なぜかメイファーラやセリアック=ニアといったよく知った仲間たちまでもが巻き込まれていた。
おまけにいつの間にか大神院の旧派閥がクロウサーのクーデターによって打倒され、ハグレスというよく知らない少年神がライラというよく知らない虹犬にぼこぼこにされており、さらにハグレスが引き千切られてアズーリアや知らないキュトスの魔女とも戦っていた。
どうやら箒レースを取り巻く事態だけでも相当に複雑なことになっているようだ。
リーナは膨大な情報量を受け止めるのでいっぱいいっぱいだったが、とどめに出てきたレメス神と全世界動物仲良し光景のショックで思考がフリーズ。
そして世界に広がる仲良しの輪と精子の雨で感情が爆発した。
「うわばっちい! 最悪!」
思わず顔をしかめたリーナは、しかし状況の変化に気付いた。
動物仲良しの紀人レメスがキャッキャウフフとか言いつつ動物たちと戯れていると、そこに義手の紀人シナモリアキラがやってきてそれを止めようとしたのだ。
曰く、公共と個人の自由のバランスがどうとか。一人で楽しむぶんにはともかく全人類への強要はよくないとか。神による法則の改変は慎重であるべきとか。
なにやら観念的だったり社会や法秩序に関する難しいお話をしているようだが、リーナのざっくり理解だと『迷惑かけちゃ駄目』ということらしい。
「うんうん。いいぞシナモリアキラ氏。言ってやれ言ってやれ、うわぁー!?」
シナモリアキラがグーで殴られていた。
レメスは全く聞く耳をもたず、二柱の紀人が激突する神話の戦いが開幕。
しかし同じ『新しき神』とは言っても、両者の間には隔絶した実力差があるようだ。新参者のシナモリアキラは果敢に抗戦しているが、かなり一方的にボカスカやられてしまっている。
更に『君のとこのゲーム廃人の件は棚上げ? 身内には甘いんだね。惚れた弱みかな? でもそんな君が神を非難できるのかい? ちょっとカッコ悪くないかな?』などとチクチク言われていた。反論できずにボロ雑巾のようにされたシナモリアキラは虫の息だ。
「シ、シナモリアキラ氏ー! 死ぬなー!」
応援してみたものの、あまり意味があるようにも思えない。
このままでは世界が動物仲良しのビッグウェーブに呑み込まれてしまうだろう。
頭を抱えたリーナに、ダウザールが諭すように言葉を投げかける。
「不満かね、リーナ。レメスとライラによる新世界秩序が」
「それはそうだよ! 価値観が偏り過ぎでしょいくらクロウサーが結婚バンザイ一族でもさー! そりゃある程度は血統呪術について勉強したけど! 限度が! ある! 極論なんだよみんな殺すとかみんなで生殖とか規模がさぁ!」
「ならばどうする。当主と言えどお前は未熟な小娘に過ぎぬ。城内に広がる『アレ』とまみえた当主はお前だけではない。私やレメスはもちろん、ミブリナを含めた神々はみなこの方針におおむね同意しているぞ? お前が意思を押し通したいのであれば、力を示さねば話にならんな」
誘導されている、とリーナは感じた。
ここに至ってもまだクロウサーの手のひらの上、何らかの巨大な計画の内側で踊らされているに過ぎないという確信がある。
だが、いまのリーナはそのことを理解した上で一歩を踏み出す決意を知っていた。
「ここからが本当の、『空使い』の選定レースなんだね」
「その通り。クロウサーという総意を変えたいのなら、当主として力を示し、我らさえも手足として導いてみせよ。それができなければ、お前はクロウサーの中に埋没していくそよ風のまま終わるだろう。本当にそれでよいのか、リーナよ?」
「絶対にイヤ」
「良くぞ言った、それでこそ私が見込んだ空使いだ!」
これは、当主としての試練だ。
リーナが、リーナとして立ち向かうべき戦い。
メートリアンはここにはいない。彼女は今も冥界を下り、現実世界で囚われているリーナを取り戻すための地に足の着いた戦いをしている。
彼女には彼女にしかできない戦いがある。
リーナも己のなすべきことをしよう。
クロウサーの当主として、この巨大な血族の内側で足掻いてみせる。
かつてガルズと交わした約束は、そういうものだったはずだ。
たとえ、もう約束を果たした自分の姿を見せることができないのだとしても。
仇を前にしても、リーナの心は凪いだように静謐だった。
戦う意思に呼応するように、『アレ』と認識した領域が知覚可能な『コース』へと変容していく。その遥か先を進むのは、半透明の背中たち。
「レコードゴースト? ここに来た、歴代の当主たちなの?」
「さよう。私を含めた『真なる空使いの記録』だ! リーナよ、お前が示した速度と力、意思と魂の輝きがそのまま新たな記録となり、エクリーオベレッカに刻まれる。それはそのままお前の発言力に直結する!」
つまり、ダウザールたちよりも優れた結果を残せなければ未熟者の発言など無視されてしまうということだ。
容易ではない。
おそらく、これまでのレースとは比較にならないほどの試練のはず。
だが続けてダウザールが示したのは予想を上回る困難だった。
「そして、ここから先はただ飛翔するだけでは乗り越えられぬ神々の道。見よ、荒れ狂う空はまさに天獄! 忌むべき敵に屠られた我らの藍域は霊廟に封じられ、慟哭の歌を響かせておる! 轟く雷鳴! 境界分かつ虹霓! そして吹き荒ぶ七つ風!」
両手を広げたダウザールは、天から落ちる稲妻の擬人化だった。
嵐と共に次々と落ちる雷は、触れるもの全てを焼き尽くす神の怒り。
虹の橋は生と死を繋げ、見えないはずの風は七つの脅威となって具現している。
その風に乗って、リーナの前に立ちふさがる者たちがいた。
「葬送競技の褒美は三つ。勝者には魔女の大釜を。美しき女奴隷を。身籠った雌馬を。ああ、遂に本選が始まる!」
傘をさしたパピヨン犬氏族の虹犬貴婦人が歌うような節回しで台詞を紡ぐ。
続いて騎手と融け合った神馬が。銀河の如き雲の巨人が。あらゆる生命を内包した混沌のキメラが。空を支配する翼亜竜が。熱愛のあまり離れることができなくなった夫婦が。風聞を支配する扇子を手にした魔人が。
天空の男神ダウザールに付き従うようにずらりと居並ぶ。
彼らが何者なのか、『空使いの世界』に入門したリーナは理解できた。
直観的に、彼らが『自分のための手足でもあるのだ』という結論を既に下していたからだ。自分の手足が誰のものかわからないはずがない。
「あなたたちは私の手足。私の使い魔。そして、私の試練」
「ええ、その通りです我が未知なる主。このライラが、あなたの資格を試します」
ライラと名乗った虹犬の貴婦人と、彼女に続く超越者たちは空使い直属の特務親衛隊、またの名を『七つ風』。現代の基準で言えば全員が第七階梯、すなわち巨人位階に到達している高位呪術師集団だ。驚くべきことに、全員が現世で活動しつつ意識だけをこの『高次元』に投射している。つまりリーナやダウザールと同じ状態だった。
「序列一位、『一風』のライラ・プラパーシュ・クロウサー。私の風を乗り越えねば、真の空使いとは言えません。あなたにそれができますか?」
「序列二位、『高風』のチェダラーテ・フリグ・クロウサー。私と共に風を裂いて走れないのであれば、真の空使いとは認めません。あなたは私を御せますか?」
「序列三位、『業風』のクラウビューラ・ディパーシュ・クロウサー。我が宇宙を吹き荒れる風に屈するなら、真の空使いとは言えぬ。貴殿はどうかな?」
「序列四位、『威風』のチッセ・ディパーシュ・クロウサー。リーナちゃんはぁ血脈の中に吹く風が見えてるかなぁ? 空使いの色んなお役目、こなさなきゃだよー?」
「序列五位、『順風』のクオア・リア・クロウサー。王国を統べる旗をなびかせるは支配者の風のみ。王器なくば空使いの資格なし! 王の資格を示すがよい!」
「序列六位、『波風』のカルパオッソと~」「ルラーマ・サンブル・クロウサーの」「「らぶらぶテスト~! リーナちゃんの恋バナきいてみたーい!」」
「序列七位、『扇風』のテセト・アルゾラ・クロウサー。俗界の諸相を映すエーラマーン神の統べる風聞こそは確かな力。当主としてのご采配に期待します、リーナ様」
次々と名乗りを上げては『無形の流れ』に変じて彼方へと散っていく七つ風。
『アレ』から現れたコースを駆ける歴代当主の亡霊と、試練として立ちはだかる有形無形の風の試練。強大無比なダウザール。世界を侵食するレメス。
その全てに直面して、今さらになって恐れていることをリーナは改めて自覚した。
あの日、ガルズと対峙して心に抱いた決意に変わりはない。
その意思に嘘はないし、軽い覚悟だったとは思っていなかった。
だが、いざ相対したクロウサーの圧倒的な強大さときたらどうだ。
リーナはこれから神々に挑み、勝利しなければならない。
「いいよ、やってやんよ! 『超空使い』リーナちゃんの力、見せてやる!」
実力も自信も伴わないまま、それでもリーナは虚勢を張った。
空っぽの自分を少しでも強く見せるために、精一杯に偉ぶって空威張り。
死人の森の断章をしっかりと胸に抱いて、記された言葉を強く心に刻みながら。
悲しみよりも強く、前に向かえと己に命じる。
物言わぬ断章の記述は誰かへのはなむけだ。
書物を箒に見立てる。
ここではそれが可能で、箒さえあれば魔女は飛べるはずだ。
全てを綺麗に。この空を掃いて清めることができるだろう。
その先は天国か地獄か。どちらでもかまわないと、リーナは思った。
「だから、私のことをちゃんと見てて。このまま言いなりにはならないからさ。約束は守るよ。私は私の意思をきっちり押し通す。だからっ」
その先の言葉は、リーナ自身にもわからない。
ただ、わからない言葉をそのまま速度に変えた。




