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幻想再帰のアリュージョニスト  作者: 最近
第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ
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4-54 目指すは奈落、一直線に


 



「ここはどこ?」

 響く幼い声に、優しげな答えが返される。

「わからない? その色の付いた玻璃の瞳でよく見てごらんなさい」

 小さな瞳がぐるりと巡る。映るは広大無辺の見慣れぬ世界。

 霞んだ地の果て、朱く染まる天の覆い、そしてずらりと並ぶお人形たち――。

 ぴょんと飛び跳ねる幼子もまたお人形。

「わかったよ、ここは夢の舞台だ!」

 柔らかく微笑む相手もまたお人形。触れれば割れそうなお姫様。きらきらした星と月が散りばめられた夜のドレスに、夕焼けのような髪色が映えている。

 お姫様は、世界が終わる時のように完璧に微笑んだ。

「よくできました。そうね、ここはずっと明るい夕べの楽園。瞳に浮かべた想像を、せいいっぱいに羽ばたかせ、どこまでだって飛んでいい。どこでもいつでも、大人には内緒のおもちゃ箱よ」

 聞いて飛び跳ね、大騒ぎ。

「いつまでだって楽しめる、小さく大きな宝石箱!」

 騒ぎを聞きつけ、小さな人形たちがどこからともなく集まってくる。

 人形姫の周りには小人たちがひい、ふう、みい、それからたくさん。

「さあさあ、みんな輪になって。

 楽しい人形劇を始めましょう。

 今宵はどんなお話がいいかしら」

「はいはい! ぼくはあのお話がいい!」

 小人たちに請われるままに、美しいお姫様は昔語りを歌い出す。

 流れるように、奏でるように。

 沢山の歌声と共に古い世界を演じ始める。


 暗転。月光が天井から降り注ぎ、舞台の上を照らし出す。

 それは横倒しの塔だった。

 朽ち果てた廃墟、石造りの骸、ここにあるのは空虚だけ。

 雄々しく屹立していたはずの巨大建造物は無惨にも打ち棄てられ、寂しげに荒野に横たわっていた。舞台はそんな死の臭いのする遺跡。何もかもが傾いた世界で少女たちは目を覚ます。見目麗しい、作りもののような可憐な乙女。

 事実、彼女たちは作りものだった。

「ここはどこなの?」

「わからない? その色の付いた玻璃の瞳でよく見てごらんなさい」

 人形姫はしっかりとした口調で言った。年長者の言葉に、幼い少女たちは不安げにあたりを見渡す。次第に鮮明になっていく廃墟の光景、目を引くのは不気味に横たわる幾つもの人形、その残骸。

 人形である少女たちにとって、死体にも等しい。

 残酷な光景に何人かの少女が悲鳴を上げる。

「落ち着いて。息を吸って、吐いて、隣の子のぜんまいを回してあげなさい」

 戸惑う哀れな仔羊たち。その中心に立つ人形姫は毅然とした態度を崩さずに妹のような少女たちを導いていく。救い主の存在に依存するようになる少女たち。鈴の付いた杖を持ち、姫君は人形を率いていく。

 彼女たちに襲いかかる残酷な運命。

 強制された悪夢のような試練――殺戮と生き残りの遊戯。

 夜な夜な襲い来る正体不明の黒い影。

 不安に怯える少女たちの中で、紅紫の姫君は力強く言い放った。

「理不尽に屈してはいけないわ。この悪趣味さ、きっとまたラクルラールお姉様の『教育』が始まったのでしょう。でもこんなのは正しいやり方じゃない。私たちがお姉様の人形だからって、あんな邪悪な人にいいようにされるばかりじゃないってこと、思い知らせてやりましょう!」

 しかし彼女の勇猛さは言葉だけで空回り。

「どうして、みんな私を置いていくの――?」

 脚萎えの姫君は身動きできないまま暗い地下に取り残され、迫り来る黒い影に飲み込まれていった。誰も彼女を救うことはできなかった。

「下らないお遊びになど付き合っていられるか。希望は外にこそある。私はたとえひとりでも脱出するぞ」

 危険だと周囲が止めるのも聞かずにそう言った理知的な少女は、後に身体の内側から爆破されてバラバラになっているところを発見された。無事だったのは体内の小さな壺だけで、中には何も残っていなかった。

「そういうレッテこそ、みんなを操って従えて、あの女そっくりじゃない! あたしはあんたなんか信用しない、下らない馴れ合いには付き合わないから」

 孤高の少女はお姫様と対立し、ぶつかり合って砕け散る。

 無念のままに力を望み、叶えられずに伸ばした腕から力が消えた。

「エリちゃんは研究がしたいのです。放って置いてほしいのです」

 そう言った幼い子供は茨に包み込まれて醒めない眠りに閉じ込められて。

「汝ら我に供物を捧げよ、さすればこの身は万能の神造遺物として全ての苦難を取り除くであろう。球神の力、万智を啓かん!」

 雄弁な人形は青い髪に絡め取られて喉を塞がれ、ずっとカタカタ歯を打ち鳴らすだけになってしまった。

 次々と無惨な『がらくた』となっていく人形たち。

 天上から垂れ落ちる見えない糸は人形たちに残酷なさだめを強いていく。

「どうして、どうしてみんないなくなってしまうの」

 悲劇の主役のように天を仰ぐ姫君。

 生き残った小人たちが彼女を取り囲んで口々に慰める。

「レッテ、泣かないで。私が付いてるわ」

 砂茶の少女、侍女姿の人形がぴったりと寄り添って言った。

「ああレッテ、かわいそうなレッテ。そんなに無理をして、ぼろぼろになってまでみんなを守ろうとして、強くて気高いあなたのそんな姿、見ていられない」

 姫君に似た赤い少女、鶏頭の花で髪を飾った人形が弱々しい声で言った。

 幾たびも苦難に晒されて、この少女の全身は傷だらけ。

 人形に宿る命も風前の灯火だった。

「ねえレッテ、私はもう助からないわ。私の命をあなたにあげるから、その命でできるだけ沢山の子を助けてあげて。それはきっと、あなたにしかできないことよ」

「ああ、優しいアマランサス。あなたの心は私のものだわ。その清らかな魂を私はずっと忘れない。あなたは私、私はあなた。私たち、一緒に生きましょう?」

 少女の命を引き継いで、姫君は必死に戦う。

 ひとり、またひとりと壊れていく人形たち。

 怯える砂茶の侍女人形を抱きしめながら、姫君は恐ろしい影をやり過ごす。

「きっとあれは一号の怨念なんだわ。置き去りにしたことを恨んでいるの」

「違うわよ、ならあの子は誰にやられたっていうの? いい加減なこと言わないでよ、みんなが不安になるじゃない」

「落ち着いて、ラクルラールの思うつぼだわ」

「なによ、九姉が欠けて昇格できるかもって喜んでる癖に」

「なんですって!」

 追い詰められた心が悲鳴を上げて、結束に亀裂が走る。

 姫君は必死に状況を打開するべく考えを巡らせるが、妙案は浮かばない。

 頭上に暗雲立ちこめる中、誰かがあることを見とがめた。

 横倒しの塔という何もかもが出鱈目に倒れている景色の中で、我関せずとばかりに横向きの椅子に腰掛けて静かに読書している少女がいた。静かな緑の瞳に二つ結びの赤い髪、鮮血の生気と鋼鉄の無機質さを兼ね備えた人形。

 もっとも小さな、か弱い少女。

 彼女はただひとり、不安を感じた様子も無く寡黙に読書を続けている。

 読んでいるのはどうやら文字だけの本ではないようだった。

 表紙には黒装束に覆面、十字の刃を手にしたキャラクターが描かれていた。興味を惹かれたのか中を覗き込もうとする侍女服の人形。

 誰かが、最も小さな人形を非難した。

「こんな時に何をしているの、エルネアーズ!」

「漫画を読んでいます」

 淡々とした答えに、その場にいる全員がたじろいだ。

 漫画を読めるエルネアーズ。

 理解不能なものを見るような沢山の視線が集中する。

「――読了です。さて、オススメと言われるままに読んでみましたが、これは完成のためにどれほど役立つのでしょう。判断に窮します」

 そう言いつつ、読むことはできている。

 鮮血の少女は興味津々といった様子の侍女人形に「あげます」と言って漫画を手渡したが、渡された相手は漫画を開いてじいっとページを眺めるばかり。顔に近付けたり遠ざけたり、矯めつ眇めつして色々頑張ってはいるが難しそうな顔。

 負け惜しみのように、少女たちは言った。「私はどんな難解な専門書だって読める」「私だって詩情を解します。修辞学、音韻論、文献学、解釈学、あらゆるデータベースを参照して詩を吟ずることさえできるのですよ」「一級の芸術品の真贋を見極めることくらいなら――あと、基準さえ設定しておけば評価だって」

 だが、彼女たちに漫画を読むことはできない。

 きっと、エルネアーズのやり方が採用されるのだろう。最後の娘が完成形だ。その素晴らしい性能は全体にフィードバックされて研究は更に前進していく。

 それに、わからないと言いつつも彼女には『それを理解できる感性』が付いているではないか。ここにはいなくとも、いつもべったりくっついている氷の少女が。

「行きましょう、ネッセ。ここに答えは無いのだから」

 エルネアーズを真似て漫画を睨み付けながらうんうん唸っている侍女姿の少女が、紅紫の髪を持つ年上の少女に手を引っ張られて退場していく。漫画は手にしたままで、少し名残惜しそうに鮮血の少女に視線をやる。

 幼子は全てに興味を持たないまま、ただ一人その場に取り残された。

 やがて漆黒の影が彼女に迫り――。

「眠れ」

 ちくり。鮮血の少女は、血のような赤い針で影を一刺し。

 それだけで暗闇は微睡むように力を失い、暗い闇の底へと落ちていった。

 ぱかり、と建物の一部が開いて出口を示す。

 ただひとり、合格を認められた鮮血の少女は一足先にその場を立ち去っていく。

 結局、取り残されたのは姫君と小人たちのほう。

 彼女たちは傾いた塔の下へと進んでいった。そちらは塔の天辺だったから、上っているのか下っているのかよくわからなかったけれど。

「大丈夫よみんな。私たちはラクルラールお姉様に、今度こそ打ち勝つの」

 今度こそ。

 その言葉がむなしく響く。

 繰り返し繰り返し、この舞台は上映されてきた。

 残酷な運命に立ち向かう姫君と可憐な小人たち。

 歌と踊りを織り交ぜた、悲惨と勇壮をミックスした悪趣味のショウ。

 それはかつて起きた出来事。

 取り返しのつかない敗北の結末だ。

「そう、何度も何度も再演したわ。それでも過去は変えられなかった。この舞台はラクルラールお姉様の箱庭。未来から過去へと及ぶ支配力には抗えない」

 塔の天辺、奈落の底に追い詰められた姫君は語る。

 再演の舞台は過去を変えて叛逆するための儀式だったが、目論見は儚く打ち砕かれて無惨な予定調和の結末を晒すだけだった。

 姫君は犠牲となり、塔の天辺から飛び降りた。

 哀れ、青い糸に吊り上げられた彼女は傾いた塔を真っ逆さまに落ちていく。

 上へ上へと、堕ちていく。

 そうして天上に座す全能の造物主の操り人形として生まれ変わるのだ。

 反抗期はおしまい、これからは正しいお勉強の時間。

 折り目正しい優等生として、人形たちを導く模範生になりましょう。

 ああ、けれど、それでもまだ。

 どぶのように濁った瞳が、ちいさな妹を見る。

 読めない漫画を大事そうに抱えた侍女服の可愛らしいぜんまいばねの人形を。

「お姉様の支配は盤石。けれど例外もある。あなたたちも知っての通り、六王たちは時に未来への叛逆を可能とした。けれどパーンやヴァージル、オルヴァを利用するのは正気の沙汰ではない。だから私はカーティスに注目したの。六王の中で、最もその痕跡を現代に遺しているスキリシアの暗君こそ私の希望」

 姫君は舞台の上から観客席に語りかける。

 アレッテ演じるアマランサス――二人は既に同じ命なのだが――は姫君の心を代弁していた。それが彼女の本心であり、その為の同盟の申し出なのだと説明しているのだ。敵である彼女が何故今更――疑問への答えにはなっている。筋も通っているし嘘ではないだろう。それでも、信用できるかは未知数だ。

「今ならお姉様の目も届かないわ。ここは『黒い影』が支配する地下世界だから。シナモリアキラ。そしてトリシューラ。どうか私たちと手を結んでちょうだい」

 アマランサスは腰を折って懇願した。

 夢の世界、かりそめの舞台。

 果たしてそれは本物の意思か、あるいは奸計か。

「私が六王の力を束ね、王権を手にした瞬間こそが最大にして最後の機会。ラクルラールお姉様を神に、私を王にした神権傀儡政権という構想を反転させる。神を引き摺り下ろして零落させるの。この地に満ちる穢れと、高まったアイドルたちへの信仰心を利用してね」

 叛逆の狼煙を上げよ。叫びと共に小人たちが槍を持ち振り上げる。

 がらくたの塔が重く鳴動し、ゆっくりとその巨体を持ち上げていく。

 塔はいつの間にか瓦礫の大蛇に変貌していた。

 巨竜が口を開き、天に吼える。

 あるいはそれは、慟哭だったのかもしれない。

「こんなふうにしてはかりごとを明かせるのもこの朱色の世界でだけ。お姉様の目がある限り、外に出れば私たちは敵対することになるけれど――最後の最後で私たちの利害は一致するはずよ。

 ――とはいえ即答はできないでしょう。私たちを信用することは難しいはず。だからもっとシンプルに勝負して決めましょう。『アマランサス・サナトロジー』と『シナモリアキラ』でランク戦をするの。勝った方が負けた方の言う事をきく。ね、わかりやすくていいでしょう?」

 アマランサスはそう言ってその場を立ち去っていった。数多くの人形――劇団員アイドルが不気味な赤子の亡霊に騎乗して姫君に続く。赤子たちは天使のように翼を広げ、連鎖する泣き声で天を埋め尽くしながら夢世界を駆け抜けていった。


 異様な集団を見送った俺たちは相談を始める。

「どう思った? 俺はラクルラールの罠だと思う。アマランサスが無自覚なまま操られているっていうケースもあるな」

「あの子がまだラクルラールへの叛意を隠し持っていた、というのはちょっと意外だけど、不自然ではないかな。もしかすると『諦め』をアルトが受け持っていて、『叛意』をアマランサスが受け持っているのかも」

「未来は無数の泡の中にある。裏切りと協調は渾然一体となり、不可分の感情となって人形たちの心として立ち現れるであろう」

 俺、ちびシューラ、オルヴァの三人で話し合うが結論らしきものはでない。オルヴァの占いは碌でもない未来を引き寄せるので警戒は必要だが。

 結局の所、対決することになるのだからこんな情報はノイズとも言える。

「とりあえず戻るか。『アマランサス・サナトロジー』対策が必要だ」

 そんなわけで、俺たちは相手が敵か味方かも見定められぬままに巨大なアイドルグループ『アマランサス・サナトロジー』と対決することになった。

 相手が得意とするのは舞台での歌と芝居とダンスを組み合わせたパフォーマンス――つまり、古めかしい演劇だ。

 奇しくもテーマは互いに同じ。

 示し合わせたように発表されたその内容は、

「『死人の森の姫君と蘇った六人の王さま』だよ。なんか一周して戻って来たね」

 トリシューラの言葉は、そのまま俺の感想の代弁だった。




 暗転のち明転。照らされた舞台の上に、一輪の花が咲いていた。

 九重の衣を脱ぎ捨てて、空虚な門を潜り抜け、舞いて歩むはひとりの娘。

 娘がうずめと呼ばれるようになってから、さほどの時は経っていない。

 それでも名は名。ひとたび纏えばうずめはうずめ。

 革張りの太鼓が軽やかに、馬の毛の琴が伸びやかに、楽する音が歩みを速め、乙女の柔肌を風がなぶる。冷たい夜風、冬を孕む死の吐息が。

 漆黒の影が舞い手に迫る。洞穴の奥から響く列車のような、恐ろしげな唸りを轟かせて小さな体躯を脅かす。それでも舞いは止まらず音は均質に奏でられ、神に奉じるまじないは滞りなく終わりを告げる。

 気付けば辺り一帯には似たような舞い手が幾人も佇んでいた。

 とりわけ目立つ熟練の舞い手、黒肌の女と視線が重なり、離れる。

 うずめは相手を知っていた。相手もうずめを知っていた。

 しかし空虚な互いの瞳はお互いを映しながらも捉えない。

 彼女たちの頭上には細い糸。

 青い操りの髪の毛は、遙かな天上へと伸びていく。

 ごうごうと音がする。

 捧げられた舞いの中心で、黒々とした巨体が深い眠りから覚めようとしていた。

 




 一位:『狂イ姫-†囚焉舞イ血ル妬環ノ華†』

 二位:『ハンズ・オブ・グローリー』

 三位:『アマランサス・サナトロジー』

 四位:『動物想』

 五位:『パイロマスター・イン・ヘルファイア』

 六位:『ラリスキャニア』

 七位:『チョコレートリリー・空組』

 八位:『シナモリアキラ』

 九位:『塩れもねいど』

 十位:『キラメキ時代』


「『うずめ』が消えた?」

 翌朝、宿の一室に集まってトリシューラと共に作戦会議を行う。最初に確認するのはやはりランキングだが、真っ先に目に留まった異変がそれだった。

 『Frozen/Torch』の解散は既に知っていたことだが、うずめという少女もまた行方が分からなくなっているらしい。アイドルの行方不明――また『スマルト』や『オルプネ』の時のような失踪事件だろうか。

 ちびシューラがミルーニャに確認をとったところ、ホテルにも荷物を置いたまま忽然と姿を消しているという話だ。

 この地下アイドル迷宮、時間が経つにつれてどんどん不穏な顔を露わにしてきているのは俺の気のせいではないだろう。

 明らかに何らかの悪意がこの場所に滞留しているのだ。

 朝食を摂りつつ、『アマランサス・サナトロジー』との対決に向けて情報を集める。するとちびシューラ検索に興味深いニュースが引っかかった。

「クレイ、振られる――ってなんだこれ」

 何でも、アイドル兼デザイナーとして知られる『動物想ファウナ』にクレイが拒絶されたことが話題になっているらしい。

 『死人の森』の古名である『ヒュールサス』のブランド『コルヌー・コピアイ』は、ユニセックス&ユニバーサルなデザインを特徴とする再生者のファッションブランドだ。クレイはランク一位になるためファウナに専属のデザイナーになって欲しいと熱烈なラブコールを送るも、ファウナからは冷たい拒絶。逆上したクレイは要求を押し通す為にライブ対決を申し込んだというような事が面白おかしく書き綴られていた。というか記者がクレイが歪んだ愛情をファウナに押しつけているという誹謗中傷スレスレな記事を書いたせいでクレイの熱狂的ファンに呪殺され再生者となって発見されたというオチがついていた。クレイのファン怖すぎる。

「良いデザイナーに巡り会えるかどうか、認められるかどうかでアイドル同士の対決は決まってしまうことがある。クレイの選択は正しいよ。アキラくんは私がいるけど、アクセは専門外だからそこは弱点だよね」

「衣装に合うアクセサリを見つける必要があるよな」

 足りない力は外部から持ってきて補うというのが俺たちの信条だ。

 トレーニングは勿論重要だが、勝利条件がそれだけで満たせないのならどんな手段であろうと使うべきだろう。それが他者に依存するものであってもだ。

 二人でああでもないこうでもないと最適なアクセサリを模索していると、ドアがコンコンと叩かれる。

「少し時間をもらえるかな」

 カーインの声。扉を開けると、見慣れた長身が立っていた。

 頭の上を見て、ふむと声を漏らす。どうやら頭髪をセットする時間が無かったらしい。カーインは渋面を作ってこちらの顔を眺める。

「今日はオルヴァなのか」

「ああ、イツノはハラキリで療養中だからな。若い時の姿でいれば女性ファン獲得もできるからしばらくこれでいく」

「君もファンも、それでいいのか」

 頭痛を堪えるような顔をするカーインだが、そうは言っても実際オルヴァの顔はかなりいい。病的なほどか弱げで過剰に陰気だが言動がおかしいのがギャップで受ける余地があり、更によく寝取られて泣くのが特定の層にヒットしているとか。

 じつは昨日、夢のなかで試しにオルヴァをデビューさせてみたのだが、「泣き顔がいい」「失恋し続けて欲しい」「あの綺麗な顔をもっと歪ませたい」「聖堂ライブまたやって」「恋人を寝取られて死にたかったけどオルヴァのお陰でみんな死ねって思えるようになりました! ブレイスヴァ!」などなど、様々な反響が届いており、可能性を感じている。

「もはや何も言うまい。ところで頼まれていた調査が終わった」

 カーインが端末にデータを送ってくる。

 しばらく単独で動いていた彼が何をしていたかと言えば、このアイドル迷宮の調査である。華やかな舞台ばかりが目立つものの、かつてのような剥き出しの暴力もそのまま残っていることも確か。カーインにはそういった荒っぽい区画の調査を頼んでいたのだが、その中で明らかになったことがある。

「結論から言えばトリシューラの予想通りだった。ドラトリアの姫君の足どりは掴めなかったが、ドラトリア政府は何らかの手段で自国の姫君の活動を監視できているようだ。一週間前、この区画にドラトリアの部隊が投入された」

 カーインが示したのは俺たちが向かうことすらできない最下層だった。

 だが、影を友とする種族は闇を渡って世界の壁を軽々と越えていく。

 『影州』の準軍事組織である武装警察の対テロ特殊部隊十二名。

 更には地上の警察も含んだ連邦捜査局所属の人質救出部隊六十六名。

 一大戦力がカルト教団に拉致されたリールエルバを救うべく動き出していた。 

 カーインは厳かに告げていく。

「ドラトリア本国の介入が成功したのか失敗したのかは不明だ。しかし奇妙な事に、彼らが目指す地点は一位と二位のアイドルが対決しているステージからは遠く離れている。このことが示す事実は――」

「ドラトリアが追っているのが偽物か、アイドルとして頂点に立っているリールエルバが偽物か、あるいは両方とも偽物、両方とも本物ってこともあり得るな」

 どちらにせよ、『地下アイドル活動』にまとわりついてる呪力は一層濃くなっていくばかりだ。

「ところでカーイン。さっきから気になっていたが」

「聞いてくれるな――いや、違うな。なんとかしてくれ。君たちの客だ」

「ああ、うん。なんか猫に好かれる体質なのかお前」

 カーインの乱れた髪の上で、小さな猫耳のお姫様が丸くなっていた。

「あれ、セリアック=ニアじゃない。どうしたの一体」

 トリシューラが不思議そうに訊ねると、セリアック=ニアはぴょんと飛び跳ねてトリシューラの腕の中に飛び込んだ。

「にあ。リーニャとミルーニャ、喧嘩、ぎくしゃく、こわい」

 どうやら『空組』の人間関係が上手くいっておらず、耐えかねて逃げてきたらしい。それでこっちに来るというのもよくわからないが。

「にあー。トリシューラ、ミルーニャと喧嘩して。ミルーニャ、また元気になる」

「私、ニア姫の中でそういう位置付けだったんだ」

 なるほど、喧嘩友達みたいなものだろうか。

 どうしたものかとトリシューラと顔を見合わせつつ、俺は何気なくセリアック=ニアへと手を伸ばす。レオもそうだが、魔性の魅力があるんだよなこの耳と尻尾。

「ふしゃー! オルヴァ、きらい!」

 突如として床から宝玉を繋げたようなフォルムの謎の巨体が出現し、オルヴァでもある俺を思いきり殴打。

 わけもわからずぼこすかと殴られる俺、獰猛に唸るセリアック=ニア、両者を引き剥がそうとするトリシューラとカーイン。

 騒がしくなった室内に、更なる来客が訪れた。

「宝飾細工師までいるとは、我ながらいいタイミングで来たらしい」

 テンガロンハットにサングラス、深緑のシャツという出で立ちの、そろそろ中年に差し掛かろうかという年代の男。腰に巻かれたばかでかい銃のホルスターからは不思議と暴力よりもアクセサリー的な匂いが醸し出されている。

 盗賊王ゼド――『パイロマスター』のプロデューサーがなぜここに?

 疑問には当人が即座に答えてくれた。

 ゼドは用件を簡潔に述べる。

「俺は盗みのターゲットを最下層の『王権』と定めた。その為にはまず障害であるラクルラール勢力を取り除く必要がある。というわけで打倒『アマランサス』だ。シナモリアキラ、俺と手を組め」

 ゼドが持ち込んだプランはシンプルでわかりやすい。

 『アマランサス』は数で攻める巨大なアイドルグループ。

 ならばこちらも連合を組んで数で押せばいい。

「ラリスキャニアにも既に声をかけている。下位アイドルで組んで上位アイドルを崩しにかかる――卑怯なことなど何も無い。これもまたユニットの一つの形だ」

 不敵に言い放つゼド。

 男の言葉には確かな勝利の確信が見え隠れする。

 その提案に、俺たちは――。

「いいけど、お前シナモリアキラになる覚悟はあるのか?」

「何?」

 アイドル連合の構想は、どうやら最初の時点で躓きそうだった。





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