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幻想再帰のアリュージョニスト  作者: 最近
第4章 傷つけるのはハートだけ、口づけるのは頬にだけ
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4-40 オルヴァ王と十二人のシナモリアキラ7




 『宗教は死の受容のためにある』と言ったのは橙だっただろうか。もしかしたらその弟子の灰だったかもしれない。いずれにせよ、オルヴァは老人の時間に意識を向けると、いつもその言葉を思い出す。

 じっさい、典型的な宗教はそのような機能を有していることが多い。

 本人の死だけではない。

 理不尽な運命による死が自分の身の回りに降りかかるとき、人は自らの死を予感する。共感と予測、似たものが引かれあう法則に従って、死と死が呼応するのだ。


 ある学者の分析によれば、カシュラム人たちのありふれた終末思想は死という不可避の滅びを受け入れるための祭儀であるという。

 『ブレイスヴァ』と恐れながら唱えるのは祈りの言葉。

 『カシュラム人とマシュラム人』と境界を引くのも典型的だが、洗礼や入信の儀式などは無く、『暗黙裏の理解』が重視されるのがやや珍しい。

 『カシュラム人的な振る舞い』は『共同体内部での目配せ』だ。

 

 馬鹿にされているとは思わなかった。

 事実そのように見えており、そう機能しているのならば、それは『そういうこと』なのだろう。だがそれは『説明』でしかない。

 千の言葉と万の論理を並べても、そこに死が存在しないように。

 畏れもまた、光の中にのみ現れる。


 遠い日、ルバーブとこんな話をしたこともあった。

 カシュラム人の中で最も賢明であり誰よりも先を見通すことができるお前には、恐れるものなどないのではないか。本当に全てを見透かしているのなら、死を知り、死の先まで見えているはず。ならば既に死を受け入れているのでは?

 オルヴァはその言葉に呆れながらこう返した。


「馬鹿な。ルバーブ、お前は人を見る目があるようで無いな。私は恐れているよ、誰よりも。孤独な生とその終焉を、私ほど恐れている者もいないだろう」


 ――だからこそ滅びを求め、全身全霊で愛するのだ。


 そうしなければ、臆した心は麻痺したまま死んでいくことだろう。

 魂を翻弄する生と死の残酷。

 人が思慮深く生きるのに、心はやわらかすぎて、時は無常に過ぎる。

 心を制御するための手段が必要だった。

 それは必然的に生まれなくてはならないものだった。

 だから人は祈るのだ。

 形は違えど、生きていくためには祈りが要る。

 オルヴァの信仰が揺れたのは、だからたったの二度だけ。


 地母神が統べる森で、古い信仰に出会った時。

 そして、異界からもたらされた『折れずに生きるための方法論』が再演を通じて彼の肉体に刻み込まれた時。それは紛れもなく新しい形の宗教だった。

 時代が移り変わっても、それは生き続ける。

 古い神話と新しい神話。二つが巡り会い、巨大なうねりを作り上げていく――そんな光景を、オルヴァの瞳は幻視した。

 この先を見てみたい――そう思ったのだ。





「はぁ~安らぎ~このために生まれてきた~」


 品森晶が、だらしなく顔を緩めてレオを抱き締めていた。

 左右の義肢が三角耳をひたすら撫でさすり、喉に触れたり頬を擦り付けたり匂いを嗅いだりとまるで変質者である。


「かわいいいいい!! レオくんかわいいかわいいかわいい~」


 レオは恥ずかしそうに小さくなって、「あ、あの、やめ――」と消えそうな声で抵抗の意思を示そうとしているが、『大蛇おろち』というコードを与えられた黒髪の魔女は効く耳をもたない。少し離れた場所でラズリが不服そうに言った。


「むう、いくらアキラ様と言えどこれではカーイン様が――うーんこの場合わたくしはどうすればいいのでしょう、ああ、パーシーイー様!」


 天を仰いで悶える夜の民。顔を隠す薄いヴェールが激しく揺れた。

 首を傾げながらそれを見ていたミルーニャだったが、唐突に晶が近寄ってきたことで気を逸らされる。正確には、黒髪の女は隣のリーナに、そしてその肩に乗っているセリアック=ニアに近づいてきたのだ。解放されたレオが目を回して倒れると、何故か無理をして出てきているナーグストールに支えられた。


「じー」


「あの~シナモリ氏? でいいの? どうかしました?」


 じっと小さな猫姫を見つめる女と、困惑するリーナ。

 セリアック=ニアは警戒を露わにしている。

 ミルーニャは目の前の相手がリールエルバやトリシューラに先んじて製造計画が立てられた『零号』だと知ってはいたが、お互いに顔を知っている程度の間柄だ。どういうパーソナリティを有しているのかはわからない。

 晶は両手をセリアック=ニアに伸ばす。

 突然のことで誰も反応できなかった。

 抗議する間もなく、義肢が小さな体を奪って、女の顔に引き寄せていった。

 それから蕩けた声で言う。


「ちびにゃんこ~かわいいかわいいちっちゃくて超絶かわいい~」


「にあーっ?!」


 奇声と悲鳴。そして頬ずり。小さなセリアック=ニアが晶のやわらかそうな頬に埋まる。自分よりも圧倒的に巨大な存在に好き勝手に可愛がられて、猫姫は恐怖と警戒で暴れ出す。だが義肢の力は強く、逃げ出すことは適わない。


「ちょっと、乱暴はやめて! 嫌がってるよ!」


 珍しくリーナが眉を吊り上げて晶に抗議した。

 彼女も親友をよく猫かわいがりするが、あくまで信頼と合意があってこそのじゃれ合いだった。こんなふうに相手のことを考えずにべたべたするのは論外である。ミルーニャも不快感を覚えていた。この手の距離感が壊れた相手や媚びたぶりっ子、澄まし顔のエリートや底抜けのお人よしなど、彼女には嫌いなタイプが多い。どうにか晶の魔の手から逃げ出してリーナの胸の中に飛び込んだセリアック=ニアは涙目になりながら威嚇する。


「ふしゃああああ! こわい! しなもりあきら、きらい!!」


 その言葉に傷ついたようにたじろぐ晶。

 悄然と項垂れて、とぼとぼ立ち去っていく。

 ちなみにそうこうしているうちに『鵺』や『絡新婦』たちはトリシューラの操作するドローンに誘導されてどこかに向かっていった。捕獲されたアルマに心酔する『大入道』もまたグレンデルヒがアルマごと捕獲して連れ去っていったが、あとはあちらでなんとかするのだろう。ミルーニャには関わりのないことである。

 ――と、先ほどまでならばそう思っていた所だったのだが。


 先ほどの異様な一幕を収めてみせたレオという猫耳の少年、異なる文化圏出身ゆえか見慣れぬ服装の夜の民、それからシナモリアキラたち――気になることは沢山ある。それこそ無視できない量と濃度で。とりわけ、あの『鵺』と『絡新婦』――あれらはミルーニャの推測が正しければそれぞれ魔将と関わりがある存在だ。かつて地上で戦った恐るべき魔将たちを思い出す。このまま『呪文の座』が第五階層、そして地獄でライブを行うのならば、いずれぶつかる可能性もある相手だ。


「一度、トリシューラと情報交換しておいた方がよさそうですね」


 小さく呟くと、ミルーニャは仲間を連れてその場を立ち去ることにした。

 去り際、晶がブルドッグの虹犬(ヴァルレメス)を抱き締めて、


「はーブルドッグブサカワ~耳~ほっぺ~かわかわ~」


「ちょ、な、お、おいおい何しやがんだちょっと待て」


 と慌てさせているのが見えた。ただのかわいいもの好きのようだ。

 ミルーニャは嘆息して、それきり『アキラ姫』への興味を失った。




 ひとまず戦うことを止めたシナモリアキラたち。

 彼らを順番にトリシューラが待つ院長室に護送していく『マレブランケ』。

 一仕事を終えて、蠍尾マラコーダ銃士カルカブリーナは繋がったばかりの首を押さえながら二人で雑談を交わしていた。


「今更だけど、斬られたのが首でよかったわね。修復が効くこと効くこと。陛下や道化アルレッキーノの文脈操作のおかげかしら」


 毎朝念入りにセットしている髪が崩れてしまったのをしきりに気にしながら、蠍尾マラコーダが言った。

 院長室の前で警備と称した待機命令を下されている二人。

 トリシューラの秘密主義は今に始まったことではないが、ひと癖もふた癖もあるシナモリアキラたちを一体彼女がどうするつもりなのか、二人には想像することしかできなかった。


「てか、本当に大丈夫なんですかね、あれ」


 銃士カルカブリーナは頭のゴーグル型端末の位置を直しつつ、扉の奥に警戒の視線を向けた。小銃を保持したまま銃口を上に向けており、いつでも戦闘態勢に移行できる構えだ。

 警戒心も露わな相方の様子に『マレブランケ』のリーダーは、


「あら、レオちゃんの呪文は本物よ? ま、心配なのはわかるけどね」


 と安心させるように言った。しかし青年は頭を振って否定する。


「俺が言ってんのは『絡新婦』じゃなくて、『大入道』とアルマさんの方です」


 その表情は険しい。どちらかといえば恐れの色が強く見られた。

 実際、『大入道』がどのような思考のプロセスを辿っておとなしくなったのかはよくわかっていない。加えて、槍神教徒という背景も厄介だ。


「よりにもよってあの組み合わせですよ? この状況下でこっちに引き込もうってのは、陛下もクソ度胸っつーか恐れ知らずっつーか」


「知り合い?」


 不思議そうな蠍尾マラコーダ銃士カルカブリーナは頷いた。


「『守護の九槍』の元一位と元五位なんですよ、あの二人。一位に関しては前世だけじゃなくて現世でも。冬の魔女と出会ってからは『松明の騎士団』を抜けて、総団長は弟のソルダが代行するようになっていったんですが」


 ちなみにソルダとは同期でした、とさらりと重大そうな事実を明かす。

 同僚の過去に少しばかり驚く蠍尾マラコーダ


「そういえば貴方、修道騎士だったわね」


 納得した、というふうに頷いた。

 ゴーグルの青年はきまり悪そうにしながら続ける。


「ええまあ。なので教練用の映像とか聖堂に飾ってある石像やら立体絵画くらいでしか見たことないんですが、色々伝説は聞いてます」


 ――カルカブリーナ曰く。『海の勇者』率いる兵力差十倍もの大軍を蹴散らして敵軍の大将を捕縛して晒し者にした。

 捕虜にした『南東海諸島の脅威の眷属』たちを火あぶりにしたり拷問にかけたりして改宗を迫り、『海の民』という名で呪縛した。

 『無貌の民』を異端として焼き払い過ぎてチャンカルという天使をでっち上げて眷属種として保護するきっかけを作った。


「――そういえば、そんな話を聞いたことあるかも」


「ええ。たぶん一番有名なのは亜大陸の『聖絶』じゃないかと思います」


 ティリビナ人か黒檀の民がこの場にいれば決してできない話だ。『聖なる虐殺』――神のしもべたちは松明を掲げて大森林を砂漠に変えた。生まれる前のことですけど、と前置きしてはいたが、青年の表情には後ろめたさのようなものが感じられた。地上に生きるということ、その息苦しさを彼もまた引きずっているのだ。


「総団長に次いで一番『浄化』しまくったのが、あの『大入道』――マイカール・チャーラムだって話です」


 かすかに震える。それは恐怖か、それとも嫌悪か。

 直接の面識が無く、伝え聞いた話であるからこそ恐れは膨れ上がる。

 正確な情報を知る者はほとんどおらず、いても口をつぐんでいるのみ。

 記録は残っていないか、あっても改竄されたものばかり。

 噂が膨らませていく曖昧模糊とした恐怖のイメージ。

 それこそ、雲をつかむような話だ。


「かなり過激な思想の持ち主で、異端や異教徒だけじゃなくて堕胎とか進化論とかも毛嫌いしてますね。杖的な思想は堕落だとか主張してて、保守どころか反動主義者みたいなノリですよ。トリシューラ陛下とは水と油です」


 それも噂だが、第五階層に現れてからの言動はトリシューラによって監視されている。その幻像データを閲覧した限り、伝聞と乖離した言動は見られなかった。


「あー、あと、センパイは近寄らないほうがいいかもですね」


「あら、やっぱり理解が無い方?」


「です。その辺の微妙なとこ、全部一括りに『異常性欲者』って呼んで――あ、いや俺がそう思ってるわけじゃないっすよ――皆殺しみたいな方針らしいんで」


 男の身体、性自認は女、マテリアル体は陽、アストラル体は陰――霊的に調和のとれた美しい心身は、着こなすために高い呪術適性が必要な衣服の負荷に完璧に耐えてみせる。服に負けることのないモデル体型だ。トリシューラに重宝される資質も、保守的な層からは忌み嫌われるものでしかない。


「俺もまあ褒められたもんじゃないですが、どんな残虐非道な男なのか――ま、容赦の無さって点では我らが女王陛下だって負けちゃいませんけどね」


 元修道騎士の青年は閉ざされた扉を見ながら面白くもなさそうに言った。

 魔女と巨人は壁一枚隔てた向こう側にいるのだ。

 どんな光景が広がっているのか、想像するだに恐ろしい。

 



 もう何人目かになる、シナモリアキラの面接。

 シナモリアキラとして採用するか否かの分かれ道。

 プロトタイプである『大蛇』=品森晶のシナモリアキラ歴はオリジナルよりも長く、『鵺』『絡新婦』の二人は結果待ちで別室待機。では、この『大入道』はどうなるか。トリシューラは体積を縮小させてなお巨体の神父を見ながら、給仕ドローンを呼び出して口を開いた。


「飲み物は何がいい? マイスに黒に、コーヒーもある。何なら水でもいいよ」


「ロクゼン茶があればそれで頼む」


 静かな言葉。落ち着き払った態度。

 敵意や憎悪は感じられない。

 とても虐殺を進んで実行した凶悪な人物には見えない、とでも言われそうな様子である。もっとも、トリシューラが抱いた感想は別だった。


 ――いかにも、って感じ。


 『大入道』の人となりについての情報は既に入手してある。

 たとえば、こんな具合に。

 甘いものが好きで、学生時代には持久翔部に所属、休日の趣味はバードウォッチング。映画は派手なアクションものやサスペンス、たまに恋愛ものなどを嗜み、読書はそういった映画の原作に手を出す程度。保守的な思想や信仰などをどこで得たのかと言えば主にアストラルネットであり、大神院が全文公開している聖典を端末で読破したのが『守護天使を決める十二歳』の直前。ネット上のコミュニティで『神学論争』をするのが昔からの日課。学生時代の成績は中の上、何度か飼っていたペットは主に鳥類で、たいてい世話に飽きて親類に押し付けてしまう。恋愛には奥手で、二回ほどできたガールフレンドとは大した進展も無く自然消滅。口うるさい両親とはそりが合わないが憎んでいるというほどでもなく、むしろ無神論者として親戚たちの鼻つまみ者になっている叔父夫婦を嫌悪していた。『空の民である』ということに強い自負を抱いており、他の人種を見下しがち。しかし同じ神を信じる者たちが異教徒によるテロに巻き込まれれば憤りもするし、同胞たちに追悼を捧げる。幸いにして知り合いが悲劇に見舞われたことこそ無かったが、罪もない市民をいたずらに傷つける邪悪が存在するという事実は彼の義憤を燃え上がらせた。修道騎士を志したのは正しい信仰を抱く善良な人々を守りたかったから。貴族としてのプライドゆえに孤児院や病院修道会などへの寄付には熱心であり、過激派の自己責任論者に襲撃された孤児たちを助け出した功績を表彰されたこともある。


 ――要するに。

 『マイカール・チャーラム』はおおむねこのような凡庸な男だった。

 そして、『松明の騎士団』に所属する修道騎士たちとはこのような正義を信じて戦い、家ではごく普通の休日を過ごして日々を生きている。

 なぜ虐殺を行ったのかと問われれば、虐げられている人々を守るためと答えるだろう。マイカール・チャーラムもそうだ。『守護の九槍』に選ばれ、総団長の下で槍を振るうようになったのちも、その正しさを信じながら戦い続けてきた。

 そして、ある時ふと『付いていけなくなった』――何に?

 強いて言えば、優しさや正しさに。そのための戦いに。

 劇的な出来事があったわけではない。

 本当にふとした瞬間、それは競技中にペース配分を間違って失速してしまうかのごとく――正しさを信じるための体力が尽きたのだ。

 言ってしまえば疲労。あるいは老い。

 俗に『丸くなった』と言われる現象に見舞われたのである。


 昔は苛烈に虐殺に励んでいたが、今はすっかり穏やかなもの。

 元からそうした気質だったのが、落ち着きと共に表面化しただけ。

 しかし、エルネトモランの片隅で隠居生活を送っていた彼を脅かす出来事が起きる。ティリビナ人たちが難民として押し寄せてきたのである。しかも、それは受け入れられてしまうのだという。

 マイカールは考えないようにしていた問題に直面する。

 呪術医院の院長室で、男は魔女と対面する。


「先生、私は間違っていたのでしょうか」


「うーん。そうだね。あなたはどう考えてるのかな?」


 そして、カウンセリングが始まった。

 あるいは、当事者へのインタビューが。




 巨人が激突した戦場はさながら爆心地。

 雲から降り注いだ無数の石が地面の至る所に埋まり、飛散した雷撃が家屋や木々を炎上させている。衝撃が足下に地割れという爪痕を刻み、中心となった場所は巨大な陥没地帯となっていた。

 元軍人と岩肌種トロル――『鬼』と『塗壁』は恐るべき雲の巨人『大入道』を力を合わせて撃退することに成功した。といっても『大入道』は戦いの途中、何かに気付いてその場から離れてしまったので、運が良かっただけとも言える。


 疲労困憊し、二人は大地に身を投げ出して寝転んだ。

 今なら相手は無防備だ。しかし、奇襲をする気にはなれなかった。

 肩を並べて戦った二人にはある種の連帯感が生まれていたのだ。

 互いに好敵手と認め合った。今や望むのは万全の態勢での決着のみ。

 しかし『大入道』の乱入によって消耗している今の状態では互いに満足のいく戦いはできないだろうこともわかっていた。

 立ち上がって向かい合うと、視線が交わる。

 二人の気持ちはひとつだった。


「決着はまたいずれ。我らの道が交わったその時に」


「おう! おら、次は今よりもっと強くなってっからよ! 楽しみにしとけ」


 二人は無骨な顔に笑みを浮かべ、そのまま踵を返してそれぞれ反対方向へと立ち去っていく。再戦の約束は遠からず果たされるだろう。まずはそれまでに傷を癒し、他のシナモリアキラたちを退けていくことに専念しよう。『自分以外には負けてほしくない』――そのような感情は両者に共通するものだった。岩肌のシナモリアキラことラウス=ベフォニスは清々しい気分で一歩、二歩と足を進める。戦場の空気を胸いっぱいに吸い込んで、調息によって全身の経絡に呪力を行き渡らせた。そのまま振り向かず、背中の幻肢孔から最大出力の『巨人の拳』を解き放つ。背後で凄まじい轟音。


「――わり。おめーとまた戦いてぇって気持ちは嘘っこじゃねえけども。おらほのとこにも事情があってな。シナモリアキラになんのはおらじゃねえと駄目なんだ」


 無造作に不意打ちを行ったラウス=ベフォニスの表情には人の好い笑みが浮かんだままだ。もとより、このような裏切りができる人柄ではなかった。罪悪感に苛まされ、苦痛によって傷つけられていく心。悲しみと言う正常な心の働きを感情制御アプリが肩代わりして、代替感情を間に噛ませる。

 男は心底から愉快そうに、どこか歪に大笑いしながら振り返った。

 場違いなほどの上機嫌。唐突な大笑いは、彼の悲しみの深さを示すようだった。

 笑いすぎて腹に痛み。硬い腹部を押さえると、


「ごはっ、え――なっ」


 手の平にべったりと血。口から吐血して、愕然と目の前を凝視。

 背後で『巨人の拳』を受けて肉塊になっているはずの『鬼』は、五体満足のまま地面から這い出してきたところだった。

 咄嗟に穴を掘って奇襲を回避したというのか。そんな暇があるはずが――そこまで考えて気付く。そもそも奇襲が成立していなかったとすれば。

 立ち上がった『鬼』の掌に孔。あそこから何らかの攻撃を発したのだと推察できる。あんな隠し武器は『大入道』との戦いでも見せたことがなかった。

 つまり、信じがたい事だが、『塗壁』を奇襲するこの瞬間のために『鬼』はずっと演技を続けてきた――ということなのだろうか。

 『鬼』はまっすぐに負傷した岩肌の男を見て、爽やかな笑顔を浮かべながら、


「それにしても、久しぶりに熱く血が滾る思いだ。また奴と拳を交えれば、このような気持ちになれるのであろうか。ふ、次に会うときまで負けるなよ」


 『鬼』は目の前の現実が見えていないかのようにそう言った。

 否、事実として彼の目は現実を捉えていながら正常には認識していない。

 巨人の腕による反撃を正確に回避し、両の掌から発する不可視の投射攻撃――おそらくは凝縮した闘気を次々と撃ち放つ。幻覚に惑わされているのなら、あのようには戦えない。だとすれば――『塗壁』の頭は一瞬で冷えた。


「まさか脳を、全感覚を改竄されてんのか――」


 『鬼』の脳と肉体との間で行われているのは『齟齬のない変換』だ。

 本人にとって心地良い『最適な現実』を見つつ、実際の現実空間で『涎を垂らした薬物中毒者』のようにならないようにプログラムされた行動をとり続ける。

 あらゆる外界からの入力は脳に至る過程で『心地良い現実を見せる信号』に変換され、『心地良い現実を楽しく生きるための信号』が出力されると『過酷な現実を生きるための信号』へと変換される。

 詳細な過程までは不明だが、恐ろしく込み入った『杖』と『邪視』の複合呪術が並列で起動しているものと思われた。


 『鬼』の額から、二本の突起物が迫り出してくる。

 アンテナのような『杖』の産物。

 機械的な作動音をさせながらくるくると回転する『角』は脳に侵襲して男の現実を改変し続けている。

 『残心プリセット』――その更に先を行く悪魔の発明。

 感情と行動を切り離すどころではない。

 『鬼』が見ているのは、言葉通りに気持ち良く好敵手と別れた現実のみ。

 不意打ちは制御された体が自動的に行い、脳は彼に『最も心地良い現実』だけを体感させ続ける。どのような残酷、卑劣、外道の所業を行ったとしても、彼は正々堂々たる武人として生き続けられるのだ。

 現実と行動を切り離す。

 それが彼が有する『シナモリアキラ性』だというのか。

 サイバーカラテの果てとは、そんな水槽に浮かぶ脳のような現実だとでも?

 吐き気がした。『塗壁』は自分もまた外道と知りつつ、怒り狂った。


(自分で記憶を操作してんのか? いや違う、こいつの人格はそのまんまだ! そんなこと出来る奴でねえ! 誰かがやらせてんだ!! 『上』か、それとも『下』か?! こいなこと、断じてあっちゃなんねえ!)


 怒りが湧き上がり、即座に心地よさへと変換されていく。

 痛みを打ち消しつつ冷静に思考を続ける。

 連戦で消耗し、負傷もしている。

 敵の戦力は未知数で、どんな暗器を体内に仕込んでいるのかも不明。

 あの様子では言動から推察することはほぼ不可能だろう。本人すら自分の実力を正確に把握していない可能性すらあるのだ。


 『塗壁』は逃走を選んだ。

 巨人の力を防御に振り分けてひたすらその場所から遠ざかる。

 単純にただ強い相手ならば『塗壁』は力尽くで叩き伏せるだけだ。

 だが正体が分からず、底の知れない相手とは入念に準備をしてからでなければ戦う気になれない。その圧倒的な力とは裏腹に岩肌の男は慎重なのだった。


 背中から弾ける巨人の力を利用して大跳躍を繰り返す。

 乱射される闘気の弾丸が幾つか身体を掠めるが、そのまま一気に距離を離していく。途中、巡回中のドローンを破壊したりもしながらひたすら駆け回り、荒廃した市街を抜けて南区画にほど近い廃屋に潜り込んだ。


 腰巻きの中に手をやり、治癒符を取りだして腹部に貼り付ける。

 応急手当にすぎないが、これで失血死は避けられるだろう。

 ほっと一息吐いたその時だった。

 頭蓋を衝撃が襲う。

 全身が痙攣し、力が失われていった。

 巨体が横に倒れて、彷徨う視線がその影を捉えた。

 それは小さく、不格好な体型の小人だった。

 顔と手など特定部位が極端に大きい怪生物。

 それが、『塗壁』の頭部に触れて『何か』を奪っている。


「や、やめ――」


「悪いなあ、ラウス=ベフォニスさんよ。あんたの感覚、いただくぜ」


 老人のような声でありながら、裸体はどこか赤子のよう。

 『子泣き爺』は密やかに『塗壁』に忍び寄り、完璧な奇襲を成功させた。

 強大な巨人の力と全身の感覚が奪われ、身動きがとれなくなる岩肌種。


「返し――かえして、けろ――」


「かわいそうになぁ。お前さん、この巨人の力がなけりゃあ立つ事もままならねえってんだろ? 原因不明の奇病とは恐いねえ」


 『塗壁』は必死にもがいて老人に奪われたものを取り戻そうとするが、そもそも指一本動かすことすらできない。頼みにしていた力を全て奪われ、無力に苛まれるばかり。巨漢の瞳から涙が零れ落ちた。


「あ、ああ」


 力を失った巨漢には強者としての威厳も風格も消え去り、ただ感情のまま惨めに泣くことしかできない肉塊が残るだけ。己の存在の全てをたった一つのものに捧げた彼は、その『唯一無二』を失った瞬間、存在の意味を失った。

 『ラウス=ベフォニス』という名が人格と共に消失し、何者でもない『 』が弱々しい泣き声を上げ続ける。老人は哀れみの感情を目に浮かべた。


「悪かったよ。いま楽にしてやるから、ほれ」


 無造作な貫手が敗者に死を与えんと風を切った。 

 そして、巨大な腕がはね飛ばされて床を転がっていく。

 岩肌には傷一つ無い。小人の不格好な片腕のみが半ばから失われていた。

 『子泣き爺』は愕然と目を見開いて絶叫し、のたうち回った。


「がっ、馬鹿なっ、この始祖ザッハークの肉体がそう簡単に傷付くわけが――」


「始祖か。奇遇だな、私もだ」


 男とも女ともつかない声がして、老人は慌ててそちらへ視線を向ける。

 一切の気配無く、影のように『それ』は佇んでいた。

 影と同化する黒衣、浮遊する曖昧な体躯、彫像でも摸倣したかのような顔。

 光と影のあわいに存在する幻影。


幻姿霊(スペクター)、だとぉ?」


 愕然とする老人の目の前に手掌が出現。

 一瞬で距離を詰めた夜の民が掌打を叩きつけてきたのだ。

 小さな身体で咄嗟に飛び退るが、迫っていたのは幻影。本命は回避すると予想されていたルートに真っ直ぐに突き込まれており、老人の小さな身体が吹き飛んだ。

 影の触手が矮躯を捕らえ、光の槍が貧弱な胴体を貫通して床に縫い止める。


「つ、強すぎる――てめえ、まさか幽鬼(レイス)――」


 老人は呻きながら幻姿霊(スペクター)たちの始祖の名を呼んだ。

 九人いるとされる最強の幻影たち。

 それもザッハークの紛い物である『子泣き爺』とは違い、この相手は本物だ。

 しなやかな指が老人の頭部を鷲掴みにする。

 半透明になった指先が頭蓋にめり込んで、そのまま脳に侵入した。


「あっあっあっ」


 痙攣しつつ白目を剥く『子泣き爺』。

 強大な力が奪い取られて、これまで老人が蓄えてきた感情や感覚などの様々な呪力が幽鬼の中に吸収されていく。

 そうしながら目を伏せる。長い睫毛がかすかに揺れて、薄い色の唇が吐息を漏らす。寒気がする程の美貌にはおよそ生気というものが無かった。


「脳機能を司る吸血鬼――そういえば、遠い昔にゲラティウスの奴と与太話をしたことがある。なるほど、そういう文脈か」


 独り言をいいながら、『塗壁』に巨人の力を返してやる。

 巨漢は震えながらもどうにか立ち上がって頭を下げた。


「すまねえ、ミシャルヒ先生。先走った挙げ句、こいなみっともねえ姿を」


「構わん。お前が派手に動いた方が私はやりやすい。それより、この始祖もどきを貰うぞ。試したいことがある」


「構わねえですけども、何に使うんです?」


 親しげに言葉を交わし合う二人――ラウス=ベフォニスとミシャルヒ。

 共にジャッフハリムの四十四士の名を持つ者たちだ。

 『レストロオセ派』に所属する二人はこの第五階層へそれぞれ任務を帯びてやってきた。普段は別々に行動しているものの、何かあれば互いに支援し合う手筈になっていた。


「私の特性とこの吸脳鬼の力を利用して、この第五階層に呪詛を浸透させる」


 端的な説明になるほどと頷く巨漢。『下』の勢力に属する二人は、片方が表舞台で暴れて注意を引き付けている間、もう片方が影に潜んで裏工作を行うという役割分担をしていた。ミシャルヒは静かに言葉を連ねていく。


「我々ジャッフハリムは矢面に立たなくて良い。この地を内戦によって疲弊させ続け、時間を稼ぐ必要がある」


 それから、冷たい表情に強い敵意を宿らせて、


「奴を捕らえ、今もなお『あの方』を蝕む病毒を解呪するまではな」


 と言った。

 声に込められた熱量に『塗壁』は思わずたじろいだ。

 目の前の相手がこのように感情を覗かせることは滅多にない。

 『お山』における師の一人であるミシャルヒとは巨漢がまだ小さかった頃からの付き合いになるが、記憶に在るこの人物の表情は常に静謐だった。

 悠久の歳月――それこそ四十四士という名が存在する前、夜の闇を人類が恐れて幻想を思い描いていた頃から生き続けてきた夜の民の古老。

 何が起きても動じず、美しい佇まいで居続けるものだとばかり思い込んでいたから、『塗壁』はその感情の行き先に関心を抱いた。


「おらは直接会ったことはねえですが、どんな奴なんです? あの裏切りもん――カーインって奴は」


 その問いに、ミシャルヒは一瞬だけ遠い目をして答える。

 子や孫を慈しむような声が廃屋に響いた。


「私にとってはお前と変わらない存在だった。古い知り合いどもが繋いだ急ぎ足の血統、その家族たちの行く末を見守ることが私が自らに任じた役目。四十四士の家がレストロオセ様を守護する定めを背負うのと同じように」


 だが、と険しい目になって歯を噛みしめるミシャルヒ。

 怒り、憎しみ、そしてそれに留まらない入り組んだ感情。

 当代のラウス=ベフォニスを見守り、影ながら守るのと同じだけの慈愛と敵意が入り交じり、灼けた泥のように瞳が熱を宿す。


「カーインは、全てを裏切った。私はあれを問いただし、罰を与えねばならん」


 小人を捕らえる手に力が込められ、嗄れた絶叫が響く。

 感情に呼応するかのごとく闇が触手となって蠢く。

 だが、次の瞬間。

 廃屋の中の闇が深まり、黒衣は曖昧に消えていった。

 気付けば巨漢の目の前から黒衣は消え失せて、全てが幻であったかのようにあらゆる気配が無くなっていた。




「おお、おお! ブレイスヴァ! 予言王よ、導きを!」


「うお、マジかよパねぇっ」


 ロウ・カーインは路地裏を疾走する。

 奴隷のような襤褸と鉄球の男『(くだん)』とナイフを持った殺人鬼『鎌鼬(かまいたち)』の『二人』が相争う場に乱入。二人を同時に相手取って容易く勝利をもぎ取っていく。半身になってナイフを躱しつつ腕を取って顔面に一撃、そのまま『鎌鼬』を『件』の方に投げ飛ばし、鉄球の盾にしながら側面から掌打を浴びせ、流れるように足を攻める。たまらずに崩れ落ちた相手に貫手の一撃。


 瘴気を纏うまでも無く、あっさりと決着がついた。

 昏倒する二人を表通りへと引きずっていくと、警備ドローンに引き渡す。

 それから目を瞑ってしばし沈黙。


「――あちらか」


 どのような手段を用いたのか、カーインは『シナモリアキラ』たちの気配を感じ取って移動を続けていた。

 立ちはだかる低ランクのシナモリアキラたちには目もくれず、一直線に上位ランカーたちを狙う。

 やがて、カーインはその男を見つけた。

 額から角のような何かを生やした無骨な男を。

 顔に火傷痕、瞳にはここではないどこかの風景。

 カーインは苦笑した。


「よりにもよって、角か」


 独り言を聞きつけた『鬼』はカーインを見て破顔一笑した。

 拳を握り、半身に構える。


「ロウ・カーインどのとお見受けした。『シナモリアキラ』の名を懸けて、我と一対一の勝負をして頂きたい!」


 正々堂々たる果たし合いの申し込み。

 直後、掌から放たれた『闘気』が弾丸となってカーインを襲う。

 そればかりか、頭部に『鬼』と同じような『角』を埋め込まれた男たちが続々と集い、カーインを取り囲んだ。皆揃いの軍服を着用しており、『鬼』以外は顔に血の気が無く、目は虚ろだった。


「再生者ではないな。死霊術による出来損ないの使い魔か」


 カーインは冷静に分析する。

 『鬼』はそれを正確に聞きながら、的外れな言葉を返す。


「ここにいるのは我ら二人のみ! 存分に力を振るおうぞ!」


 死体と連携をしながら掌からの射撃を続ける『鬼』。

 言葉と行動は全く噛み合っていないものの、死体たちと息のあった連携をしてカーインを徹底的に攻め立てていった。肉体の損壊をも気にしないカービン銃の射撃、闘気を纏っての突撃、呪術による支援。さしものカーインも正面からはまともに戦えず、建物や遮蔽物の陰から陰へと移動しつつ攻撃を回避していくことしかできない。路地裏へと逃げ込んで、追ってくる死体の使い魔たちを少数ずつ撃破していく。しかしその数は一向に減らないままだ。


「面白い」


 だがカーインの表情に焦りは無い。

 どころか、珍しく好戦的な笑みなどを浮かべつつ、闘争心を瞳に燃やしていた。

 常に有していた余裕はそのままに、自制心の箍を少しだけ緩めたような雰囲気の変化。カーインは自らの変調を自覚しつつ、それを楽しむように歯を見せて笑う。

 鋭い犬歯が、わずかに伸びていく。


「『鬼』と名乗るのならば、それに恥じない強さを見せて貰わねば困る」


 楽しそうに独りごちたカーインの周囲に、黒々とした霧が発生した。

 瘴気と呼ばれる呪いが男の全身を覆い隠し、やがて路地裏の奥、袋小路になった隘路が漆黒に染め上げられていった。

 標的を追い詰めたと確信してその場所に辿り着いた『鬼』と死体使い魔たち。

 彼らはそこで、『それ』に遭遇した。


「さて、シナモリアキラ。君もそれなりの位階に到達したことだし、私もそろそろ制限を解除しても構わないだろう」


 『鬼』は目の前にいるものが何なのか、理解できなかった。

 現実を正確に捉えつつ理想の現実に変換する。しかし、そもそも理解不能なものに直面した場合、変換そのものが行えなくなってしまう。

 自動的な警戒態勢に移行。使い魔たちが前に出るが、黒々とした瘴気を前にして、死体すらもが臆してしまう。統制の取れた部隊が怯懦のために前進できずにいた。


「このくらいの力なら、戦いが成立するだろうか?」


 そして。

 闇の中から、『それ』が姿を現した。

 



 『鬼』とカーインが激闘を繰り広げている戦場からやや離れた場所に、彼らは身を潜めていた。『一方的な殺戮』の光景を監視水晶から覗き見しつつ、揃いの制服を着込んだ一団は建造物の屋上で隠蔽呪術を強化する。自警団こと『百々目鬼』たちだ。

 と、彼らは背後から接近してくる何者かの気配に勘付いた。

 その姿を認めた自警団員たちは背筋を正し、腕の瞳を胸の前で示す敬礼を行う。


「お疲れ。そんな畏まらなくてもいいですよ。カーインとの戦闘を回避したのは正解でしたね、あれは危険だ」


 平坦な声で、長い棍を持ったビーグル犬頭の若者が言った。

 ヴァージルの部下であり、一時的に『マレブランケ』に身を寄せていたこともある合気の達人。名をレミルスと言う。

 『百々目鬼』の暫定指揮ユニットは虹犬の隙のない立ち姿に感心しつつ言葉を返した。


「ワルシューラたちを与えてくれたヴァージルには感謝している。彼の信奉する秩序観は我々の考えと非常に近しい。協力して第五階層をより良い社会にしていこう」


「相変わらず、俺にはよくわかんないです。余計な敵を作るのも面倒なんで、そうしてもらえれば助かりますが」


 正義とは理解されにくいものだ。

 少しだけ落胆しつつも、『百々目鬼』たちは虹犬の若者に可能性を感じてもいた。

 熱意を込めて語りかける。


「ワルシューラがいれば、我々は全ての暴力を独占・管理して最小にして必要十分なサイバーカラテ夜警国家を築き上げることができる。機能不全の機械女王では手の届かない範囲まで網羅した生活に根付いた正義がそこにあるのだ」


「はあ」


「それはヴァージルの『健康インテグリティ』という理想にも繋がる。そしてサイバーカラテがこの世界で完成するという意味でもある」


 レミルスは適当に相槌を打つ。

 熱心なサイバーカラテ信奉者たちはその反応に落胆しつつ、しかし気の抜けた態度ながらも微塵も油断の無い静かな佇まいに感心する。これぞ明鏡止水、いや行雲流水の境地。

 インドアユーザーたちは強さ議論で盛り上がり、実働部隊の各班は勧誘したい衝動を必死に抑制していた。レミルスはヴァージルの直属、勧誘は許可されていない。


「さて、じゃあ俺は仕事してきます」


「どちらへ?」


「何のためにわざわざここまで来たと? そっちは雑魚と後方支援を。俺は難敵と正面戦闘を。役割分担でいきましょう」


 レミルスは棍に青い稲妻を纏わせる。

 戦意を漲らせて監視水晶を見下ろす。狙いは『鬼』との死闘を繰り広げるカーインただひとり。

 

「ヴァージルの『司書』は『健康』の管理者。穢れと病気は最優先で消毒だ。それじゃあ新参者として、頑張って点数を稼いどきますか」


 気負わない口調で言って、虹犬は戦場に身を躍らせる。

 その背後をけらけらと笑う邪悪な妖精たちが追いかけていった。




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