4-25 ゲームスタート
弾道学はサイバネティクスの基礎だ。
各種照準器によって仰角や左右旋回角度を調整し、飛翔体の形状によって発生する空気の流れを計算し、着弾観測と誤差修正を行い、飛翔体の運動エネルギーがどの程度の破壊をもたらすかを推定し、『最適解』に至る為のフィードバックを繰り返す情報処理のシステム。
情報と通信の理論、射撃制御装置の自動化、軍事技術がその枝の先に利便性という名の果実を付けたプロセスは、どうやらこの世界でも変わらないらしい。
ただし、投射武器の発達が遅れたこの世界ではそうした研究成果は一部の高位呪術師が独占するものとなり、【星見の塔】をはじめとする幾つかの呪術師結社から外部に『選別された上で』もたらされているとちびシューラは語る。
(つまり、いくら『杖』適性に優れてて弓矢や投石器の扱いに秀でているラフディでも、【星見の塔】有数の銃士であるシューラにかかれば赤子の手を捻るより容易くやっつけられるってこと)
放物線を描いて飛来してくる巨大な岩石群。
それらが一斉に粉砕された。
第五階層西部、南北を分かつ大通りを前にして、俺とトリシューラの前に砲列が並んでいる。上を向いた高射砲が正確無比な射撃で投石を防御し、その勢いのまま敵陣へと攻撃を加えていた。
第五階層の覇権を狙うラフディは真っ先に他勢力に宣戦を布告。
手始めとばかりに隣接するガロアンディアンの領域へと進行してきた。
とはいえ、先程述べたように技術力の差は如何ともしがたい。
大型バリスタや石像兵による大地の呪力を纏った投石を、弾道予報を応用した高射砲の対空射撃によって撃ち落とす。
戦況を眺めながら、俺は物思いに沈んでいた。
気になるのは他勢力の動向だが、そのうち二つがこちらに友好的なことは安心材料だった。といっても、現在俺たちと共に戦っているのはアルト率いる竜王国だけだ。カーティスという群体は今は第五階層から離れている。
昨日の事を思い出す。ラクルラールの一人を撃退し、操られていたアルマを解放した直後のことだ。
「ごめんね、肝心な時に役立たずで。今度こそ、ちゃんと力になるから」
沈んだ表情でこちらに謝罪してきたアルマはコルセスカが囚われている事、トリシューラが置かれている窮状を知り、こちらへの協力を申し出てくれた。
だが、その後すぐに倒れ込んでしまう。アルトの極大呪文が直撃したのだ、とても戦える状態ではない。
俺やアルマがすぐにコルセスカを助けにいけない理由はもう一つある。
アルトの調査によると、コルセスカが囚われている男根城ファルスとかいうふざけた建造物は、アストラルの海中に存在するという。敵の主力である海の民にとっては最大のパフォーマンスを発揮できる戦場だ。
そして、海中は燐血の民であるアルマにとって不得手な場所だった。
俺たちの全戦力で強引に突入すればイアテムとセージを纏めて蹴散らすくらいはできそうだが、問題はその瞬間に確実な隙が出来てしまうこと。
敵陣営には不気味なあの人形、恐らくは既に倒した蜘蛛女より上位のラクルラールがいる。
こちらの戦力がまたしても操られてしまう事は避けたい。
ラクルラール攻略の目処が立つまではコルセスカを救出に向かうことはできないのだった。
『王国』の呪力をその手に宿すクレイはラクルラールの支配を打ち破れていた。同じように、『王国』の権威の証である【死人の森の断章】を集めていけばラクルラールに抗える可能性は高い。
当面は他の勢力と戦い、【断章】を集めていくことになる。
前途は多難だが、暗い知らせばかりではなかった。
第五階層が混乱に包まれている中、一つのニュースが舞い込んだ。誘拐されたリールエルバの件だ。
それによると、聖マローズ教団が内部分裂を起こし、マロゾロンド教徒とその中から発生した狂信的な『絶対美少女吸血姫神リールエルバ様教団』に分かれて抗争を開始、スキリシアの一地方を巻き込んだ紛争に発展しているとのこと。他にも巨大な蠅を従えた女性が暴れているとか意味不明な情報も流れてきているが詳細は不明だ。
戦闘は未だに続いている様子だが、リールエルバは無事で、戦いの指揮を執って聖マローズ教団の幹部を次々に打ち破っているらしい。いつも通りの目に毒な半透明の裸身を見せて、戦いを終わらせ次第すぐにこちらに援軍に着てくれると請け負ってくれた。正直、頼もしいことこの上なかった。
そんなわけでリールエルバの心配はほぼなくなったわけだが、強敵との戦いの最中であることは間違いない。
カーティスはアルトの戦力が圧倒的ということもあって、単身スキリシアへ赴くことを決めた。
「すまないが、私は子孫の救援に向かわせて貰う。リールエルバを助けたらすぐに戻ると約束する」
この状況で味方が減るのは痛いが、カーティスにしてみれば自国の、それも子孫の危機である。駆けつけて助けたいと思うのは当然だ。それに他の勢力に依存し過ぎればそれはそれで危険である。俺たちは白骨迷宮に設置した【扉】から影の世界へと向かうカーティスを見送った。
思考を現在に戻す。
ここは物質創造能力で構築した仮設拠点だ。
俺たちの目の前には四角い幻影窓が幾つも浮かび、戦場を俯瞰できるようになっている。使い魔であるドローンから送られてくる映像だ。
開戦から暫く経過しているが、戦況はまずまずと言ったところ。
ラフディとの砲撃戦は、こちらに軍配が上がることになるだろう。
問題は相手側の王から【断章】を奪い取れるかどうかだが、まずは南西区画を完全に占領しているラフディの国力を削るところから考えなければならない。
(大地の民は、その名の通り大地から呪力を得る。領土が狭くなれば自然と弱体化するし、広大な土地を『領土』に定めている今が一番厄介だよ)
だが、個人間の戦いはともかく軍事力ではこちらが優位なのは変わらない。
少なくとも技術力という点ではトリシューラとガロアンディアンは他の追随を許さない。傑出した遠距離砲撃の制圧力は今後も俺たちを助けてくれるだろう。
近衛兵、あるいは親衛隊である【マレブランケ】のメンバーも精力的に働いてくれている。中でも前線で巨大な石像兵と殴り合ってまったく引けをとらない牙猪と、高い『杖』適性を持つ銃士の活躍が目覚ましい。
攻防の要となるのは『塔』だ。
邪視者が望遠鏡を駆使して遠距離狙撃を行う時には勿論、投射系の呪術を使用する際にも高度は重要になってくる。
更には敵の接近を真っ先に感知し、縦長の壁面から突きだした砲塔で迎撃するのもこれらの施設の重要な役割だ。
トリシューラは現在のガロアンディアン領に残った人々から臨時に物質創造能力を徴集してこれらの軍事施設の構築リソースに充てている。勿論、居住用の仮設住宅など代替措置を疎かにはしていない。そうした細々とした事が得意なレオの協力もあって、比較的スムーズに『住民の保護』は進んでいる。
(――欺瞞だけどね。要するにリソースを確保したいだけだから)
ちびシューラが自嘲するが、ある意味でそれは事実だ。
『王国』間の戦いが始まって以来、住民の間で不安が広がっている。当然ながら第五階層から脱出しようとする者が四方の【門】や【階段】に詰めかけ、他に行き場が無い者たちは最も安全な勢力に身を寄せようと考えた。
しかし西側はラフディ、南側はカシュラムがそれぞれ封鎖しており、東側は大量の人形が占拠しているため外部への移動が難しい状況である。
ガロアンディアン領内の【北門】と【北階段】は原因不明の不具合が発生しており、外界から完全に閉ざされてしまっている。
トリシューラはこれを敵対する六王の仕業だと断定。
速やかに状況を解決し、外部への移動を可能にすると住民たちに約束したが――それが真っ赤な嘘であることを俺は知っている。
他の三箇所はともかく、【北門】と【北階段】はトリシューラが意図的に機能を停止させているのだ。
物質創造能力のリソースを確保するために。
そして『王国』の権威を維持する為に不可欠な人口を維持するために。
たとえ成り行き上や形式だけでも、トリシューラを支持する住民の数はそのまま国力に直結する。
こうして防衛用の塔を構築できるのも、初期に大量の脱出者を出さなかったお陰と言える。情報を隠匿し、自分の都合で周囲を犠牲にするトリシューラのやり方は紛れもなく邪悪だ。当然、同盟者であるアルトにはこの事は知らせていない。露見すれば協力関係に亀裂が入ることは避けられないだろう。
(アキラくん、シューラ、これでいいのかな?)
不安そうなちびシューラを見てラクルラールと交戦した時の事を思い出す。確かに彼女は王として通るべきでない道を選んでいるのかもしれない。
(王の器がシューラには無いんだって。今までのやり方じゃ、シューラは駄目なのかも。邪悪な魔女と、立派な女王としての在り方は両立できない――そうなのかな。じゃあ他の王様みたいなことをすれば【未知なる末妹】になれるの?)
それは違うだろう。
彼女が目指すのは『未知』――誰も通ったことのない道だ。
だから、アルトのような王を目指す必要は無い。
しかし、『違う』ことと『劣っている』ことは違う。
奇を衒うだけ、邪道を行くだけでは暗愚な王になってしまうだけだ。
遠くで派手な轟音が聞こえる。
東側の防衛を任せているアルトが、ラフディの石像兵を粉砕しているのだ。
映像を見ると、戦況は一方的なものだった。
航空戦力である【蒼空騎士団】が膜構造の翼を広げて飛翔し、空から呪術による爆撃を行っている。屈強な獣人の多い【黄獣騎士団】と機動力に優れる【黒蟲騎士団】が石像兵を翻弄し、大地の民たちを蹴散らしている。
竜王国とラフディの軍勢を構成しているのは古代から甦った再生者たちであるため、ほぼ無尽蔵の体力を持つ。が、肉体が完全に損壊してしまえばしばらく戦線復帰はできない。空爆によって壊滅的な打撃を与えられた後、陸上部隊が死体に鞭打つようにして掃討することで再生者の軍勢は無力化できるのだった。
【白翼海騎士団】は陸上での戦闘が不得手な分、海として認識しているアストラル界からの呪術攻撃でラフディ軍の情報網を撹乱し、呪詛によって再生者たちの復活を妨害している。
あとは親衛隊である【緑竜騎士団】に守られた亜竜王アルトが長大な詠唱を終えるのを待てばそれで決着だ。唱えた『力ある言葉』の長さに応じて威力と複雑さが増大していく極大呪文が放たれ、生半可な呪術ではびくともしない石像兵たちを片っ端から消滅させていく。
こちらの存在が不要とすら思えるほどの圧倒的な力だった。
竜王国ガロアンディアン。その在り方を参照したトリシューラは、果たしてどこまでその形をなぞればいいのだろう。
トリシューラは、ただ黙って戦場を俯瞰し続けていた。
攻撃の波が止んでラフディの兵が撤退しても、トリシューラは追撃を命じなかった。ラフディの守りは堅牢なことで有名であり、まだ攻め込む段階では無いと言うことらしい。今は陣営の強化に専念するとのことだった。
ガロアンディアン陣営を強化するとはつまり、呪力と権威を高めるということだ。その為にはまず人々から支持を集めなくてはならない。
「とりあえずアキラくん、物理道場行ってきてくれる? 師範代が顔出せばみんな安心すると思うんだ。アキラくんの人気は存在の強さに直結するからね」
というトリシューラの言葉に従った俺は前線を離れ、サイバーカラテ道場第五階層支部に顔を出した。
すぐに番犬が出迎えてくれたので、屈み込んで頭を撫でる。
「よしよし、仕事お疲れ」
骨狼のトバルカインがカタカタ歯を鳴らしながら俺の周囲を回る。
アルマに燃やされたトバルカインだが、鶏の生き血と断末魔の絶叫を浴びせながら再生者専用の治療呪術を行ったらあっさりと復活した。再生者だけに粉砕された骨もすぐに再生して、元気に番犬としての役割をこなしてくれている。
中に入ると、事務員のシアナさんがいた。髪を纏めて団子にしており、少し憔悴した様子だ。彼女には一時的な避難所として解放した道場の管理を任せており、かなり負担をかけてしまっていた。
避難所の様子を訊ねると、やはり今の状況に不安を感じている住民が大半であるという。そんな場所に顔を出し、表情筋を制御しながら用意された台詞で人々を安心させる――この欺瞞に満ちた行為は何なのだろうと思う。
人間をリソースとして捉え、呪力を発生させるための資源として利用する。
トリシューラを王として勝利させる為に必要なこと。
そんな言い訳で、どこまで正当化できるものなのか。
こんな時、例えばレオだったら屈託のない笑顔で人々の心に安らぎを与えることができるのかもしれない。しかし俺は俺でしかなく、レオはここにはいない。
あの少年の資質は貴重だ。他の避難所や巡槍艦を回って人々を元気づけていることだろう。彼がガロアンディアンに属している事は、望外の幸運だった。
この状況でも人々の心がガロアンディアンから離れていかないのは、トリシューラの保有する技術力とそれがもたらす利便性に軍事力や、六王のうち二人が味方しているという状況が大きい。しかしそれに一つ付け加えるなら、レオが丁寧に整えてきた『弱者が駆け込める居場所』がここだからというのも大きいのではないかと思っている。
広い道場を見渡す。敷物が広げられ、そこに避難民たちが身を寄せ合って不安そうに会話をしている。混迷を極める第六階層で、自由に立ち回れる探索者や他に身の置き場を見つけた者たちのほとんどは早々にこの場所を去っていた。
残っているのは、地上にも地獄にも馴染めなかったティリビナ人や矮小複眼人、その他少数種族や信仰や故郷を捨てた放浪者たちだ。
トリシューラは、今まさに彼ら彼女らに試されているのだと思った。
ガロアンディアンが真の意味で『居場所』となりうるのかどうか。
そしてトリシューラとアルト、王に相応しいのはどちらなのか。
物思いに沈んでいると、耳が小さな音を捉えた。
憎々しげな呟き。非友好的な感情を向けられている。
視線を向けると、身体が樹皮で覆われたティリビナ人がいた。
「機械野郎が」
反応に迷う。
ティリビナ人の視線は俺の義肢に向けられているようだった。彼らは自然を愛し、『杖』を嫌う。地上や地獄に残った者たちはある程度その土地に馴染めているようなのだが、ガロアンディアンに流れ着いた彼らは『周囲に溶け込まない』ことを選んだ者たちだ。
同化を否定すること。地上や地獄の形に染められて、『ティリビナ文化』が塗りつぶされてしまうという恐怖がそこにはある。もしかすると俺は、彼らにとって同化を強要してくる脅威として映っているのかもしれない。
言語の問題を解決するために、半ば強引に端末を全員に配布してガロアンディアン語を使えるようにしたのがやはり反感を買ったようだ。トリシューラと俺は彼らに反感を持たれている。
現在かろうじて共存できているのは、レオがティリビナ人コミュニティの長と必死に交渉し、街路樹や自然公園を用意することでどうにか折り合いをつけることに成功したからだ。はっきり言って彼らの対応は俺の手に余る。
「やめるんだ。不必要に敵意を振りまくものじゃない。我々とは異質な他者を尊重すること無しに我々が尊重されることは無いと、オーファ様も仰られていたじゃないか」
とはいえ、ティリビナ人にも色々な考えの者がいる。穏健な考えの者がいて、レオのしたような働きかけがあるのなら、まだ希望はあるのだろう。
窘められた男は舌打ちしたが、とりあえず矛を収めてくれたようだった。
「ち、ここにはいない奴の名前なんざ出しやがって」
「聖域が力を取り戻すまでは耐えろ。いずれ冬は終わる。その兆しはもう出てきているじゃないか」
だが、どうしてだろう。
遠くから聞こえてくる話し声が、どこか不穏に感じられた。
その後、一般の門下生たちと話をして道場を出た。
気になったのは、ティリビナ人の数が少なかったような気がする事だ。
(ティリビナ系は大まかに二つのグループに分かれてるんだけど、さっきの人たちはほとんどが『下』から来たティリビナ人だね。第八階層の特別自然保護区から来たみたい)
とちびシューラ。つまり、『上』から来たティリビナ人があまりいなかったということになる。他の避難場所に固まっているのだろうか。
(うーん、最初の混乱の時に散り散りになっちゃったのもあるんだけど、実はそれ以上にガロアンディアンからの脱出者が多いんだよね)
ちびシューラによると、彼ら地上から逃れてきたティリビナ人たちは【ティリビナの街路樹の民】と呼ばれることが耐えられなかったらしい。
(レオが広めたこの『眷属種としての名前』はね、彼らにとっては『女神レルプレアを貶める呪い』であり、『聖なる巫女が槍神教に屈した忌まわしい記憶』を呼び起こすものなんだ。他種族との共存っていうのは、彼らにとって敗北主義とか民族の誇りを汚す裏切りとかと同じことなの)
同じ種族でも、それぞれの辿ってきた歴史や事情によって考え方や物事の受け止め方に差異は生じる。一時は上手くやっていけると楽観したが、そう簡単にはいかないようだ。更に悪いことに、脱出したティリビナの民たちは南側の地区、つまりラフディに向かったらしい。
軍事力ではこちらが優位に立っている。
だが、この世界ではそれだけで戦いの趨勢が決まるわけではない。少なくとも、ティリビナ人の一部がガロアンディアンよりラフディを選んだ事は確かだ。
前線の仮設拠点に戻ると、トリシューラが着替えていた。女王や王女といった存在はファッションリーダーであるため、王族の着替えはそれだけで一つの呪的行為となる。身につけたブランド品一つで経済を動かすのが王というものだ。
「士気高揚のおしゃれミリタリースタイルだよ!」
赤と黒を基調としたカラーリングはいつも通りだが、ダブルブレストの軍服とボウタイブラウスを合わせたようなワンピースを纏ったトリシューラは華やかでありながら凛々しくもあった。大小のシューラは揃いの軍帽を被っているが、ちびの方はサイズが合わないのかずり落ちてくる帽子の位置を何度も直している。
髪型はいつも通りに左右に分かれた二つ結び。平べったく編み込んだフィッシュボーンになっているのが新鮮だ。 髪型といえば、道場にいた女性陣の髪型が普段と違っていたような気がする。流行などに合わせて変えているのだろう。こんな非常時でも、髪型くらいは気を遣っていたいという細やかなこだわりが感じられた。
「それなんだけどさ」
俺が到着するなり何かを訊ねようとするトリシューラ。少し心配そうな表情だが、何かあったのだろうか。
「正直な感想を聞かせてアキラくん。髪型を変えた人たち――例えば、事務員のシアナさんのお団子と私のこれ、どっちが良い感じ?」
と言って二つ結びの髪束を手で持って示す。平たい編み込みはややラフな感じがするが、それがかえってカジュアルっぽくて悪くないと思えた。軍服っぽいスタイルにも適度に花を添えているのではないだろうか。素直な感想を伝えると、トリシューラは難しそうな顔をした。
「アキラくん、私が何しても褒めるからなあ」
そんなことを言われても、良いと思うのだから仕方ないだろう。
それから「これを見て」と端末から立体幻像を立ち上がらせる。様々な髪型の女性モデルたちだ。
頭の後ろで輪を描くような髪、薬品で髪の毛を波打たせたパーマネント、それからシアナさんのようなお団子頭。
画面が切り替わり、長い髪を靡かせた男が登場する。
片手にハサミ、片手にヘアアイロンを持ち、頭の上と腰のあたりで互い違いに左右に向けている。
『カリスマ美容王マラード』と紹介された男が斜めの角度で微笑みながら白く光る歯を光らせている。なるほど、彼らしい広告映像だ。
「蟹みたいだな」
「アキラくんそれひどいよ」
とりあえず冗談を言ってみたが、トリシューラは深刻な表情だった。どうやらマラードの『カリスマ』という言葉に危機感を覚えているらしい。
「カリスマ、つまり王の資格。マラードに髪型の流行を押さえられて、美容師としての地位を確立されたら、私は王として彼に負けていることになる」
そうか? と一瞬思ったが、考えてもみればトリシューラが目指すのはファッションリーダーとしての女王である。文化の中心としての立ち位置を奪われるのは、領土を奪われるよりつらいことなのだ。
「こうなったら、春物コーデで反撃するしかない!」
今は晩冬だから、丁度春物の服を売り出していく時期だ。春の魔女として負けられないと気合いを入れるトリシューラだった。ファッション呪術の使い手、きぐるみの魔女の本領発揮だった。
しかし、その五日後。
トリシューラは涙目になっていた。
「どうしようアキラくん、こっちの出方を読まれてるよ」
ラフディは春物コーデに合わせるようなゆるふわヘアを流行させ、こちらの呪術攻撃を受け流し、自らの力として取り込んだのだ。剛というより柔。相手の呪力を利用して自らの呪力に転化するその技こそはサイバーカラテの呪的発勁に他ならない。
「サイバーカラテ古流・ラフディ相撲か。敵に使われるとこの上なく厄介だな」
「私のデザインが添え物になってるー。後出しの癖にずるい!」
トリシューラはご立腹だ。彼女の発表した服が否定されたわけではなく、むしろ相乗効果で売れているのだが、マラードの方がより強い印象を残したことが気に入らないのだろう。実際、自分たちの得意分野だけで勝負していくスタイルは見事と言わざるを得ない。
文化戦争において一勝したラフディは勢いづいたのか、直接のぶつかり合いでも成果を残した。
翌日、ラフディは前回より遙かに大規模な侵攻を開始。どうにか防ぎきったもののこちらの損耗が激しい。
荒れ果てた仮設拠点で、軍服ワンピースを煤で汚したトリシューラが叫ぶ。
「マラードの顔だけメテオ嫌い!」
「あいつのイケメン爆撃は確かに厄介だな。大通りが穴だらけにされて、あれじゃまともに通れない」
物質創造能力で建造物の被害は比較的すぐに立て直せるのだが、物資や人的被害は中々そうもいかない。
トリシューラが大量に保有している戦闘用ドローンも無尽蔵というわけではないのだ。
アルトも獅子奮迅の活躍を見せてくれているが、指揮系統がガロアンディアン側と違う竜王国軍は混乱を避けるために別の戦場を任せることになっている。今回も地下を掘り進んで攻めてきたラフディの奇襲を見事防いでくれたものの、その間にトリシューラの指揮するドローン部隊がかなりの打撃を受けることになってしまった。
ラフディは砲による遠距離の撃ち合いでは勝てないと悟ったのか、地下から攻めるという戦法を選んでいた。第五階層の地下に広がる下水道と白骨迷宮に穴を開け、こちらの真下から直接白兵戦を仕掛けてくるのである。
気配を遮断する呪術のせいで土木工事の音などは全く聞こえず、結果として無防備なまま敵の接近を許してしまっていた。更には石像兵を使った陽動や地下の爆破といった度重なる奇襲がこちらを苦しめる。
ラフディとの戦闘開始から早くも八日が経過していた。
当初の予想とは異なり、かなりの苦戦を強いられている。くたびれた軍帽の位置を直しながら、トリシューラが複数表示された幻像を眺めている。
幻影の中に映る戦況は芳しくない。
第五階層の一区画をジオラマ化したゲーム盤の前に立ったトリシューラが、どこかで見たような駒を動かしていく。戦争がまるでゲームのようだった。
いや、実際にこれはゲームなのか。
「はい、ミリョ餅」
唐突に、トリシューラが謎の餅を差し出してくる。薄い桃色で、白い粉がかかっている。
「なんだそれは」
「昔からある携行糧食だよ。運気が良くなるってジンクスがあるから戦場での生存率が少しだけ上がるの」
「あー、粘り強いとかそういうアレか」
「そうそう」
全軍に配っているらしい。大勢で食べることでガロアンディアンの勝率が上昇する計算だとか。こんなものに縋らなければならないとは、トリシューラも必死である。口に入れると、もちもちして甘かった。
「むー、マラコーダのスキルはまだチャージ終わらないしなあ。重装甲ドローンで受けるのもコストが足りないし、ここは通すか」
トリシューラはジオラマの街を駆け抜けてくる大型の石像兵を見ながら呟いた。どうも、防御せず素通りさせるつもりらしい。
「いいのか? この先に被害があるんじゃ」
「うん、もうちょっとしたら、四日前に建造した美術振興センターと美術館が呪力納税してくれるから、それでコストはどうにかなる。レスラー出して受け止めるよ」
トリシューラはブルドックの駒を動かして、石像兵がこちらの重要施設である呪術医院を破壊する寸前に差し込んだ。耐久力に優れる彼なら石像兵を倒せないまでも足止めすることはできる。
「あとは設置しといたドローンでちまちま削っておけば最小限のコストで倒せる。幸い、背後が呪術医院だから壁役の回復には困らないしね」
その後もトリシューラは施設を取り壊して呪力を回収、そこに別の建物を築いて土地リソースをやりくりしつつ敵の攻撃を凌いでいく。
「建築のデザインレベルをもうちょっと上げておきたかったな。ガロアンディアンには芸術系呪力を生み出せる良い建築家があまりいないんだよ。大地の民がこういうの得意なんだけど、みんなガロアンディアンから抜けちゃったし」
建築物、特に文化的な施設は存在するだけで呪力を生み出す。いわば低コストの発電所のようなものだ。
美術館や博物館といったものならば展示物の質などが重要になってくるが、その他にも建物自体のデザイン性が呪力を生むのが重要な点だ。
はっきり言ってラフディの建築が発生させる呪力は他の追随を許さない。生み出されるエネルギーは莫大であり、遠距離からの砲撃や空からの爆撃を全て球状障壁で無効化するほどである。
圧倒的火力に任せて砲撃と爆撃を繰り返せばいいだけの戦いなど、どこにも有りはしなかった。
認めなければならない。
ラフディという国の強さを。
戦端が開かれて今日で九日目。ラフディに対抗する為にある作戦を準備中だった俺たちは、不穏な噂を耳にする。
「トリシューラが裏切った?」
思わずトリシューラを見る。きょとんとしていた。
知らせを持ってきた蠍尾は、女性たちの間でそんな話が広がっていると教えてくれた。何でも、ソーシャルネットワーキングサービスなどよりも避難所や配給待ちの間に発生する会話などの口コミで広がっている噂らしく、トリシューラの耳に届いていなかったのだ。
「なんでも、おちび陛下が悪さをするところを見たって人がたくさんいるみたいなのよ」
蠍尾の話だと、そのちびシューラは端末に悪さをして悪質なウィルスを仕込んだり、眼鏡にブラクラを張り付けたり、【きぐるみ妖精】ブランドはダサい、これからはラフディの民族衣装が流行る、などと吹聴したりしているらしい。
「私、そんなの知らない」
(シューラだってそんなことしてないよ!)
大小のシューラが身の潔白を主張する。
疑うわけではないが、それにしても噂は気になった。
というかどう考えてもラフディ側が何らかの工作を仕掛けてきている。
そんなわけで俺たちは噂の調査を始めたが、犯人はあっさりと見つかった。
トリシューラが新作の服の展示を行うと大々的に告知して、服をとあるイベントホールの備品室に置きっぱなしにしたのだ。餌におびき寄せられた小さな影が監視されているとも知らずに現れる。
「シューラ参上! ふっふーん。こんなところに大事な服を放置するなんて、危機管理がなってないね」
「えいえい、めちゃくちゃにしちゃえ! ラクガキだ!」
「シューラはあっちこっちに運んでバラバラにするよ!」
「じゃあシューラと競争ね! どっちが悪さできるかな!」
なんか、ちびシューラがいっぱい居る。
しかし、俺のすぐ傍にいるちびシューラとは全く様子が違っていた。
いずれも派手なアイシャドウで目の縁を強調し、悪魔的なメイクで可愛らしい顔を凶悪そうに見せている。といってもベースはちびシューラなので大した迫力は無いのだが。
(悪いシューラ――いわばワルシューラだよ! 何者かによって汚染されて悪堕ちしちゃったんだ!)
ワルシューラというネーミングセンスはともかく、由々しき事態だった。
どうやらあそこにいるのは、ヴァージルに奪われた省庁シューラたちらしい。
(あれは文科シューラ、それも競技部分だけを切り分けて独立させてるんだ! その上なんか変な改造されちゃってる!)
ガロアンディアンの中枢を担う、重要な『妖精』たち。ヴァージルに奪われたことで国家としての機能の大半が一時的に制限されているのだが、まさかこんなところで出会うとは。
(他にも運輸シューラや国土交通シューラがいるね。ん、でも河川関係と気象関係が抜けてる。ヴァージルが勝手に分割したのかな)
厄介なことになってきた。
ラフディだけでも面倒だというのに、ヴァージルまで暗躍し始めている。あの少年の狙いはおそらくトリシューラの権威の失墜。改造したちびシューラたちに悪さをさせることで女王としての評判を落とそうとしているのだ。
子供の嫌がらせのようだが、きわめて効果的な攻撃である。ガロアンディアンが国家として再び立ち直る為にも、ヴァージルに奪われた省庁シューラたちを取り戻さなくてはならなかった。
【断章】集め、王の資質の証明、その上ワルシューラの奪還。やることは次々に増えていくが、突き詰めれば一言に集約できる。
トリシューラが女王になること。
物事が極度にデフォルメされたゲーム的な世界観になっているからこそ、その大目標だけは何より分かりやすく、それでいて揺るがない。
ここはコルセスカが用意してくれたゲーム盤の上だ。
ならば、どんなに苦しい状況でも、どんなにキツくてハードな難易度であっても、必ず活路は存在するはずだ。
戦いとは、全てゲームなのだから。
俺はちびシューラと共にある決意を固める。
今まで準備してきた作戦を実行に移す時が来たのだ。
ちびシューラが広報メールを第五階層にばらまいていく。そこには、こう書かれていた。
『球技大会開催のお知らせ! スポーツを通じて文化交流をしよう! 詳しくは大会運営本部まで』
「ワルシューラってネーミングセンス、なんかコルセスカが朝に見てるアニメ感あるよな」
「うん、私もそれ思った。【コキュートス】の影響かな?」
ぼんやりと与太話をする。実際、コルセスカの浄界は元々ゲームっぽかったこの世界を更にゲーム的に改変していた。それが良いか悪いかは状況によるが、どんなに弱い勢力にも勝ち目があるという所は希望に溢れている。
まあそれでもラクルラールが一番厄介そうなのは変わらないのだが。他者を操るという力は強すぎると思う。
今のところクレイに頼るしか無いのだが、肝心の彼は囚われの身だ。
「ちなみに、クレイがラクルラールに対抗できるのは【王国の剣】だからだね。ガロアンディアンも同じ『法』のシステムを構築してしっかり運用できればラクルラールの支配に抗えるかもしれない」
「ラクルラールは『法』で倒せるって? なんかよくわからん話だ。敵の正体は犯罪者か何かか?」
「似たようなものかな。規模が段違いだけど」
ちびシューラはラクルラールの正体に心当たりがある様子だが、確証が無いのかはっきりと言葉にはしなかった。
というより、はっきりと名前を付けて正体を確定させてしまうことを避けたのか。それが強大でどうしようもない存在ならば、『よくわからないが強そう』くらいの認識のほうがまだ与しやすい。
ちびシューラは続けてこう言った。
「ヴァージルに攫われたちびシューラのうち、未完成状態の裁判所シューラと法務シューラ、そして文部科学シューラ。このコたちを取り戻して完成させれば、あるいはラクルラールに届く剣になるかも」
ガロアンディアンの裁判はアストラルネット上で仮想的に行われ、法律もほとんどが借り物でしかない。とはいえ無法というわけにもいかず、暫定的な法秩序を維持しているのが裁判所シューラだ。
裁判所シューラの活動を裏で支えるのが法務シューラで、膨大な判例を集積して管理し、司法に関わる事務の一切を行うシステムである。
一方で文部科学シューラは、文化、競技、科学、技術の四本柱を適切に管理、振興する役割で、呪的資源に関わる国家の根幹とも言える省庁シューラだ。
これらが未完成なまま稼働しているというのはかなり致命的であり、現在の第五階層の荒廃ぶりもいずれ訪れる試練であったのかもしれない。
内戦と分裂、戦国時代に無法の横行。
ガロアンディアンは今、失敗国家となりつつある。
しかしそれを回避する為になりふりかまわず『大国』に縋ればその中に取り込まれてしまうだろう。
トリシューラの視座。トリシューラの王国。
そのあるべき姿は、まだ見えない。




