[君と僕のあり方[母と父]
「…陽ちゃん。あたし妊娠しちゃったの」
鏡の前で予行練習を何度も繰り返すのは、新妻の真紀穂
「あぁぁぁぁ゛〜〜〜」
言葉にならない声をあげ、鏡の前でゴロゴロと転げまわっている。
妊娠が発覚したのは今日のお昼のこと。
「ねぇ陽ちゃん。また生理こないんだけど」
元々生理不順で、1ヶ月遅れる事もしばしば…
だからいつもの様に陽ちゃんに愚痴る
「またかよ。どうせまたお菓子の食いすぎとかだろ〜?」
やっぱり気にも留めない…
まあ、私もそんなに気にしていないのだが
そんな会話をした翌日
つまり今日
昼間に遊びにきた友人に勧められ検査薬を試したら…
見事陽性!
「あっちゃん!どうしよ〜!ピンクの線が出てるよ〜〜」
初めてみたピンクのラインに興奮して、思わず見せてしまう
「やったじゃん!あんた子供欲しかったんでしょ?陽君も喜ぶよ」
二人で手を繋ぎ、子供の様にはしゃいでしまった…
それが昼間の出来事
あれから5時間
もうすぐ陽ちゃんが帰ってくる。
なんて言えばいいの?
どうやって言う?
あのラインを見てから真紀穂はずっとこんな調子だ。
ガチャ
不意に鍵の開く音がする。
玄関の明かりがつき
「お〜い。真紀穂〜?」
愛しの旦那さまが呼んでいる
どんどん居間に近づいてくる足音
緊張して破裂しそうな心臓
旦那さまの手が居間の扉にかかる
「いつもなら玄関に迎えに来るのに、どうした…」
ゴン!
凄まじい音が部屋に木霊し扉に衝撃がはしる
「え?えぇ??」
すっとんきょうな声をあげているのは旦那の陽一
それもそのはず…
心の準備ができていない真紀穂は、扉を押さえようと飛び出し頭を打ち付けたのだ
そのまま真紀穂は意識を失ってしまった
◇
翌朝
私が気づいた時には陽ちゃんはいなくて、額に冷えピタを貼られた状態で布団の上にいた
結局昨日は妊娠の事を伝えられなかった
額の冷えピタを剥がしながら、恥ずかしさのあまり頭まで布団に潜り込む
Pm3:30
いつまでもウダウダしていられないので、布団から這い出し、夕飯の支度をすすめようと台所へ行くと、玄関で不審な音がする…
「え?陽ちゃんはまだまだだし…誰?」
台所にある擂り粉木と鍋蓋を持ち、ゆっくりと音に近づく
気づかれないように敵との距離を縮めていくと、黒い影がヌっと目の前を横切る
「キャァァァァァァァァァ!!!!!」
右手に持った擂り粉木を上に振り上げると
「ちょ!!真紀穂!!!ヤメロ!!」
振り上げた腕を力強く握られる
「ほぇ…?陽ちゃん?何してんの?」
すごく焦った表情の陽ちゃんが私を見下ろす
「はぁ〜…マジビビった」
本当に怖かったのか、陽ちゃんは膝から崩れ落ちるように玄関に座り込んだ。
「えっと…ゴメンね?そんでどうしたの?」
座り込んだままの陽ちゃんが左手に持っていた白い紙袋を私に向けて突き出した
「何これ??」
状況が良くわからない
「開けてみ。」
顎で合図し、紙袋を開ける様に指示する
ガサゴソと音を立てながら、言われた通りに中身を開けると…
「これ…何で?」
出てきたのは沢山の本
しかも、妊娠初期〜出産までのが何冊も…
「昨日言おうとしてたんだろ?んで、不安で焦りすぎて失神した…そんな感じだろ」
ニヤニヤと笑いながら頭を撫でられる。
自分の伝えたかった事
なんで失神したのか
産んでいいのか
不安な気持ちまでを当てられ、恥ずかしいような嬉しいような
色んな気持ちが混ざり合い涙が溢れた
「陽…ちゃん。いいの?産んでも…いいの?」
泣きながら問いかける私を、ギュッと強く抱きしめ
「男なら和成。女なら若菜。で良い?」
おどけた声が私の耳をくすぐる
この人に会えた事
それが何よりもの幸運だったと思う
そして、これから先の人生も幸福である。
そう確信した。
この人とお腹の赤ちゃんを、一生大切にしようと思えた長い人生でのたった数日間の出来事…