(26)『拘禁します』
魔眼の魔女のおかげで【0】の能力を推測できたと言うアンダーヒル。
彼女の観察と記憶が導き出したその能力はシイナの趨勢を左右するものだった。
「推測……ってどういうことなんだ、アンダーヒル。何か知ってるのか?」
意味深な台詞を言うだけ言って説明を続けないアンダーヒルにそう訊ねると、アンダーヒルはその問いを冷淡にスルーして数本分の回復薬を次々と飲み干していく。そして各種ステータスや外傷を治療を迅速に済ませると、最後に大きな瓶と白い包帯を取り出してミキリに向き直った。
「目を出してください、ミキリ」
アンダーヒルがそう言うと、ミキリは一瞬迷うような表情になったものの「……いらないの」と小さく呟いた。
「放っておけば勝手に戻るから、余計なことはしなくてもいいの」
そう言ってそっぽを向いてしまうミキリに対して、アンダーヒルは相変わらず無愛想な無表情で突っ立っている。
FOで治らない怪我はない。腕がなくなろうが四肢が潰されようが皮膚を焼かれようが、それで死亡判定を受けなければ必ず回復する。回復薬で治癒を加速させることもできるし、そうでなくても二、三日すればプラナリアレベルのデタラメさでどんな怪我でも回復してしまう。ミキリの言葉から察するにその仕様はDOになった今でも大きな変化はないらしい。
無論、痛みを差し引けばだが。
そもそも手足を持っていかれることに比べれば真っ当な戦闘で目を潰されることなんて滅多にあることじゃないが、物理的な目潰しは当然システム上は部位欠損系外傷に分類される。部位欠損系の外傷は表皮創に比べて薬の効きも悪く、自然回復も遅いのが特徴だが、それでも治療があるかないかで治癒までの時間は格段に違ってくる。
正直ガチで戦った直後に相手の怪我の心配をするなんて、俺にはできない。特にアンダーヒルにとっては随分と一方的に痛め付けられた戦闘だったはずだから尚更だ。
それにしても、どう見ても悪戯を注意されて拗ねている子供にしか見えない辺り不思議なものだ。そうなると、アンダーヒルは少し年が離れたお姉さん役だろうか。
「大人しく言うことを聞いてください。さもなければもう片方の目も潰しますよ」
「怖いな、姉さん!?」
「……どういう意味ですか?」
「何でもないです」
アンダーヒルは俺のごまかしをすんなり信じたのか、すぐにその殺し文句で抵抗しなくなったミキリに向き直ると、すぐに処置を始めた。と言っても、特に神経を使うのは見るに堪えないことになっているその目を幾重にも重ねて折った包帯で覆い隠し、上から回復薬を注いで包帯を湿らせていくぐらいの作業だが。
「それでさっきの推測がどうとかって話は何なんだ?」
手際よくミキリの怪我の処置を済ませ、患部を覆い隠すように包帯を巻き終えたアンダーヒルにそう訊ねると、アンダーヒルは「その前に一先ず――」とまたもや意味深な前振りをしてその右手に何処か見覚えのある一発の銃弾をオブジェクト化した。
「――手荒な真似を許してください、雷犬部隊」
「へ?」
「【死獅子の四肢威し】」
アンダーヒルが左手を翳してそう言うと、その足元に薄く伸びている彼女の影が瞬く間に不自然な黒に染まった。
「お、おい、これって……」
「私の種族は影魔種。その名が示す通り、私の影は影魔そのものですから」
その瞬間、そう言ったアンダーヒルの足元から二筋の細長い影が二重螺旋軌道を描きながらその手に向けて伸びた。そして、手首の周りでくるりと一周して鎖の形に変化した影はそのまま激情の雷犬とミキリへと伸び、瞬く間にその周囲をぐるぐると回ってミキリを雷犬の背に拘束してしまう。
「あなたの魔犬の群隊と同じようなものです。この子たちの場合は影に身を窶しているのではなく、事実影そのものですが」
「なるほど……」
群影刀同様に重なると輪郭が区別できなくなるぐらい黒い鎖で幾重にも拘束されたミキリは、状況を理解できないとばかりに狼狽えていた。
アンダーヒルは無言でローブの中から特殊な形の小型拳銃を取り出すと、さっき取り出していた銃弾をその薬室に直接挿入する。
「単発銃か」
「はい」
パシュッ。
ミキリの肩に押し当てられた銃口からミキリに銃弾が撃ち込まれ、完全に脱力したミキリは雷犬の背に全体重を預けて意識を失った。
「あなたには眠っていて貰いますよ、ミキリ」
特殊弾:催眠誘導眠り姫。
先日、トドロキさんが飲んでいた『シードル』――つまり“ニードル・シードのクレイドル・シードル”の本来の使い方のひとつであり、睡眠効果のある毒を付与した銃弾の中でもシー・スリーパーは最上位に挙げられるデバフ弾だ。効果時間は五秒程度と非常に短いが、睡眠属性に耐性のないモンスターやプレイヤーは一撃で沈む。基本的にはその上で効きにくい代わりに持続時間の長いデバフを重ねがけするか、その隙を狙ってとどめを刺すかのどちらかだ。
一時的にミキリの自由を奪ったアンダーヒルはこれまた見覚えのある小瓶をオブジェクト化するとその瓶の口を開け、何の躊躇いもなくその中身を開けさせたミキリの口の中に流し込んだ。
「おい、それまさか……」
「シードルです」
せめて原液じゃないことを祈る。
「原液ではありません」
「だから人の心を読むなと」
そろそろ個人情報保護法に引っ掛かりそうなレベルで思考領域に侵入してきている気がする。
「さて、先程の話ですが」
瞬く間に昏睡状態に陥ったミキリからようやく俺に視線を戻したアンダーヒルはそう前置きすると幾つかのウィンドウを展開した。そのほとんどがいつ撮ったのかわからない画像データなところを見ると、情報を整理しているのだろう。
「先程私の指示で、あなたは【0】を使用しました。しかし、あるいはその直前にも一度使っているのではありませんか?」
「え? あ、あぁ、それが変な男と……何だったんだ、あれ」
「恐らく、彼女の魔眼――【思考抱欺】による幻覚で間違いないでしょう。簡単に言えば強制的に眠らされ、夢を見せられていたようなものです」
「……幻覚!?」
おい、そんなのありなのかよ。
しかもスキルに嵌まった自覚すらないとか、どんだけチートなんだよ。儚やアプリコットもびっくりのチート具合だろ。
「つまり、あなたが【0】が使ったのは今回で合計五回」
「ん? 三回じゃないか? ケルベロスの時と今の――」
「あなたの場合、“ゼロ”と発声するだけでスキルが発動しますので、有効無効に関わらずそれも計上しています」
憶えてるのかよ。
「一度目はケルベロスと戦った際、二度目はその直後刹那に問い詰められている際に。三度目は私が街道でリコに決闘を申し込んだ際、そして四度目と五度目が先程です」
憶えてるらしい。
「一度目はケルベロスの衝波咆号を無力化し、二度目は恐らく不発、あなたに魔力消費の感覚がなかったのであれば、三度目も不発なのでしょう。そして四度目は【思考抱欺】による幻覚から脱出……そして最後に五度目、“ファントムペイン・カーニバル”という名前以外詳細不明のスキルによる我々の肉体への干渉効果まで緩和しました」
「そうだな」
「これはあくまでも仮説ですが――」
アンダーヒルは何処か迷っているような間を置いたものの、すぐに一度頷いて口を開いた。
「あなたの持つスキル【0】とは、“あらゆるスキルを無効化し、ユニークスキルを消滅させるスキル”であると考えられます」
「スキルを無効化!? いや、でもさすがにそんなことは――」
「しかし現時点では、それ以外で説明がつかないのも事実です」
アンダーヒルはゆっくりと歩き出すと、水中に落としてしまっていたらしい【ソードブレイカー】を拾い上げつつ、同じく水没している巨大な剣を指差した。
「私はその剣に触れません。この剣の付加スキル【刀剣破壊】で神ヲモ蝕ム剣を破壊するので手を貸して下さい」
「これ、さっきは二本じゃなかったか?」
俺は指示されるまま、見るからに悪趣味な大剣を拾い上げると、アンダーヒルの方に振り返った。すると、アンダーヒルはその刃を避けるように少し回って俺の隣に来てソードブレイカーの柄を持ったまま俺の手にそれを寄せてきた。
「【武装介助】というスキルの効果ですね。【0】の効果は恐らく無差別でしょうから、先程ファントムペイン・カーニバルと同時に無効化されたのだと思います。ソードブレイカーの柄を握ってください」
「え?」
差し出されるソードブレイカーに視線を落とす。しかし元々が短剣であるソードブレイカーの柄は同様に刃ほどの長さしかなく、いくらアンダーヒルの手が小さいからといって、さらに俺が掴めるほどの余裕はなかった。
「私の手に重ねて構いませんので」
「あ、あぁ。これでいいか?」
できるだけ女の子の手であることを気にしないようにして軽く握ると、
「そのまま私の手に合わせて動かしてください」
そう言ったアンダーヒルはゆっくりと俺が支えている神ヲモ蝕ム剣に近付け、の刃をソードブレイカーの剣身に並んだギザギザの突起に軽く触れるように引っ掛けると――
「【刀剣破壊】」
バギンッ!
真っ二つに折れた剣は数秒後には淡い光を放つ粒子のように変化し、眠るミキリのウィンドウがある辺りに吸い込まれていった。
「ありがとうございます」
アンダーヒルは頭を軽く下げると、抜き身のソードブレイカーをそのままローブの中にしまい込んだ。
「それと……改めて危ないところを助けていただき、ありがとうございました、シイナ」
「え……あぁ。わざわざ礼を言うほどのことじゃないし、俺の方こそ守ってもらったみたいだから……ありがとう」
「どういたしまして」
「にしても、んな無表情じゃいまいち感謝されてる気分に……」
「何か言いましたか?」
「ん? いや、こっちの話」
本当に聞こえていなかったらしいアンダーヒルはきょとんとした表情で不思議そうに首を傾げていたが、すぐに普段の何とも言えない顔に戻ると少し黙り込み、
「それと今度は忠告です」
「忠告?」
「先程【0】の効果について有力な仮説を説明しましたが、先程私の【地盤鎮下】を無効化したようにその効果範囲は無差別かつ指向性はないようです。もし仮説通りなのであれば、下手に乱用すると味方のユニークスキルを消滅させかねません」
「だろうな」
刹那のヤツ、知らなかったとはいえ、「出来るだけ積極的に使ってみて」って危ないアドバイスしてたんだな。
「……それでアイツは、ミキリはどうするんだ?」
「拘禁します。あるいは聞き出せる情報もあるかもしれませんし、道化の王冠の構成員をここで逃がす理由はありません。それ以上に、〈*コヴロフ〉の全容を見られてしまったからには逃がすわけにはいきません」
「本命の理由それなのかよ……」
拘禁。
つまりアルカナクラウンに連れ帰り、“拘”束の上、監“禁”するということだ。要するに捕虜みたいなものだな。
≪道化の王冠≫の連中もミキリがやられたのに気付いたら間違いなくギルドから除名するだろう。ベータテスターでないなら、儚も反対はしないはずだ。もし説得できたら、そのままこっちの戦力にできるかもしれない。
「……あなたの考えていることは大体わかりますので先に言っておきますが、ミキリは現実にまったく未練がないようでしたので、真っ当な方法での勧誘は不可能だと思います」
コイツの二つ名、情報家“物陰の人影”から“心すら覗く者”かなんかにした方がいいんじゃないだろうか。
「今、何か変なことを考えませんでしたか?」
「……何となくお前が嫌いになりそうだよ」
「それは困ります。この極限状態で疑心を抱かれるような曖昧な関係では共同戦線を張るにも不安が残りますので、私が何か粗相をしたのなら遠慮なく言ってください。私にできることでしたら、如何な努力も惜しみません」
アンダーヒルは詰め寄ってきてそう言うが、嫌いになりそうだといったのに深い意味はなく『人の考えていることまで読もうとする悪癖を直せ』と暗に仄めかすぐらいのつもりだったのに、そんな真面目に反応されると言葉に詰まる。
「じゃあ……まずその辞書と文法書だけを見て日本語を勉強したみたいな固い喋り方から直そうか」
「不可能です」
「諦め早ッ!」
間髪入れないって感じだったぞ、今のは。そんなんだからコミュニケーション能力が低いって言われるんだ。
「今までシイナ以外に言われたことはありませんが」
「だから人の心を読むなと!」
「あなたは時折、思考回路を無意識に唇に表出する癖があると以前も言いました。母音の配列だけである程度の内容を把握するのが読唇術であり、比較的単純思考でかつ常識的な判断をするあなたの考えることくらいなら私にも察しはつきます」
語学留学で来日したような外国人でも、もうちょっと親しみやすい日本語から覚えるはずだ。そんな知り合いもいるから間違いない。
Tips:『影魔種』
[FreiheitOnline]における原精霊系派生種族の一つで、『影』の属性を司る魔物存在。本来的には摂理の表彰たる精霊がその影に自我を乗っ取られた存在であるため、精霊ではなく精霊から派生した魔物種として影魔の名が用いられている。進化の過程で獲得する影の特性を体現した非常に強力な異能力を獲得できるものの、成長や進化が困難で扱いが難しいため一般的には不人気な種族で、精霊としての存在原理に反している故に魔法適性も然程高くないという非常に希少な存在。
上位種として、『飛影魔』『深淵影』『聖極天』が存在する。
[影魔種の進化条件]
・飛影魔
⇒Lv600以上、物理攻撃力8500以上、隠蔽性能8000以上
種族称号“精霊捕食者”=自分以上のレベルを持つ精霊存在を1人で殺害する
種族称号“影魔の主”=スキル【影魔の掌握】を習得する
種族称号“影魔の暴食”=召喚獣“影の妖魔”に二十万体のモンスターを捕食させる
・深淵影
⇒Lv800以上、特殊攻撃力13000以上、隠蔽性能10000以上
種族称号“精霊の影”=自分以上のレベルを持つ精霊存在の影に完全に潜伏する
種族称号“影魔の飽食”=召喚獣“影の妖魔”に四十万体のモンスターを捕食させる
・聖極天
⇒Lv1000
種族称号“極天の影”=地上の“精霊殿”で超位進化の試練を踏破する




