(5)『決闘よッ』
飛び散る火花、ぶつかる二人、昂る戦いの衝動に易く収まる矛はなし。
少年は迷い悩む、止めるかはたまた止めないか!
夕方――。
「朝はゴメンね、シイナ。どうしても外せない用事だったの」
刹那はやってくるなり、両手を顔の前で合わせて拝むように謝ってきた。妙に素直だったのを不信に思いつつ、無難に受け流す方向で、
「気にしてないから別にいいよ」
と言ってやると、刹那は「よかったー」と胸に手を当てて、撫で下ろすようにホッと息を吐いた。
「メールではああ言っちゃったけど、私もシイナの遺書なんか受け取りたくないからね。あー、スッキリしたっ」
「案外可愛いトコあるな、とか思った俺の一瞬を返せ」
この選択肢以外だったら、マジで遺書を書かされてたかもしれない。
「んなの私のせいじゃないでしょ。アンタがどう思ったかなんて私にわかるわけないじゃない、馬鹿なの?」
「お前、なんつー言い草だよ……」
「で、それはそうとして、あの二人は何をやってるの?」
部屋の隅にうずくまって怪しくブツブツ呟きながらメニューウィンドウを何やらピコピコ操作しているシンと、その正面に座り込みシンの一挙手一投足を呆れ顔で観察しているリュウのことだろう。
他に誰もいないしな。
「しょうがないから刹那抜きで暇つぶししてようと二人を呼んだんだよ。それで、いつまでもインナーじゃ困るだろうって二人で俺の適当な装備を買いに行ってくれたんだけど――」
俺の言葉を遮るように、バッと刹那が俺の口の前に手を突き出した。
驚いた俺は思わず口を噤み、刹那は頭痛を堪えるように人差し指をこめかみに添えて呻いてみせる。
「もういい、わかった。どうせ着せ替え人形でもさせられたんでしょ」
「お見事」
「当たり前でしょ、馬鹿の考えてることなんてこんなもんよ」
さりげなく罵られたシンが顔を上げ、刹那を睨みつけると、
「あ゛?」
殺意の込められた凶視線がシンを射抜き、シンはさっと目を逸らしたかと思うと瞬く間に萎縮していく。
弱い……。
「まだインナーなトコを見ると、ろくなものがなかったみたいね」
「お察しの通りだな。〈*おやすみネグリジェ〉、〈*メイドスーツ・オーソドックス〉、〈*裸ワイシャツ〉やら〈*月精霊のベビードール〉やらワケのわからんもんばかり出してきて――」
とりあえず何となく憶えていたモノを列挙していくと、ふんふんと聞いていた刹那は訝しげに眉を顰めた。
「なんでそんなレアな奴ばっかりアイツが持ってんの?」
ボックスを開くようにジェスチャーしてくる刹那に今日貰ったモノばかりの装備品ボックスを開いて見せる。
覗き込んだ刹那は瞬間目を丸くした。
この刹那が驚きを隠せないぐらい凄いのか、このネタ防具ズ。
「そんなにレアなのか?」
「私も興味ないからよくは知らないけど……〈*白兎〉とか、は、〈*裸ワイシャツ〉はトップクラスのレアだったはずよ。スキルも防御率も役に立たない希少価値だけのモノだけど」
言うだけで恥ずかしいのか、『裸ワイシャツ』の部分だけ一瞬つっかえたように切れ、少し声が小さくなる。
「ていうかシイナ、それ全部着たの?」
「〈*白兎〉と〈*旧式スクール水着〉以外はね」
「あー、やっぱバイトなんかサボってこっち来ればよかったぁ」
バイトだったのか。
朝は恨めしいとも思ったがそういうことなら仕方がないか――――と一瞬納得しかけ、首を振って納得を吹き飛ばす。結局コイツが予定をダブルブッキングしたことに変わりはない。
「あれ? でも私、お昼に一回入ってココ来たんだけど、その時は誰もいなかったじゃない」
「俺は外に出る気ないから、リュウとシンが防具の調達してる間はログアウトしてたんだよ。昼飯も食わなきゃいけないし。ところで刹那、お前バイトって何やってるんだ?」
「え? ファミレスのVRウェイター。これでも案外使えるのよ。色々」
「客引き?」
「ばッ……何変な言い方してんのよ!」
「あれ? 客寄せだったっけ」
「それはパンダでしょ、バカシイナ」
本気でアホを見る目で見られた。ついさっきシンに向けていた目だ。
しかし、ある程度の仕事はそつなくこなす刹那のことだ。その棘のある性格さえ隠せば、何とかやっていけるのだろう。
隠せるならここでも隠してくれ、とは言わないが。
「まあいいわ。シンたちじゃ役に立たなさそうだし、私のボックスの中から被ってるのがあったらあげるわよ」
(よしっ! 刹那がなんで機嫌いいのかはわかんないけど、土下座もなしでマトモな装備が手に入るっ)
土下座前提で考えていたことも忘れ、俺は心の中でガッツポーズを極めながら、目の前でメニューウィンドウを開き始めた刹那に手を合わせて拝んで見せる。
「〈*ハイビキニアーマー〉なんてどう? これなら足以外の一式余ってるからあげてもいいけど……。スキルはないけど、防御率はそこそこね」
「くれるのはすごくありがたいけど、そのシンに通ずるところのあるネーミングに、デザインに凄い嫌な予感がするんだけど!?」
「大丈夫大丈夫♪ とりあえず着てみて、見てみて♪」
リズミカルに韻を踏んだ台詞と背中を押して全身鏡の前に連れていこうとする刹那に根負けし、為す術なくドナドナされる。
大丈夫と言ってるし、とにかく見せてもらうことだろう。もしかしたら案外マトモなデザインかもしれないし。
「はい、これ」
刹那は、件の〈*ハイビキニアーマー〉とやらをオブジェクト化し、じゃーんとばかりに広げて見せ――
「ぶっ、ゲホッゲホッ!」
――俺は盛大に噎せ込んだ。
「ちょ、汚いわよ、シイナ!」
「す、すまん……」
さすが刹那。
マトモな装備かと期待させておいて、テンションが上がったところで突き落とすとは一家言にも磨きがかかっている。
〈*ハイビキニアーマー〉の概要。
鱗のような形の青い金属製肩当て。
10cmくらいの布と先端部が隠れる程度の青い金属片から成る二枚の胸当て。
青い金属帯を何枚もずらして重ね合わせたような短いスカート形の腰装備。
足はこれまた青い金属製のブーツのみ。
感想――――露出が激しすぎる。
確かに望んでいた鎧系のデザインではあるのだが、これを着たとしても、鎖骨もへそも背中も生足も露出したまま丸見えだ。これならまだ下手に生肌晒さない分〈*メイドスーツ・オーソドックス〉の方がマシだともいえる。あれはあれで別のプライドが邪魔するが。
「コ、コレを着ろと申すのでしょうか?」
「いいから早く着なさいよ。今日の夜は久しぶりに≪アルカナクラウン≫で塔の攻略を進めようと思ってるんだから」
「コレ着て外に出ろと!?」
シン、リュウに続いてまさかコイツも馬鹿なのか。
性格歪んでて、人を弄ってる時が一番いい顔するような真性サディストとはいえ、それ以外は一応常識人だと思っていたのに。
「当たり前じゃない。まさか部屋に引きこもるわけにはいかないでしょ」
「≪アルカナクラウン≫のリーダーは今のところ俺だからな! こんなモノ着て外になんか行けるかッ!」
「遺書書け」
元より人選に困ってじゃんけんで決めたギルドリーダーにそんな権限があるとは思ってなかったけど、その返しは予想外以上に理不尽すぎる。
「チッ、なんなのよワガママばっかり。じゃあコロシアムでも行く?」
「いやそれ人目増えてるからッ。コレの他には何もないのかよ」
「それがイヤなら〈*裸ワイシャツ〉にでもすればいいじゃない。一応ギリギリ見えないんだし」
「それで塔やコロシアムなんかに行ったらどんな雑魚の一撃でも死ぬぞ!?」
アレの防御率は100もない。〈*ハイビキニアーマー〉が胴だけで防御率1200弱と言えばどれくらいかわかりやすいだろう。
興味のないプレイヤーたちにとってはただの弱小装備である。
「じゃあ私の持ってる〈*ピンクエプロン・フリル〉を貸してあげるから、〈*旧式スクール水着〉と組み合わせたら?」
「どんだけマニアックなんだよ、俺……」
目の前に全身鏡あったせいで想像しちまったじゃねーか。
「いいじゃない。露出は減るんだし、防御率も格段に上がるわよ」
一緒に大事な何かをすり減らしてる気がするのもまた事実だが。
そもそも〈*ピンクエプロン・フリル〉も〈*旧式スクール水着〉もどっちも胴装備だったはずだ。
「ネタ装備とはいえ、私の装備をシイナが着けるなんて精神的に堪えられないかもしれないし?」
「ただのオブジェクトなんだから、汚れたりするわけないだろ」
「それでもヤなの。破られるかもしれないし」
確かに戦闘中破れる可能性もなくはないが、しばらく使えなくなるだけでNPCのメイドに頼めば元通り直すことは可能。特に戦闘スキル以外は網羅している刹那なら、自分で直すことも出来るはずだ。
「あ、でもコレは使わないかも」
装備品に目を通していた刹那が何かをオブジェクト化した。
防具には見えない、というか包帯……?
「なんで包帯なんかあるんだ?」
怪我なんか街に入れば治癒するし、薬や魔法で直すこともできる。わざわざ包帯を巻く必要もなく、時間である程度は自然治癒するようにできているのに。
「一応〈*ホワイト・バンデージ〉っていうアクセサリーね。個性作りの一貫よ。手に巻いたり、口を覆ったり、片目だけ隠したりね。っていうか何でずっとやってるアンタがこんなコト知らないのよ」
防具は実用性の高いものしか使わなかったし、アクセサリーも特に興味なかったからあるにはあっても使ってなかったのだ。
「そう言われると、何度か見たことあるような気がするな……で、これをどうしろと?」
「顔見られなきゃ恥ずかしくないでしょ」
「名前は出てるだろうが!」
頭上を指差す。俺には見えないが、他のプレイヤーからは俺の名前が浮かんで見えるはずだ。
「じゃあもう観念して、その恥ずかしいの着てなさいよ」
「恥ずかしいって認めてるものを人に奨めるな!」
「おとなしくそれ着たら武器はマトモなのをあげるわ。アンタが使えそうな手持ちはないけど、貸し借りなしでおごってあげる」
そう提案してくる刹那はいい顔をしていた。
「それじゃあダメだな、刹那」
その時だった。
俺と刹那の遣り取りを体操座りで聞いていたシンが、ゆらりと妖しげな挙動で突然立ち上がった。
「あぁ?」
刹那の声で一瞬シンの動きが停止する。
しかしシンはそれでもめげず、再びゆっくりと俺に近づき始めた。
「お前はまだ……何もわかっちゃいない。装備ってのはな……露出が多けりゃいいってもんじゃないんだよ」
まるで復活するゾンビのような歩き方で近付いてくるシン。なんか嫌な予感を周囲に植え付けるオーラを出している。
が、言っていることはアホの極みだ。
「お前は知らないんだ……。そう、『絶対領域』という究極の概念の素晴らしさを……――って!?」
ギクリとシンの顔が強張り、言葉が途切れた。その視線はさ迷うことなく、空中のある一点を凝視している。
そして刹那はというとこめかみに青筋を浮かべ、「黙りなさい」と目で語りながら、人差し指をシンの方に向けて突き出していた。
これは彼女との付き合いの中でよく見る光景だ。
おそらくと言わずともほぼ間違いないが、シンの視線を釘付けにしているメッセージウィンドウ。そこには定型文のようにシステム側からこんなメッセージが届いているに違いない。すなわち――
『[刹那]さんから決闘が申し込まれました。規定に従い、提示された決闘のルールを確認することが可能です。
[確認する] [受ける] [拒否する]』
これ以上無いほど分かりやすく、そしてはっきりと強さが分かれる戦い。
「決闘よッ!」
刹那がそう言い放つと同時に、シンが答え代わりに目の前にある承認システムウィンドウに正拳突きを極め、不敵な笑みを浮かべる。
少なくとも現アルカナクラウンメンバーでルール確認など必要ない。日常的に乱発される刹那の決闘宣言において、彼女の提示するルールは決まっている。
人呼んで“刹那ルール”。
『武器アリ魔法アリ何でも自由、ただし有効打一回で勝敗判定』
そのままなネーミングのこのルール下において、彼女はある偉業を成し遂げている。偶然で、突発で、幸運によるものだが、『最強』のプレイヤー[儚]にたった一度だけ、しかも324分の一ではあるが勝っているのだ。
「いい度胸じゃない。この前みたいには行かないわよッ!」
「レベルが低いからって手加減しないからな、刹那ァッ!」
大腿部に装着した鞘帯から〈*フェンリルファング・ダガー〉を抜いた刹那はシンと同じように不敵な笑みを浮かべ、腰の〈*妖狼刀・灼火〉の柄と鞘に両手を掛けるシンも剣呑とした空気を楽しむように、にやりと笑ってみせる。
「まったく……。そこまでだ、お前ら」
とその時、殺気に満ちた部屋の空気を緩やかに掻き混ぜるような気楽さで、リュウが二人の間に入った。
「ここはシイナの家であって決闘するような場所じゃない。二人とも剣と殺気を収めろ」
「邪魔しないで、リュウ」
「そうだ、リュウ。これは僕としてはどうしても見過ごせない、そう漢の戦いなんだッ」
「お前ら、そこまでにしないと俺も入るが?」
急に声のトーンを落としたリュウが背負っている、巨大化させた喧嘩用片手剣のような剣身の中抜きされた中央に巨大な宝石を嵌め込んだ〈*宝剣クライノート〉と、大鷹の鉤爪を模した刃渡り2mの曲剣〈*大鷹爪剣ファルシオン〉。
二本の剛大剣が妖しく光った――――気がした。
四人の中でも特に抜きん出て大柄なリュウに凄まれ、シンは苦笑いで居合いの構えを解き、刹那はチッと舌打ちをして狼牙剣を手の上でくるくると回す。
「オーケー。じゃあ外に出ましょ、シン」
「っし、いいだろう」
一旦収めた戦意を早くも取り戻した二人が息巻いて外に出ていくのを呆れたような顔で見送る俺とリュウの二人は顔を見合わせ、
「「はぁ……」」
二人同時にため息を吐いた。
Tips:『決闘』
FOにおいて、プレイヤー同士の戦闘に際し明確なルールの下にシステムジャッジをかけることができるシステムのこと。決闘の名の通り、力比べや戦闘による明確な決着をつける目的の他、スキル獲得・武器熟練度向上・魔法熟練度向上などに際し、事故を防ぐ目的で用いられることが多い。また、プレイヤープロフィールなどに戦歴や勝敗が表示されるため、個人個人の評価に直結する指標にもなる。




