(4)『しかし困りました』
人を模した姿、人を模した所作、人を模した言葉。
人を象る彼女らの心は本物か偽物か。全ては主観に委ねられている。
「ところで――」
GLである俺が二人のギルド加盟手続きを済ませた頃、そのタイミングを見計らっていたのか、アンダーヒルが坦々とした声で主導権を握るようにそう切り出した。
リュウやシンも顔を上げてこっちを見たが、アンダーヒルの目線が俺の方にしか向いていないのを見て、手元のウィンドウに再び視線を戻している。
「どうした?」
「はい、いくつか早めに済ませておきたいこともあるのですが、まず家変更の手続きをしても構わないでしょうか」
「あぁ、そういえばそうだな。気が利かなくて悪かった」
「問題ありません。これまでは三日ごとに家を変えていましたので、その手間が省けるだけで助かります」
「……三日ごと?」
なんでまたそんなことを、と思う以前に総資産がどれだけあるのか気になる奇行っぷりに思わず首を傾げる。するとアンダーヒルは少し目を伏せ、何処か憂いを帯びた目で足元をじっと眺めた。
「……私のこの性格が軋轢を生んでいるのか、或いは情報家という職業柄かはわかりませんが、私のことを疎ましく思っている方も相当数いるようで、稀にこの風貌を便りに私の家を探し出して襲撃してくるプレイヤーがいるのですよ」
アンダーヒルの語調に呆れ気味の微かな吐息が――溜め息が混じる。
「襲撃って……。お前の出す情報は皆助かってると思うんだが――」
「2023」
「は?」
「表裏問わず、現在私が発見したフィールドの総数です」
2023って、現時点で発見されてるフィールドの半分じゃねえか。
「それだけが原因とは思えませんが、“開拓者”の称号を取得したいプレイヤーにとっては敵視されたとしても無理はないと推測されます」
文字通り新規フィールドの開拓者及びそのパーティメンバーに与えられるこの称号は、取得できる人数にフィールドの上限までという限界がある。それをたった一人のプレイヤーに二千以上も枠を持っていかれたら、称号の全取得を狙うコレクター志向の連中には敵どころか鬼にしか見えない、ということだろう。
アルカナクラウンの面々は既に持っているため、特別気にならなかったが、なるほどそういうこともあるのだろう。
気持ちはわからないでもない。
「先ほども儚による声明直前、[居縫]と[釜瀬]というプレイヤー二名をPKしました」
「お前かーッ!」
可哀想な二人組の冥福を祈りつつ思わずツッコミ調で問い詰めるようにそう叫ぶと、アンダーヒルは怪訝な表情を思わせるジト目を俺に向け、熱を測ろうとしたかのように俺の額に手を伸ばしてくる。
しかし、俺がその手を咄嗟に避けると、
「…………麻薬が切れて禁断症状でも?」
「喧嘩売ってんのか、お前は。この世界に麻薬はないだろ」
「意識を現実から乖離させ、脳に幻覚を生じさせることにより娯楽的な目的を果たし、かつ依存性が非常に高いという点ではこの世界及びFreiheitOnlineそのものが麻薬のようなものだと言えますが」
「おい、何だその無駄に説得力があるのに賛同しにくい台詞」
「アンタたち、コントなんかやってる暇があったら、やることさっさと終わらせなさいよ……」
刹那の殺気の込められたキレ気味の声が聞こえ、一瞬心臓が止まる。
おそるおそる振り返ると、何か黒々としたヤバいオーラを出している(気がする)刹那が、不機嫌そうに目尻を吊り上げて俺を睨んでいた。
「シイナ」
「すみません、お嬢サマ」
「わかればいいのよ」
お嬢様扱いで若干反撃してみたのだが、全く効果はないようだ。逆に逃げ出したくなるほどの殺意の視線は俺に効果が抜群だが。
「時間はたっぷりあっても時間をかけるつもりはないんだから。メイドたちに案内させるから、直ぐに部屋を決めてきて。深音、理音!」
刹那がロビー奥のカウンターに控えていたメイドを呼ぶと、気の短い刹那を苛立たせないための配慮なのか、早歩きで駆け寄ってくる。黒髪ストレートロングの方が深音。茶髪でくせっ毛がピンピン跳ねている方がさっきトドロキさんたちを出迎えて扉を開けた理音だ。
ちなみに二人の命名はシンで、このギルドハウスでは他にも射音と玖音という二人のメイドが働いている。
「二人を空いてる部屋に案内して。深音は物陰の人影を。理音はスリーカーズをお願い」
テキパキと指示を出す刹那に、理音が「かしこまりましたっ」と元気よく頭を下げる。
だが、深音の方は――
「しかし困りました」
文頭に一音付けるだけで、最早御主人様に対する敬意は欠片もなくなっている。本人は至って躊躇いなく、澄まし顔で言っているのだが。
刹那のこめかみがぴくりと引き攣る。
「……深音はもう下がりなさい。玖音は何処?」
「え、えっとぉ……玖音ならついさっき、シャワーを浴びるといって外に出ていきました」
「それ嘘だからね? 理音、アンタまた騙されてるから」
「えっ、そうなんですか!?」
というか何故それで騙されるんですか、理音さん。
「またあの子はサボってるのね。深音、アンタあの子探してきて」
「とりあえずわかりました」
メイドにあるまじきかったるそうな態度で肩を回した深音は、刹那に一礼して背を向け、ゆっくりと階段を降りていく。
このタイミングで言うのも何処かおかしいかもしれないが、このFOフロンティアにおけるNPCの質は高い。個々がP-AISyst――擬似人工知能システムの制御下に置かれていて、ただ知能というわけではなく感情や人格までも再現しているのだ。これで武装していて頭上に名前が表示されていれば、プレイヤーに間違われてもおかしくないほどのものだ。
「理音……なんでもかんでも信じるのはダメって言ってるでしょ」
「も、申し訳ありませんっ」
「まあいいわ。射音は?」
「下の階の掃除をしていると思います」
「それじゃ呼ぶわけにもいかないわね……。二人ともお願いできる?」
「はいっ、がんばりますっ」
「はぁ……せめて理音と射音がいてよかったわ……」
こんな具合である。
開発者の遊び心なのだろうが、熱の入り方が尋常じゃない。凝りに凝っていて、下手な人間よりも人間らしいのだ。
「ネアちゃんもここを家に決めればいいわ。理音、ネアも一緒に連れてって。アンタも何やってんのよ、スリーカーズ」
呆然とした様子で俺たちの応酬を眺めていたネアちゃんは、突然振られた話を予想していなかったのか、白黒と目を瞬かせた。
理音が大きく頭を下げると、ソファーに座っていたトドロキさんが勢いよく立ち上がる。アンダーヒルも乱れたローブを整えると、足音もたてない歩法で理音に歩み寄った。
理音が三人を窺いながら歩き出すと、慣れた風なトドロキさんに、全く変化のないアンダーヒル、その後ろからおっかなびっくりのネアちゃんが一列になってついていく謎のRPG編隊ができていた。
「さて、問題はネアちゃんだな」
三人が理音の案内でロビーを後にするのを待っていたかのように、ずっと黙っていたシンがそう切り出した。
「レベルの低いネアちゃんでは、当然のごとく今の≪アルカナクラウン≫には入れないからね。出入りの不便を我慢して、家はここにするとしても、少なくとも何とかしてレベルを底上げしなきゃいけない。あまり言いたくないことだけど、スキル持ちでも回復魔法を憶えてなければ後衛にすらならないしさ」
「嫌な方向に現実的な意見だな」
「相手が儚じゃ、むしろ非現実的なぐらい現実的に考えないと勝てないだろ」
儚と戦う前には二百五十以上のフィールドが残っているのだ。確かに珍しくも仲間にいれば心強い天使種とはいえ、レベル1では役に立たないどころかかえって足手まといだ。
しかし元はといえば、今日の夕方に誘ったのは他でもないこの俺なのだから、簡単に見捨てるわけにもいかない。俺が誘わなかったらネアちゃんまで閉じ込められることはなかったかもしれないのだから。
これは俺の責任であり、幸い彼女を守れるだけの力はある。
「となるとやはり、せめて中堅クラスまでレベルアップするまで誰か一人が護衛につくしかないだろうな」
リュウが話を進めるようにそう言った。
「一応塔攻略に連れていけば、もっと効率よく経験値を稼げるけどね?」
「シン、アンタ馬鹿なの? 今の彼女を塔なんかに連れてったら、ザコの攻撃かすっただけでも一撃死するわよ」
「そうか……。やはりここは〈*月精霊のベビードール〉を……」
「〈*天使の天衣〉すら『恥ずかしいから』って着れなかった子があんなの着れるわけないでしょ。ちょっとはマトモな頭に交換しなさいよ、それ」
「おい、さも人の頭が不良品みたいに言うなよ!」
「交換できればよかったのにね……」
「憐れむな!」
刹那とシンのコントじみた喧嘩、その一歩手前の遣り取りを眺めつつ、俺は何とか自分の低レベル時代の記憶を思い出そうとする。
「ま、まあまあ。とりあえずネアちゃんの護衛はその時々で手の空いてるヤツがやるとして、どの辺りのエリアから始めるのがいいかな……?」
正直なところ、自分が低レベルの時の記憶はまったくない。
低レベル一人でレベルアップができるフィールドと言えば、当然のごとく一番最初の街アンファング周辺、ということになるが、低レベル一人+高レベル一人で無難に戦えて経験値効率のいいところと言われても、経験がないため心当たりがないのだ。
思えば今までこんなにレベル差の開いたプレイヤーとパーティを組むなんて初めてだ。それはここにいる三人も同じなのだろう。
揃いも揃ってしきりに首を捻っている。
そして議論が泥沼に陥りかけていた時、
「シイナ様っ」
不意に背後からかけられた声に振り返ると、さっき三人を案内して出て行ったはずの理音がそこに立っていた。
「どうした?」
「あのっ、アンダーヒル様がお呼びですっ……!」
「物陰の人影が? シイナを? どうして?」
何故か過剰反応を示す刹那に、理音は困ったような笑顔で首を傾げる。用件は聞かされていないのだろう。
「……とりあえず行ってくるよ」
議論の気分転換にでもなれば上々――――と思いつつ立ち上がり、何故かチクチクと痛い刹那の視線を背に受けながら俺はロビーを後にした。
Tips:『P-AISyst』
Para-artificial Intelligence System(疑似人工知能システム)の略。FOの一般NPCの挙動を一括制御しているプログラムモジュールであり、FOフロンティア内でデータ収集装置としての役割を帯びたNPCを通して得たプレイヤーの『精神的要因に基づく肉体の生理的反応』や『会話ログ』のデータ等を自動的に収集・蓄積・解析し、感情や個性等を擬似的に再現する機能を持つ。




