(1)『VRMMO』
VRMMO[FreiheitOnline-フライハイトオンライン-]の世界へようこそ。
貴方を待っているのは剣か魔法か、冒険か陰謀か、最強か最凶か。
ドタバタで始まる日常の中、[シイナ]は何故か美少女やっていきます。
[FreiheitOnline]
当時無名だった会社ROLが4ヶ月にわたるクローズド・ベータテストを経て世に出した『Virtual Reality Massively Multi-player Online』、通称VRMMOのロールプレイングゲームだ。
会社の名前の元となった『現実感の限界突破』を掲げられたそれは、正式サービス開始からたった3日で他社従来のVRMMOユーザを根こそぎ奪う程の絶大な人気を誇り、ROLの名を全世界に知らしめた。
雲を突き抜ける巨大な塔を中心に広がるフロンティア。
表裏様々な無数のフィールドエリア。
多数存在する市街エリア。
他社を圧倒する広大なヴァーチャル世界を初めとして、飛獣・魔獣・獣・魔物・ドラゴン・虫その他もろもろ。鳥から獣から海産物から伝説・神話の怪物まで多種多様に分かれるモンスターたち。
アバター作成に至っても世界中の人間が網羅できるのではないかというぐらいの膨大な組み合わせが存在する。
どれに関しても、ドイツ語の『自由』を冠するその名の通り、信じられない規模の自由度を持っていた。
武器のカテゴリだけで72種類。それらに含まれる武器種類の総数は万単位にも及ぶ。防具やアクセサリーもその総数は公開されていないほど多い。
製作スタッフ曰く“その総数がわかるのは唯一、全ての防具を揃えた時だけ。完遂したプレイヤーには特殊スキルと称号、そして特典が手に入る”だそうで、明言はしていないがこの挑発的な文章に触発され闘志を燃やしたユーザも大多数存在するはずだ。
しかし、何よりもVRMMOゲーマーたちを惹き付けたのは、こと戦闘に関する自由度だった。
VRゲームでは、現実の肉体における身体制御や思考判断等々脳の活動を電気信号に変換して直接仮想現実の身体に入力しているため、思考と実際の行動にアナログ入力に因る誤差がない。これは旧来の電子ゲームのようにコントローラー等を介すことで発生する行動制限が存在しないということであり、つまり現実で可能なことなら仮想現実でも同様に再現することができるということだ。ROLはこの脳波の高精度変換技術で業界のトップに君臨し、それがFOのオーバーテクノロジーとまで言われた現実再現性能を成立させていた。
それ故、ひとたび戦闘が始まればキャッチコピーにもなった“殴り合いから高速の空中戦まで”思いのままだ。加えて魔法や翼による飛翔など非現実ゲームならではの現実が追加され、一部では『第二の現実』とまで呼ばれている程だ。
一日24時間中、食事睡眠以外の18時間をこっちで過ごす猛者(と呼ばれる廃人)もいるという話を聞いたこともある。
そして俺――九条椎名も一日に6時間から10時間ほど向こうにいる。
父親がROLの開発スタッフの一人と懇意だったため、俺はクローズドベータテストに参加することができたのだが、その時はあまりゲームに興味がなかった俺も[FreiheitOnline]にハマってから学校と食事睡眠以外はゲーム漬けの一日を過ごすやりこみユーザになっていた。
ところで[FreiheitOnline]には、通常のオンラインゲームと異なる制限がついている。
それは現実で男なら男性の、現実で女なら女性のアバターしか使えないという今までにない制限。つまり、ネカマというオンラインゲームにおいてありがちな現象が起こりえない、ということだ。
神経制御輪にはどういう機構か男女を区別する機能があり、そのシステムの下で作られたアバターを声紋認証――Voice Spectrum Authentication――によって管理しているのだ。
男女間の神経系の微妙な違いが関係していて、現実的感覚の追求に基づく目的があるらしいが、単純に面倒ごとの多いネカマを抑制したいというだけなんじゃないかと適当に納得することにしている。
まさに今、俺が直面している状況のように――。
「シイナ。お前……実は女だったのか……!?」
「んなわけあるかっ!」
漏れた呟きに手刀で応える。
シイナというのは勿論、[FOフロンティア]での俺の名前だ。考えるのが面倒だから本名のままにしたのだが、今さら考えると男でも女でも使えそうな名前という弊害がこっちでも表れてしまっている。
この世界でのほぼ全てを失ってから知った新事実。
この世界の全身鏡に映っていたのは、元の姿とは似ても似つかない人間族の少女のアバターだったのだ。
あの後、俺は同じギルドでメッセージを送ってきていたリュウ・シン・刹那の三人に“放課後、俺の家に集まってくれ”という主旨のメッセージを送信し、一旦ログアウトした。
そして帰宅してから自分の部屋のベッドに横になり、再びFOにログイン。
時間を合わせて来たらしい三人を部屋で出迎えたというわけだ。
そしてシンこと[†新丸†]から飛んできた一言が、さっき手刀で返答してやったアレである。
「データ破損というよりは、アバターだけそのものが変わってるようだな」
俺の全身をマジマジと観察しているのはリュウこと[竜☆虎]。
種族は人間種、長身で強面のアバターを使っていてガタイもいい。白黒のツートンカラーに染められた髪は短く刈り込み、まさに体育会系の男って感じの外見だ。その全体的に大きく粗野な外見とは裏腹に真っ直ぐで気持ちがいい性格で、その面倒見の良さと人柄からか俺を含め仲間からは兄貴分として慕われている。
戦闘ではとりわけ剛大剣と呼ばれる大剣の上位武器――今は〈*宝剣クライノート〉と〈*大鷹爪剣ファルシオン〉の二本を愛用し、その両方を同時に使いこなす超重剣士。これは本来ありえない組み合わせなのだが、その話はまた今度にしよう。
そのオーソドックスな中世の騎士のような意匠が特徴的な防具〈*聖銀のリッターパンツァー〉一式と相俟って、昨今のファンタジーなら何処ぞの騎士団長か小綺麗な傭兵団の大将といった感じの出で立ちになっている。頭装備というものが何故か存在しない仕様のFOにおいて、そのシンボルたる兜は存在しないが。
なにはともあれうらやましい。
「サーバー側に連絡はとってみたのか?」
「あ、いや、まだだ。後でしてみるよ」
「早めに報せといた方がいいと思うぞ。それと使えないからって破損した武器・防具データは削除するなよな。修復できるかもしれないし、もしできなくても代替データをくれるかもしれないから」
えらく現実的なことを言っているのはシンだ。
元の名前[†新丸†]は読みにくい上、『改まる』と混ざって紛らわしいため、一文字とってシンと呼んでいる。ちなみに余談だが、試しにもう一文字の方を取ってマルと呼んでみたところ、間抜けだからやめてくれと言われた。シンは線が細い割には精悍な顔立ちをしているから確かにマルでは締まりがなかったが、いつも紳士を気取っては何だかんだ騒動を呼び寄せていたり、俺からしても距離感が悪友に近いせいかそれはそれで似合ってもいる。
戦闘では侍っぽさにこだわりがあるのか強力な太刀系武器を使い、今も大刀〈*妖狼刀・灼火〉と太刀〈*短炎刀・帰依〉を腰に差している。防具も着物のような戦装束の〈*天炎・彼岸〉シリーズ一式を好んで使っているため、戦闘中はまさにやや色味が派手な武士のようだ。
「“大紅蓮”は今回ので吹っ飛んだけどな!」
愛用の大刀〈*銀狼刀・大紅蓮〉のことだろう。入手難度はそれ程でもないが、性能も然ることながら抜刀した瞬間に散る火花の表現効果と揺らめく炎のような光沢を帯びた刀身の意匠を気に入っていたのは知っていただけに、シンの心中は察するに余りある。
などと言ってはいるが、正直その程度で済んでうらやましい限りだ。
「――で、私より胸大きいってどういうことよ?」
「知るか!」
ゴスッと今度は俺の頭に手刀が振り下ろされる。
「口答えしない」
ここに来て俺の現状を理解し、早々に理不尽な逆ギレをかましているのは、俺たちのギルドの紅一点[刹那]。
金髪ストレートヘアに整った顔立ちと、多少胸が控えめな気もするが均整の取れた理想的なスタイル、そして今日も見た目重視の装備でばっちり極めているおかげか、パッと見可愛い女の子に見えるのだが、如何せん性格・意地・口と三拍子揃って女として疑問を憶えるくらい災厄レベルに最悪だ。そんな彼女と俺ら三人がつるんでいられる理由はまた別の話になるから、これも後回しにしておこう。
彼女は〈*フェンリルファング・ダガー〉という大きな狼の牙を刃に使った短剣を好んで愛用する短剣使いで、レベルこそ俺やリュウ、シンより低いが戦闘以外の取得可能スキルは全て開放済みというある意味化け物である。
「で、これからどうすんのよ。まさかこのままってわけにもいかないでしょうし、そんなカッコじゃ、リュウとシンの目の毒よ」
目の毒ってさすがに酷くないですか、刹那さん。装備が全部吹っ飛んだから、俺は今あられもないインナー姿なわけなのですが。
「今日は金曜だし、私これから現実で予定があるの。明日ゆっくり話し合えばいいよね。私抜きで話が進むの癪だから、シイナは今すぐログアウトして。明日の朝九時にまたここで会いましょ。異論は?」
「おい、ちょっと待て、刹那。話を一人で先走りすぎだろ。このままじゃ外にも出れないから、それだけでも今すぐ――」
「オーケー。異論はシイナだけ?」
他の二人は目を逸らし、俺も発言を後悔する。
いくら滅茶苦茶な現状に気が動転してたからって、刹那に何の覚悟もなく異論を唱えるなんてただの馬鹿だ。
「じゃあ、決闘で白黒――」
俺は刹那が振り返る前に素早く操作し、
『[シイナ]はログアウトしました』
逃げた。
Tips:『FreiheitOnline』
2038年、当時無名だったゲームメーカー“ROL”によって開発され、200人を対象に4ヶ月に渡って行われたベータテストを経て、同年11月に正式サービスを開始したVRMMORPG。翌2039年9月継続的なプレイ人口増加に伴い、事業規模拡大のため総合エンターテイメント企業“EXE”に運営委託される。世界の中心に聳える巨大な塔を攻略し、その最上階層第五百層を制覇することが最終目的として設定されており、開発元であるROLは『FOにおける全ての謎が解明され新たなステージが開かれる』としている。発売当初から絶大な人気を誇るも、2042年5月、とある事件が起こる。




