(13)『マジでやるんか』
立ち上る黒煙は微かな叫び、災禍を前に抗う弱き者の儚き声。
疑念は確信へと至り、少年は疾走る。助けを呼ぶ者がそこにいる。
「何よ、アレ!? まさかあのカメレオン、火まで使えるの!?」
刹那が黒煙の柱を見て、納得いかないとばかりに叫ぶ。
確かにこんな自然系フィールドで火まで使えたら、相当強力な属性持ちのモンスターになる。透明化の上で背後からただでさえ痛覚による行動阻害が著しい炎属性攻撃なんかで焼かれたら、たまったものじゃない。
「そんなん知らんし! アンダーヒルが報告ミスるとは思えへんし、逆にあの場所に何かおると考えた方が自然やな」
「それにしたって、リュウやシンはもう少し先に……」
マップ上のリュウとシンを示す光点は、ここから数百メートル先を移動している。
あの二人の普段の移動速度を考えると、若干早すぎるような気はするが、かといって俺がパーティを組んでいるのはリュウとシン、刹那の三人だけ。マップ上にはパーティメンバーしか表示されないから、リュウとシンが安全圏にいることは紛れもない事実だ。
どうするか――――そんな一瞬の判断に迷っていた時、後ろに座っていたトドロキさんが俺の肩をちょいちょいとつついてきた。振り返ると、目の前に可視化したメッセージウィンドウを突きつけてくる。
差出人は[アンダーヒル]、読み上げるよりも見せる方が早いと判断したのだろう。件名は『新情報です』となっている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
〔黒鬼避役〕
攻撃属性:無属性物理攻撃のみ
保持スキル:【迷彩表】
体力:20000前後
判明済み攻撃行動パターン:
・突進 ・尻尾の薙ぎ払い ・体当たり ・踏みつけ
・噛み付き ・舌撃ち ・舌の薙ぎ払い ・強奪
・地上回転 ・捕縛 ・叩き付け
特別危険行動:奇襲攻撃
※その他懸案事項:内部掲示板にて誤情報の投稿を確認。ローレベルプレイヤーが当層にいる可能性があります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおぉぉ……」
物陰の人影の情報は何度も見たことがあるが、未だにここまでの情報が目の前に出されると素直にすごいと思える。特にまだ調査段階にあるモンスターのはずなのに、これだけの攻撃行動パターンを解析するなんて、相当調査を念頭に置いた立ち回りをしていないと不可能だろう。
そして一番最後にある一文に目を通し、
「刹那、引き返せ」
俺は刹那に短くそう告げた。
「ちょっ、今から戻るの!?」
「いいから早く」
「あぁ、もうわかったわよッ! 掴まってなさいッ」
土偶騎竜が緩やかな旋回を始め、やがて進行方向に黒煙の柱を捉える。
と、その瞬間――――ゴォッ!
一瞬だが、わずかな火柱が木と木の間から見えた。
「やっぱり誰かいる!」
前線に来る連中ならまったく問題なく放置しているところだが、“物陰の人影”からの情報にはローレベルプレイヤーの可能性が示唆されていた。
誤情報、ということは大方ちょっと入って偶然モンスターに襲われなかったプレイヤーが、無責任にモンスター不在の情報でも流したのだろう。塔で採取できるアイテムは、それだけ貴重なものも多くなる。誤情報を信じたローレベルプレイヤーがうっかり来てしまう可能性は十分に考えられた。
「刹那、何でもいいからリアウィング貸してくれ」
「はぁ!? 私持ってないわよ」
「そうだったっけ!?」
「だって召喚獣に飛べるのがたくさんいるもの。そっちの方が扱いやすし大体私あのリアウィングっての――」
「トドロキさん持ってますか?」
「あんで~」
「――って聞きなさいよ、人の話ィッ!」
こんな時だと言うのに馬鹿なことを言う刹那を珍しくもスルーし(普段は問答無用でブチキレられるが)、トドロキさんがオブジェクト化した高機動可変リアウィング〈*TUS‐FW〉を装着する。
リアウィングというのはアクセサリーの一種で、有翼の種族以外のプレイヤーが空を飛ぶために使用するものだ。有翼種族同様、本来なら人間にはない翼を動かすという感覚に慣れるまで少し時間がかかるのだが、単独飛行という魅力はあまりにも大きく、やはり普及率も高い。
腰と腹、肩、太腿の接続アタッチメント部分を固定した瞬間、ブースターやウィングパーツ等複雑な機構が自動展開され、鋭いエッジを何枚も並べたような赤い金属翼がバッと開く。
「手持ちでいくつか抱えとる高機動用の可変リアウィングや。高いんやからあまり手荒に扱わんといてな。まあ耐久値は高いから死ぬような無茶せんかったら大丈夫やと思うけど、気ぃつけや。使えるやろ?」
「俺はアクセルウィング派なんですけどね。この際文句は言いませんよ」
アクセルウィングというのは、翼を空中で複雑に動かすことで高機動を追及した可変ウィングに対して、出力を上げて速度を重視した文字通りの加速ウィングだ。
かといって可変ウィングが使えないわけじゃないが。
「アクセルウィングて……あんな事故る前提の不良品をウチが持っとるわけないやろ」
「使いこなせれば強いんですよ。俺の愛機はまとめて破損しましたが」
「そんなん当たり前やないの。十全に使えて弱かったらパラメータ配分した開発側か、そのカテゴリを選んだジブンが間違っとる」
刹那とまったく同じことを言うトドロキさんにくるりと背を向け、今尚飛び続ける土偶騎竜から飛び下りる。
(加速ッ……!)
背中のブースターが轟音を上げ、身体にかかるGが一気に跳ね上がる。視界の端に映っていた刹那とトドロキさんの乗る土偶騎竜が後方に消えると、俺は可変ウィングの割に思っていた以上に速度が出ることに驚きつつ、黒煙に向かって飛びながら少しずつ高度を下げる。
ドオォォンッ。
さっきより少し小さい爆発が起こり、また少し離れたところで微かに火柱が上がる。木が隙間なく覆っているこの森では下に降りなければ何も見えないが、それはそれでやりようもある。
(可変ウィングだし……できるはず……!)
一瞬だけ上昇して速度を殺し、その切り返しで急降下。最後に爆発が起き、黒煙が上がっている地点の10mぐらい手前で森に突っ込んだ。
ザザザッバキバキッ。
何本か枝をへし折って無理やり下の空間に飛び出す。一応リアウィングの損傷も覚悟していたのだが、どうやら飛ぶ分には問題なさそうだ。
可変ウィングの利点はその機動性。
切り返しの正確さ、反応の早さなら間違いなくアクセルウィングより優れている。繊細で複雑な軌道でも慣れれば造作もない。
その代わり、他に比べてパワー不足で耐久値も低く振られているため、俺はあまり使わなかったのだ。
だが、初めて可変ウィングへの評価を改めてもいいと思った。
無作為に無秩序に並び立つ木々を避け、何度も鋭角の軌道反転を駆使して近づくと、やはりそいつはそこにいた。
周りの木々はまとめて薙ぎ倒され、黒鬼避役は姿を消さずに左前足で何かを押さえつけ、潰そうとしている。
「どけえぇぇぇぇぇっ!」
武器ウィンドウを操作して、直前で素早く装備した〈*永久の王剣エターナル・キング・ソード〉を手に、黒鬼避役に猛突する。
しかしさすがに賢いだけのことはあり、黒鬼避役は俺の方に気づいた瞬間に背後に跳んで、王剣の一薙ぎを余裕の様子で避ける。
(でもッ……!)
王剣を左斜め前の方向に放り投げて両手をフリーにしつつ、黒鬼避役に潰されかけていた小柄な人影をすり抜けざまに左腕で抱え込み、そのままかっさらう。
「よしッ」
すぐさま一瞬浮かせたその人物を両手で支えるように抱えなおしつつ、ブースターをふかしてそのまま森の上空に――――しゅるるっ!
バキィッ!
背中で嫌な音がした。
途端に身体が浮力を失い、そのままの速さで思いきり地面に突っ込んだ。
助けた方をかばう余裕もない。ライフゲージがガリガリと削れるのを感じ、〈*ハイビキニアーマー〉で隠れていない背中や腹、肘、脚に痛みが走る。
数mを転がってようやく止まることができ、痛みを堪えながら何とか身を起こすと、目の前に長い舌で貫いたリアウィングの本体を丸呑みにしようとする黒鬼避役の姿があった。
「マジかよ……」
スピードを抑えていたとはいえ、視認していた時間はわずかなはずだ。
それをこの化け物は、空中でハエを捕らえるように、高機動可変リアウィングを舌で捉えたのだ。
「さすがカメレオン、ってトコか……」
後でトドロキさんにフルボッコにされるかもな――――なんてことを思いつつ、腕の中の人物に視線を落とす。
その人物は、藍色の髪に丸い目が特徴の女の子だった。
幼げな顔立ちといい小柄な体躯といい、言わずもがな年齢設定は年下なのだろうが、それ以前に何処かおっかなびっくりの表情でこっちを見ている辺りがローレベルプレイヤーらしさが出ている。
らしさ、と言うならその装備が最も顕著だろう。
その少女が身に着けていたのは〈*レザー〉の一式装備。
どんなRPGにも出てきそうな名前の防具だが、この世界においても期待を裏切らない、いくつか選べる初期装備の内のひとつだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
「どういう状況かわかるな」
最初と同じように威嚇してくる黒鬼避役の目を睨み付け、静かに囁くように言うと、
「えっと……この子、もしかしてボスモンスター……なんですか?」
「ああ、それと見ての通り追いつめられてて絶体絶命の大ピンチだ」
少女のハッと息を呑む音が聞こえた。
「君はなんでここにいる? 見たところ大した装備には見えないけど」
「私、昨日からこのゲームを始めたばかりで……。掲示板を見たら、この層にはモンスターがいないってあったので……」
「大体そんなところだろうって予想はしてたよ」
ため息を吐きそうになるところを何とか抑える。
少女の肩は震えている。怒られるとでも思っているのか、目の前の化け物カメレオンが怖いからなのかは知らないが。
仕方ない。
勝てるとは思えないが、現状この子が安全圏に行くまで俺が時間を稼ぐしか他に手はないだろう。
「シイナ!」
声に反応してチラッと上を見ると、黒鬼避役の遥か頭上に刹那たちの乗った土偶騎竜の姿が見えた。
木が薙ぎ倒されていなかったら見えなかったかもしれない。その点だけはこのカメレオンに感謝だな。
『絶対に高度を下げるな』というニュアンスのジェスチャーをすると刹那はわかったのか、頷くのが見えた。
「コイツの気を引きつけるから、君はあの刹那っていう人のところまで行け。多少離れたら下りてきてくれるから、とりあえず走って」
手元に来るように放り投げておいた王剣を地面に刺し、少女の背中を押して背に庇う。
そして、刹那が見ているのを確認して背後を指示のジェスチャーを示してやると、刹那はコクリと頷き背後にある森に姿を消した。
「早く行け」
背後に気配を感じてそう言うと、
「は、はい……」
と小さく返事が来て、今度は足音が遠ざかっていった。
「カッコええなあ、シイナ」
少女の気配が薄れると同時に、スタンッとまた何処からかトドロキさんが隣に降ってきた。
「ビギナーですね。あの子には“物陰の人影”の情報以外は信じるなって教えといてやってください」
「にゃははははは、そやねー。…………で、マジでやるんか?」
「不本意で不用意ですけどね」
「こんなムチャすんの、いつ以来やろなぁ?」
「多少、ムチャな時期がスリルもあって一番楽しかったかもしれませんね。今もなんとなくその時の気持ちを思い出しましたけど」
「せやなぁ」
「久しぶりに思い出しましたよ。覚悟ってなかなか決まらないものなんですね」
「せやなぁ」
「こういう時の緊張ってどんな言葉で破ればいいんですかね」
「ん~、やっぱこれやないか――」
トドロキさんは大きなため息をひとつ吐くと、
「――『踊れ踊れ狂兵の如く』!」
高らかに、楽しむようにそう宣言した。
Tips:『モンスター』
市街地を除く各独立フィールドやフィールドエリアに出現する存在個体の一種。獣系、植物系、虫系、精霊系、竜系など特徴によって大別され、主にフィールドの環境因子に付随する形で出現モンスターやレートが決まる。プレイヤーのように魔力を持つものは総じて強力であり、ボスモンスターに至ってはほぼ全ての種類が魔力を使用し、特殊な異能力を行使することができる。特定のフィールドにしか出現しない種類や、特定の条件を満たせば何処にでも出現する種類もある。必ずしも敵対的とは限らないものの、基本的には攻撃による討伐が可能で、プレイヤーにとっては採集・採掘等と同様にリソースを回収するための手段の一つ。




