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魔王が居る世界  作者: GT
1章 新しい世界
7/25

07

 

「おーい、暇ならお前もやってみっか?」


 ひょいひょいと移動を繰り返しては手に持つそれを床に置き、それを起動させてはそこから離れる。

 床に置かれたそれは数秒経つと、青白い光を放つ高さ一メートル程のクリスタルを浮かび上がらる。


『幻体』


 確か、そんな名前の魔具だったと思う。

 ドワーフにのみ作成が出来、且つ素材を集めるのが難しいため、そんなにほいほいと使われているのはみた事が無い。

 効果は発動後モンスターのターゲットを引き受けるというもの。

 一定回数の攻撃、またはダメージ総量が一定値を越えるまで、効果持続、一定時間経過でも消滅する。


 そして、今目の前で見られる光景。

 ボスモンスターがその『幻体』に、『重強襲』を繰り返しているだけ。

 『重強襲』というのは槍技能に含まれる上位技能のひとつ。

 攻撃力を大幅に増す一方で、使用者のHPを2%犠牲にするというもの。


 つまりは。


「うはははははははは。あ、ブーストまで行ったら残り5分てとこだから」


 上機嫌でそんなことを叫ぶ男が只其の作業を繰り返しているのをみているだけ。

 私は、暇な時間を持て余していた。







「おっと、ようやくブーストか」


 ブースト、というのはダンジョンボス限定技能の俗称。

 効果は個別に違いこそあるものの、瀕死時に発動、という発動条件は一緒である。


 移動速度増加、物理・魔法攻撃力増加、詠唱減、防御力低下。


 上記の効果がそれであり、その増減数値は各個で異なるものの、脅威になることには違いが無い。

 

 急激に移動速度の上がった相手に、信士はブーストが発動するまでにボスのHPを削りきったことを確認する。

 今回選択したボス討伐方法は、ここ以外の場所でも使用可能な相手はいるが、所謂ハメ技という物である。

 モンスターの攻撃パターン、此方が何をすれば相手はどう動くか?というものを研究し、一定の行動を取らせ続けることで、戦闘を有利にすすめる技法の一つである。

 このハメ技を選択して挑む人は少ない。

 単純に知らない人も結構いるのだが、知っていても選ばない人が多い。

 理由も単純明快。

 まず金銭的にも赤字であること。

 『幻体』一つにつきを知人から購入するにしても、知り合い価格で購入しても銀貨三枚。普通に見かける値段は銀貨五枚が相場となっている。

 そして、時間が掛かるのである。

 重強襲だけを使用してくれるわけではない。

 そしてもう一つは迷信の類ではあるが、この方法でボスを倒すと、レアアイテムのDROP率が低いというものである。


 大幅に時間を掛け、かつ散財し、そのうえDROP率を下げるかもしれない、となるといかに安全なハメ技であろうと、今ではどうしても倒したい時に選ぶ選択肢という認識をされている。


 ブースト状態のこのダンジョンのボス、アスタリスクはその重厚な騎馬鎧の姿に長大な槍を煌かせ破壊速度を上げながら次々と『幻体』を消滅させていく。

 信士はそれに視線を移すことなく縦一列に幻体を並べ始める。

 一つ、二つ……十二を数えた辺りでその作業を終えると、並べ終えたそれの最後尾で待ち構える。

 遠めにも其の距離が魔法の射程を測る為であるというのは窺えた。


 アスタリスクは目の前にある幻体を破壊すると、次の獲物を求めて移動を始める。

 その対象に選ばれたのは、一列に並べられた幻体。


 それに向けて移動を始め、其の手に持つ槍を振りぬかんをした時、炎の竜が現われる。

 それが消えるのを待たずに岩の槌が頭上に現われ、更に次には氷の槍が三本奔る。

 紫電が駆けた後には火柱が上がり、またしても氷の槍が三本奔る。


「破棄、地葬!」


 地が嗤う様に震え、鋭く尖った錘状の波が広範囲に隆起する。

 それがアスタリスクを二度捕らえた時、爆発を想起させる轟音を残し、幻体を僅か一つだけ残しその姿を消失させた。

 

 

 




「ふぃー、終わった終わった」


 疲れた様子も見せずにノンビリ歩く其の姿に、どう声をかけたものかと悩むことになるとは、ボス部屋の前で意気込んでいた私としてはさすがに思っても見なかっただけに。

 

「さっきのあれは……なんていうか、あれでいいの?」


 思ったままの感想を口にした。それに対する返答も何の気負いも無く。


「ん?あぁ、まぁいいんじゃない? いやさ、実際ガチバトル以外認めないって人も居るけどさ。実際赤字だし、時間かかるし、いい事はないんだけどね。今回は仕方なくかな」


「ここ以外でも、こんな倒し方できる場所もあるの?」


「ん?あぁ、結構あるよ? 有名所だと、『迷いの樹海』のボスかな。あそこは早けりゃ五分で終わるし」


「…そう、なんだ」


 それよりとっとと出ようか、という言葉に、「迷いの樹海が……私の苦労が…」と吐き出され続ける呪詛を溜息一つで締めくくり、そうしたほうが精神的にもありがたいと頷きを返すと、ダンジョンボスを倒すと開かれる、入り口へと送る帰還ゲートへ歩き始めた。 







「本日は助けていただきありがとうございました」


 テーブルに広げられた料理を幸せそうに口に運びつつ、気にしなくていいよという言葉を向けられる。

 地価遺跡ゲマニエから出た二人は、信士の近くに街があるからそこに行こうか、という意見を受け、それなら日も暮れる前に移動しようということになり。

 半日も掛からず辿り着いたそこは、小さい、というほどには小さくない、それなりの規模を持つ街だった。

 ゆっくり出来る場所を探そうという意見に、それなら腹ごしらえも兼ねてどこか食堂にでも行こうとなり。


「これとこれが美味しいけどまぁ、好きに頼めばいいよ」


 という信士の言葉にありがとうと頷きつつ、頼んだ料理の到着と共に始められた会話は、料理が減るにつれて本腰を入れ始める。


「んー、ごちそうさまっと。それじゃお互い聞きたいことは山ほどあるだろうけど、まず何から話そうか?」


「そうですね。信士さんはこれまでプレイヤーだった人と出会ったことはありますか?」


「んー…三、四…君、えっとカーリンを入れて五人、かな」


「えっ? そんなに見かけてるんですか?!」


「ん? あぁ、見かけたといのとは少し違うんだけど。俺が今住んでるアパートにさ、俺がそこに住む前から居る人でね。隣に住んでる人にそうだって聞いたんだよ」


 ただ、見かけたかというとそれは無い、と言う。

 隣に住む沙丹さんが言うには、そうであるというだけらしく、其の人達は長く帰ってきていないということらしい。

 聞いた情報だけでいうなら住人は全員九十オーバーであり、純獣人、エルフのハーフ、純悪魔、悪魔のハーフの四人、らしい。

 全員が同じ腕輪を付けているという言葉を聞く限り、その人達がプレイヤーであるというのは信じてもいいだろう。


「それで、カーリンがあそこに居た理由ってのは?」


「そうですね…んと、どこから説明すればいいんだろ。少し長くなってもいいですか?」


 それに信士が頷くのを確認し、話し始める。

 この世界に来て沸き起こった葛藤。その現実に挫けまいと考えた末に辿り着いた思考。

 メインクエストの結末こそが鍵なのでは?

 そうして始めた旅の末、順調に進んでいたそれが、あそこで躓きそうになったということ。


「成程、ね。っても、ゲマニエ攻略が必須のクエってあったっけ?」


「えっと今現在の進み具合ですけど、五章の…ガルエイムの学者の依頼で遺跡調査っていうところで…」


「五章…遺跡…あぁ。あったあった。そうか、いわれて見れば前にも何回かそんな奴と会ったことあるな……Cルートがゲマニエだっけ?」


「そこまで詳しくは…結構知ってるんですね? 私は知人に連れられて行くか、情報サイトと睨めっこでしたので」


 まぁ、と曖昧に浮かべられた笑みは、何となく照れを含ませてはいるものの、苦笑という印象が強い。

 それから表情を一転させ、考えるようにして押し黙る。

 そんな変化に驚きこそしたものの、考えごとの邪魔をするのもあれかな、と声を掛けるのを控えた。


「メインクエストからのアプローチ、か。あぁ、そう言われてみればそれが正解な気もするなぁ」


 そんなつぶやきに、吃驚して顔を上げる。

 あいかわらず変化のない表情のまま、そうなると、とか、あいつは確か、等と呟いている。

 それからふっ、と遠くを見つめるように焦点の定まっていなかった瞳が、漸く現実にピントを合わせたかのよう意思を宿し、それをぼんやりと見ていた私の視線をぶつかると、バツが悪そうに謝ってきた。


「いや、ごめんね。考え事が長くなっちゃった。うん。俺もそれは可能性があると思う。どうして気がつかなかったかなぁ、ほんと…」


 其の言葉に褒められたような気がして嬉しくなったものの、続く言葉に表情が固まる。


「五章の最後は確か…魔王城の視察?…門番の討伐だったっけ?あれソロだと厳しかったはずだけど大丈夫?」


 油の切れたロボットの様にガクガクギギギという動きで浮かんだ表情は、焦る心を全面に出された酷く滑稽な物だったのだろう。

 それを見て苦笑を浮かべられ、自分の考えを先回りするように答えを返された。


「まぁ、手伝うのも吝かじゃないけどね。ただまぁ、他に知り合いが居ればそっちに頼った方が無難かもしれない。連携とかってのは、やっぱある程度慣れも必要だしね」


 魔法主体が二人よりは、という言葉に、あぁ、そう言われてみればという思いが沸く。

 とはいえ。

 知り合いが居れば、という言葉に返答が詰まる。

 それを察しているように


「人が一番多そうな、どっちがいいかな…。まぁハルムーンかミルドサレアか…。普段どっちの街を良く使ってた?」


 大陸中央にある王都であり首都のミルドサレア。

 大陸南にある商業都市 ハルムーン。


 共にプレイヤーが求める施設が数多くあり、活動拠点として有名な場所である。


「おね…師匠が、あ、このゲームの知識とかそういうの教えてくれた人で、その人が良く使ってたのは中央ですね」


「ミルドか。うーん、俺もそっちのが知り合い多かったし、一度足運んでみるかねぇ」


「あの、その、えーとですね…もしよかったらでいいんですけどっ!」


 うん? と疑問気な視線を向けられて、言葉が詰まってしまった。

 そのまま勢いで続けてしまうべきだったと後悔しつつも、なんというかこう改まった空気になると、恥ずかしさが込上げ始める。


「その、一緒に、行きません? というか…ほら! 私エルフだから移動補助の魔法持ってるんです!」


 キョトン、と目をテンにして固まって数秒。勢い余って捲くし立てるように告げられたそれに対処が返ってこない状況に、更なる羞恥が込上げてくる。

 そんな耐え難い空気に響き渡った男の返答は、肯定を示す言葉だった。


「オッケ。一緒に行くか。ミルドで誰もいなきゃまた一人になっちゃうだろうしな。メインクエストも五章越えれば当分は難易度高いのはないし。

 誰も居なかったら、多少きついかもしれないけど、二人で挑戦してみよっか」


 それじゃあ旅装から色々準備をしなきゃということになり、明日の朝に街をでようと話を終わらせ。

 食堂を後にするときに「あ、会計は別で」という言葉に殺意を覚え、それじゃぁ明日、と言って消える背中に、呪詛のありったけを放ちつつ。

 まぁ、確かに「好きに頼んでいい」という言葉に、勝手に期待したのは自分だし、いやでも店員さんも驚いた顔してたし、自分もあんな場面はきっとなんて淡い妄想をしただけで…でもなぁ。

 とぼとぼ歩いて宿を探し、部屋を取ると。

 久しぶりに沢山会話したなぁ、とそんなことを考えていると、襲い来る睡魔に瞼を下ろした。

 





「あれ?リヴィア、髪切ったの?」

「はい、まぁそれほど切ってはいないのですが。よく気がつきましたね」

「え?そりゃ四六時中一緒だし。しかし、ふーむ。前の方が好きっちゃー好きだけど、その位の長さも似合ってるね」

「ありがとうございます。そう言って戴けてうれしく思います」

「そんな大袈裟に言わなくてもいいと思うけどね。うん、雰囲気的にも落ち着いて見えていいと思うよ」

「そうですか、ありがとうございます。

 そういえばサタン様、先日ズー殿より臨時収入が御座いまして。

 今日は私も機嫌がいいので夕食は少しばかり豪華に外で食べませんか?」

「え? そうなの? ズーはあいかわらずいいやつだねぇ。そうだね、偶にはそうしよっか」

「それでは準備を致します」

「それにしても、ズーの奴いつ来たの? 顔だしたんなら俺にも挨拶くらいしてもいいだろうに」

「そうですね。三週間前でしょうか」

「あれっ?! そんな期間ズーから臨時収入あったってこと黙ってたの?!」

「え? はい。まぁ、いいかなって」

「いいかなって……いいかなって……まぁ、いいけどさ」

「それでは参りましょうか」

「あ、ちなみに機嫌が悪いとどーなるの?」

「え? まぁ、そうですね……捥ぐ? いやそれだけだと……ひねる? ……いっそ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうそれ以上考えないで今からそんなこと考えないで」

 

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