06
「破棄、術書解読」
聞いたことのない技能名に、それによりこれから何がと考える間に、行き成り助ける等と言ってきた乱入者の持つ魔術書から光が零れはじめる。
それを見て、これが魔術書技能の一つなのだろうと考えていると、こぼれ始めたその輝きは、明滅を繰り返すようにその色彩を変えていく。
赤から青へ
青から緑へ
塗り替えられる其の色は、六色まで及ぶと、眩い白光を拡げた後に、吸い込まれるような緑色で固定された。
「風かぁ、めんどいなぁ」
ぼそりと呟き、ぽりぽり頭を掻いたかと思うと、すぅっと重心を下げ、踊りかからんと獲物を見据える。
その視線の先、先程まで手も足も出ずにいたそのガーディアンゴーレムは。
未だターゲッティング対象は私のままのようで、気がついてみるともうその攻撃範囲圏内へと踏みまれるというその時に。
「はっ!」
掛け声と共に繰り出されたのはその男の持つ魔術書での直接攻撃。
ベチン、という情けないような気の抜けるような、どこか場違いな程そぐわないその音と光景に、しかしその後の変化に目を見張らざるを得なかった。
でたらめだ、と叫びだしたい考えも。
ありえない、と糾弾するべき声も。
其の光景を前に何もできないでいた。
「破棄、術書解読」
自分が攻撃対象から除外された現状、それでも助けると豪語したからにはまずはその対象をこちらにひきつけることから始めないといけないな、と正攻法を捨て、即効勝負へと戦略を切り替える。
術書解読は魔術書技能の最上位技能開放で使用可能なスキルであり、数冊の魔術書に付随する固有術式の展開が可能となる技能である。
固有術式が付随された魔術書は、信士が知る限りでは十冊。
それぞれにそれぞれ別の効果が内包されてはいるが、その効果を開放するためには魔術書技能の他にも武器研究技能の最上位、魔具研究技能の最上位も取得していなければいけない。
魔術書技能の最上位を取得し、更に武器研究技能の最上位、魔具研究の最上位を修めることができさえすれば、固有術式を展開することができる、というわけである。
そして現在其の手にあるのがそのうちの一つ。
『バスディマ』 術式開放:モディファイ 開放状態で物理攻撃を受けた対象の強制属性転換。
その際、転換属性はランダムで決められる。
六色に煌く其の光が、白光の後、緑で固定される。
赤は火を、青は水を、緑は風を、黄は地を、銀は闇を、金は光を。
「風かぁ、めんどいなぁ」
風属性に対する有効属性は地属性。
一撃の火力がそれほど高くなく、其の上SP消費が高い。
しかし、術書解体は待機時間がべらぼうに長い。
気に入らないからもう一度、というわけにいかないだけに、こればっかりは我慢するしかない。
「はっ!」
準備の完了時、事態は一刻の猶予も残しておらず。
掛け声と共に、属性転換を果たすと同時、ターゲット対象を此方へと誘う。
ベチン、という聞きなれた音と共に、ガーディアンゴーレムの全体が緑の光に包まれる。
それと同時、振り向かれた体は、其の変化を気に掛けるでもなく鉄槌の如き強度を誇るその右腕を振り下ろす。
そんな慣れ親しんだ攻撃パターンを頭の片隅に、その場から距離を離すようにゆっくり後退し、戦場となる位置を移し始める。
「この辺、かな。さて、派手にいきますかね」
魔法無効、という特性を持ったこのガーディアンゴーレムは、魔法耐性が恐ろしく低く設定されている。
物理攻撃耐性はそこらのボスモンスター並に高いので、何の対抗策も無く正攻法で向き合うと、通常はかなり凶悪な部類になるモンスターなのである。
そんな凶悪な相手となるはずであった守護者が、一度、二度と魔法を放つ度にガクン、ガクンと目に見えて動きを鈍らせ始めている。
「破棄、岩槌!」
これで終わりとばかりに繰り出されたそれは、数えて僅か五度目の魔法。
その読みは狙い過たず吸い込まれると、それまで聳えていた巨像の守護者は、其の存在を消滅させていた。
後に残るのは、疲れを見せず、無駄な労力をと言いたげに怪しい魔術書を右手に持つ憮然とした悪魔のハーフの男と、只呆然と其の光景を見ていただけの疲労困憊で立つこともままならないという純エルフの少女の姿だけであった。
「おい、おーい、戻ってこーい。おーい……だめだこりゃ」
ぐらぐらと揺れる頭に意識を戻すと、肩を摑まれ体を揺さぶられていることに気がつく。
何!? と思うと同時、何時の間にそこまで近づかれ、かつ揺さぶられる現在までそれに気がついていなかったということに恥ずかしさが込み上げてくる。
驚いたように飛び上がりかけた自分を見て、やっと気がついたか、と呟くと、少し距離を取って溜息を吐き出していた。
其の光景に少し居心地悪く身動ぎし、チクチクと刺す罪悪感を押さえつけながら先程の光景を思い出す。
「さ、さっきのあれは、一体なんだったの? 魔法、効いてたよね?」
「ん? あぁ、あれはな。うーん、そうだな、どうすっか」
考え込むようなその仕草に、なにか秘儀的な何かなのだろうかと考え至ると、好奇心だけで聞くのはまずかっただろうか? と思えてしまう。
「まぁ、そうだな、あれについて知りたいなら……金貨二枚で手を討とう」
どうだ、と聞きてくるその表情は、若干切羽詰ったようにも見えるものの、どこかしら『俺、楽して儲けたいだけなんだぜ』と囁いている様にも見える。
「それなら、遠慮しておきます。知り合いに武器が好きな人がいますので。といっても、会えるかどうかはわかりませんが…」
面白いほどあからさまに肩を落とした其の男は、武器が好きなという辺りでピクリと肩を震わせ『まさかね…』と呟き、それに続いた言葉に、「あぁ、うん、誰かと会えるかはなぁ」と呟いた。
「まぁ、いいならそれでいいだろ。 どうしてこんなマイナーな場所に来てるんだ?」
それを言うならそちらこそ、と考えたところで、そういえばここは魔術書技能の取得ダンジョンだったっけと思い出し、となれば杖を持つ私がここにいることを不思議に思うほうが自然であると帰結する。
いや、それよりも、と浮かぶ考えは、やはりこの目の前の男もまたこの『天上転華』の世界に捉われたプレイヤーの一人であり、自分と同じ境遇であるということだ。
聞きたいことなど山ほどある。それを思い出してみると、とりあえずここを出て落ち着いた場所に移動したほうがいいのではと思考が移る。
そんな考え込む姿を不思議に思ったのか声を掛けられ、それを告げると納得したように頷いてくれた。
「そうだな。まずはここを出てからか。どーする? ボス倒しとく?」
あっけらかんと告げられた其の言葉には、何の気負いもなく、それこそ「飯でも食ってく?」みたいなノリで告げらたそれに、どう返事するのが正解なのか迷ってしまう。
先程の光景を見て確かに思うところがないではないが、それでもどこか釈然としない気持ちが湧く。
先程の守護者の強さを目の当たりにさせられ、その上さらにボスまでそんな簡単だという風に語られてしまうと、自分がどれ程無力なのかを思い知らされているようで。
それでもやはり、好奇心が勝ったのだろう、しっかりと頷くのを確認したその男は、「んじゃ行こっか」と事も無げに言い放つと、認証台へと歩を進める。
開かれたゲートを確認すると、やはり緊張する。
其の奥に居るのはボスである。幾ら自分が相手をしないとはいえ、やはり怖いものは怖い。
「そんな固くならなくていいんだぜ? 時間は少しかかるけど…見ればそんな緊張が馬鹿らしくなるから」
苦笑と共に向けられた言葉。
それを残してゲートへと消える背中を追って、しかしやはり恐る恐るといった感じで一歩、足を踏み出した。
ここで待つという選択肢もあるが、やはり好奇心には勝てなかった。
そして、思った。
あぁ、私の気苦労など、本当に取るに足らないものだったんだ、と。
「さて、朝飯朝飯」
イタダキマス、の言葉の後、白い湯気の立つパールホワイトの輝きを放つ茶碗によそわれたそれに箸が届く寸前、バターンと玄関が開け放たれる。
「お前が魔王か! 漸く辿りつい…、…なあ、本当に、魔王、だよな?」
これからまさに朝一番の至福を味わう寸前の出来事に、事態について行けなかった思考が、はっと切り替わるように覚醒する。
「くくく、いかにも。我こそが魔王サタンである!」
「…いやな、俺もこんなボロアパートに本当にいるか疑わしかったんだ。それでも、もしかしたら? って一縷の望み? に掛けてきたんだけど…お前が魔王で、いいんだよな?」
「ほう、我を疑うというのか?」
「いやそれ……なにその茶碗一杯のご飯と、おかずが味ノリ2枚? あと水だけって……だめだろう?」
「……言うな」
「俺だってさ、この装備そろえる為に食費切り詰めたりしたけどよ? どんぶり飯と納豆、味噌汁、それに漬物くらいは食ってたぜ?」
「……それで我が羨ましいとでも言うと思ったか?」
「いや、其の顔みただけで言わなくてもわかったから。ほら、泣くなって。無理すん、いやそんな膝から崩れ落ちるとかしてまで耐えなくていいから」
「申し訳ありません、折角尋ねて頂きましたのに」
「え、えぇ!!あ、いや、そんな、でへへ」
「魔王サタン様のライフがグロッキーのようですので、私が代わりを勤めましょう」
「え、いや、そんな、まいっちゃうなぁ、ぐへへ」
「いえいえ…それにしてもあなた様も、よくまぁそんな貧相な装備で魔王討伐とのたまったものですね」
「うへへ…へ?」
「いえ、これまでここに辿り着いた方々なのですが…比べるのも無礼だと思うほどの方々でしたもので」
「え、っとあの、いえ、これでも自分頑張って」
「あぁ、頑張りが足りないといっているのではありません。実際其の顔で…」
「ちょ! え? 顔とか関係ないんじゃっ! 関係あるの?!」
「え、あぁ、いえ…でも、ねぇ? それに顔だけというよりも、顔も含めてもうどこを取っても……」
「何それ! えっ? 俺だめなの? そんな全否定されるほどなの?!」
「はい、それはもうこれ以上ない程に」
「迷いも見せずに全肯定!!!!」
「あぁ、そんなところで蹲らないでください。ゴミ収集車はここまできてくれませんので」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」