05
軽やかな足取りを窺えるタッタッという音に併せて、機嫌の良さを示すような鼻歌が聞こえるそこには、ニンマリとしたほくほく顔の男が一人。
「いやぁ、まさか一匹目で出すかね。これだけでもうここに来た甲斐があったね!」
右手にある紅く煌く宝玉を思わせるそれを、愛おしそうに眺めながら呟く其の声には、喜色がありありと滲み出ている。
当初の目的の最上位は経験地稼ぎ、かつ元手の回収。副次的にプラス収支と言う感じで考えていた。
地下遺跡ゲマニエには、使用者の少ない”魔術書技能”取得ダンジョンである。
其の上レアアイテムと呼べる物が少なく、そのDROP率の低さも相まって、目向きもされない場所の一つであった。
そんな中でこのダンジョンにしかPOPしないモンスターというものも存在し、そのモンスターが低確率でDROPするものが今信士の右手に握られた『霊核』である。
「知力の核の上位! 最上位程のレア度はなく、且つ流通量は稀に見かけることのある物!」
霊核というものは六種類ある。
それが示すのは、基本ステータスである力、俊敏、知力、器用、体力、運の六つ。
特に力、俊敏、知力の三種の霊核は人気の的であり、需要も高ければ値段も高い。
その霊核にも、ステータス上昇値の上昇量に合わせるように、一般、上位、最上位とランクがある。
最上位と呼ばれるものは上昇ステータス+5という効果を持ち、DROPするのも凶悪なボスモンスター限定、其の上DROP率も低確率となっている。
一方上位の物は、高レベルダンジョンのモンスターが低確率でDROPするのである。
一般に至ってはNPC魔具店で普通に買うこともできる。
これで金貨二十五枚は確実、いやひょっとするとさ、三十枚っ!? ゴクリッ
そんなことを考えつつ、ノンビリ歩いていたとき、ちょっとした違和感を覚えた。
ノンビリ、あるけすぎじゃね?
地下遺跡ゲマニエは、モンスター密集地帯が入り口だけではあるが、だからといってこんなにノンビリ歩き続けることができる場所ではなかった。
先程までも、五分と歩かずエンカウントしていたそれらが、十分前後現われていない。
それを訝しがりながらも少し歩調を速めると。
前方から黄色い悲鳴が微かに聞こえた。
それで漸く此れまでの引っかかりが解けた気がした。
入り口の門が開かれていたことも、先程からノンビリ歩けていたことも。全て繋がって見え始めた。
信士はこの先に居るであろうモンスターはどんな奴だったかという思考に切り替えると、即座に駆け出し始めた。
「何でっ!何で効かないの! 嫌っ! コッチ来ないでよ!」
のそりと浮遊しながら迫り来る四メートル程もありそうな巨体を持つ『ガーディアンゴーレム』を前に、重い足を引き摺りながらそれでも懸命に抵抗を繰り返した。
こんなところで躓けないんだ、と。
この世界に来て変わった、変わってしまったことの一つに、ダメージを受けてもそれほどの痛みが無いというのを知った。
軽い痛みこそ発生するものの、怪我をしたと、骨折したということはない。
ダメージを受け続ければ体が重くなるだけで。
HPと比例するように、ダメージを受け続ければ受け続けるだけ体の各所に重さが増し、HP表示で2割辺りに差し掛かると、もう足を引き摺るほどに体は自由に動かなくなってしまう。
目の前のガーディアンゴーレムの後方には、明らかにダンジョンボスの部屋と見られるゲートがある。
そのゲート脇にある認証台をチラリと見つめると、ここまで来て引き返したくないという考えが過ぎる。
”あと少し! ボスさえ倒せば終わるんだ”
そんなことを考えるも、そのゲートを守護するかの如く立ち塞がる目の前のそれに成す術も無い状態。
こんな訳のわからない世界に囚われ、恐怖と混乱に苛まれ、それでもなんとか乗り越えられたのはまったく知らない世界ではなかったからかもしれない。
自分は無力な訳でもなく、其の上この世界を知っていた。
友人の一人に誘われて始めたそれは、気がついたらそこが、其処こそが本当の自分の居場所であるかのように思えた。
だが、其の考えは、この状況になってみて全く違ったというのを思い知らせた。
こんな世界に来たくなど無い、と。元の世界に返してくれ、と。
失って始めて知った自身の心に、しかし心のどこかでこんな世界に来たかったという思いもまた存在していた。
だから、耐えられた。
そして、考えた。戻るためにどうすればいいのか。
しかし、考えたところで答えが見つかるはずもなく。
諦めきれない思いで色々見て探せば、きっとどこかにヒントなり何かはあるのでは? と思った。
奮い立たせた心に、旅をするためには必要だと思うものを集め、そう考える事ですこし、ほんの少しだけ軽くなった心で街を駆けずり回った。
旅に出ようと考え、此れで大丈夫かと不安になりつつさて次は、と考えたとき。
まずは何処に行くべきか、という問いに悩み始める。
一番無難であるのは、西にある学術都市 ガルエイム、かなと考えた。ひょっとしたら何かしか文献なりが見つかるのでは? と。
そういえば、中途にしていたメインクエストも、確かそこでの依頼で止まってたんだっけ。
と、思い出す。
そして。
メインクエスト、という単語に、どこかしか期待が灯った。
『天上転華』において、その膨大なストーリーを紡ぐメインクエストは、真剣に取り組むものなど一人もいなかった。
あっちにいってはこっちに、こっちにいったらあちらへと、先の見えないストーリー量に、其の結末の向かう先を知るものは何処にもおらず。
自由度の高いこの世界は、ゲーム自体余り馴染みの無い自分には、只歩き回っていただけで楽しいという気持ちのほかに、この世界で自分は何をしよう? ということを考えさせられる。
それならばと勧められたのがメインクエスト。
成長に合わせるように低レベル帯のダンジョンから始まるクエストに、この世界の情勢、成り立ち、それを見聞きし、其の行き着く先に何があるのかを自身の目で見届ける、という概要を教えて貰い、それだっ!とばかりに嬉々として取り組み始めた。
そこに一縷の望みがあるのでは、と行動を開始すべく動きだした。
そしてやや苦労こそしたものの、一人でもなんとかなるじゃないか、とそんなことを考えていたのがどこか懐かしく。
退くべきだ、とは頭では解っている。しかし、早く先へ! という思いがそれをさせない。
泣きそうな顔になりながらも、動けない足を叱咤し、この状況の攻略の糸口を懸命に探る。
が、追い詰められ、気持ちだけは逸り、冷静になれないこの状況で、そんなものがすぐに見つかるはずもない。そんなものがあればこんな状況になどなってないのだから。
無駄な足掻きと知りつつも、このまま何もせずやられるのだけは我慢できないと身構えたその時に。
「大丈夫かっ!?」
と、大音声の叫び声に振り向くと。
此方に向けて駆けつけるその姿に、この状況だからだろうか、どこか英雄の勇姿を幻視させ。
気が緩み、倒れこみそうに震える足に気合を入れて、決してみっとも無い姿は晒すまいと。
其の人物がもうすぐ側という時、救援と感謝を告げようと口を開こうと視線を合わせる。
と。
「純…エルフ…だと? 貴様……ネカマだろ?」
ビキッと青筋が浮かぶほどの怒りと、抑えようの無い殺意を抱き、ミシリと音を伴わせ周囲の空間が歪みそうな程に右手を握り締める。
それに何かを感じたか、その男性は少し腰を引き、更には口元すらも引きつらせ
「ま、まあ今はどうでもいいことだなうん。そ、それより助けたほうがいいのか? かしら?」
そんなことをやや口早にいいつつ、戦闘の準備を始めていた。
ごそごそと取り出されたそれは、どう見ても魔術書。
助ける等と言い出した割に、何もわかってなさそうなその男に侮蔑の視線を向けつつ声を発す。
「助けるとか言っておいて、あいつがどんな奴か知ってるの? いい、魔法が全く効かないの! 全くよ、ま っ た く! じゃなきゃ私だってなんとかなったわよ!」
そんな私のキーキー声に、驚いた顔を向けつつも、「まぁ、知ってるけど」とぼそぼそ呟き、休んでていいよ、と言葉を残して歩き出す。
知っている、という言葉を言うわりに右手のそれをこれから使おうとする様は、明らかに違和感しか覚えない。
魔術書とは、魔具併用武器であり、その効果も魔法攻撃力補助効果が高いという代物。
それに物理攻撃力が全く伴わない訳ではないのだが、この世界には、同種の効果を求め、且つ物理攻撃力もそれなりにある武器が存在するのだ。
杖がそうであり、だからこそ主流はそちらになっている。
そんな存在の影に隠れる魔術書は、はっきりいって使用者は絶滅種扱い。
知人に変り種が一人いたからこそ目にするのは初めてではないが、それでも戦闘で使用するという人物はこれまでみたこともなかった。
だからだろうか。
自分がどこか、この戦闘が先程までの自分の二の舞で終わるのではなく、ひょっとしたらなどと考えるのは。
ふと何かが聞こえ、意識を前方に戻すと、先程の男の腕輪に魔法の使用を示す、黄色に輝く二つの円環が、誇らしげにゆっくりと回り始めていた。
「サタン様。仕事をしてください」
「してるから。此れでも一生懸命してるから」
「いいえ、無為な時間が多すぎます。もっと魔王討伐を目指す若者を増やしてください」
「いいじゃんこのくらいで。それにここに乗り込んでくる奴らの顔見てるだろ?あの
『え? 本当にここが? 何かの間違いじゃね?』みたいな顔とか。
『うっわこの部屋貧乏くせぇ…魔王ってどんだけ』みたいな哀れんだ表情とかさ」
「サタン様。それは仕方が無いではないですか。分相応という言葉もございます」
「…いや。いやいやいや! それをいうなら魔王と言う名前にこの部屋こそ似合わんだろう?」
「確かにそうです。それゆえに魔王城がございます。あれは素晴らしい。
見た目にも映え、其の存在感ですら誇らしい。正に王の威厳といいましょうか」
「そうそう。王がいるべき場所はまさにあそこだと思うだろう?」
「えぇ、あそこはまさに王の居城。決してゴミ捨て場ではありません」
「うんう…うん? ゴミ捨て場? あの、リヴィアさん。つかぬことをお尋ねしますが、えー、どうしてゴミ捨て場などという単語がでてくるのでしょうか?」
「…サタン様、外をご覧ください。今日はいい天気ですね」
「ちょっ、あの、リヴィアさん? 如何してそんなカワイそうな者を見るような眼でこちらを眺め、かつ強引に話題を切り替えたんですか?」
「大丈夫です、サタン様。私だけはあなた様を捨てませんから」
「いやいやい……ん? え? それってどういうこと! 俺捨てられてんの?!」
「そうですね。木曜日に捨てられていました」
「なにその若干具体的な言い方! え? ちょっと待て、あの、ゴミ収集日の、木曜日…木曜は……ゴクリッ。
あの、リヴィアさん。木曜日って生ゴミの日って書いてますけど…あの…え?」
「サタン様。大丈夫です。私は生ゴミは捨てずに埋めるようにしていますから」
「大丈夫な要素がどこにもNEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!」