04
地下遺跡ゲマニエに辿り着いた信士は、その門が開かれているのを確認し、おや?と首を傾げる。
入場制限のあるダンジョンには、其の入場に必要なキーを認証させるために鎮座する彫像が据えられている。
その彫像の姿形はその場所場所で様々な姿を取るが、認証方法は同一である。
腕輪を翳す。
それにキーが埋め込まれていれば、それに呼応するようにキーが流れる。
それが詩の韻律を奏でるように流れ、一節ほどその音が奏でられると、ようやくその門が開かれる。
である筈なのだが。
これはどういうことだろうか、と考える。
この不可解な現象(気がついたらここは『天上転華』と思われる世界!?)に巻き込まれて既に一月。
背に腹は変えられず、半狂乱といえるほど客観的にあれな感じで理性もなにも脳内ダンボール箱の奥に押し込み、それまでモニター越しでしか繰り返したことの無いモンスター狩りに手を染めた。
そして思考が漸く落ち着いてきた頃。
ならばどこまでこの世界は『天上転華』と同じなのだろうか、とそこに興味が移り始める。
記憶を頼りに街の名前や其処からどちらの方位へ行けば何があるかを思い浮かべ、実際に足を運びながらに簡素な地図を作成し。
実際に自分の体を動かして歩き、眺め、食べ、寝て、戦い、逃げ惑い、話かけ、話しかけられ。
考えれば考えるほど、体験してみれば体験してみた程、この現状に謎が深まるばかりではあるが、それでも今ではひとつの可能性に掛けて頑張ろうと思っていた。
その為にはまずレベルを上げること、と其の為の拠点を確保する為に歩き回って数日。
そこで奇妙な出会いを果たし、現在腰を据えている此れ池荘を紹介して貰った。
拠点を確保できた後は、近場のダンジョンをその脚でどれ程の距離になるかを探り、難易度の低そうな場所であろうとも、腕鳴らしとばかりに脚を踏み入れ、そして今後お世話になるべき場所を探すためにまたその足を周囲の探索へと向ける。
その時見つけたそれを見たとき、懐かしさを覚えたと同時、辿り着けたという考えが浮かんでも来ていた。
地下遺跡ゲマニエ。
一目でそれと言い当てることができるほどに通い慣れたそこには、まるでその門を守護する彫像の姿が只の女性像ではなく、女神像にすら見えるほどに神々しく見えたほどだった。
その閉ざされた門を確認すると、次に来るときにはその門を開けるようにして見せることを胸に誓い、再訪の言葉をつぶやいてその場を後にした。
「うーん…認証確認も普通に出来るんだな。どうなってんだこれ?」
翳された腕輪から流れる韻律に首をかしげ、それでも『だからといって何時までもこうしていても』ということを思い出す。最低限金貨二枚分は確保しねぇとなぁ等考えつつ、いざ戦場へと気合を入れ、その一歩を力強く踏み出した。
ダンジョン特有の不可視の膜を越えた感覚を受けた後、目に映る光景は夥しい数のモンスター。
それらすべての注意が異物を認識するように自身へと向けられるのを感じ、漸く慣れ始めたその感覚に気持ちを高ぶらせながら、それを戦意へと変換するや先手必勝とばかりに動き始める。
「破棄、広域、烈風迅!」
右腕を前へと翳し、スキルワードを唱える。
それを合図に腕輪の周囲に黄色の円環が仄光る。直径十センチ程度のその円環は緩やかに回転を始め、言葉を紡ぐ度に一つ、二つ、三つとその数を増やす。
その言葉が切れると同時、ザワリと周囲の空間が歪み、何かを形作る気配を見せた次には、それが捕らえられた気配へ向けて疾る。
ゲームという物は、バランスを調整されているものが多い。
魔法の属性にしろ、遠距離、近距離の火力にしろ、その度合いは様々ではあるが。
地下遺跡ゲマニエに存在するモンスターの大半が水属性かまたは地属性。
それも水属性が七割と、偏っているといってもいい。
相克属性という概念があるこの世界では、水属性に在るモンスターに風属性での攻撃は、通常よりも遥かに優位に戦闘を進められる。
その風属性も上位、最上位と高技能になれば成程倍率単位で火力を上げる。それに伴って消費SPも増加するわけであるが。
今使用された『烈風迅』は、風属性魔法に分類され、ダメージはやや小さいもののノックバック効果を有するために、近距離戦闘の苦手な魔法戦主体のプレイヤーには重宝されているものである。
「破棄、広域、迅雷!」
紫電が疾り、補足された目標を貫く。
その魔法技能の他に、魔法融合技能というものがある。
それが信士の使っている詠唱破棄、広域化という物である。
スキルワードを唱えるだけで即座に魔法を発動させるそれにも、デメリットは存在する。
この世界もまたレベル制であるため、体力はHPという数値であらわされ、また魔法を含む技能の使用には精神力と呼ばれるSPが消費される。
広域化、詠唱破棄の両技能共に、そのデメリットはSP消費の増加。
それはスキル固有の消費数値に対してパーセンテージでの乗算となり、そこに掛かる負担は軽視できない。
数を相手に立ち回る場合、単体と向き合う場合で切り替えることも出来るのだが、それはあくまでゲームとして楽しんでいた時のやり方でしかない、というのが現状。
モニターで見ていた時のように、詠唱中を表すシークバーが表示されることはない。
詠唱文という物を知らない為、現状では”魔法の使用=詠唱破棄が必須”となっていた。
そして、風属性魔法の上位に存在する雷系とよばれるこれには、バッドステータスに感電という付属効果を低確率で発生させもする。
感電状態になると、数秒攻撃不可状態、移動速度減少と、それで得られる恩恵は高い。
それ故に、消費SP量もまたそれに見合うだけの量を持っていくのが痛いところではあるが。
「破棄、広域、迅雷!」
三度の広域上位風魔法により、一息つけるだけに気配を消したその場所に、次の一手を打つべくその歩を進める。
先の魔法で消え去ったのは、水属性のモンスターのみ。
後に残る気配は少ないが、それでも無傷の物は居ない。
のっそりと現われてくるのはマジックゴーレムと呼ばれる土人形。
その数も、歩を進める毎に見え始める影は増し、三体、五体、六体と視界に増え始める。
その奥にもまた別の気配が感じられ、ここでもたつくことはできないと告げている。
「破棄、広域、炎竜!」
渦巻く火柱が息吹を得た如く宙を舞い、その暴威の姿で目標を飲み込み始める。
土人形、とも呼ばれるゴーレムではあるが、その性質は地属性だけではない。
無属性という物も存在し、魔法による属性相克が発生しない。
そのため全属性を修めていようと、それだけで全ての敵に優位に立てるという訳ではない、というように調整されているわけである。
無属性のモンスター相手に魔法戦で挑む場合、求められるのは単純な火力と消費SPとの相談。
その他、魔法の発動後には、待機時間というものも課せられる。
同属性魔法の効果が発現中は、その使用ができない、という物。
瞬間で効果を齎し消滅する風属性に対し、地属性はその効果時間が長い。
火属性と水属性はその中間という具合である。
火力の高低であれば、火属性と地属性が高く、水属性と風属性はそれに劣る。
そしてSP消費度合いとしては、地>火>風>水という傾向にある。
地属性のSP消費度合いが高いのには理由があり、地属性魔法のほぼ全てが広域魔法である、という理由である。
「破棄、地葬!」
地が嗤う様に震え、そこから鋭く尖った錘状の波が広範囲に隆起して踊る。
「破棄、広域、炎竜!」
それに進行を止められたマジックゴーレムに更なる暴威が襲い掛かる。
その炎の尾が消えたときには、そこにあった影はひとつ残らず消えていた。
ふぅ、と一息。出だしは好調、と意気込みうなずくと、周囲をきょろりと眺めながら、そこに残された売るためのDROP品(金貨二枚の素)をいやらしい笑みを浮かべながら拾い始めた。
「そういえばふと疑問に思ってたんだけどさぁ」
「なんでしょうか?」
「リヴィアって幹部っていうか、魔王軍の主力なわけでしょ?」
「はぁ、まぁ。魔族五天王の一角ですから」
「え、なにその微妙な俗称。あと一人削ってどうにかしたほうがいいんじゃないの?」
「……それもそうですね。では、長い間お世話になりました」
「いやいやいや! ちょっと、待って! お願い見捨てないで! せめて他の誰か削って!」
「……チッ……そうですね、他となると…モドは野放しに出来ませんし、ズー殿も希少なお方。アム様は魔王城の城主ですし、デスちゃんも手放すには惜しい―――」
「ちょっと待ってちょっと待って。今一人なんか聞き違いかな? おかしいの居たよね?」
「え? 目の前に?」
「いやいやいや! 無いから! 俺可笑しく無いから!そうじゃなくてね。え? 何? 魔王城って今アムが管理してんの?」
「管理というか、まぁそうですが。サタン様が消えてから暫くの間に城主名義はアム様の手に堕ちましたけど」
「がぁああぁぁぁぁぁぁぁ! あんちくしょおぉぉぉぉ!!!!あそこは! 元々! 俺のもんだろうが!」
「いいじゃないですかここで。似合ってますよ、恐ろしい程に」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」