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折り返し折り返し。書き溜め分放出終了。
これにて漸くハルムーンに突入できそうです。
それでは次話投稿まで暫し時間を貰います。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
魔王城を発ち、一路学術都市ガルエイムへと足を向けた信士達一行は、街の無事を祈りつつなるべく早く辿り着こうという思いからか五日目にはその道程を踏破していた。
辿り着いて始めて間近で見るその光景は特に違和を感じず、それでも一応は警戒をという感じでそろりそろりと足を踏み入れる。
「ゲームん時は特に雰囲気をどうとか思わなかったけど……こうして見ると、陰気な街だな」
生活感はあるものの通りに活気はなく、ただ必要と思われる店が数軒と人が居ることを示す家が其処彼処に見られるものの。
それ以外はといえば、怪しげな煙を上げる施設と思われる建物や研究所が雑多に並び、大図書館と呼ばれる中央塔が街の中心地にその異相を聳えさせている。
その中央塔に眼を向ければ、時折明かり取りの開口部から紫色の光を迸らせ、異様な街の陰気さにより一層拍車をかけている。
「まぁ、そんなことどうでもいいじゃないか。街が無事だった、それだけで十分だろう」
すたすたと先頭を歩くリーの後に続きながら、そりゃそうだと一人ごちる。
向かう先は街の片隅という言葉が似合う日当たりの悪い一角にある、やや大きな建物。
『ミルディネオ王国 国家研究施設』
という文字が門に彫られ、中からは忙しなく走り回る音や微かながらに話し声さえも聞こえてきていた。
門扉側には地下遺跡ゲマニエにて見かけた認証台のようなものが見え、それにリーが歩み寄り腕輪をかざすと、閉ざされていた門扉がゆっくりと開いていくのが眼に映った。
「ゲーム時代とは、こういう所も変わってんだな。てか良くこんなシステムだってわかったな」
「ん? あぁ、そうだね。ミルドでオークションの参加方法が同じ感じでの認証だったんだよ」
登録時は違うのかい? と言われ、そういえば物品登録時そんなことがあったっけか? と記憶を漁って見ると、成程と思いつつもそれから終了までの二日間の出来事を思い出し、信士は懐かしくもその結末に頬が緩むのを感じた。
そして、ふとその時のことを思い出していた刹那、何かが気になりそれが何であったか? という思考に意識が沈んで行く。
そんな信士の変化に気づかず、先へと進むリーとカーリンを他所に、ウサミは信士に声を掛けようかと迷うように視線を左右させ、結局その場に留まることを選んだ。
どれ位の時間そうしていたのか、漸く信士が顔を上げると、そこには誰の姿も見えず、とそんな信士の動き出した姿にウサミが躊躇いがちに声を発した。
「考えごとをしてたみたいだけど、何が気になってたの?」
其の声の出所を探すようにひょいと体ごと振り向けると、複雑そうな顔をしたウサミが居た。
最近考えることといえば、あまり楽しい物では無い以上、そっちの心配事が増えたのかと思ったのだろう。
「いや、オークションで…ってウサミはわかんないよな。うーん…先刻の認証あっただろ? オークションの時にさ、入札者の名前表示がキャラクター名だったんだよ。あーなんていえばいいかな…」
腕輪で見れるステータス表示、そこに浮かぶプレイヤー名は元の世界の本名に変わってるだろ? という信士の問いに、表情を変えることなくウサミはコクリと頷く。
それから入札者の表示にあったのは、『REPOBITANN』だったということ伝える。
認証台での認証であるのに、その腕輪が表示するプレイヤー名は、この世界の住人になった時から現実のそれへと変わっているのに。
信士の言いたいことが解ったのか、ウサミもまた考え込むように静かになる。
そこにある、矛盾ともいうべき欠落した何かを探るように。
何かがあるのか、何かがあるようで何もないのか。
二人は互いに腕輪に触れ、自身のステータス表記を示す縦長の長方形で形作られたそれを呼び出し、それが相手にも同じように見えるのか等確認したりと、考えられること、確認できること、そこからこれまで知らなかったことを貪欲に探り始める。
「こっちからみても…徳間 信士と表記されてるね。ステータス数値は見れないけど、レベルとか種族とかその辺は見れる。でも、この名前の下の空白はやっぱり気になるよね」
「うーん、つってもここはあれだろ? ゲームん時は所属パーティー名が入るとこだし……今パーティーとかどーなるんだろうな。組めるのか?」
「組めるからのスペース、だと思うけど……そういえば、カーリンの友達が固定でパーティーがどうこう言ってたけど、どうなんだろう? あぁ、でも一応リーダー的な人が居る程度とかいってたっけ?」
確認作業は淡々と進むが、やはりこれといって状況を好転させるほどの考えは何も浮かばず。
しかし、気になるのは確かなだけに、何か見つかるのではないかという思いが手を止め思考を止める事を許さない。
そんな考え事をしたまま自身のステータス画面を見ていた信士は、その画面へと伸ばされた手に、何を? と思ったものの、それに口を挟まずに眺め続けた。
そして、変化が起きた。
「……、この文字が見えるか? ウサミ」
「……登録、招待、トレード、拒絶……これって、あれだよね、ゲーム時代の……」
ゲーム時代、相手キャラクターの名前にカーソルを合わせ右クリックした時に表示されるウィンドウ。
フレンド登録、パーティー招待、アイテムトレード、チャット拒絶
とりあえず登録を選んでみようと話し合い、その文字へと指を伸ばしたウサミは、その後に表示された『すでに登録済みです』という文字に、どちらともなくまた考えこみ始める。
それを確認する術はあるのか? それからメッセージのやりとりなどができるのか。
食い入るように見逃した点は無いかと自身のステータス画面を眺め、また自身のステータス画面に触れたりとしてみたものの、相変わらず変化は何も起きない。
「ついて来てないと思ったら、ずっとここに居たの……何か深刻な顔をしているようだが、何かあったのかい?」
建物の中から現れたリーとカーリンの姿を認め、ウサミが信士へ視線を送ると、これを見てくれと先程見つけた変化をリーへと示した。
その文字を見たリーは、一瞬驚きの表情を見せた後、考え込むように見続けた後、登録という文字へ指を滑らせる。
再び現れた同じ文章を見、それからどのようにその画面を出したのかと問う。
それに頷き、再び現れたその画面に、今度は招待という文字へ指を運ぶ。
『REPOBITANN 様から パーティーへの招待を受諾しますか? YES/NO』
それに信士がYESへと指を運ぶと、今まで在った名前の下の空白に『PT:REPOBITANN』という文字が追加された。
「いやはや…よくみつけたね。しかしこれは、今後を考えた上では大進歩だろう」
それにしても随分と嫌なシステムだねぇ、これは、と続けられた言葉に、何がと考えた後にその意味に気が付いた。
本名、レベルを他人に教えることが前提条件。
其の上でここまで辿り着けて、漸くPT活動ができるというもの。
嫌な、という意味に気が付くが、それでもパーティーを組めるというのには、この状況ではメリットが大きい。
現実世界であったなら、自分の名前を相手へ告げるのは別段違和感はないだろう。
だが……ゲーム世界となると、そこにこれまでの躊躇いがでるのが当たり前のように思う。
そのキャラクターを操るのが誰か分からない。だからこそそこでは違う自分になれる。
例え隣にいる人物がリアルで自分の親友だとしても、それを知らなければその世界だけでは別人として付き合える。
そう、例えばゲーム世界でキャラクターの性別を入れ替えたとしても。
このシステムでパーティーを組むということは、そこに一度眼を通させることになるということなのだ。
追加されたその文字列に、信士は早速指を滑らせる。
『PT:REPOBITANN』という文字に触れたと同時、新たに現れた画面には
PT名 REPOBITANN
PTリーダー名 REPOBITANN/97 学術都市 ガルエイム
PTメンバー名 山田 信士/95 学術都市 ガルエイム
という三行の文字。
これを見て救いがあるとするならば、パーティーリーダーだけが招待するときにその人の本名を見るだけで、PT加入後にメンバーが見ることが出来るのはゲーム時代に名付けたプレイヤー名である、ということだろうか。
現在ここに居るウサミもカーリンも、それを告げたところで特に抵抗するでもなく。
登録を済ませて行数を増やしたメンバー名を見、それに全員が期待をこめて大きく頷きあった。
「トレードは、この画面を出さずに行えていたし…フレンド登録は、どうなのだろう? 意味をなさないように思うが……なんにしても、PTメンバーの位置把握が出来るのは大きいね……そうか、それならば…」
考え込むように、記憶を漁るように首を傾げ顔を下向けたリーの姿に、何をとは思うものの誰も口を開かず続く言葉を待っていると。
再び上向けられた顔には、決断を強いるような真面目な表情を載せていて、それがこれからの行動への何かしらの考えであるのかと、残る三人も静かに耳を傾けた。
「提案がある。ここで二手に別れよう。私とカーリンで七章終了までメインクエストを進める。其の間に信士とウサミッチには十一章を終わらせておいて欲しい」
掲示された提案とは、八章開始までの別行動。
まず、と続けられた言葉は六章の内容。移動、ダンジョン踏破の数、それから研究素材の収集などとそれだけを聞くならば人手が多いほうがとは思うものの、それに対して十一章はと次いで出された街の名に、あぁそれは同時進行するのは厳しいな、と納得させられる言葉が続く。
「六章は確かにガルエイム周辺でのクエストが多い。五章終了時のメッセージ、『魔王不在』という言葉の真偽、それから周辺の調査がメインになるからね。活動範囲が南西寄りの範囲でのクエストが多い。
それに対し十一章は開始から北のザングルムへという物だからね」
だからこそ、というリーの言葉に、それでも疑問は残るという難しい表情を浮かべたウサミが、それを口にする。
「十一章を急ぐ必要が、その、あるのかどうか」
カーリンが十章終わったら同時進行、というのでは駄目なのか? 無理をして自分達のクエストを急ぐ必要は無いのでは? という、寧ろ其の方がいいと思えるというより、それが当然であるような気がする。分かれて行動するよりも、一緒にいた方が安全なのは言うまでも無いし、安心も出来るだろう。
「いや、私も最初はそう考えていたのだがね……。保険を掛けておきたい、ということかな」
保険、という言葉に漸くその意味を悟り、悟ったからこそに呆れたような表情が浮かび、それを考え付いた人物に愚痴を零す。
「何とも過激な保険だな。こんな手札まで持つことになるとはね」
「無いよりはましだろう。何もなければ使わなければいい、だから保険だ」
「四人で街相手か……絶対使うと思うけどな……何と言うか、逆に俺たちが悪者扱いされそうだな……」
「そこについても対処している。何、相手が相手だ、あまり気にすることは無い」
それはどんな、と聞き返す愚は冒さない。
対処しているというその内容が解ってしまっただけに。
あの時、別れ際に何やら二人きりでひそひそと隠れるように話し合って居たのを見てしまっただけに。
それが本当だとしたら、嬉々と駆けつけ楽しむのだろう。
あの嫌な笑顔を浮かべながら。
成らば残る問題はと、自然カーリンに視線が集まる。
それの意味するものを悟ったかのように、気負いも見せずぶれることなく、芯の通った意思を示すようにゆっくり頷きその意見に肯定を示すと、顔に微笑みを浮かべていた。
何も問題はないのだと。心配することなど無いのだと。
よろしくお願いしますと明るい声でリーへと告げるその姿に、親しげな空気が感じられ、何時の間にそんなとは思ったものの、それは何も自分だけではなくウサミもまたそれに戸惑いを覚えるような顔をしていた。
「時間としては……こちらの方が掛かるだろうが、此方への協力は必要ないだろう。
信士達は十一章が終わったら暫くは二人で好きに動いて貰って構わない。技能なり装備なり、自由にしてていい。こちらも出来るだけ急ぎはするがね」
「しかし、そうなると合流はどうするんだ? エスプリで待ってた方が無難だろ?」
「PT名を変更できないか試してみる。それでこちらの進行状況を伝えることができるかどうか次第かな。
そうだね、二週間。其の間に変更が見られなければそっちがクエスト終わり次第エスプリで待機、という方向で行こう。これなら確実に合流はできそうだしね」
妥当な考えだろう、という言葉にそれならば問題はないだろうかと頷く。
この男はこれでいて相手にしたくないと思うような嫌らしい戦闘スタイルであり、その強さもまた側に居るだけで安心できるくらいに頼もしい。
「決まりだね。ならばここで別れよう。次に会うのは何時になるか。その時まで精進したまえ」
「そっちも急げよ。あと二ヶ月もすれば『魔王討伐』のイベントだろ? 俺あれにも行きてぇし」
「あぁ……本当になんというか。こんな世界になってもそこに興味を持つとはね……信士は相変わらずというか。とは言え、まだ二ヶ月は先だろう。其の前には、この問題を終わらせようじゃないか」
十一章の開始は中央塔の三階からだという言葉を受け、ウサミを促しその場に背を向ける。
一時の別離。
背後から聞こえるカーリンの声に、大きく振られるその腕に、あんな調子で本当にこの先大丈夫なのかという不安が込上げる。
「佳織は、相変わらずだねぇ。まぁ、あんな話を聞いた後でも、あれだけ元気なら大丈夫なのかな」
「リーも一緒だから大事にはならないとは思うが……とりあえずは俺らの方だな。聞いた感じそんなに面倒なダンジョンは無いし、終わった後どうするかだな。ウサミは何かあるか?」
「そうだね……やっぱり、カタールとその技能は欲しくなったね」
「あぁ、あのティラミスが言ってた奴か……この世界だとあれは対人を考慮すると化けるよな」
「『攻撃速度増加』、『直線加速』、『後背強襲』。技能だけでもこれだけは最低は欲しいね。
それと、最上位に位置するカタール……」
特殊武器であるカタールの技能は、ほぼ全てが装備時SP上限の二割減少という異質な物。
取捨選択を取得時から迫られ、それを気にせず五つも取得するとSP0という状況に陥る。
しかし、それに見合うだけの効果を得られるのも事実であるが。
「上位じゃ火力が低すぎるのが悩みどころだよね……最上位は全三種。
『断罪の執行者』『闇夜の暗殺者』『The death call』
そのどれもが、入手難易度の高さというか、討伐ボスの強さと言うか」
この武器はあの有名なダンジョンのボスを、次にこの武器はあの時のダンジョンの、と。
聞きたくない名前のオンパレードでは有ったものの、倒したことのある名前ばかりがウサミの口から告げられ、やっぱり楽な相手はいないのかとげんなりしつつ。
そんな会話をしている間に、三階はもう目前という所まで辿り着いており。
「まぁ……終わったらカタール入手にでも行くか。手に入れることが出来たら技能取得の為にダンジョン巡りの旅って感じで」
「信士は、何か、というか行きたい場所とかは無いの?」
「俺は、レベルあげれりゃどこでもいいよ。もう少しで上がりそうだし。だから、ウサミのカタール入手に付き合うよ」
十一章の開始を告げる、未確認紋章の研究依頼が北から告げられた為にその確認に向かってくれないかという話を聞く。
先ずはこれを終わらせてから、と中央塔を後にすると二人は足を北へと向ける。
その足が南へと向けられるのは、何時になるのだろうか。
南にありて最大の街、商業都市 ハルムーン
暴虐と怨嗟の渦巻くその街は、自分達が足を踏み入れるとき、どの様に歓迎してくれるのだろうか。
わからないことは考えず、出来ることに眼を向けよう。
先ずは北へ
今はただ、それだけを。
「ゲラゲラゲラ。『うわぁぁん! あ、見られて、あっ声も!』って! どんだけ笑かすんだよ!」
「ねぇ、なんで居んの? アムおじさん」
「フフフ 『えっ! お、お帰りリヴィ、ア?』 どれだけ必死なんですかこの顔」
「ねぇ、なんで居んの? ズー先生」
「『まだ居たのかよお前、もう帰れよ!』あぁ、この後のこのお顔。そそりますね」
「もう本当勘弁してくださいリヴィアさん」
「………」
「初登場だし何か話そうよデスちゃん」
「いやはや、愉快なものを拝見できると誘われてみれば、これはこれは中々に。『そりゃもうほんとこんなもんなんすよえぇ。こんなもんっすよ』ってブフフゥ! 自分でこんなもんって!」
「ねぇ何で普通にこの中に混ざっちゃってんですかティラミスさん。明らかに場違いでしょ?」
「いや何、自宅待機を申し付かった身で暇を持て余していた折、そちらのズー先生なる御仁にお招きいただき」
「もうホントズー先生何してんだよ! ていうかアムおじさんも城の方どうしたんだよ! お前管理してんじゃなかったのかよ!」
「あ? あぁ、城? いやよー、余りに暇なんでな。そこらに居る奴呼びまくって広間カオスにしてきたから大丈夫だろ? あそこ越えてくる奴いたら逆にあの城くれてやりたくなるわ」
「おまっ……そーいえばモドは居ないけど、まだ暴れてるの?」
「何処かのガーディアンが強いという噂を耳にしてまた消えたという話がありますね」
「また勝手にそんなことを……誰だよもうそんな噂流したの……」
「あ? こいつに決まってんだろ?」「ズー殿です」「………」「え? 私なにかやっちゃった?」
「やっちゃったじゃねぇよ!!! あいつ暴れた後奔走するの僕なんだよ! どうしてくれんだよ!
いやティラミスさん? そんな嬉しそうにどこ行こうと? 自宅待機じゃなかったの? 『いやなにこれは別問題で』じゃなくてね? 全く同じ問題というかだから立ち上がらなくていいから、まだこれ見てていいから! これ以上問題増やさないでよ本当にもう!!!」