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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
24/25

09


「気が付いたかい?」


 開かれた瞼に光が差し込み、その光の強さに再び瞼が下りる寸前。

 光が翳り、現れた天井の存在にゆっくりと眼を開き始める。

 覗きこむように視界に広がり始めた顔は、先程聞こえた声の主が誰であるのかはっきりと認識させる。


「……寝ちゃってたか。すまん、どれくらい寝てた?」


 安心したような表情から、呆れたようなそれに変わる顔に、自分が現在どんな状況なのか、記憶を辿り思い浮かべる。

 感じる疲れ、微かに残る頭痛、胸に渦巻く嫌悪感。

 あぁ、そうか。

 ティラミスと試合をして、疲れたままに体を横たえ、それから……そうか、 あの夢(記憶)を見て。

 空を見上げるとそこには青空が広がり、それほど時間は経過していないように感じる。


「まぁ……二十分から三十分がいいところだろうか、ね。しかしそれほど疲れたのかい? 確かにあれを見たらそれも不思議には思わないけど」


 あれ、と言われて思い出す光景。

 頂点に座すプレイヤーとの手加減無用の戦闘。

 どんな戦闘を好み、どんな戦術を用いるのかという情報もない相手に、本気ではあったが手札の全てはさらさずに挑んだ。

 結果は一歩も二歩も及ばず。

 次にもう一度と考えても、絶対勝てるとは……どうしても思うことができず。

 

「あれが、頂点と呼ばれるプレイヤーね。流石というか、納得というか。よくあんな化け物相手にあそこまで追い込むことが出来たものだ。その点では信士も…十分化け物なのかもね」


「…全然追い込めてないよ。しかし……頂点っても、獣人の、って感じだな。その辺の対応は大体思いついたが、これからを考えるともっと情報が欲しいな」


 そうだねぇという呟きは、頭が痛くなる問題がどれ程山積みであるかを物語るように遠い目をし、一文字に口を引き締めつつ、音が聞こえるほどに大きく鼻から息を吐き出しながら、その痛みを振り払うように、無くなることを願うように緩く首を左右に振っていた。


「とりあえず……戻ろうか。皆待ってる。その辺の問題もこれから考えればいい。まだ五章が終わるだけならば、この先もう少し時間はあるさ」


 頷き、信士は体を起こす。

 歩き出したリーの背中を、ぼんやりと見つめながらその後に続く。

 時間はまだ有るとは言う物の、本当にそうだろうかと考える。

 その時間の経過と共に、ハルムーンの街はどう変化していくのだろう?


 互いが互いを滅ぼしあい、戦火は下火になるのだろうか?

 重ねた戦闘の経験により、情報を増し用意周到に虎視眈々とその牙を研ぎ潜ませるのか?


 

 本当に人間というのは、なんとも自分勝手な生き物だな。

 ならば自分はどうなのだ、と考えると……自分もそうなのだろう、何せ―――いや、これ以上この考えに捉われるのはやめよう。


 声が聞こえ始めそれに視線を移してみると、見知った姿が三つ見える。

 何をしてるんだか、と苦笑を浮かべつつもその光景を見て気持ちが少しづつ晴れていくのを感じる。

 こんな日常も悪くないな、と思いつつもそれを見続けるにはそれを守るだけの力が必要なのだと考え、自分にそれが出来るのか? という問いに、先の戦闘が思い浮かび――明確な答えは出なかった。









「約束は必ず守る。他に何か望みがあれば其れも聞こう、だから一度でいい、頼まれてくれないか?」


「いや、確かに最初は私がお願いしたけれど、それはそれというか……」


 必死に頭を下げるティラミスの姿に、それを受けて当惑し、困惑し、ハッキリ言えば迷惑なんですけどぉみたいな態度で困り果てているウサミッチというその絵に。

 どうしてこうなったのかと、それを少し離れた場所で呆然と眺めていたカーリンに尋ねる。

 ビクッと飛び上がり、恐る恐ると振り返るその動きは、小動物のように愛嬌のある動き。

 その視線が認めたリーと信士の姿に、ほっと息を吐いた後、事のあらましを話始めた。

 

 あの戦闘が終え、そこに現れたウサミとカーリン。

 それからメインクエストを進める旅を続けるという決意をリーに告げ。

 ふと、ウサミの視線が吸い寄せられるように一点に向けられる。

 特殊武器 カタール 『断罪の執行者』

 叫ぶように発されたその声に、唖然とする場の空気を物ともせずすらすらと終わりを見せないように流れ、紡がれ始めたその高説、飛びつき眺め始めるその姿に。

 それに何かを思いついたようにティラミスが話しかける。

 「使ってみたくなったかい? 試してみたくなったかい?」

 悪魔の囁き。

 ぎゅいんと目を輝かせて見つめた先に、浮かぶ顔には極上の笑み。

 その笑みに乗り続く言葉に、再びその場の空気が変わる。

 「それを持って、私と試合をしないかい?」

 

 で、今現在まであれの繰り返し、と。

 うん、分かり易い。実に分かり易い展開。

 カーリンもまた止めたいらしいのだが、そうしようと思うにも、ウサミもまたその魅力に贖い難いのか、度々手を伸ばしては引き戻してと、止めない方がいいのかという態度をしているそうで。

 うん、伸びてるね。 物欲(悪魔)理性(天使)の戦いを示すように、小刻みに震えながら伸びてるね。


「何とも……私としては、一度手合わせするのもいいかと思うが…信士はどう思う?」


「俺も同感かな。先のことを考えれば慣れは必要だ。それに…これ以上無い相手だ」


 カーリンの首が忙しなく動く。あちらも気になるけど、此方の会話も気になる、と。


「まぁ頂点プレイヤー相手だ、胸を借りれる機会等そうそうないだろう」


「あってたまるか、あんなしんどい経験。俺ももうこりごりだよ」


 目を大きく見開くカーリンが、さらに忙しなく首を振る。会話の内容も気になるけど、それの真偽も、本当だとしたら姉はどうなるの? というように。

 これ以上動いたら首がやばそうだと、その肩に手を置きその動きを止めると、不安気な視線に手をひらひらと振り、リーにまた審判よろしくと指差し告げて、二人の言い合いに終止符を打つべく頭をかきかき足を進めた。








「あの、本当にお借りしてもいいのですか?」


「何、他にも武器はある。確かにそれが現在では一番手に馴染んで居るのは確かだが、それを手に入れるまで使っていた武器もある」


 嬉しそうにうきうきとアイテムポーチに手を突っ込むティラミスを前に、ウサミッチは申し訳なさそうに、それでいて視線は手元に釘付けに弱弱しくもそう尋ねていた。


「では、ルールはどうしようか。先程と同じ制限時間十分の、申告制でいいのかね?」


 銀貨を弾いては掴みと弄びながら、リーが言葉を発すると、ウサミは曖昧に頷き、ティラミスはその手に新しく現した武器を手に、問題ないと告げていた。

 後方から信士が「技能も無しで」という声を上げ、リーは二人に目で確認すると、問題ないというよう首肯を受けて、ならばそれもと声に乗せる。

 ティラミスの手に新たに現れたそれに、またしても眩しい視線を向けるウサミに対し、それに気がついたティラミスがキラリと眼を輝かせると、「これも後でお見せしようだから本気で…」云々と語り始めた。

 やれやれとした苦笑を浮かべる男性陣に対し、未だ不安げなカーリンという外野を他所に。


 では始めようかというリーの声で、その場の空気がゆっくりと変貌を告げ始める。

 青空の広がる陽気の中で、この場だけ数度気温が下がったかのように。

 弾かれた銀貨が宙に舞い、日の光を受け銀色に輝き。

 

 地に落ちると同時、二つの影が姿を消した。










「さて、信士はこの試合をどうみる?」


「まぁ、ティラミスが勝つのは間違いないだろ。ウサミも十分強いとは思うが……こればっかりは相手が悪い、悪すぎるだろ」


 視線の先でのぶつかり合いは、傍目には拮抗が保たれている、探り合いの渦中には見えるものの、その表情から明らかな違いが見て取れる。

 それもそうだろう、と思う。あのティラミスという人物は、探りあいというものと無縁だというのが信士が実際に相対して思った感想。開始から全開。迷う暇なく自身の渾身の一撃を放つ。

 相手の手の内を考えるではなく、自分の力が通用するか、其の一点のみで戦うように。

 それに対し、ウサミは相手の手を読み動きの癖を探し、それに合わせて武器を変え自身の有利なスタイルに持ち込むように戦う。

 その考えが悪いわけではないが、それをさせてくれない相手が、今目の前に居るのだから。

 距離を取ろうにも詰め寄られ。手数で押そうにも押し切れず。


「善戦できそうだとは思うが……いや、それはただの期待でしかないか」


「そうなのかい? 私はウサミッチの戦闘スタイルを詳しくは知らないが…現状はそれほど差が無いように見える。ひょっとしてティラミスは手を抜いているのかい?」


「あいつがそんなことする玉か。見ろよあの嫌な笑顔」


 それに対して、と信士は視線を移す。

 ウサミの顔には焦りが見え始め、その動きにも余裕の無さが見え始める。

 瞬時に武器を愛用の双剣に切り替えると、迫るティラミスの刃を受ける。

 その勢いにやや押されつつも、その勢いを流すと共にお返しとばかりに剣を凪ぐ。

 瞬時にその双剣に対応し、上下から迫る双剣の軌道に自身の手に在る『双剣』をティラミスが重ねる。

 ウサミの双剣『双竜・天地』に、ティラミスの持つ双剣『双龍・光闇』

 ゼロ距離で繰り返される四つの輝きを見せる軌道は。

 その速さを誇る手数の多さも、それを繰る動きの巧みさも。

 どちらもやはり優勢に押し始めるのは頂点に座すティラミスの方で。

 しかしそれでも押し切れないかのように、捌き、受け流し、その上で時折見せる反撃に。


 夢見るように幸せそうに。その時間を慈しむように。

 死へと至る凶刃を前に、舞うように躍り掛かり、狂うように笑みを浮かべ。

 本当に楽しそうに、嬉しそうに、戦い、闘う。

 

 そうして、訪れる終焉の時。


「決まるな」


 二人だけの時間が終わりを告げる。ウサミの渾身の一撃が空を切り、ティラミスの瞳に光が灯る。

 その信士の声に、カーリンは不安げに瞳を揺らし、リーは即座に動けるように足に力を込め。


「そこまで!」


 終了を告げるリーの声も、耳に入らぬとばかりに続く剣戟の演舞と澄んだ音色(金属音)に、結局こうなるのかと苦笑しつつも、駆け出すリーの背を見つめ、もう暫く見たかったな、とそんな思いで空を仰いだ。








「いやはや何と言うか相変わらずいい所で水を挿されるもんだね。不完全燃焼というか、悔いが残るというか……だが、君達のパーティーは実に楽しませてくれる。ひょっとするとリーお兄ちゃんも私を楽しませてくれたりしないかね?」


 充実したような顔を見せつつも視線に不満の色をありありと浮かべ、成らば次の獲物はとその不満の色をリーへ向け。

 向けられた当の本人は、そんな分かり易い態度に苦笑を浮かべるしかない。


「私とでは楽しめませんよ。私のスタイルはこれですからね。『破棄、継続倍化、完全追尾』……とまぁ、こんな感じです。楽しめないでしょう?」


 リーの腕輪に浮かぶ円環が三つゆるく回転し、それに続く開放の言葉を待ち続けた後、それが与えられないことを悟るように、時間が経過すると泡が弾ける様に其の姿を音も無く消した。

 その言葉を聞き、あからさまに不機嫌顔を浮かべるティラミスにリーも苦笑を消せないで居た。


 闇魔法技能主体の戦闘スタイル。

 純悪魔にのみ取得可能な闇魔法用融合技能 『真理把握』。

 継続倍化は状態異常継続時間の倍化。完全追尾は魔法の対象を通常の倍の距離まで完全に追尾しその効果を顕すというもの。

 自身の速さに比重を置く戦闘スタイルであり魔法耐性が低い獣人では、一番相性の悪い『状態異常魔法のエキスパート』。

 対抗するには光魔法が無ければ何も出来ずに終わりそうな、正に極悪という相手である。


 それでも、と言う風に悩み始める姿を見せるのだから、『本物の』と思ってしまう。

 戦闘狂にして頂点プレイヤー。

 其の言葉の持つ意味を純然と示す。


 しかし、出会いが有れば別れもあり。

 このような機会が次に訪れるのは何時になるんだろうか、とティラミスに借りていたカタールを物欲しそうな眼と感謝を付け加えて返しているウサミの姿を眺めながら、そんなことを考え始めた。





「報告は学術都市 ガルエイムでいいんだっけ?」


 無事にというか色々あったものの。当初の目的は問題無く果たせたので、これからのことに話題は移る。その輪の中に一人増えてはいるが、その一人の今後も気にはなる。

 

 あの話を切り出した時点でリーと二人だけになるだろうなと思っていた。

 その予想はあっけなく空回り、また同じメンバーで話し合っている。

 降りてもしかたないだろう、と。裏切られたという思いは湧かず、それが普通だろうと。

 けれど。

 現状はいつも通り。

 何故だろうなと考えると、小さな疼きと微かな温もりを感じる。

 

「そういえば、信士とウサミッチは十一章開始からだったね。十一章はガルエイムから始まるから序でにそっちも進めようか?」


 リーの言葉にそうなんだという思いで十一章の内容を聞く。未確認紋章の情報を追うという物らしく、その情報を持ち帰ることで十一章が終わりだそうだ。


「それを各町の研究者に、まぁ各町とはいってもその内の誰か一人でいいんだが。それを見せれば、十二章が開始する。ほら見たことないかな。街の中に魔王軍が現れて暴れ回る」


「あぁ、あれか。いやあれほんといい迷惑だよな実際。ミルドが『リヴィア=タン』で、ハルムーンは『ベヘ=モド』だっけ?」


「そうそう、知らないで始めたか、テロ目的で呼ぶか。HPの五割減少で帰っていくけどね」


 因みに、と続けられた言葉にはガルエイムでは『ジー=ズー』を、リンレンでは『ベルジ=アム』を。


「その十一章で持ち返る紋章というのが魔王軍の召還陣なのだが、不完全なものという設定でね。唯一それを指摘し街に魔王軍を呼ばずにクエストを進められるのが、北の『鉱山都市 ザングルム』だね」


 まぁ、開始後向かうのが北の街だからそのまま消化するのが主流だという言葉に、それもそうだろうと頷きかけて、ふとした疑問が脳裏に浮かぶ。


「ふーん……ん? それだと一人少なくない? 側近リヴィア=タンと、四天王のもう一人……名前は…あぁ、『ハ=デス』は北担当ってこと?」


「ん? あぁ、そうじゃないよ。『冥界 ヘルエイム』がハ=デスだね」


 今まで通りの、これまで通りの。何気ない日常の何時もの会話。

 それから六章にはと続く会話に耳を傾け。

 気持ちのいい日差しにふと気づき、空を仰ぎ見れば暖かな日差しが迎えてくれた。








「そういえばサタン様。先日もうすぐそんな時期か、と仰られておりましたが、あれは?」

「ん? あぁあれはっと……っと出てきた。これこれ、もうすぐだから」

「拝見します……成程、もうそろそろそんな時期でしたね」

「そう! 僕が主役の一大イベントだよ! 毎年満員御礼! 今年も忙しくなりそうだよね!」

「なりませんよ」

「だよね! ……え!? あ、あの? そのー、なりますよ? なりますよね?」

「……なりませんよ?」

「だってその、『魔王遠征』って言ったらほら、一大イベントだったじゃないですか、その、ね?」

「何が悲しくてこんなものを見に……時間の無駄でしょう?」

「こ、こんなって……で、でもほら! 何処に居るかわからない魔王様がですよ!」

「っは! なにが何処にいるかですか。こんな貧相な部屋にしがみついている身で」

「で、でもね! ラスボスというか、最強の力を体験できるというか!」

「そういえばあのフィールドは力の解放がされるんでしたね。なら私が並んであげますよ」

「えぇっ! だ、だめだよ! 死ぬよ僕! あそこは僕ら力の加減とかできないんだよ?!」

「それがいいんじゃないですか。偶には、私も、本気を出さないと体が鈍るといけません」

「やだっ…あ! それならいいこと思いついた! 今年は僕じゃなくてリヴィ――」

「楽しみですね、サタン様」

「………ことしは」

「楽しみですよね?」

「………グスン」


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