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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
23/25

08

『もう、会わない方がいい』



――これは……記憶か。またこの光景を見ているのか俺は。

   忘れられない、消えて無くならない。

   消えて、亡くならない……。



 辛そうにゆがんだその表情には、後悔というより慙愧が強く見え、そんな顔にさせてしまったのが自分であると思うと、ひどく居た堪れない、と思うよりも強く、鋭く心に痛みを齎した。

 それでも、ここで泣いてはいけない、と、その感情の暴走だけは必死に押し留めなければいけないと、力いっぱいに握られた両の手に、歯を食いしばるしか出来なかった自分には、何も返事をすることができなかった。

 ただただ、頭に乗せられたその手の大きさに、懐かしい安堵を覚えると同時、それもこれで最後であると、これ以上甘えることはできないと、そう考えるだけで手に入る力はより一層と増していった。


 無視されるだろうとも思っていた。

 笑顔を浮かべて会話ができるかもとも思っていた。


 それでも、結局迎えた結末は、お互いにひどく傷つけあっただけという、予想通り過ぎた結果だった。

 しばらく続いたその沈黙に動きがあり、それがこの再開の終わりを悟らせる。

 釣られるように見上げた先、見受けられるものはすでにその後姿だけ。それに込上げてきた寂寥感は、必死に押し留めた双眸を決壊させ、一筋の道を作り始める。


「さよなら。俺が居なくなっても、きっと大丈夫。今日で―――、元気で暮らせ、信士」




――馬鹿だったよなぁ、俺も。

   いや…どうしようもなかったのかな……。

   ここで会っても会わなくても、結局同じだったんだろうなぁ。




 これまでの思い出があふれ出し、より一層勢いを増し始めた雫の数に、しゃくり上げるような音が混じり始める。それが耳に届いたのか、遠ざかり始めるその後姿は一度だけ足を止めたものの、其の姿が振り向かれることはなく、またゆっくりとその影を遠くへと運び始めた。


 きっとこうなるだろうとしていたはずの覚悟など、何の役にもたたなかった。

 決して泣くことだけは、泣いたとしてもその姿が消えるまではと意気込んでいた決意ですら脆く崩れ去っていた。

 

 視界から消え去ったその背中に、そのやさしさがもう手の届かないところに行ってしまったといのは、これ以上無いほどに受け入れざるを得ず、それを考えれば考えるほどにどこか心の隙間に暗く、黒く、そしてじわじわと広がっていくようにそれまでの様々な出来事に対する記憶を塗りつぶして、食い荒らして、ぽっかりと何も無い空間を作り上げていく。



 気がついた時には、周囲はすでに行きかう人々の喧騒も聞こえない程夜も更けており、見上げた空には星の海原がその存在を主張するように輝いている。

 落ち着いた、と強引に思い込みつつ、鈍く働く思考に浮かぶ、早くうちに帰らないと、という思いに引き摺られるように足を動かしす。

 道中何があったのかを思い浮かべることも出来ないほどに、目の前に見え始めた我が家の明かりに、それでも気分は沈んだままだった。




――ここで引き返していたら、少しは違う生き方ができたのかな?

   きっと無理だ。同じ未来だ。いや、どうだろう? もう少し受け入れられたかな?





 視界に入る玄関の側、見知らぬ車に視線を移すも、それが何であるのか考える気も起きず、未だ震える手で玄関を開くと、弱弱しい声で帰宅を告げ自室へと足を向けた


「おかえりなさい……どうしたの? 元気なさそうだけど?」


 心配そうな母の視線に、なんでもない、という言葉をかけようとした時。

 其の後方から現われた見知らぬ男性。年にしても母と変わらぬように見え、やや緊張した表情を浮かべながらも、優しい眼差しを感じさせる其の視線に、体に電流が走ったかのごとき衝撃を覚えたと同時、何故か全てを悟ってしまったような気がした。


「具合が悪いなら、部屋で横になってる?」


 そんな母の心配げな声にも、その表情にも、申し訳なさも何も浮かばず、ただ空しく響くだけの雑音に聞こえ、それでも動かぬ僕にやや戸惑いつつも何度か言葉を重ねつつ、何かを迷っているように視線を左右させていた。

 それだけで。

 何故か、すべてが終わったんだ、と思った。




――もう、見たくない。

   これ以上、自分を観たくない。

   どこまで 視せる(終わらせる)つもりだろう?

   コレイジョウナニモミタクナイ



 これ以上ここに居てはいけない、と思った。

 母の口が何かを告げる前に、ここを離れなければと思った。


 呪縛が解けたかのごとく、それでもどこか機械的な動きにはなったものの、そんな僕を見て安堵の息を付いた母の表情は、どこか負い目を感じているような、後ろめたさを隠すように固い表情で。


「本当は、もう少しゆっくり話たいと思ってたんだけど。聞いておいてほしいの」


 次に機会が何時になるかわからないから、と。

 変わらぬ僕の表情に、もうすでに悟っているのだと考えているのか、それから浮かべられた緊張した眼差しは、何かを覚悟しているようで。




 拒絶? 侮蔑? 後悔? 嫌悪? 

 自分が恐れたのはそのどれだろうという思いから、数時間前の光景がフラッシュバックする。



 目の前の母が、まるでその時の自分に重なり、それが自分の意識を現実へと戻した。


 戻して、しまった。


 だから、一字一句はっきりと聞こえた其の言葉は。




「紹介するわ、信士」




 何かが音を立てて崩れていく。

 それは理性か、記憶か、それとも自分の人格か

 グラリと流れる景色が黒く染まってゆく



 

――ココロガコワレル

   アタマガイタイ

   モウナニモミタクナイ




「この人は『徳間』さんと言って、―――――――――――……」




 其の宣告は




「ソレカラネ、シンジ。

      オクレチャッタケド……」




 最悪のタイミングで告げられてしまった。








  ―タ―ジョ―ビ、オ―デト― 









―コンコン ガチャ

「沙丹さー……誰ですかこの女性は?」

「――え? ……っえ!? いや誰ですかってリヴィアだけど。いやそれより君――」

「ひどい! 私のこと騙してたのね! 『僕には君しか居ないよ』なんていっておいて!」

「サタン様、此方の方はどなたですか?」

「言ってないよ! ほんと誰だよ君! いやあのリヴィアさんどうしてそのように私物をまとめ始めているというか、いや本当君だれだよ!」

「あ、はい三丁目の雑貨屋の……(えっとセリフセリフ)…沙丹様の嫁です!」

「今何見たの?! 怪しい動き見せたよね! リヴィアも見たよね!」

「それではサタン様。どうぞ…どうぞお幸せに……」

スタスタスタ ゴソゴソガチャガチャ

「うーん。やっぱり一人で全て回収するのは厳しいかな……(あ、お嬢さん、お疲れ様でした。これはほんのお気持ちです)……さて。お久しぶりです同士リヴィア。それと…おや?どうしましたサタン様、そんな鳩みたいなお顔をなさって」

「またか……またお前なのか……」

「これはこれは、些か機嫌が悪いようですね。何かありましたか?」

「『何かありましたか?』じゃねぇよ!! 何してんだよ! てかまだその盗撮機材残ってたのかよ!」

「……サタン様、一ヶ月、と以前言いましたよね? 脳みそ足りてますか?」

「十分だよ! 悪巧みできる容量が無いだけだよ! お前と違うんだよ!」

「まぁ、少し落ち着きましょう……そしていい加減諦めましょうよ?」

「嫌だよ! 何で上から目線なんだよ! お前の方がいい加減にだよ!」

「サタン様、いい加減慣れて下さい」

「慣れっ! てきてる自分が居るけど、それでも嫌なものは嫌なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「あ、お嬢さん、胃薬一つお願いします。此の方の大好物ですので――大至急で」


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