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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
22/25

07

 

 目前に迫る凶刃を冷めた目で見据えながら、それをすい、と何とも無いように避け、お返しとばかりにその手に握る武器を叩きつけられる。

 苦痛に、というよりも、屈辱という風に顔を歪め、距離を取ろうと跳び去るその背に、容易く追いつき追撃を受ける。

 宙を駆けるその最中に、受けた衝撃に体を崩し成す術もなく膝から地に落ちる。

 背後に迫る足音に、振り返ることもせず横っ飛びに逃げようとするその先には、既に用意された罠が暴虐の顎をガバリと開いて待っていた。

 失策を悟り、しかし既に踏み出された足は、そこへと勢いを落とすことなく自身を運び。

 

 あぁ、これが私の望んでいたことなのかと、口の端をゆっくり吊り上げ愛用の得物、『断罪の執行者』を持つ手によりいっそうの力を注いだ。








 

 歩くこと五分。

 十分に開けたその場所にて、信士とティラミスは足を止める。

 隣り合うように並び歩いていたその距離は、会話をするには十分な距離で。

 しかし何も言わずに視線を向けるだけで、二人はその場に足を止めていた。

 

 解り合うというのはこういう物なのだろうか、と益体も無いことを思いながらも、しかし自分がこんな展開など望んでいないかったとその考えの一切を否定する。


「……条件が、と言っていたが。できればそれを聞きたいのだが?」


 背を見せ距離を取るように歩きながら、ゆっくり、戦闘の準備を始めるかのように、一歩、また一歩と進みながら、その都度張る声に力が篭り始めている。


「まぁ…簡単なもんですよ。これから俺が使うもんを口外しないでくださいねってことだけで」


 この世界がどんな風に変貌したか。

 それを考えるだけで個人に過ぎた力を持つというのは、きっと恐怖の対象に選ばれる。

 自身の持つこれも、そして目の前のこの人も。

 それだけの力を持つのなら、それで対処は幾らでも出来ようが……例え逃げを打つにしろ、その時一人で居るならば。

 

「成程、つまり本気で相手をしてもらえると、そう考えて良いのだね?」


「えぇそう、そうですよ。もうこっちも遠慮もくそもないですよこうなると。さっきの話、聞きましたよね?その上でルールというか、決め事もしておきたいですし」


 即座に返す飲もうという言葉に、こういうところだけはありがたいなと、それでも疲れることにややうんざりしつつ。


「まぁ死にたくないので見極めは大事でね。やばいと思うときにはもう降参を。相手をみてやばそうなら降参勧告を。その上で此方の都合上、制限時間を十分として欲しいのですが」


「全て飲もう。それでは始めようか? 私は何時でも始められる」


 猪突猛進。

 いや違うかな? 徹頭徹尾のが似合うのかも。

 求めるべきは厭くまで強者と。


 新たな足音に顔を振り、そこに居るのがリー一人であるのを認めると、丁度いいから立会人とさせてしまうかと声を掛ける。

 目の前の人物が負けず嫌いだというのは隠すことが出来ない程に判り易く、そして自分もまたそれを否定できないだけに、あの男にその辺を見極めさせた方がいいだろう。


「まぁ、僭越ながら雲上人同士の激戦の立会い人という立ち場を拝命いたしましたので……私が止めに入った時点で、そこで決闘は終了と。この内容でいいですか?」


 声はなく、しかししっかと頷きあう。

 一人はその手に特殊武器 カタールを。

 一人はその手に魔術書らしき石碑を。


 それを確認したリーは、その手に銀貨を一枚取り出し、心を落ち着けるようにか一度だけそれを弾いて掴むと、これから出される合図がどの様なものかと示して見せる。

 それから。


 ピィィィン―――――


 天高く舞い、回転を始め球体に見え始めたその輝きが。

 リーが去り、その落下を見守るようにその場に残るのは信士とティラミスの二人のみ。

 重力に引かれ地へと回帰を果たした銀色の輝きが、二人の視線の絡む高さを通り過ぎ。

 地に落ちると同時、それは始まった。









 銀貨の着地を確認し、それから即座に横っ飛びに飛ぶ。

 先ずは回避。その間に完成させる。

 そう考え、迫り来るだろう凶刃の現在位置をと確認し、それが数瞬前の自分を貫いている位置にあるのに、その余りの速さに愕然とした。

 予想より速いどころか、想像すらできなかった速さ。

 これが頂点に在る超人。それを只の初撃、只の一合で本能に刷り込まされる。


「破棄、術書解読」



『断章』    術式開放:プレッシャー 


 開放状態を宣言した位置を基点に一定時間周囲に重圧空間を作る。

 空間内に存在する使用術者以外全ての行動速度を減少させる。

 空間内では全技能消費SPが倍増する。



 ぞわりと周囲の景色が色付く。歪む様に食い破るように、捻じれ、暴れ、拉げる様に。

 それは目に見える程にはっきりと、しかし形を持つことなく曖昧に。

 

「成程、これが山田殿の奥の手、ということでいいのだね? さて、どのような物か」


 そう話す声ですら、やや速度を落として聞こえるように。

 しかしその話し方から感じる印象はまるで効果を実感できていないようで。

 体感できない感じなのだろうか? それともモンスターにしか効果がないのか?

 疑問は浮かぶが確証は無い。

 ならばやることは決まっている。

 

 瞬時に駆けて距離を詰める。その手に持つ石碑を武器に。

 驚くように咄嗟に繰られた執行者の名を持つその刃に、その動きの遅さに戸惑いつつも、迫る速度は変えず、その手が届く圏内へと踏み入れると同時、渾身の力をもって叩きつける。

 痛み以外の何かに耐えるように変わる表情に、即座に動く気配を見せるが、その姿すらまるでスローモーションのように見え。跳ぶように逃れ距離を取り始めるその背を、只の一歩で追いつくと、何の警戒も見せないその背に追撃とばかりに叩きつけた。

 無理な体勢での着地の後、ゆらりと見せたその動きに


「破棄、炎竜!」


 発動と同時轟と暴れる火柱の渦中へ、誘い込まれるように人影が飛び込む。

 確信した。

 効果はある。被術者は自身が置かれた状況を体感するのは、術者の無慈悲な手に因ってのみと。

 十分。それがこの決闘の制限時間であるとともに、この『プレッシャー』の制限時間でもある。

 石碑『断章』に在る物理攻撃力は然程高くは無い物の、それでもこれなら追い詰められるか?

 既に五割のSPを消費し、残る全てを手札に回し。

 足を踏み出しそこへと迫る。この世界に在りて、その頂点へと。






 純獣人という種の特徴は、圧倒的なまでの俊敏値であり、またそこに付随する移動速度増加に因って戦闘を優位にさせている。

 力もまたドワーフ種に次いで高いものの、それは目を見張るほど、というものではない。

 手数を重ね、着実にというものだ。

 だからこそ。その手に持つべき武器に拘る者が多い。

 速さを重視し、圧倒的な速度で手数を増やすか、一撃の重さを念頭に入れ、付かず離れず隙を見つけ、それを逃さず攻撃を繰るか。

 

 カタールという武器はそのリーチから考えるに前者を取るスタイルだ。

 包囲状況に陥ることを考えたとしたら、その防具は物理耐性を上げるのが基本的であろうか?

 追尾性能のある魔法というのは少ないが、広域魔法というものがある。

 ならば、魔法耐性を上げればいいと考えれば、それもそうだとうなずける。

 獣人種は知力値の伸びが悪い。それはそのまま魔法耐性も低いということになる。

 汎用性を考え双方の耐性を持つ防具を選ぶのが一番だと思うが、其処から先は個人の拘りと戦闘スタイルで変わるというだけで。

 

 見た目ではあきらかに物理耐性の低い軽鎧だが、魔具併用防具であることを示している以上、果たしてどちらに比重を置いた魔具を用いて構成されているのかを推測する。

 戦闘スタイルで考えられる物を並べてみても、どちらかといえば、という物しか考えられない。

 あれほどの移動速度を持つならば、魔法の効果範囲外から即座に退避し、即座に迫れる気もするが、それは同じく物理攻撃の網に包囲されたとしてもその後の展開は同じではないかと。


 制限時間。

 残存SP。

 巡る思考に、決断を下す。

 詰められたのならその手で払い、離れた位置にあるのなら、その術を放つ。


「破棄、地葬」 

「破棄、冷槍」


 相手にしてみれば瞬時に展開されるその魔法に、対処しようと動くときには次の一手が目前に迫る。

 そこで思考が揺れる状況に、更に追い討ちが掛けられる。


「破棄、迅雷」 


 辛うじて、迫る三本の氷の槍の内二本避けたその直後、逃れようの無い紫電が無慈悲に迫る。

 思考を乱し、体勢を崩し、本命の一撃を確実に見舞う。

 消費の大きいそれを外す事ができない現状で、それを避けられるというミスだけは絶対にできない。

 五分はとうに過ぎている。が残り時間を考えると、残存SPの枯渇が先だと考える。


 その間に、降参を迫れれば勝ち。そこまで辿り着けなければ負けだろう。

 さて、次の一手はと考えた時、迫る気配に声を被せる。


「破棄、烈風迅」


 捉えられ空を舞うその姿に、浮かべられている笑みに心が躍る。

 戦闘狂と謂われる由縁、楽しむように戦い、闘う。

 成らば自分はと考えるまでもなく、きっと今は同じような顔なのだろう。

 時間が迫る。幕が引かれる。

 ちらりと視界に捉えたリーの、その表情が物語る。

 残存SPを考えて、それに全てを乗せて笑う。


「破棄、隕星」


 星を滅する流星群。火属性魔法の最上位。

 中空に突如現れる煌く紅点。それが空間に侵食を始める。

 それに押され、ひしゃげるように、周囲の空気が色を変える。

 歪みが戻り、元の姿へ。捻じれが戻り、過去の姿へ。

 天が堕ちるという感想が、此れほど似合う光景はないと。

 重力に惹かれ地に魅せられて、そう思わせる何かを見せる、圧倒的なまでの重圧に。


 その向かう先にある人影が動く、ゆらりと揺れて、そこから消える。

 ははは、と笑いが漏れた気がした。

 それは自分の声だったのか。




 それとも、目の前のあなたの声か。








「そこまで!」


 その声に意識が戻ると、傍らにはリーが居り、信士の手とティラミスの手を取り動きを制していた。

 その顔に浮かぶ呆れたような眼差しに、それでも先の見えた勝負を止めてくれた事に感謝を送りたくなった。

 それに反して怒ったように、不機嫌な様子で噛み付く声は、不満をありありと滲ませている。

 ただの一手も決められず、必中の一手を止められて。

 宥める声もその耳には届かず、諭す声もその耳には意味を成さず。

 

「本当のことだよ、実際。俺はガス欠、あんたは元通り。さっきの一撃が分かれ目だったよ」


 勝つか、負けるか。

 それもゼロを目指した物ではなく、厭くまで試合。


「調整って難しいよな、実際。途中からその辺飛んでたかもしれないし。それはあんたも一緒だろ?」


 そんな信士の声に応える声は、バツの悪そうな肯定を示し。

 苦笑を漏らしながら仰いだ空に、心地よい疲れを感じごろりとその体を投げ出す。


「あれが俺の全てだったよ。あんたはそれができなかっただろうけど。あれじゃ満足できなかったか?」


「いや、そういう訳ではないのだが……、わかってはいるのだがね、これが只の我が侭だと」


 楽しかった、と。それだけははっきりと。

 そりゃよかったと思うと同時、先のことを考える。『この』向こうまで追い詰める人間が居るのだと。

 ただの快楽、欲望の為に。ただの強欲、誇示のために。


 今回の手合わせは、有意義であった。

 対人に対する考えを、対抗の為の手段を、頂点に迫る武力の髄を。

 

 ザリッという足音に、誰かと振り仰ぐ視線の先に、見知った二つの姿を認め、込上げてきた感情は不安、戸惑い、疑念と何か。

 先の光景を見られたことに対してではなく、今この場所に足を運んだ意味。

 帰途を共にという訳ではない。それならばあの場に居るだけでいい。

 ならば、と導かれる答えに、視線の先に映るカーリンを見る。

 それまでより強く足を踏み、純粋な意思を眼に浮かべ。


 


 それに、その姿に自分がおびえ始めるのを感じる。

 視線が絡む、誘われるように、決められていたように。

 やめろ、やめてくれ。そんな眼で見ないでくれ。



 記憶が跳ぶ、過去へ過去へ。

 同じ眼を向け親身に接し、それから僕の期待に崩壊を齎し。

 記憶が跳ぶ、更に過去へ。

 同じ眼を向け優しさをくれ、それから僕の世界に背を見せ去った。



 違うここはあの世界じゃない!

 『徳間 信士』の期待を崩壊し、『山田 信士』に背を向けた。 


 繰り返し、繰り返し。歴史は只の繰り返し。

 二度あることは三度あり、七回転んで八回倒れ。

 



 ズキリと痛む頭の悲鳴に。

 そのまま意識が霞むのを感じた。









「サタン様、少し休憩にしましょう。今コーヒーをお持ちします」

「あぁ、ありがとうリヴィア。そうだね、少し休もうか」

「それでは少々お待ちを」

「うーん。それにしてももうすぐそんな時期か。懐かしいねぇ」

「お待たせしました、さぁどうぞ」

「あ、うんありがとう……、いや、うん。うれしいんだけど、なんだろうね」

「どうしました? サタン様」

「あ、うん、そのね、何と言うか、その、こうコーヒーってこんなだったかなって」

「何か問題でも?」

「ほらさ、コーヒーってさもっとこう、色が濃いっていうか、こう、ね。琥珀色というか」

「えぇ、そうですね。深い色合いに漂う香り。至極の一品です」

「そうだよね。でね、これはどう見てもちょっとだけ、極々はんなりと色が付いた『お湯』に見えるというか……」

「最近胃が痛いとおっしゃいますので、薄めにと。アメリカーンという奴です」

「いや、いやいやいや。それは逆にアメリカーンに喧嘩を売っているようにしか聞こえないというか……そのね、もっと…いやもうすこーしコーヒーっぽくして欲しいなぁ、なーんて」

「とはいえ、コーヒーの香りは致しますでしょう?」

「あぁ、うん、そういわれれば、そんな感じが、する、かな?」

「え?」

「……え? いや、今『え?』って言った? え、何で?」

「あ、いや嗅覚まで犬並になられたのかと思いまして……たった二.三滴注いだだけで?」

「いやあの、リヴィアさん。聞こえちゃったというか、その色々うん、そう辛いんだけど……どちらかというと、その薫りというのはそのリヴィアさんのお手元からというか」

「あぁ、なるほど。しかしコーヒーとはいいものですね。さて、休憩はこの位にしましょうか」

「……あい……グスッ」


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