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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
21/25

06


 死者の復活は無い。

 PKが存在する。

 それを生業にしている者がハルムーンを牛耳っている。


 並べられたその言葉の意味を、脳内で肉付けを始めるように浸透させ、それがどんな単語の羅列であり、またその単語の持つ意味を咀嚼するように飲み込み始めると。


 体が震えだすのをとめられなくなった。


 最初の地下遺跡ゲマニエで――

 もしあそこであの人が現れなければ?

 中央都市 ミルドサレムで――

 もしあそこに居た全ての人が、その仮面の下で自分に狙いを定めていたら?

 先程の、レイジーと呼ばれていた深紅の鎧騎士を相手に――

 もしあそこでお姉ちゃんがあのままその剣に打ち据えられていたら?


 死んでも大聖堂で復活すると考えていた。

 ここはそのまま『天上転華』の世界であり、私はそこに迷い込んだだけだと思い込もうとしていた。

 街でプレイヤーとすれ違っても、あの時のように知らない人とはすれ違うだけ、知ってる人なら声を掛ける。それが普通だと思っていた。疑うことすら思いつかなかった。

 それが。

 どうして。

 何でそんなことに。

 怖い。

 何が? 誰が?

 モンスターが? 人が?


 この世界の全てが?


 意識が外界を認識できず、漂うように視界も霞む中、ふと聞こえた真摯な声に、他の何もが意味を持たない思考の中で、その澄んだ音だけが意識を掠めた。


「……一度手合わせを願っても?」


 それから続けられた言葉は何処か遠くへ流れる中で、その言葉だけが意識に残った。

 この状況に、こんな話を聞いた上で。


 なぜそんな言葉が出てくるのだろう?

 どうしてそんなことを言えるのだろう?

 どうすればそこまで強くなれるのだろう?

 何でそんなに前だけを見ていられるのだろう?


 怖くはないのだろうか? いやきっと怖いに決まっている。

 怯えたりしないのだろうか? いやきっと怯えるに決まっている。

 逃げ出したいと思わないのだろうか? いやきっと、逃げたいに、決まっている。


  



 意識が戻ったように視界が開けてくると、最初に感じたのは握られた手の暖かさ。

 誰とたずねるまでもなく、隣に姉が居ると感じる。

 すいと流れた視線で捉えた周囲には、誰の姿も見られなかった。

 

 そうか。

 私は、置いて行かれたんだ。

 そんな私のために、お姉ちゃんは残ってくれたんだ。

 

 そんなのは、嫌だな、と思った。

 私の所為で姉が自由を捨てるのは。

 それはどれくらい嫌なんだろう?


 逃げたくて、死にたくなくて、それでも前へ進むしかない状況でも?

 それで姉が苦しまないなら、そう思えば私は進めるのだろうか?


 きっと大丈夫。先のことは解らないけれど。その時には一歩前へ出てやる。

 だからどうか、私を、姉を置いていかないで。


 手に力が入る。

 この決意を何処へも逃さず掴み続けてやるというように。

 それに応える様に返された力に、そこに姉の存在をしっかりと感じる。


「無理はしなくていいよ。私は佳織を失いたくない。足が竦もうと、腰が引けようと、それを笑ったりは絶対しない。だから…お願い。無理だと思ったのなら、偽らないでそう言って。ずっと側に居るから」


 優しい姉が、全てを捨てて隣に居ると言った。

 苦しい選択を迫られて、それでも私の隣に居ると、居てくれると、言わせてしまった。


「…………」


 だけど。

 だけど……。

 絞り出そうとした声が、唯の一つも音を結ばず。

 零れ始める涙を、そんな自分の顔を姉にみせて悲しませたくなくて。

 俯いてしまった私の弱さに。

 お姉ちゃんは優しく背を摩り続けてくれた。




 それだけで、先ほどの決意が消え心に安堵を浮かべて居るのだから。

 自分は、なんて卑しくちっぽけな存在なんだろう。

 








「落ち着いた?」


 そんな言葉に、漸く頷けるだけ気持ちは落ち着き。

 酷い様だなぁ、とそう思うとまた泣き出しそうになる自分にここまで自分は弱かったのかと、ほんとに情けないなと感じていた。


「本当は、もっと早く教えておけば良かったもしれないって。そう考えてた」


 その言葉に、あぁやっぱり気を使われてたんだな、と考える。

 記憶を辿ると、その言葉に納得できそうな場面が何度か思い当たる。


「だから、ごめんね。でも、大丈夫。もう、無理をすることもその必要も無いんだから」

 

 その言葉に、ズキンと痛みが込上げる。

 ズキン、ズキンと一度で治まることの無い、繰り返し、繰り返し、ズキン、ズキンと。


「エスプリの街に戻ってさ、二人でノンビリ暮らして。偶にはどこかに出かけたり、一日中のんびりすごしたり。そうしてさ、落ち着いてきたら、それからその後どうするか考えよっか」


 頷いてはいけない、甘えてはいけない、これ以上話させてはいけない。それ以上優しい言葉を聞いちゃ戻れない。ずるずるずるずる、堕ちるだけ、墜ちるだけ。

 でも、何を言葉に乗せればいいかわからない。

 違う話題を。違う流れを。

 だから、自然と浮かんだそのことに、今の精神状態では、それを聞くことに抵抗はなかった。


「お姉ちゃんは、信士さんのことが、好きなの?」


 聞いて答えてくれるかはわからない。

 私のことを考えて嘘をいうかもしれない。

 だから、言葉を重ねた。

 話題を戻さないように。後ろを振り向かないように。

 これ以上後悔をしないように。これ以上、後悔をさせたくないというように。


「中学校の時のお姉ちゃん、ちょっと変だった。ううん、少し、怖かった。何かに取り憑かれたんじゃないかって。でも、高校に入ってから、少し変わったよね。入ったばかりの頃は、本当に昔みたいに明るかった」


 思考を切り替えるように記憶を辿る。

 惨めな思考に上書きするように。

 弱い自分を追い払うように。


「その後、また暗くなったりしたけど……それでも、やっぱり、中学校の時よりは、ずっと楽しそうにしてた」


 だから、もう一度聞いた。

 あの人が好きなのかと。


「たぶん、そうだとは、思う」


 どこか曖昧な、濁すようなその話し方に、辛そうな表情で浅く笑う其の表情に、言い切れない何かを感じた。


「一緒に居たい、とかそういう気持ちはあるんでしょ?」


 でなければ、今ここに居ないのだから。

 そこまでは口にしないが、あのミルドの宿でそれは確信していた。


「無いわけじゃないんだけどね。でもどうしても側に居ない方がいいんじゃないかって、思っちゃうんだよね」


「……何か、あったの?」


 言い辛そうに、それでもこの状況だからか、毀れるような擦れた声で、しかし二人しか居ないこの場では、その声ですらハッキリと聞こえた。


「高校一年の時の、秋頃だったかな。信士の中学校からの友達で洋介って人が居たんだ。その人は入学前からの付き合いらしいから、結構仲よさそうに話しててね。

 私はそこで信士と久しぶりに出会えたからさ、教室で色々と話もしてた。それで、気がついたら三人で話すことも多くなって。


 秋になって、私は洋介に好きだって言われた。


 私は、それに応えることができない、それでも、これからも今までの関係でいたいって思って。

 やっぱあいつが好きなのか?って言われて、あいつはお前のことをそんな風に見て無いっていわれて。

 きっとそうだろうとは解ってはいても、その断定されたような言い方は、直接本人から聞いていたからこそ言えるのかと思うと……辛かったな。けど、それでも何時かはきっとって、ずっとそう考えてきてたから、それでもいいんだ、ってそう答えて。


 でも、やっぱりさ。

 それまでのように、何もなかった昔のような付き合い方って無理だった。

 洋介は、何処か信士を避けるようになって、私には昔のように、それでも少しは壁があるような感じはするけど、それでも話しかけてくれたりしてたんだけど…そこに信士が加わると、話に加わることなく消えていって。

 しょうがないのかな、とか思ってたんだよね、その時は。時間が経てば、きっと昔みたいになるって。

 それが、ただの。自分の夢見る希望でしかなかったのにね。


 それから、暫くした時。その時も廊下で偶然出会った洋介と、いつも通りの雑談、ていうのかな、その時なにか話してたら、廊下の奥のほうに信士の姿が映ったの。

 信士もこっちに気がついたみたいでね、私と眼が合ったから、手を挙げて呼ぼうって、そう思ったんだけど。視線が合ったと思った後、信士はね…何も見ていなかったみたいに、そのままどっかにいっちゃってさ。

 馬鹿、だよね、私も。

 よくよく思い出してみると、あれから、信士と洋介が二人してどこか歩いてるとか、そんな姿みかけなくなってたのに、それでもまた昔みたいになればって、時間が経てばきっとって。

 でも、結局は、違った。

 どんどん、私とも距離を置くようにしてたのも、感じてた。

 だから、私は、それから洋介をなるべく避けるようにしてさ。

 そしたらさ、信士と洋介が掴み合いの喧嘩したって聞いて。


 それで……それからどれくらい経った時だったかな。

 十一月の、十日。その日だけは忘れられない。

 その日洋介がね。夜遅くにゲームセンターからの帰りにね……何て言えばいいかな、色々あってね。その日から洋介とはもう、喧嘩どころか、話も何も、出来なくなっちゃって。


 私は、自分のせいだって知ってるから、どうしたらいいのか、すごく悩んだ。

 何がだめだったのかって。何でこうなっちゃったのかって。

 結局、答えなんて出ないし、出たとしても時間は戻らない。残された結果も、ただ信士の親友を一人居なくしただけ」


 何も言えなかった。でも、聞かない方がよかったとだけは思えなかった。

 きっと、そんなことをずっと考えて、後悔して、我慢して、必死に耐えていたんだと。

 声に出せず、誰にも頼れず、それなのにこんな私に優しくしてくれて。


「信士のさ、本名って、徳間 信士っていうんだ。

 でも…それは今の、名前。私が最初に逢った時の名前ってのが、山田 信士なんだ。

 だから、さ。考えちゃうのかな。

 親しい人が離れていくってのは、どれくらい辛いことなのかな、って。

 きっと二度と味わいたくないような、そんなものなんじゃないのかなって。

 私が中学校の時にさ、信士が転校しちゃったあの時の自分のことを思い出すと、どうしてもそんな風に考えちゃって。だからこそ、その時のことを考えると…私が側に行かなければって。

 だめだよね、こんなんじゃ……だから、どうしていいのか、本当はもうわからない」


 知っている。四年前に一緒に暮らす家族が変わったというのは。

 あの人が、二人だけの秘密だと言って教えてくれた。でも、私が知っているのはそれだけで。

 それ以上何も知らない自分に、何を言えるのかが解らなくて。


「考え出すと、なんか頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃってね。どれが自分の本心なのかがわからなくなっちゃうの。

 そうなると、不思議と自分が一番納得できちゃう理由ってのが見つかるんだよ。

 私がこれ以上踏み込まないのも、このままでいいって思うのも、結局私も二度と同じ思いをしたくないだけなんじゃないのか? って。

 本当はさ、信士と洋介が疎遠になって其の原因が私だったから、それはとても辛かったことなんだけど、その後気がついた『そのこと』に、『これで信士と二人になる時間が増えるのかな』ってそんな考えに、少しほっとしたというか、開放されたって感じもしてたんだよね。そんな単純な結果になるわけ…無い筈なのにね。

 やっぱりさ、信士はあんな感じで…悪い言い方すれば『捨てられる』みたいな別れかたがトラウマみたいにひどく辛いみたいでね。

 私との間にも、それ以来分厚い壁ができたみたいになってさ…結局、縮まったと思った距離は、変わっていなかっただけじゃなく、むしろ開いちゃったんだよ、ね」




「そんな関係が辛くなったから、そんな理由に落ち着いたんじゃ、ないのかな?」


「どうだろうね。よく、わからないんだ、本当にもう」

 

 全て話してすっきりしたとでもいうように、もう諦めはついているとでもいうように。平坦に、感情を捨てたような声で話すそれは、これまでどれ程姉の心を苦しめてきたのだろうか。


 だから、もうそれだけで十分すぎると思った。

 これ以上辛い別れはさせたくないと思った。

 

 きっと本心では、その思いは変わってないのだから。昔から、離れたくないと。側に居たいんだと。

 でなければ、ここに居ないんだ。それが証明になるじゃないか。

 理屈という名で上辺に浮かぶ、諦めようとするための理由なんかに、姉の本心を潰されたくは無い。


「お姉ちゃんはさ、さっきの人、あの人と信士さんが並んで歩いてるの見たとき、それを嫌だなとか、思わなかった?」


「そうだね、多少は……嫌だというか、辛かったかな」


 姉の本心がそうなのならば、私は今後逃げないと誓える。

 それだけで、きっと前へ進める。


「信士はね……本当は、もっと静かというか、頑ななんだよ、学校でというか、元の世界に居たときは。だから、今の信士は、『山田 信士』の延長を、きっとそうなっていただろうという風に生きているんだと思う」


「それは…、それでもお姉ちゃんは、そんな昔から好きだったんでしょ?」


「……うん、その時は気がつかなかったけどね。信士が転校して居なくなって、それから付き合った人と別れて、それに何の未練も無いのに…信士のことは忘れられなくて。だから、気がつくと受験とかも…無理言っちゃったし、頑張れた」


「なら、私はそれでいいと思う。お姉ちゃんが初めて好きになったのが『山田 信士』さんで、これから一緒に居たいと願うのが、『徳間 信士』さんというだけで」


 別人になったというのなら、それはそれでいいと思う。

 それでも忘れ切れなくて。それでも離れ辛いのなら。

 初めての恋というのは過去へ、これからの未来に期待を向けて。


 

 今この世界に居るのがその初恋の相手だというのなら。

 これから先の未来の為に、次へと進むそのために。



 そのためにこの世界を終わらせなければ成らないのならば。

 そのためにメインクエストを進めなければ成らないのなら。




 それで姉が救われるのなら。






 それだけで私は、前へ進める。










「さて、サタン様。私が戻って来たからには自堕落な生活は許しませんので」

「サー!イエッサー!」

「これまでよりもより一層強く、精神的にも逞しくなってもらいます」

「ふふん、望むところですよ! ハードルは高ければ高いほど!」

「高ければ高いほど? 因みにハードルとは陸上競技の?」

「そう! 何時までも自堕落には生きず、より一層高いハードルを前に――」

「サタン様、その発想は高飛びという競技者の物です」

「えっ!? えっとじゃぁ、壁が高ければ高いほど乗り越えたくなるという」

「サタン様、それで降りられなくなればただの馬鹿ですが」

「ぐっ! そ、その、ほらえーっと」

「全く……何が言いたいのですか?」

「その、ほら、ね? いい言葉でもって、自分を奮起しようというか」

「自己暗示ですか? まぁそれで強くなれるというのなら止めませんが」

「そ、そうなんだよ! ほら先人達に習ってね! 堅実に、着実に一歩づつというか! そうそう、こういうのはなんだっけ……石橋を叩いて渡れ?」

「サタン様……意味も分からず不確かなままに言葉を使う物ではありません。

 いいですか? それは施工業者に対する宣戦布告という意味です」

「絶対違うよ! え、何いっちゃってんの?! いや、あれ? そういわれれば頷ける気もするけど…でもその言葉考えた人はきっとそんなこと考えてないよ!」

「煩いですね……そういえばサタン様、私最近何かを埋めたくてしょうがなかったんですよ」

「はいすいません! 自分生言いました! ほんとサーセン! ほらあやまってますから! 自分もう生いいませんから! 後生ですから! やめ! ダメ、ダメェェェェェェェェ!!」



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